<< 梅雨の合間の草刈り・・・・・ 映画三昧-TV編 『座頭市』 >>
江原啓之さんのスピリチュアル講座
昨日は東京講座があり、今年3回分のチケットが取れたうちの2回目になる。


いやねぇ・・・・・、昨年までは「年間予約」(全9回分)が取れたけど、今年は取れなかったからねぇ。
このチケットの担当がJTBなんだけど、ここも社保庁とまでは言わないが、なんというかねぇ・・・。
3年間、まったく予約購買システムが変わらなかったね。
チケットに「お名前」を書いて出席確認をしている、というんだけど、何のための出席確認かも分からないし、予約の電話をかけるためには会社を休まないとならないし、数多の人がチケットを取るために電話にしがみつくわけだ。
社会の生産性を止める、という意味にはならないかねぇ・・・・・。


ということを考え出すと、怒りが蘇って話はあさっての方に行ってしまうので、本題へ。

ま、結果的に、私は取れなかったから諦めて
(必要なテーマのチケットが取れるだろう・・・・)
と、精神世界風に考えたわけ。

そしたら、希望したテーマのものは全然取れず、優先順位が低かったものばかり。
で、昨日は「病気」についてでした。

病気になる時、スピリチュアルの観点から見るといくつかに理由が分かれている、ということなのですが、詳しくは江原さんの本を読んでください。(笑)


私自身が肺炎や肺結核(末期だった)をやっているし、かなり“精神世界”というものには長く浸かっていたので理屈では分かっていたけど、体験をして照らし合わせをしたという感じがする。

病み上がりの時に、美輪明宏さんと会う機会があり、(いつもどおりの?)かなり強い調子でアドバイスをいただき、それによって命を今に繋いでいるということは強く感じている。
  あの時、美輪さんでなければ、私はきっと間接的な自殺行為を行なっていただろう・・・・・

しかし、「この日本の風土で生きて行かなければならない」理由は、未だに見つけられない。
これは正直、苦しい。



昨日、江原さんが
「ヒーリングとは(肉体的な)病気を治すことではない」
と話した。

「病は気から」
という通り、心や精神が潤わないと本当の意味での病気は治っていない、ということだろうか。
私はそのことが、一番心に響いた。
なぜなら、私は10年前に「助からない」と言われながら医者も驚くほど超順調に治ってしまったが、私の心は晴れていないのだ。

いや、厚く垂れ込めた雲を努力して払う。
そして、晴れ間が見える。
(今度はガンバレるかも!・・・・・)
と希望が見えると、重苦しい雲が再び被さってくる。

人生とはこんなものかもしれないし、きっと体力気力に溢れた若いうちなら、なんなく再チャレンジできるのだろう。
事実、私は “人には言えない大冒険” をいくつもやってきたし、それをやって来れたのも並以上の体力を持っていたからだと思っている。

それが病気をするごとに、「並以上」が「並」になり、一度死にかけるほどになると、ようやく立ち上がって歩き始めても、二度三度と失望感が繰り返されるたびに “無理せずに” さっさと諦めるようになる。
(そういう人間と関わってしまった私の波動が落ちているのだ・・・・)
と思うと、自己嫌悪も出てくる。

すると、引き篭もる・・・・・。



学生時代は考えられなかった「登校拒否」や「引き篭もり」だけど、今更ながらにそういう子たちの気持ちが分かるような気がする。
しかし子どもなら周囲の大人たちにも責任があるし、なんとか手を伸ばしてあげなければと考えてあげる必要もあるだろうが、私は(一応)大人だから「自己責任」ということで解決していかなければならないところが辛いところだ。



何回本を読んでも話を聞いても、はっとすることはあるし、
(やっぱりそうなんだ!・・・・・・)
と励まされることもある。


昨日は脳外科医の医師(年配の男性)が、延命治療についての質問をしていた。
(おお、今日は高度な質問になったぞ!)
と、私は身を乗り出すようにして解答を聴いた。

質問をするという行為は、その人の理解も人間性も丸裸にされるから、非常に勇気ある行為だと思っている。

しかし、そのことさえも分かっていない人はやっちゃうんだなぁ。
「XXはどういうことですか?」
なんていう、占い師にでも聞くような質問を。

「それは、ダメです。 あなたが自分で考えなければ」
と、きっぱり諭す江原さんはさすがと思えますが、・・・・・・

    私はダメだなぁ・・・・・。

言葉には「感性」が出ますから、通じない人には通じない・・・・・と、私の中で「×」が出た途端に心のカーテンが降りてしまうんですね・・・・・・。


ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。
あまりここでは内面の深層については書かないようにしているのですが、昨日のスピリチュアル講座に関連して、ちょっと書いてみました。

