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どぶ板通り (プチ・アメリカ体験)
ああ、どんどん時間が走り抜けていく・・・・・・。

ということで今日も慌てて、昨日の「スカぶら」について書いておくことにします。
スカぶらというのは、横須賀をぶらぶらすることを言います。

私は横浜に生れ落ち、7歳から横須賀で育っていますが、“ドブ板通り”にはつい最近まで行った事がありませんでした。なぜなら、子どものころから
「ドブ板通りは恐いところ」
と聞かされており、不良という種類の人間たちが行く場所と言われていたからです。

ドブ板通りについてちょっと説明しておきますが、ここはスカジャンの発祥地と言われています。
現在はきれいな通りですが、その昔はドブ板がある通りであったのであろうと・・・・・ここでウィキペディアを覗いたら、
「戦前この通りには、道の中央にどぶ川が流れていたが、人やクルマの通行の邪魔になるため海軍工廠より厚い鉄板を提供してもらい、どぶ川に蓋をしたことから「どぶ板通り」と呼ばれるようになった。」
とあります。 
なるほどねぇ・・・・・・。  じゃ、「どぶ」じゃなくて「どぶ」じゃん。・・・・・・(?)


ともかく、話は「不良」に戻りますが、高校生のころの私は不良になる勇気も無く、心だけ斜めに構えているような中途半端でしたので、今になれば
(なぜ若いうちに行っておかなかったんだろう・・・)
と悔やまれます。
若くて感性がひりひりしているうちに、さまざまな体験をいっぱいしておけばよかった・・・・・・と思うのです。
特に恋愛に関しては・・・・・・。

恋愛についてはひとまず脇におきますが、
このごろは横須賀のゴールドジムに行くことなどもあり、やっぱり汗をかいた後は水分を供給しなければならないので、給水地を捜し求めるわけですね。

子どものころに、父親からよく聞いていた給水地は「お太幸」(オタコウ)。
おぼろげな記憶ですが、昔父に一度連れて行ってもらい、カウンター席(一階はすべてカウンター席)に座って、焼き鳥などを食べました。
「なんでも好きなものを頼んでいいぞ、ここは」
などと父が大威張りで言うくらい、庶民的なお値段です。
そして、昭和の匂いが充満しています。

ところが、お太幸は3時にならないと開きません。
私に横須賀探訪の同行を望む芯友が、3時前でも給水できる場所をあちこち検索と調査をし、お太幸通りの並びにこれまた歴史ある酒場を見つけて参りました。
(ワタクシのような姫が入るのは、どーなの?)
なんて感じる大衆酒場ですが、ま、オードリーヘップバーン演じる王妃だってローマの休日を楽しんだのですから、私も下々に混じって横須賀の休日を楽しむことにしましょうか。・・・・・・(?)
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(横須賀)中央にある中央酒場・・・・・・ですって。
ここに入ったのは午後2時45分。
おぉ・・・・・・! すでにみんな飲んだくれてる・・・・・・!
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写真ではカウンター席しか写していませんが、この後ろにテーブル席があります。
ほぼ満員状態で、活気溢れる店内は明るいエネルギーが満ちています。
「ひゃ~! 横須賀人はこんなに昼真っから飲んだくれてるのかい?!」
と、私は思わずつぶやいてしまいました。

残念なのはワインがないこと。
生中のあとは黒ビールや冷酒というコースをたどり、つまみは300円~700円の家庭料理。
お太幸では一人黙々と飲むオヤジさんが多く、静かで侘しい昭和枯れススキというイメージですが、中央酒場は一人飲みのオヤジさんの背中にも、あまり哀愁を感じないのはこのお店の雰囲気でしょうか。

さて、ここでいい気分になった後は、ドブ板散策。
芯友が、“ちょっと怖そうなお店で飲んでみたい”というので、米兵が集まるBARに。
ええ、アメリカ人を見慣れてる私ですが、それでもこんなに米兵が束になっていると、なんといいますか・・・・・・、
東京で見る海外のビジネスマンとは明らかに異なるワイルドな雰囲気で、“怖い”という感覚も分かります。
反面、彼らが群れ集う店内を覗き見れば、サンフランシスコに住んでいた頃と同じような空気を感じて懐かしかったりうれしかったり。

ドブ板通りを行ったり来たりしながら、“入れそうな店”を探します。
そうして漸く決断して入ったのが、ここ「コールドラッシュサルーン」。
決め手は、入り口が広かったこと。(何かあったら、すぐに逃げ出せるから?)(笑)
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奥を見渡せばビリヤード台があり、スクリーンには映画が流れています。
数人の外人と数人の若い日本人女性が連れ立って・・・・・・、これは戦後の風景と変わらないのでしょうか。
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飲み物はすべてワンコインで、つまみに食べたアツアツの山盛りトルティーヤチップスも500円。
明瞭会計なのも安心できるところ。
ささやかな現地(アメリカ)気分を味わいながらコロナビールを2本ずつ飲み、お店を出るころはとっぷりと日が暮れていました。
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「今度は、もうちょっと怖そうなお店にトライする?」
「う~ん・・・・・・」

このワイルドで刺激的な雰囲気が大好きで、とうとう二十代後半にすべてを捨ててアメリカに飛んだ私ですが、今になると、もっともっと早い時期に、そう・・・・・・十代の時に渡米して、いろいろなことを体験しておきたかったなぁ、と思います。
やっぱり、経験は宝、ですから。

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by anrianan | 2013-09-29 15:37 | ■とりあえず日記 | Comments(0)
夏祭り
一週間前には参議院選挙、そして今日は夏祭り。

まずは一週間前にさかのぼると、
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ええ、これは午後2時43分ではありません。深夜2時43分です。
そして間違いなく、職場の時計です。
この後、4時を過ぎてオフィスを引き上げ、近くのホテルへ。翌月曜日の出勤から、一週間は長かった!・・・・・・

それなのに、たった一週間しか時間が経過していないなんて!・・・・・・と感じる矛盾。
あまりにたくさんのイベントがあったからなのか、それともホントに時間の流れが速くなっているからなのか、判断に迷うところです。

その“あまりにたくさんのイベント”については、おいおい書くことにして、まずはホットな話題「夏祭り」。
昨日と今日は、地元鴨居のお祭りです。
数週間前から練習する太鼓の音が聞こえてきて、それだけで心が弾むのは毎年のこと。

昨日、家の近くまで“わっしょい! わっしょい!”の声や笛と太鼓の音が聞こえて来た時に、通りまで見に出ました。
私が住む場所は山を崩して作った住宅街なので、比較的新しい場所です。といっても、40年以上は経ちますが。

