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歌舞伎座のお土産
え? CDですか?! (左側)
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袋を開けながら、何のCDだろうと驚いた。
歌舞伎の舞台が、録音されたりしたのだろうか?

などと思いながら取り出したら、CDケースに入ったチョコレート! (オッサレ~♪)
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だもんだから、冷蔵庫から出しての撮影となり、このように曇っているというわけ。

新歌舞伎座記念の期間限定商品だったらしいが、あまりの人気でよく売れるので、期間限定でなくなったらしい。
右隣にある箱は、きんつば。
さいころ型の正四角形の物が3つ入っている。(1個はすでにマイ胃袋)

新歌舞伎座になってまだ訪れる機会はないが、こうしてお土産をもらったり話を聞いたりすると、
(やっぱりたまには歌舞伎も観たいなぁ)
なんて、夢が増えたりしちゃうのよねぇ・・・・・・。

 え? 真夏の夜の夢?


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by anrianan | 2013-08-22 07:45 | ■とりあえず日記 | Comments(0)
幕末
四月歌舞伎のチケットは思いもかけず、天の神さまが私にくれたものです。

この日行けなくなった方が下さったのです。

(↓ クリックすると、拡大できます)
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そういえば、『篤姫』が呼び水となっているのか、私は近頃「幕末」づいています。
八重洲ブックセンターでも、ターシャにフラれた私は結局、時代小説コーナーで、幕末に関係する本をつらつらと眺めていました。


考えてみると、明治天皇や幕末の将軍なんて人たちはほんの数代前の人たち、手を伸ばせば届きそうな近年の人たちであるように感じ、なんだか親近感を覚えるのです。


今回の四月歌舞伎では、
   一、将軍江戸を去る(しょうぐんえどをさる)
   二、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
   三、浮かれ心中(うかれしんじゅう)
という演目だったのですが、一番目の「一、将軍江戸を去る」はまさに、徳川慶喜の話。
※詳しくは、松竹のHPへ http://www.shochiku.co.jp/play/kabukiza/index.html


八重洲ブックセンターで、徳川慶喜の顔写真を眺めていた私は、
「なんだ、こんならっきょ顔だったのかぁ。 ほんとに嫌みな奴っぽいな。・・・・・・」
などと、何の関わりも無いのになにやら敵対心を感じているんです。(笑)
なんせ、小説『篤姫』びいきの私ですから。
小説の中の篤姫が感じたことに、同感・同調しているわけです。

小説も映画もテレビも、制作する人は別の人たちですから、それぞれ別モノの作品と考えた方が良いのだということは理解していましたけれど、よく “歴史から学ぶ” といいます通り、私としては、出来るだけ史実に近い方が良いと思うのです。
実際はどうだったのか? 真実は何なのか? という興味は、自然に湧き出しているものですし。
それに加えて、その作家の文章や作調が好きかどうか、ということだと思っています。
宮尾登美子さんの『篤姫』は、いいなぁ、と思います。

大河ドラマになって、どの本屋でも派手に陳列されるようになった気がするのですけれど、じゃNHKの大河ドラマの『篤姫』も素晴らしいかと言ったら、これはちょっと違いますね。
役者さんたちに云々はないのですけど、小説を読んだ後、脚本に違和感を感じるのです。
放映される回数も決められた中で、物語を完結させていくという制限があるのは分かりますが、作家さんが資料を調べて、あれだけ篤姫や登場人物にチャネルを合わせているわけですから、同じ端折るにしても、ニュアンスを変えないでほしいな、と思う箇所が多々あります。


歌舞伎の中の徳川慶喜は、小説で受けたイメージとは随分かけ離れているように感じました。
でも、人が死んだ後というのは、思い出す人によっていかようにも変化して、そのどれもが虚でありどれもが真であるのかもしれません。
ただ、その人物に会った瞬間に感じる印象や、写真からの感じるものというのは結構バカにならないものですね。
それにしても、徳川家でも次期将軍争いのために、何人も毒で殺し殺されしてきているのですから、考えてみれば業の深い家系だと思います。

そして、今のこの日本人壊滅状態は、戦後から始まったという人も多いですけれど、こうやって幕末の作品に触れることが多くなってくると、山蔭太古神道の太主がおっしゃる通り、
「明治維新が始まり」
というのも、納得できるのです。

規律や型があるというのは、抑圧や面倒臭さを感じる反面、物事の判断を行う時に一つの基準になったりもすると思うのですが、現在は「自由=やりたい放題」になってしまい、心の拠り所を失っている人が多いのではないでしょうか・・・・・・。