人それぞれに考え方・感じ方はあると思います。
私はまだまだ未熟ですので、色々見える方もいらっしゃると思いますが、
(ああ、あの子は「あそこ」にいるのね)
とご笑止くださいませ。

by anrianan | 2007-07-02 09:01 | ■心・精神・魂 | Comments(15)
Commented by tengtian60 at 2007-07-02 20:57
こんばんは!^^

凄い人気でさばき切れない感がありますね・・・^^;
延命治療は考えさせられます。マルコの時は悩みながらでしたから・・
今でも良かったかどうか分かりません。その時は身勝手にもまだ別れたくない
気持ちの方が強かったから。。

確かに話をしていて楽しい人とそうでない人は居ますし、通じない人もいます。^^;
心にカーテンがおりたとしても、ちょっとの辛抱とガマンします。(笑)

人それぞれの考え方、感じ方・・・そうですね、明らかに変なことは別として
自分の考えは絶対ではないと思っていれば無難なのでは?^^
それこそ人それぞれなんですから。。
まぁ、こう有るべきだと人に押し付けさえしなければいいのではないでしょうか?^^
笑いませんよ!世渡りに関しては、anriさんによく似た人知っていますから。(^_-)-☆
Commented by としひろ at 2007-07-02 23:47 x
人それぞれに考え方・感じ方はあるそれはそうだと思います。
色々見える方もいらっしゃるはいろいろ見えてる証拠だとかんじます。
生き方に正しい正しくないはないと思いますが、今の社会では価値観が生きていくには狭いと思う人が多いかもしれませんね。
すべての人が発作的行動がないことを願います。
Commented by ハミング at 2007-07-03 00:45 x
「ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます」・・・・
  どういたしまして 。こちらこそどうもありがとうございます^^

あなたは素直で純真で、しかし時には物事を一刀両断のもとに切ってしまう厳しさをもっていて。。。。
でもanriさんはきっとこうおっしゃるでしょうね。「そう簡単に私を決め付けるのは止めてください」って・・・そうですよね。確かにそうです。
私はanriさんのことは殆ど分かってはいないのですから・・・

いろんな思いが交錯するのですがあなたの心の芯の部分に今ひとつ
手が届きません。
ただあなたが精神世界にとても興味を持ち、それによって生かされてきたみちのりがあるのだということは理解できました。