だから、小学一年生でこの地に来た私は「よそ者」という感覚がどこかにあり、お祭りになるとハッピを来て、大人たちと一緒に盛り上がっている地元の同級生たちを、少し羨ましく感じたりしたものです。
けれど私が東京で働くようになり、そのうち東京に移り住み、再びこの地に戻ってくる間に、この町内にもお神輿や山車が登場するようになりました。
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なんとなく新しくてきれいで迫力には欠けますが、それでもこういう光景を見るのはいいものです。

夕方になり、訪れていた友人とお祭りを見に行くことにしました。
連れがないと、行きたくても独りで見に行く気にはなれなかったので、私も太鼓の音に胸をときめかせながら鴨居神社に向かいます。
神社の前は、地元「脇方町」、「北方町」、「宮原町」、そして「東町」のそれぞれ神輿と山車でごった返していました。
おおっ・・・・・、やっぱりどれも古くて大きくて、なにやら伝統と歴史を感じます。
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もともとは山下の海岸沿いは猟師町。
だから年季の入った男たちの顔は真っ黒で深いシワが刻み込まれ、体も筋肉で引き締まり、そりゃあ迫力があります。
しかし、神輿を担いでいる若者や女性たちは、それなりに今時で茶髪、赤髪、黄髪あり、女性はアイメークも色彩豊かに決まり、男女ともに野生的というよりは養殖されたという体つき。
それでも皆が高揚感に溢れ、地元の絆を感じるであろう祭りを楽しんでいることは、見ている私たちにもひしひしと伝わってきて、子どものころに羨ましいと感じた想いが蘇りました。
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神社の前には、茶色の羽織に白袴の年配男性がズラリと並び、宮原町の神輿と山車がその前に進み出て、神さまに挨拶をしているように見えます。各町内が順番待ちをしているようです。
そんな様子を見ながら、ああ・・・私は何も地元のことを知らなかったなぁ・・・・と感じさせられました。
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子どもの時以来、久しぶりに来た夏祭り。
一緒に来てくれる人がいる幸せを、しみじみと感じさせらたひと時でもありました。
その友人を近くのバス停で見送り、私は再び海を見ながら帰路につきます。
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神社からそれほど離れていないのに、風の向きのせいなのか、太鼓や笛の音はまったく聞こえません。
子どものころに歩いた通学路には、その時のまま静かな海の風景が広がっています。
お祭りから遠ざかる寂しさと、友人を見送った寂しさと、子どものころに嗅いだ同じ空気に包まれながら、懐かしさや平和に満たされた安堵感が同居している不思議な感覚でした。

小学生の頃から、
(東京に出たい! もうこんな田舎には二度と戻ってこない!)
と思い続け、その通り、東京に就職し、住み、夢を追って走り続けました。
中学生の時から憧れ続けたアメリカにも何年か住み、真冬のスコットランドではドラマのような感動を味わい、人生を2回生きたくらいのバラエティーに富んだ経験をさせてもらいました。
そして、二度と戻ってこないはずだったこの地に大病で戻らざるを得なかったわけですが、結局、今の自分が一番幸せかな、と思えます。

思う通りの人生にならない、と悩んでいる時というのは、何らかの欲によって、本当の幸せを知ることができずにいる時、という気がするこの頃です。

ええ、でも・・・・・・
「働けば働くほど生活が苦しくなるってどーゆーこと?!」
という俗世の難問は解決していませんけどね。

解決したら、あの世に還っちゃうのかもしれませんけどね。・・・・・・


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by anrianan | 2013-07-28 13:03 | ■伝統と文化 | Comments(2)
夢を見たい・・・・・・
あれほど降ってほしいと願っていた雨ですが、いきなりの暴風雨。
もっと"ほどほど”ってもんを知らないのかね!
と誰に文句をいっているのやら・・・・・・。


というわけで、すっかり寒くなり、朝の水浴びも腰が引けています。
家中の窓もぴったりと閉ざすようになり、パジャマの上には羽織る物が必要になりました。
つい数日間には、やっと秋が来た! と喜んだら、天気予報通りに突然の冬!?

なので、下の写真は、その数日前の"秋”だった頃の写真です。 (9月18日となっていた)

この日朝晩は最高に気持ちがよく、昼近くになるとまだ少し"残暑”が居残っている、というような日でした。
私は散歩がてら、ツタヤのDVDを返しにポストまで行くことにしました。
ウチの近辺には最短でも5分以上歩かないと、ポストはありません。
この日は山を北側に下った所にある郵便局のポストにいって、そこから7-8分歩いてコンビニまで行き、振り込みを済ませようというコース。

見よ! この雄大な景色!(でもないか・・・・・) 
この階段は180数段あります。(未だに正確な段数を数えていない)
学生時代には「自主練」などといって、ここを駆け降りたり登ったりしたものですが、今は上がってくる途中でバーサンのように「一回休憩」を入れたくなります。
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私が小学生の頃はまだ山のままだったので、この階段は当然なく、グルッと迂回して向かって右方向下にある(写真では見えない)小学校に通っていました。

高い所に立つと、なにやら自分が大きくなったように感じるのは何なのでしょうか?(笑)
ここに立つと、まるで壮大な宮殿の階段のてっぺんに立った気分。

視点を左の方に移すと、山の上に防衛大学が見えます。(※クリックすると大きくなります)
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子どもの頃から父に洗脳されて、"男女共学になったら私も行きたい”なんて思っていましたけど、先日TVで『海猿』を見ていて、つくづく行かなくて(行けなくて)良かったと思いました。
もちろん防大生が全員海上に進むわけではないのですが、横須賀市は海上自衛隊基地もあるし、剣道の先生方も海上自衛隊の方が多かったりしたので、わが家では当然のごとく「自衛隊=海上」だったのです。

ところがわが愚弟は、陸上に入りました。
「だって船が沈没したら死んじゃうし、飛行機も墜落したら死んじゃうじゃん」
「・・・・・・・。」

かたや私は当時、陸上ならば"レンジャー”と呼ばれる特殊部隊に入りたい! などと息まくじゃじゃ馬でしたから、なんとまぁ、情けなか・・・・・・と思ったものです。

が、いつだかのニュースで、北海道(だったか?)で何日も遭難していて助かった人がレンジャーだったというのがありました。彼らはジャングルでも生き延びられる訓練をするとかで、蛇も食べると知った時、
(ああ、やっぱりそちらの道でなくて良かった・・・・・・)。


結局、若いってぇことは、夢があるってぇことです。

現実を知らないから夢を見られる、ってぇことでもあるでしょうし、
夢は現実ではない、ってぇことですわい。






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by anrianan | 2010-09-24 08:45 | ■とりあえず日記 | Comments(4)
暖かくて調子に乗りすぎた日
d0046294_12462876.jpg昨日、東京・横浜は17℃まで気温が上がるとのことだったから、
横須賀中央までちょっとお買い物に出ることにした。
当然駅までは歩いて行くのだから、と朝のジョギングはサボった。