<おまけ>
「幕末」つながりの本で、えとう乱星著『総司 還らず』(ワンツー時代小説文庫)、稲葉稔著『竜馬暗殺からくり』(PHP研究所)をご紹介しておきます。

『総司 還らず』について、作者のあとがきから引用させていただきますと、
“敗者の歴史は蔭の部分・・・・(中略) 蔭の歴史は人伝えに生き残り、人々の願望や希望に色どりされて行きます。・・・・”
えとう氏の伝奇小説は、この部分を描こうという試みのようです。著者の最新刊です。

『竜馬暗殺からくり』は、竜馬暗殺事件の5年後という設定で、鬼木寛次郎という架空の探偵によって、政治的陰謀や新撰組の真実が浮かび上がるという時代ミステリーになっています。
1998年8月の出版で増刷はされていないようなので、興味のある方は今のうちに(古本でも)手に入れておく方がよいか、と思われます。

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by anrianan | 2008-04-09 12:12 | ■とりあえず日記 | Comments(2)
3月の神道講座 - 歌舞伎役者我當丈、現る!
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月1回の神道講座に、今月歌舞伎座で出演されている片岡我當丈がお見えになった。

今月三月歌舞伎で、午前の部の「春の寿」に翁で出演されている。(詳細はこちら
この翁が最後に両手を広げて挨拶を深々とするのだが、両手を広げた動作は観客に向かってであり、最後の頭を下げた挨拶は八百万の神々を代表して神さまに行うのだとか。従って、この時は拍手をせずに共に厳かな気持ちで、心を神に向けるのだそうだ。
この翁の役で出演された場合は、その後別の幕で他の役を演ずることはできないそうで、出演後、太主の講座に足をお運びになられた。

第一人者である我當丈のお話はどれもが興味深く、発声の良さに惚れ惚れしてしまうが、同時に姿勢や所作などに、祭主を務められる神道の先生方と共通のものを感じたりした。

太主いわく、前屈みになると「うつ」になりやすいので、肩胛骨をくっつけるようにして胸を張る。そうすると、気持ちも開く。・・・・・・・
対策の一つとして、肩胛骨をくっつけるようにして胸を開いたら、紐でたすき掛けのようにして縛ると良い、とおっしゃる。通販では「姿勢矯正コルセット」なるものを見た記憶があるが、あれも確か、幅広のゴムが背中でバッテンになっていた。
現代人の多くが慢性のように「うつ病」だと言われている。なるほど、考えてみると一日中パソコンに向かっている事務職などは特に、首も前傾ぎみになり、胸も閉じっぱなしだ。しかも、エコノミック症候群のように、ほとんど立ち歩くことが無い場合もある。血流が悪くなって当然だ。
胸を張れば気持ちも開き、現代病のような鬱病の対策になるのかもしれない。

私は、演劇をやっていた頃の訓練を思い出した。
「笑え!」「泣け!」「怒れ!」のかけ声に従って、一斉にその行動を行う。それもチマチマ笑ったり泣いたりするのではない。床に転げ回って、可笑しくてたまらないという馬鹿笑いをするのだ。泣いたり怒ったりも、頭の血管が切れるのではないかと思うくらいに手足をばたつかせて表現する。
すると不思議なことに、そういう気持ちになっていく。意味や訳が無くても、形から入ることでそういう感情が生まれてくる、という体験をした。
だから、気持ちが落ち込んだり滅入ったりした時は、胸を張って、
「ガハハハ・・・・! あほくさぁ~!」
と笑い飛ばすのが良いのかもしれない。
そして、姿勢は日々の積み重ねだから、敢えて意識的に胸を張るようにした方がいいのかもしれない。

ちなみに女性の場合、
「前屈みの女性はオッパイが垂れるよ」
と太主がおっしゃるのを聞いて、私なりに「なるほど」と納得した次第。・・・・・
「おまえさんのは、垂れてないけど、若干小ぶりというだけの話」
などとおっしゃるから、なにを失礼な!
「私は着やせするので、実物は意外にアルのです!」 それに、
「今は巨乳流行りですけれど、若い時に大きいのは歳と共に垂れる・・・・」
最後の「垂れる・・・・」の部分は、太主とハモったのでした。(笑) 
(分かってるではないか、太主!)

覚えておきなされ、世の男性よ!
若い時は若干の小ぶりの方が、熟した時にオイシイのですよ。・・・・・・ふふふ


よく体を宇宙に例えられるが、どうやら古事記神話も宇宙も人間の肉体も、解明されるほどにいろいろとシンクロしていることを教えられ、神々の世界と科学の世界と何やらリンクしているように感じて、この世の不思議に畏れかしこみ奉る私です。
by anrianan | 2008-03-10 17:53 | ■心・精神・魂 | Comments(6)