Commented at 2007-07-03 05:54
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by anrianan at 2007-07-03 08:40
★tengtianさん、
延命治療や内臓移植については、賛否両論ですね。
基本は、「長く生きることが良いことではない」ということです。ちょっと誤解されやすいですが、人には寿命があると思うから、それを全うするのが一番いい。(でも人間は、みんなが縮めているようですね。環境のことなども含めて・・・・)
「どれだけ長く生きたかよりも、どれだけ想いを込めて生きたか」が大切だと。 
私はこの10年ずっと迷い続けてきて、生活レベルは全くといっていいほど進歩していなくて、すごく反省するし落ち込むんですね。でも一方では、結構いつも必死で生きることの意味を見つけて昔のように走り出したいと思っている。今はいろいろ経験した大人になったから(笑)、昔のように何も知らずに「ただひたすら」突っ走れないわけです。・・・・・
延命治療の場合ですが、魂はすでに体から離れようとしているのだけど、コードのようなものにつながっていて離れきれず、苦しい状態のようです。
でも肉体を少しでも長らえさせるか、あちら側に返すかは、やはりご家族の方に選択してもらった方がいい・・・・ということを、医師の質問に答えていました・・・・・。
Commented by anrianan at 2007-07-03 08:50
★としひろさん、
いつの世も「生きる」ということは大変だったと思うのですが、現代は「心の乱世」と言われています。
心の拠り所や価値観、常識、良識といったものが混沌としてしまっているから、右往左往してしまうのでしょうね。・・・・大き過ぎるデパートで買い物がし難い状態と似ているのではないかと、私はよく思います。
無機質な人間やすぐキレる人間、これは便利を追求する物質世界の産物ではないでしょうか。
例えば・・・・・・、着色された安い畳の上で生活するのと、本物の畳の上で生活するのでは、知らないうちに精神にも肉体にも影響が違ってくると思いませんか?
Commented by anrianan at 2007-07-03 09:00
★ハミングさん、
ありがとうございます。ハミングさんは、私の基本的な部分を適確に表現されているのではないかと思います。子どもの頃は「良い」と評価されたことも、大人になるともっとお利口に立ち回らないと問題児のようになることもありますね。・・・・・
私の心の芯の部分ですか・・・・。たぶん、これは私自身が掴みきれていないのかもしれませんね。だからこの世で生きていくのが下手なのかも。
もっと考えず、流れに任せて、楽ちん♪ 楽ちん♪ と生きていけるようになることが私には必要なのかもしれません。・・・・・どうかな? よく分からないな、自分のことは。(笑)
精神世界マップを作りたいほど見てきましたが(笑)、結果として、自分の仕事に励み、生活を謙虚に送っている「普通の人」が一番素晴らしいと感じています。
            いつも暖かい言葉、ありがとうございます。
Commented by anrianan at 2007-07-03 09:17
★カギコメさん、
ゼンゼン余計なおせっかいではありません。
彼の講座を受けて「常識」がなぜ必要かとか、昔と変わらない常識があるということが分かりました。
でも心酔はしていないですよ。彼も人間だから完璧ではないと思っています。(心酔している人は、他にいますからね~。 (^_-)* )

でも今の私は迷いがあって、走りたいのに方向が決まらないというジレンマがあるから、自分の指針になるものを探しているのだと思います。
「自分を忘れない」・・・・その「自分」が見えないのが辛いんです。
だから、そういう中で信頼する人から貰う「言葉」は、魂の栄養剤のようです。m(__)m
Commented by 自分を育む at 2007-07-04 20:57 x
こんにちは Anriさんのこの世での生き方etc姿勢の真剣さに引かれてコメントに参加させていただきます。

私の場合、さすがこの世はうまく出来ていると感心させられるところは
源が同じな分、私達の根本にあるものは普遍的な事、時代が変わっても
変わらない愛のある観点での常識、思いやる心だと思います。

自分ならどうするではなく、神様だったらどうするかな・?とか
大海原に置き換えてみると全体が見えてくるのではないかと。
そこから生かされてて地球民族の一員なんだなぁって実感が
個として生かされてくるのではないかな・・と思います。
Commented by anrianan at 2007-07-05 07:24
★自分を育むさん、
コメント、ありがとうございます。

すばらしいですね。 神さまの観点から物事を考え、大海原の視点を常に持てたら、何の問題も争いもないだろうと思います。

私も理屈では十二分に分かりますが、自然に湧きあがる感情や、お金がないと何もできない世の中の不条理を、どう折り合いつけていけばよいのか、私には納得出来ないことが多いです。

未熟な私はなかなか、精神世界やスピリチュアルな生き方には「なりきれ」ません。 何しろ、「価値があるから生きるのではなく、生き抜くことに価値がある」と聞くたびに、感動して涙がでるほどであっても、その言葉によって100%の生きる楽しさには浸れませんからね・・・・。
それだけ世の中のずさんや不条理を目にしてしまったのかもしれないし、私が弱いだけなのかもしれませんが・・・・。
世の中の底辺で努力しているのに報われていない人、私はそういう人の心情が感じられるようになったことだけが、唯一体験から得られたものでしょうか。・・・・・
Commented by 自分を育む at 2007-07-05 14:49 x
そうですか・・私も世の底辺、弱者であり、絶望して肉体も精神も死にそうになったもので、その経験をしたから今があると感謝してます。