(こんなにお天気がいいんだから、“海の散歩道”を歩きたいなぁ)
と思うものの、そのためには隣駅の「馬堀海岸」から、1-2駅分くらい歩かねばならない。
さらに、海沿いの散歩道は京急線からちょっと離れているので、途中から電車に乗りたくなった時、最寄り駅まで歩くのもちょっと大変。
そんなこんなで、とりあえず浦賀駅までいつも通り歩くことにした。
(脳トレのために“いつもと違う道”を歩いていこう・・・・・・)
と思いながら。・・・・・・

しかし“いつもと違う道”に行くための交差点にやって来た時、信号が「赤」になっている。
歩みを止めたくない私は、“いつも通りの道”で駅まで行くことにした。
簡単に覆るのである。・・・・・・


浦賀駅まで来ると、もっと歩けるような気がした。
(じゃ、もう一駅だけ歩いて電車に乗ろう)

右に曲がれば、すぐに隣駅の「馬堀海岸駅」という所にやって来て、交差点の信号が青に変わった。
直進すれば「駅」ではなくて「海の散歩道」である。
海の散歩道に出てしまうと、その後もう一駅だけ歩くにしても、格段に歩く距離が増える。
でも、信号の「進め」につられて私も直進してしまった・・・・・・。

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(※ ↑ の写真は「海の散歩道」から見下ろしたもの。散歩道の向こうに岩場があり、さらに向こうが釣り場。どんどん海までが遠くなる)

それにしても、途中今まで知らなかったようなオブジェや“これは何?”と思うような建物を発見し、
ショッピングセンター街のように開発された地域などもあり、
以前は防波堤の向こう側は海だったのに、今や埋め立てられた部分も多く、
いやはや、こんなに長く住んでいるのに、知らない街の姿ばかりを目にした。

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d0046294_13165455.jpg結局延々歩き続けてしまった結果、横須賀中央駅と汐入の中間地点まで辿り着き、家を出てから1時間40分が経過していた。

(道理で、足が痛いわけだぁ・・・・・)

特に左足の土踏まずにマメが出来たのではないか、というような痛さに閉口し、元気づけに“三笠焼き”を食べることにした。

子どもの頃から大好きだった白あんを2つ(1つは後で家で食べるため)、ついでに黒あんも1つ買っておこう♪

その場でムシャムシャと白あん1個を食べながら、(あと白あんと黒あんが1個ずつある!)
と楽しみにしていたのに、家で見てみれば

「2個とも黒あん!」  ガーン・・・・・! 
             
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ま、しかし電車代片道分だけの出費で済んだし、運動にもなったし・・・・・
と自己満足全開で、浦賀駅から家まで歩いている途中の酒屋さんに寄って、スペインワイン「コスパ」の白を1本買ってきた。

最近世間では「ボジョレー」流行りなもんだから、私も妙にワインが飲みたくなってしまい、横須賀中央にある西友に寄ったら、すでに話題の749円ボジョレーワインは「売り切れ」。
ちょっとガッカリしたけど、540円のスペインワインと出会って万歳! であった。




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by anrianan | 2009-11-22 13:24 | ■とりあえず日記 | Comments(14)
ああ、鳥居さま・・・・・・!
世間では「豚インフルエンザ」が騒がれ始め、水際作戦と政府は息巻いているが、
(もうすでに日本国内に入ってきているに違いない)
と私は思っている。

そのせいか、昨日帰りの電車の中ではなんだか頭痛がする感じ。・・・・・
私は元女優(の卵)だからね、“その気”になるのは得意なんだ。

しかし、このトウツウ・・・・・(あ、アソウちゃった*)いや、ズツウは本物だった。   *アソウる=KanjiがYomenai
今朝目が覚めたら、頭のてっぺんが痛いのだ。

(ああ、豚か?)
いや、いくら流行に敏感な私でも、それは早過ぎるだろうと考え直す。
(これはきっと風邪に違いない。)

せっかく今日は、
「レッドクリフを観に行こう!」
と張り切っていたのに、こんなじゃ行けない・・・・・と、あっさり脱落。

それに、断食のことも考える。
(こんな時期に断食をやったら、邪気を吸いまくりになっちゃうじゃないか・・・・・。)

断食をすると体に隙間ができる。その隙間に邪気が入り込むから、人込みには行かない方がいい。
これは以前、神道の先生から忠告をされた。

GWで籠城するにはもってこいのプランだと思っていたのだけど、今回はGW後半に愚弟が来るという。
さらに、5日にパソコンを教えるという予定が入った。
そして今日、横浜の叔父夫妻から
「昼飯でも食わないか?」
の誘いがきた。

ああ、なんてバッドタイミングなイベントだらけ。
これはまるで、“断食やるな!”攻撃ではないか。

あ~あ・・・・・・、
 だってさぁ、アタシ、ほんとーにビンボーなんだから。・・・・・


誰に抗議しているのか分からないが、いつもの“心の中一人芝居”が始まる。


こうして時々私の生存を確認に来てくれるんだから、断るなんていう選択はないよねぇ。・・・・・


だけどさぁ、叔父さんだって自営業なんだから。・・・・・・ 私にご馳走して大丈夫なの?

まぁ、私ほどのビンボーじゃないだろうからさ。




あ~あ・・・・・・、と心の中でため息は続いたが、やって来た叔父夫妻と一緒に、以前一度訪れた『鴨鶴』(046-841-0731)へ向かった。

法事など予約すると2階の部屋を使うことも多いのだけど、通常のランチは1階のフロアだけ。
1階の座敷席は1組で、あとはカウンター席。
そんなに大きなお店ではないのに、客が途切れない。
旨いのだ。


本日は予約を入れておいたのだが、あちらの勘違いでたった1つの座敷席に客が入ってしまっていた。
急遽、2階に席を作ってくれた。

ところが、この2階が思いがけなく良かった!
障子を開け放つと、この風景が目に飛び込んできたのだ。
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うわぁ~! 鳥居をこの角度から見るなんて!


これを眺めながら、お刺身定食をいただいた。(写真は撮り忘れました)
別注文で、まぐろコロッケも。
「珍しいよなぁ、まぐろコロッケなんて」
と、叔父と叔母。
「お母さんがさぁ、この鴨鶴さんを手伝っていた頃、余ったマグロを貰ってくると、よく作ってくれたよ・・・・」
と私。

母のまぐろコロッケと味は違うけれど、なんだか懐かしくて嬉しかった。
(ああ、やっぱり断食できなくてもいいや。)

それにしたって、減食していた私は以前よりも量が入らない。
叔父は
「この後、スーパーでビールを買ってって飲もうよ」
というのに、私はこのランチを食べたら一杯一杯になってしまう。
「じゃあさぁ、このマグロ食べてくれる?」
私は中トロや大トロは好きじゃないのだ。脂っこくて。
「いいよ、おまえ喰えよ。 断食するんだろ。」
わけが分かんないよ・・・・・。

残せばいいのだけど、捨てられてしまうだろうと考えると残すこともできない。
紫蘇や刺身のつまでぐるぐる巻きにして、えぇ~い! という勢いで口の中に放り込む。

 うぐぐぐぐ・・・・・・、
  やっぱり今の私の胃袋には多いんですけど。・・・・・・


それでもきれいに食べ尽くし、叔父の計画通りスーパーでビールを買うことになった。
そして、ソーセージを買うという。
「ソーセージ? 私の生活圏の中には存在しないものだよ。」
「おまえ食べないだろ。 今日は食べさせてやるから。」
いらないんですけど・・・・・・。

4本セットのそのソーセージは、私がまだ可愛いかった4歳ぐらいの時に見た記憶がある。
「昭和の味だね」
「これが旨いんだよ」

他にもせんべいや豆腐、刺身湯葉、グレープフルーツ、台湾バナナ!
(私は台湾バナナが大好きなのだ。探しているのだけどなかなかお目にかかれない。)
私が食費の節約で断食を企画していたことを知った叔母は、阻止するために兵糧を援助しようとしているようだった。

「あなた、何か食べたい物ない?」
「ない。」

何度かそのフレーズを繰り返した後、
叔母のリクエストでハーゲンダッツアイスクリームがカゴの中に投げ込まれた。
(わーい! ハーゲンダッツだぁ!)
ウインナーはいらないけど、ハーゲンダッツは大歓迎。



結局、食事をした後だから何も食べたくはないんだけど、500ml缶の発泡酒を叔父と二人で5本空け、その後叔父は、帰りの運転があるから一眠りに席を外した。
私は叔母とひとしきり話し、叔父が目覚めた後は木に実ったまま放置されていた甘夏を取った。
叔母が大好きなのだ。
明日葉を採り、最後のレモンを採り、イタリアンレタスとレモンバームの株を叔母にお裾分け。

スカスカになりつつあった私の胃袋と冷蔵庫の中を一杯にして、叔父と叔母は帰って行った。


こうして気付けば、一日が暮れていた。




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by anrianan | 2009-04-29 20:27 | ■とりあえず日記 | Comments(6)
芥川紗織展-横須賀美術館
平成21年2月14日(土)~3月22日(日)までの開催だから、この週末に行かなければ! と決めていた。

運よく昨日(土)は好天に恵まれた。
久しぶりに大海原を見て、鬱鬱した心を浄化したいと願う気持ちもあった。

家を出て山を南に下る。
5分ほど歩くと、もう目の前には海が広がる。
海沿いの道を歩いて行き、矢印の山の向こうに観音崎がある。目標はそこにある横須賀美術館だ。
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この辺りは昔からの漁村。
今でも東京から釣りにやってくる人が多い。
子どもの頃は通学で毎日のように歩いていたが、久しぶりに歩く私には磯の香りが強く感じられた。

先ほどの山を迂回すると、“観音崎県立博物館”へ通じる観音崎大橋が右手にある。
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向かって右に見える海が東京湾。山は房総半島だ。
この橋を進んで振り返ると、ペリー上陸記念碑がある久里浜が見え、その向こうは太平洋になる。
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つまり、ここは湾の出入り口となる最も狭い場所で潮の流れも速く、その昔オトタチバナヒメが海を鎮めるために舟から飛び込んだ場所でもある。そのオトタチバナヒメを祀った走水神社は、横須賀美術館の近くにある。

休日で天気も良かったので、人も多かった。
ここは私のお気に入りのカフェだ。(ただし、人が少ない時の方がゆっくりできて良い)
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昔「ゴジラのすべり台」があった“たたら浜”を過ぎ、戦時中は防空壕だった小さなトンネルを抜けた。
すると、あちこちに「工事中」の看板と囲いが目に入った。
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どうやら、山の斜面をコンクリートで固めようとしているらしい。
確かにここら辺は強風だし、雨でがけ崩れの危険性はあるのだろうが、こうやって自然の姿が壊されていくことに、とても残念なものを感じる。・・・・・・

ようやく“京急ホテル”が見えてきた。
あの手前に、横須賀美術館があるのだ。
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美術館の1Fにレストランがあるが、ちょっとこの辺にしては高くはないか? という値段設定。
食べたことがないから何とも言えないのだが、目の前に京急ホテルがあるから、食べるならばそこのレストランでもよいかもしれない。
京急ホテルは、まさに目の前に海が広がるから、景色を眺めているだけでも非常に気持ちが良い。
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到着したのが12時少し前、大分歩いたので少々空腹を感じた。
しかし、なんということか! 当てにしていたコンビニが潰れていた。
美術館の高い食事をする気にはなれない。 外にマフィンを売っている屋台車(?)があったのだけど、長い列ができていた。
私は我慢できないほどではないと思い、とりあえず美術館の中に入ることにした。

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芥川紗織さん(1924-1966)は、染色で描く画家。大学時代は声楽を学び、作曲家芥川也寸志氏と結婚後、独学で描き始める。1950年代に脚光を浴びた後、活躍は目覚ましく、1955年の第40回仁科展では特待賞を受賞。1959年に渡米し、2-3色の限られた色彩で描く抽象画へと画風が一変する。
42歳で逝去。




「女」シリーズや「古事記・民話」シリーズが有名らしいが、私には抽象画の良さはあまりよく分からない。
ただ、色彩の鮮やかさや美しさは見ていて心が惹きつけられた。

しかし、渡米後の一変した数色だけの画風は、私の不整脈が酷くなったように、何度かドクンドクンと胸の血流が激しくなり、なんだか息苦しさを感じた。




一通り観終わってから、灯台を思わせる螺旋階段を上って屋上に出た。
そのまま山の中の散策ができるように、屋上から道が続いていた。
しかし私はショッピングコーナーを見たかったし、2Fの図書館も覗いてみたかったので、そのまま館内へ引き返した。

図書館には誰も居なかった。
白を基調にして、こじんまりと美しい設備が勿体ないほどだ。

そこで、私は「横須賀100年のあゆみ」(だったか?)という分厚い写真集を見つけ、椅子にかけてそれに見入った。
戦前の横須賀の姿、戦後進駐軍が上陸してくる姿、・・・・・・横須賀中央の駅前や浦賀、そして子どもの頃に遊びに行ったことのある山の方の住宅地の写真などなど。
どれを見ても、現在の姿からは考えられない情景に感動し、じっくりと1時間かけても、まだ半分ほどしか見きれないほどだった。