人一人生きている事実がその人一人でも地球のコアな部分に人間によってエネルギーが届けば本望です。こんなこと言うときれい事だととる人もいるけれど、私は偽善者も嫌いだし、きれい事言ってる人も嫌いだし、ひねくれている人も損だと思ってるような人間です。ただ本当が好き。
だから、自己責任をもって本当の意味での大人力で日常の些細な事でもいろんなことに対処していけば、地球がもっと美しくなるんではないかと信じてます。それだからAnriさんも神社でご祈祷を地球
全体の為にお願いしているんですよね?
理屈は屁理屈でよくわからない事が多い世の中だけれど
Anriさんの体験から得られたものを基盤として生きていけば
たくさん素敵なことおきますよ !
Commented by anrianan at 2007-07-06 08:58
★自分を育むさん、
私は、地球全体のために神社で祈祷はしていませんね。(笑)
自分のことだけを祈っても、世の中が戦争であったり、自分の知っている人が不慮の死を遂げたり不幸になったり、または地球の自然が破壊されたり(すでにされていると思っていますが)したら、私一人が幸せになっても、それは幸せにならないと思っているので、そういうことを含めて祈ります。
けれど、祈りは神社でなくても、自分の心で祈ればいいのだと思います。
先祖供養であるとか、歳時ごとで祈祷をお願いしますが、でも最近はお金がないので、しないこともあります。
お金が無ければ先祖供養が出来ない、祈りが通じないというのも、オカシイと思っているので。・・・・

自分を育むさんは、お会いしたことがありますか? 
今度お目にかかることがあったら、声をかけてくださいね~。
Commented by 自分を育む at 2007-07-06 10:03 x
ありますよ~(^ ^)
声かけるタイミングはずしました!
今度ははずさないように気をつけます。
私は厄払いしかしたことないけれど
やはり自分の心しだいだと思って
自分でお祈りしてます。
Commented by anrianan at 2007-07-07 06:29
★自分を育むさん、
そうでしたか。
「気をつける」ほどのことでもありませんが、(^.^;)
それではお会いする日を楽しみに・・・・・。(笑)
Commented by 真理の探究者 at 2017-05-28 19:24 x
現世の肉体に重なって、感情体が存在しています。
感情体とは夢や想像で行動するための肉体のことで、感情体は別次元の身体なのですが、エーテル体という半物質をツナギにして、この世の身体と、くっついているのです。

白いモヤ状のエーテル体は、無意識であろうと意識的であろうと感情で表現することを、現実の肉体に伝えている。
喜怒哀楽で感情が高まると、感情エネルギがエーテル体にリンクして、物質の素を作ります。
これが写真や動画に写る「黒い影」と呼ばれているもので、この影が肉体に落ちて、健康増進や病気を起こします。
幸運環境は楽しい感情から、不運は悲しみや苦しみの感情から物質化して、自分周辺に起こるのです。
この物質化は無意識の感情でも起こるので、それをカルマと呼ぶ人もいるみたいですが。
キリスト教や仏教が、内省を薦める理由でしょう。

古代人は完全無欠人間体を作るために、宗教という形で、人間神という感情体を作ってきました。
仏教なら、釈迦という理想の感情体を作り、それを自分の感情体に入れて釈迦になる。
しかし、聖人や悪人でも肉体死は決まっていますし、運命の大きな流れを変えることは出来ません。
集団意識の人間神が、配役や役割を勝手に決めているのです。
延命しようが、占い師に従おうが、好きに行動すれば良いのです。
ただ、強い後悔や懺悔をずっと続けないように。
無意識に影響すると、感情体に深い傷を作り、病気が肉体に発生します。

オーラ視を鍛えると、エーテル体が見えるようになり、肉親なら、両肩のどちらかに白い影の人型になって見えるようになりますよ。
視点を変えれば、あの世の影がエーテル体となってみえるのです。
オーラ視が発達すると霊能力が追加されて、地上や電離層でプラズマ体となっている肉親にも、声という形で逢うことも可能になります。視覚化を鍛えれば、エーテル体に重なって、懐かしい肉親が視えるようになります。
祭壇や仏壇に写真を置き、その前に遭いたい人がいると想って、脳内で想像してください。
繰り返しの法則で、そのうちに感覚で分かるようになります。
ぜひ、訓練してみてください。
<< 梅雨の合間の草刈り・・・・・ 映画三昧-TV編 『座頭市』 >>