その内に、なにやら人で混んできた。
(いつもそうだ。最初は誰もいないのに、しばらくすると人がたくさん来てしまうのだ。)

私は本を半分ほどで諦めて、外に出た。

さて、お腹も空いているが・・・・・・。
とりあえず、海辺に作られたウォークボード(散歩道)を歩くことにした。(そこから美術館を眺める ↓ )
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それほど潮は満ちていないようだ。

少し西に傾き始めた太陽の光を反射させながら、打ち寄せる波をしばらくボーっと眺めていた。(正面が観音崎灯台)

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この世で、たった独りぼっちなのだ、というような気分になる。
所詮一人で生まれて一人で死んでいくのだ、と考えたりする。
この世はあっという間の出来事なのだ、などと慰めたりもする。・・・・・・




風が少し冷たく感じて来たので、家に帰ることにした。
途中、鴨居神社で植木市をやっているのに出くわした。
私は参拝をしてから境内の中を歩き回り、いちごの苗とラベンダーを買うことにした。
今日の記念だ。・・・・・・

その記事は、明日。



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by anrianan | 2009-03-22 14:40 | ■芸術orエンターテインメント | Comments(10)
海辺の小料理屋 鴨鶴
横浜の叔父と叔母が、使っていないストーブを持ってきてくれた。
そして、どこかで昼食を食べてから温泉に行こう、ということで車に乗り込んだ。
天気は良いし、絶好のドライブ日和だ。

さて、私が住んでいるのは山の上であるが、その山を下れば漁師町である。
7-8分も歩けば海辺に出るし、都会から釣りにやってくる人が多い。

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昔おナカさん(母)が、時々お手伝いの声をかけてもらっていた小料理屋さんが、鴨鶴(かもつる)である。
といっても、そこは隣接する魚屋がメインで、宴会や食事の予約が入った時のみ小料理屋を開くという具合であった。

その頃の思い出に、「まぐろコロッケ」がある。
その日余った、まぐろの切れ身や切り落としをもらってくると、おナカさんはよく作ってくれた。

その小料理屋さんの世代が代わり、私と同じ小学校に通っていた息子が現在は継いでいる。同級生ではなかったし、全校生徒は2000人ぐらい居たから、あまり話したこともないのだが、顔はよく知っていた。

最近ネットで、毎日開店しており(水曜休業)、ランチもやっているらしい、ということを知った。それ以来、いつかランチを食べに行ってみたい、魚もこれからに買いに行きたい、と思い続けていた。

ところが、なかなか一人でそこを訪れる勇気がなかった。
幼い頃の知り合いに再び会う気恥かしさもあった。
本音を言えば、良くも悪くも学校中に知られている有名な子だった私が、今はこんなに落ちぶれている、という気持ちがどこかにあるようだ。・・・・・・ 物質的価値観を否定しつつも、その価値観に捕らわれている自分の弱さの表れでもあるのだが。


そんな折、叔父が
「鴨鶴は、やってないのか?」
と言い出した。
「ネットで見たら、やっているみたいだけどねぇ・・・・・。」
「この間通ったら、閉まっていたんだよなぁ。」
「ランチもあるみたいだけど・・・・・・。」
なにやら叔父も気になっているお店のようで、車でお店の脇を通りかかった。


「開いてるよ!」
駐車場も一杯だったので、道路沿いに止めて、のれんをくぐる。
満席で入れないが、あと10分ほどで空くと言う。
それでは、とすぐ近くにある八幡神社にお参りして待つことにする。
d0046294_9294121.jpg

子どもの頃は、お祭りには必ず来ていた。
土・日と夜店が出て賑わうのだが、日曜日の午後は早々に店じまいをする。
だから、土曜日の夜は目一杯遊んで、日曜日は午前中から走って行った記憶がある。

私はこの地に戻ってきてから、地域の催し事には殆ど参加しない。
子どもの頃から、人と群れることが好きではなく、あまり友達との楽しい思い出がないせいかもしれない。
大人になって社会に出てからの方が、周囲の人に受け入れられたように感じるし、友だちもたくさん出来た。


鴨居神社の前には海が広がる。
お祭りの時に、お神輿を担いだ人たちが海に入っていく光景は圧巻だ。(右手に見える屋根が、鴨鶴 ↓)
d0046294_9301826.jpg

その海の傍に、鴨鶴はある。
ランチを食べたついでに、主に思いきって声をかけて挨拶をする。

お魚屋さんは彼の父親が営み、今は病気で店を閉めているのだという。
(ああ、もっと早く、さっさと来るのだった・・・・・・。)
と後悔したが、母の近況を伝えながら、また来てみようと心の中で思った。


お腹いっぱいになった後、観音崎ラドンセンターへ向かった。 潰れていた。
仕方がない、叔父が知っている温泉が佐原にあるというので、そちらに向かった。 貸店舗の看板が出ていた。

ああ、なんということ。
この不景気な世の中を、つくづく感じさせられる。


結局、叔母が最初から一番行きたがっていた三浦海岸の「まほろば」に向かう。
d0046294_9311676.jpg


ここは休憩所が無いし、3時半以降は入浴料が1000円になるし(3時半前は500円)、であまり落ち着かない。
しかし、私達が到着したのは2時半頃で1時間は入っていられる、ということで湯に入ることとなった。
女湯は露天風呂があり、(男風呂はないらしい・・・・ほんとかなぁ 私と叔母はのぼせるほど湯に浸かった。

叔父が運転するため、湯上がりのビールが無いのが残念だったが、やっぱりお風呂に入ると身も心も軽くなる。
美しい夕日を眺めながらの帰り道は、送り届けてもらった頃には太陽もすっかり沈み、風も冷たい。
冬であったことを思い出すのだった。




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by anrianan | 2008-12-08 16:11 | ■とりあえず日記 | Comments(12)
浦賀~観音埼へウォーキング
11時半、shihoちゃんは時間通りにやって来た。
東京に住んでいる彼女は、2時間弱の時間をかけて浦賀駅に降りたった。
改札前で待つ私は、顔が小さくてスラリとした彼女をすぐに見つける。

「久しぶり~!」
と声を掛け合いながら駅の階段を降りると、すでに会話には花が咲き始め、お互いの近況報告から始まっている。

今回浦賀を見てみたいという彼女の希望を前提に、私はあれこれコースを考えた。
まずは、浦賀駅から久里浜に向かって3つ目のバス停「紺谷町(コンヤチョウ)」まで、二人で話しながらぶらぶらと歩き、“浦賀の渡し” に乗る。

d0046294_1524698.jpg私が子どもの頃は、こんなテーマパークにあるような舟ではなく、もっと素朴な色彩だったし、「浦賀の渡し」なんて名前もついていなかった。ただの “ぽんぽん舟” と呼ばれていたのだ。
ところが「矢切の渡し」がヒットしたあと、いつの間にやら「浦賀の渡し」になっていた。(笑)

向こう岸は新町(シンチョウ)。江戸時代からある街で、吉田松陰が宿泊した徳田旅館がある。
そういえば、NHK大河ドラマ篤姫でも、ゆかりのある地で浦賀周辺の映像が流れたことがあった。
浦賀といえば「ペリーの黒船来航」で有名だが、実際に上陸した場所は現在「久里浜」と呼ばれる所。 “上陸記念碑” というものが立っている。

渡し船の片道は1分もかからない。話では40秒と聞いたこともある。
現在はエンジンで動いている舟だが、昭和48年までは手漕ぎボートであった、と説明板には書かれており、江戸時代に活躍していた舟がなにやら、ふとすぐそこにあったような気がした。
すぐそばに海水を感じながら舟に乗ることはあまりないから、僅かな時間でも風に吹かれて進む舟は妙に胸が躍る。
大人150円自転車も可だから、浦賀と久里浜の間をウォーキングしたりサンクリングする時には、一度利用してみることをお勧め!

さて、あっという間に新町についた私たちは、徳田旅館を眺め、叶神社をぶらりと散策、その後鴨居港から観音埼大橋に抜けて、たたら浜へ到着。
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すでにいくつかのカラフルなテントが浜を安っぽくしていたが、水遊びする人あり、バーベキューしている若者あり(※バーベキューは禁止ではないのか?)天気がよいことも手伝って散歩する夫婦、ファミリー、恋人同士? と、かなりの人出。 山の麓にある広場では、アフリカン打楽器が演奏(練習?)されている。

太鼓の音を聞きながら眺める海は、驚くほどに青く透き通り、まったくもってどこか異国のリゾート地に来たような気分だ。
私は学生の頃から、何か辛い事があるとよくここに来た。広がる水平線を見ていると、時間が経つことも忘れる。
東京に独り暮らしをしていて帰郷する時も一度、駅からまっすぐここに来て、しばらく海を眺めてから帰ったことがあった。
辛い時に多く来ていたはずなのに、いつもここに来ると気持ちが安らぐ。
何年に一度の雪が降った時、その頃ウチにいたクロを連れて来た。クロが大喜びで、雪の砂浜を走り回った場面が鮮やかに蘇る。
海は浄化するというけれど、私はここの浜に来るたびに辛い思いを落とし、波がそれを沖に持ち去ってくれているような気がする。まるで「祓い祝詞」のように。・・・・・・


さて、海の気持ちよさに誘われて、一休みしようということになる。
私が持参した「平成16年白ワイン漬けの梅酒」をロックで飲みながら、、近くの石ベンチに腰掛ける。
ここにずっと居ても不満はないのだが、この地を初めて訪れた彼女には、もうちょっといろいろ紹介したい道がある。ということで、
「本休憩は次に海が見えるところにしよう!」
と、私たちは立ち上がった。

ここから観音埼に抜けるには、自動車道と歩行者しか通れない道の2通りある。どちらもトンネルをくぐる。
ただ「歩行者しか通れないトンネル」は、ちと怖い。戦争中は防空壕となっていた穴がトンネルの両側にあり、現在は埋められているが、岩壁の地層がそのまま見えて所々水が浸みている。
空気がひんやりとし、タイムスリップするのではないか、と思えるような異空間を感じる。

そのトンネルを抜けると海に面した遊歩道が続くが、打ちつける波はかなり強い。
子どもの頃から何回も歩いている道だけど、強風の時は波が道を覆ったこともあり、その時はさすがに怖いと感じた。
その道の先に、観音埼の海岸がある。バス停もあり、夏場は芋洗いのように、人が海に浸っている。
こうなると、先ほどの“海外のリゾート地”のような高級感は全くなくなり、品の悪い海水浴場となる。
バーベキューの臭いがあちこちから漂い、若者や子供の嬌声がごった返り、波の音も風の音もかき消してしまうBGMの曲があちこちから流れてくる。その曲に合わせて体をゆすっている若者たち(バカ者たち)に、
「アナタたち、カッコ悪いよ」
と言ってあげたくなってしまう。
だから私は、夏場はこの観音埼海水浴場には、あまり近付きたくないのだ。

ところが、この海水浴場を抜けて観音埼京急ホテルに近づくと、また空気が変わる。
「ボードウォーク」という木製の遊歩道が、車道よりも低い所に造られていて、海面の側を歩くことができる。
ただ、これも潮の満ち引きに気をつけた方がよい。

d0046294_1645575.jpg私たちも、このボードウォークを歩き、京急ホテルよりも少し手前にあるテラスのような所で、食事をすることにした。

実はこの日、彼女は赤ワインとチーズ、そしてフランスパンを持ってきてくれていた。
私は梅酒と雑穀おにぎり、そしてコロッケとエビかつ、デザートにどらやき(!)。
グラスは近場の私が用意し、割り箸やナイフは彼女が持ってきて、なんとも手軽でオシャレな海辺パーティとなった。

遊歩道だから人が通る。
羨望を隠してチラリと見ていく人、「おぉ、やってるな!」とほほ笑んでいく人、小さな子と大きなワン子は露骨に欲しそうな眼差しを向けながら行った。(笑)

d0046294_16492675.jpg事件もあった。
私がコロッケを一口食べて、そのまま箸で持っていたら、私と彼女の間を何かが走り抜けた! で、私の右手になにやら衝撃があり、見るとコロッケがない!
そう、トンビに奇襲攻撃をされて、コロッケを盗られてしまったのだった。

唖然・・・・・・としながら、
「京都の鴨川で、観光客が鳥に襲われて食べ物を取られる」
というニュースを思い出した。

しかし、易々と同じ過ちを繰り返すほどボケちゃいないさ。
こちらも威嚇のガンを飛ばし(笑)、その後食べ物は決して手に持たない、或いは一口食べたらすぐに左手で隠す、という注意をしながらトンビを観察していると、私たちの上を旋回しながら、こちらに目を向けて隙を窺っているのがわかる。

アンタねぇ、この私を襲うなんざ100年早いのよ!

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通じたかどうか分からないが、トンビがいなくなる頃、ボードを行き交う人もいなくなり、私たちの食べ物も無くなり、日も徐々に西に傾き出した。
ようやく私と彼女は京急ホテルのレストランに場所を変え、お茶を飲みながら夕暮れを迎えた。


ロングウォーキングとアルコールの酔いでがっくりと疲れた私は、ホテル前から横須賀行きのバスに彼女を乗せて見送った後、一人観音埼海岸のバス停まで歩く。
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d0046294_16523713.jpg右手に、一周年を迎えた横須賀美術館を見ながら、私は急速に暗くなって行く道を急いだ。
さて、バス停について時刻表を確認すると、10分ある。
歩いた方が早いかなぁ、と思いながらも、この暗い中トンネルを通るのはやだなぁ、と迷う。

地元の私にしてみれば、観音埼から浦賀駅まで行くのならバスに乗るが、それ以外バスを使うことなど考えられない、という感覚がある。つまり、家までの距離のためにバスに乗るなんて無駄、ということなのだ。しかも、家にたどり着くために5つのバス停が利用できるが、どこで降りても10分前後は歩く。
けれど、最近とみに物騒になっている世の中、地元だからとタカをくくっていると、今日の「トンビ事件」のようなことにもなりかねない。と考え直して、10分後のバスの出発を待つことにした。


お風呂に入って私がベッドに入る9時頃、彼女は今頃家に着いただろうか・・・・・、と考え、ここから東京までの通勤時間は、つくづく大変だなぁ・・・・・・と再度認識するのだった。


   え? はい、9時にベッドに入って、すぐに寝ていました。(笑)
by anrianan | 2008-05-18 15:04 | ■とりあえず日記 | Comments(6)
走水神社に弟橘姫命に会いに行く・・・

雨が降るといっていた天気予報は、ズバリ大ハズレ!

明日から「崩れる」と言う。

     ならば、今日もまた歩くかなぁ~♪


と言う事で、「走水(はしりみず)神社」に行くことにした。
そう! あの弟橘姫命を祭っている神社だ。

とりあえず、昨日行った「たたら浜」まで行って、さらにその先に行く。

d0046294_7275547.jpg

ここでいつも問題なのは、トンネルを通らねばならないこと。
山を越えていく手段もあるが、これは偉く時間がかかる。
散策を兼ねてなら良いが、今日は先を急ぐ旅なので山は越えられない。

トンネルの1つは、自動車道で大きい ・・・ これは排気ガス多いので、嫌い。
もう一つのトンネルは、元防空壕 ・・・ これはなんだか凄く怖いのだ。

大きなトンネルで行こう! と家を出た時から決めて来た。
そして、直前で気が変わった。
理由は、前のご夫婦が手前の元防空壕トンネルに入って行ったからだ。
他に人が居れば大丈夫だろう・・・、と後に続く。  しかし、やはり怖い。
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何が怖い、って、「居そう」だからだ。
   ゼッタイに居る、と思う!

   しかし、以前よりも妙な霊気が消えているような気がする・・・。
  左右の防空壕は埋め尽されているし、観光客が増えたせいかもしれない。
  それでも、中盤に差し掛かるとやっぱり怖くなる。
  心の中で祝詞を唱えながら、「ゼッタイ寄って来るなよ!」と念を送る。


トンネルを抜けると、そこは雪国だった。 いや、違った。 だった。
ここら辺の地層を見ると、太古の昔は海の底だったことが分かる。
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とにかく、海沿いの散歩道を先に進む。
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以前、走水神社に行った日は、確か台風の前の日だった。
この歩いている道にまで波が打ちつけ、
「私は大変な時に、危ない所を歩いているかもしれない」と思ったものだ。
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ココは、観音崎灯台への入口で~す!
   懐かしいねぇ~、“喜びも悲しみも幾年月”の舞台でしょ!
   と言う会話になる人は、かなり古い人。
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   今日は、「走水神社」に行くので、ここは登りませーん。
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さらにどんどん歩くと、大きな洞窟がある。







今まで気にしたことがなりが、今日はブログのために取材。
と言っても、説明が書かれた看板を写すだけ。
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大蛇がいて征伐されて祭られ、弟橘姫がここに眠る、ってことらしい。 (簡単すぎる要約だ)


さらに、木立に囲まれた遊歩道を歩いて海岸に到着。
ここが、「観音崎」と言うところ。 夏は人でごった返す。

私は更に、向こうに見える海沿いの道を進んで行く。
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振りかえると、先ほどの灯台が山の上に顔を出している。
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「観音崎京急ホテル」が見えてきたところで、手前に新しい看板を発見。
“ボードウォーク”と書かれている。
   ボードウォーク? ボート乗り場? ウォークは歩く?・・・
なんて、訳のわからない事を考えていると、
車道から低い海辺に、木材で遊歩道が作られている事を発見する。

   あれ~っ? 知らなかったぞ。

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あまりに波の打ち寄せ際を歩いていくので、
昔見た“歩いていく道が海水で浸水してしまった”夢を思い出す。
   オイオイ、あれは正夢かい? な訳ないよ。・・・

なんて、独りで心の中でブツブツ言いつつ、
   こ~んないいとこ知らなかったなんてぇ・・・、とビックリ。

   そうそう、こんなテラスが家にあるといいよなぁ・・・。
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観音崎京急ホテルの前を歩いていく。
   ここのホテルのレストランは、前面全面ガラス張り。(ダシャレではないよ)
   海を見ながらお茶が出来るので、非常に気持ちがいい!

そして、今私が歩いているのは、その前面の前にある遊歩道。
だから当然、目の前は全面海、海、海だし、しかも波打ち際だよ、オッカサン!
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今日は昨日と違って、大分潮が満ちている。






そして、16号線に戻り、
(と言っても、あまり車は走っていないが、
    走っているのは水だけ→走水!   しょーもないダジャレだね。

オッと、走っているのは他にも居るよ。
  ここら辺は防衛大のおにーちゃん達が、よくジョギングしているのだ。
  今も、すでに3人とすれ違った。

  昔は「うわぁ~、防大生だ♪」なんて思ったものだが、
  今になっちゃ、私の子供みたいなもんだよ(そりゃ、オーバーだ)


さて、いよいよ「走水神社」目前。
とりあえず、バスの時刻を調べておく。
なぜなら、今日は夜のお仕事(パソコン講習だよ)があるので、
横須賀までバスで行ってみよう♪ と言うわけだ。

これまた、バスで横須賀まで行ったことが無いのだ!
    なんでも「初体験」は、わくわくするねぇ~。
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なんて、バスの時刻表みれば、
こりゃ、完璧に「田舎」だよ。
だって、1時間に3本しか無いんだから!







見えた! 「走水神社」
へぇ~、なんか儲かってそうだねぇ。
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手水所で、手を洗い口をすすぎ、
さらに階段を上がっていく。







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ここで、弟橘姫と再会!
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これでは、あまり良く見えないので、さらにアップ。
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  あなた、海に飛び込むほどの愛する人に出会って良かったねぇ~。



さらに上まで登って、お賽銭を上げてご挨拶。
ついでに(?)、祓祝詞を奏上し、訪れた感謝を述べ、世界の平和を祈願する。
                                  パチパチパチ・・・・ (^.^)


そして、以前来た時も気になった「左上に伸びる山道」に目が行く。
  明治天皇の第六皇女昌子さまが詠まれた歌が、
  弟橘姫を祭る碑に刻まれているらしい・・・・。

   しかし、細い山道・・・蛇が出たら、ヤダなぁ~。

と思いつつも、今日こそは! と心でささやく声があり、しぶしぶ(?)歩き出す。 
約20mということだから、すぐそこだよ、と励ます。

蜘蛛の巣にひっかからないように気を付けながら、20mがやけに長く感じる。

あった! あった! 
これだね。

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もう、これで今日の仕事は終わりっ!
そんな充実感を味わいながら時計を見れば、なんと! バスが来る2分前!
境内で走るのは憚られ、早足で大鳥居まで急ぎ、車道に出てダッシュ!
目の前をバスが走り抜け、待ってぇ~!!! と声は出さなかったが、
私は走って追いかける。 と、停留所には誰も居なかったが止まってくれた。

      セ~フッ!


なんだか、初めてのバス路線なのでウキウキだ。

みさきぃ~めぐりのぉ~、バスはぁ~はしるぅ~♪

  なんて声には出さないけど、心の中で歌い続ける。
  この歌、小学生の時、遠足のバスの中でみんなで大合唱した歌だ・・・。

そして、昨日歩いたばかりの横須賀駅に到着し、
ヤボ用で再び歩き回り、ふとした目の先に
  な、なんとっ! 
  無くなったと思っていた大判焼きの三笠焼きのお店がっ!
  ここのしろあんが、おいしいんだよねぇ・・・。
  これは、買うっきゃないでしょ。  (:_;) カンゲキダ

  すみませんっ♪ しろあんとくろあん、1個ずつください!

  そしたら、オジサン曰く
  「今しろあん焼いてるとこだから、7分くらいかかっちゃうよ」

  え・・・・、と 私は心の中でショックを受ける。

  すると、オジサン「待ちますか?」 
  すかさず「はいっ!」と元気良く答えていた。

我ながら元気の良いお返事だったと、ちょっと恥ずかしくなったが、
おじさんも口の端で笑いながら、「中の椅子に座ってて」

そして、わずか20秒足らず、後から来たお客さんに
  「しろあんねぇ、あと・・・5分くらいかかるの」と言っている。

  えっ? えぇ~! もう5分になっちゃうのぉ?!
  オジサン、私には7分って言ったよ!


  と心の中で言いながら、私はひたすら待つ。待つ。。(?)
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焼き立てのホカホカに、すぐにパクついたことは言うまでもありません♪
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    走水神社への旅は、三笠焼きで幕を閉じたのでした・・・。


by anrianan | 2005-10-15 08:01 | ■とりあえず日記 | Comments(9)
To the sea ・・・part 2

天気予報では、秋晴れは今日までだと言う。

ふとすると沈みがちになる気持ちを奮い立たせて、
この間から行きたかった「海に行こう!」


化粧をするのも面倒なので、メガネのまま、深いつば広の帽子を目深にかぶり、
デジカメ・水・財布・携帯・ハンカチ・読みかけの文庫本・・・
これらをポケットや腰バックに入れて、スニーカーで出かけた。


 山を下る道は幾つもあるのだが、 今日は「王道」(と私が決めている)を歩いて行く。

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約5分、海が見えて来る。 
     ここを左へ…










平地になり、約10分歩くと漁師町

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この辺の氏神様は、この八幡神社らしい。
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毎年の夏祭りでは、
ここで御霊を入れた神輿は d0046294_160968.jpg
大勢の男達に担がれて、
そのまま目の前の海へ入っていく・・・。 (→海へ)


弟が家に居た頃、
近所の居酒屋で知り合った人達に誘われ、
神輿を担いで海に入った。
私は見に行かなかったのだけれども、
なんだか得意げな顔で帰って来たのを覚えている。



海の中に掛けられた「観音崎大橋」
(写真が下手ッピーで、つなぎ目がバレバレ)
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学生の頃や、会社に入りたての頃はよくジョギングに来た。

正月には、東京から日の出を見に来た車で大渋滞。
その脇をすり抜けるように、私は父とジョギングをした。

失恋をしたり、人生に絶望した時も、ここに来た。
この橋を渡って、誰も居ない「たたら浜」に行った。
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目の前には房総半島が見えるが、向かって右は太平洋になる。
浦賀水道を往来する船が多く、事故が多いらしい。

オトタチバナ姫タマトタケルノ命の為に、飛び込んだ海がここだ。

       私のタケル君は、どこだぁ~!!

    と叫びたいのを我慢して、

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打ち寄せる波を見ていたら、
やっぱり海に入りたくなった。
今頃は、水も綺麗に澄んでいる。


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この浜の後には「山」がある。  ・・・・ 振り返れば、そこは「山」!
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戦国の時代なら、絶好の立地条件である。
そのせいか、どうか、
ここには大戦中の防空壕がたくさんあり、砲台跡なども残っている。

そして今は、
この山全体が、観音崎国立公園になっている。
山頂には戦没者の慰霊碑もある。
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    今日は行かなかったけれど、
    慰霊塔への入口は、ココ。 →

    「クロ」が生きていた頃、
       よく散歩に来たなぁ。

    この山を歩き始めると、
    簡単に2時間くらい経ってしまうのだ。




今日は「たたら浜」で、静かに波と戯れ、
海辺のベンチで本を読みたい・・・
と思ってやって来てみれば!

なんとも・・・、ガチャガチャ、人が結構居るではないかっ!

うるさいグループってぇのは、年齢関係無いね。
「グループ」って、良くないよ。

こういう静かな所では、波の音や風の音を聞こうよ!
  静寂を楽しもうよ! って言ってやりたくなる。

あっ! それに、いつも私が座るベンチが
  アベックに取られている。・・・・

   ま、いいか。
   私が独りで座るよりも、アベックの方が絵になるもんね。・・・


仕方が無いので、別のベンチに座り、
ランチを食べながら、しばし本を読み耽った。 d0046294_16184545.jpg




可愛い男の子がいた。
まるで、子犬のように可愛いゾ!

子供連れの若い母グループとは離れて、一人で来ていたお母さんの子だった。

 なんだか気になって、
 ずっとずっと見てしまった。



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大海原は、やはり何でも洗い流してくれるのかもしれない。
と、思えた安らぎのひととき・・・・でした。


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by anrianan | 2005-10-13 16:28 | ■とりあえず日記 | Comments(12)