<   2011年 11月 ( 22 )   > この月の画像一覧
ポンデケージョ (餅のようなパン)
==============================================
ポン・デ・ケイジョ (Pão de queijo) は、ブラジルのミナス・ジェライス州で生み出されたパンの1種。
名前はポルトガル語で「チーズパン」の意。 (ウィキぺディアより)
==============================================


前回の“ゆべし”が思いがけずポンデケイジョ(餅のようなパン)風になったことで、私の心に火が付いてしまい、
「今日はポンデケイジョを作ろっ!」
と、目覚め一番から頭に浮かんだ。
江戸行きでない日は7時頃まで布団にくるまっているのが通常なのに、6時の時の声とともに布団を抜け出す。

薄明るくなってきた中で洗濯機をゴトゴト回し、パソコンを立ち上げ、目星をつけておいたレシピをプリントアウト。
温めたコーヒーを飲みながら(水出しコーヒーなのでこの頃は温める)、じっくりと材料のチェック。

その内に太陽が昇り、優しい冬の光が窓から差し込むと、これだけで嬉しくなって洗濯物を干した後は布団もベランダに担いで持って行く。
家にいる日にお天気が良いと、えらく得した気分になる。


さて、そうしてやることをやってしまえば、あとはもうぜーーーんぶ私の時間。
まだ8時前。
なんだか余裕しゃくしゃくでポンデケイジョにとりかかる。

今日は面白いよぉ~! とワクワクしながら、
1.絹ごし豆腐200gと白玉粉150gを混ぜ合わせる。
d0046294_10584627.jpg

カッテージチーズのような感じになってくるが、さらに混ぜて行くと滑らかな状態になってくる。

2.ここにアーモンドオイル(サラダ油でもOK)を大さじ3杯入れる。
d0046294_1115196.jpg

レシピでは“サラダ油”になっているが、ちょっと高価なアーモンドオイルがあるので使ってみることにした。

3.別のボールで薄力粉 70gぐらい、ベーキングパウダー小さじ4/3、粉チーズ大さじ3杯、塩を多めの一つまみほどを
  よく混ぜ合わせる。

  パルメザンの粉チーズがちょうどあったので使ったが、一般に市販されている粉チーズで全然OK。
d0046294_1173237.jpg

4.合わせた粉チーズ類を、最初のボール(豆腐+白玉粉)に入れて、ひとつにまとめる。
d0046294_118558.jpg

5.ここからは“発想自由編”。
  私は生地を二つに分けることにして、一つにはベーコンを練り込んだ。
d0046294_11131343.jpg

5-a.捏ねているうちに、“胡椒も入れたらおいしいんじゃない?!”と思いつき、レインボーペッパーを振りかける。
d0046294_11143326.jpg

6.あとは焼くだけ。(温めたトースターで5分前後)
d0046294_1117522.jpg

さて、ここから分けたもう一つの生地にナッツを加えることにする。
5-b.アーモンドとクルミを適当に刻む。
d0046294_11201426.jpg

これを生地に練り込んで焼くだけ。
d0046294_11212193.jpg

焼き上がりのベーコン胡椒入りをつまむと、
「ひょ~っ! おいしい~!」
と、一つ・・・・二つ・・・・三つ・・・・と立て続けに食べてしまい、四つ目で我慢する。
d0046294_11241131.jpg

出来上がりはこちら。ベーコンとナッツの二種。
d0046294_11234689.jpg

もともと塩&胡椒味が好きな私としては、ナッツ入りを食べた時に
「なんか寝ぼけた味」
なんて思ったけど、これは塩&胡椒味のパンチが利いているせい。(ビールにはバツグンだね!)
順番として、最初にナッツ入りを食べた方が良いかもしれない、と思った。


されど、ナッツの焼きあがりといったら!!・・・・・・ はぁ~・・・・とため息が出るほど
カリカリっとした歯ごたえと香ばしさが、これまた格別!
d0046294_11291253.jpg

ああ、もうこれで街のパン屋さんでポンデケイジョを見かけても、買いたくなることはないな・・・・・・。


今のところ、私にとって手作り料理は遊びのようでもあり、節約方法の一端にもなっているようだ。
  ・・・・・とは言っても、結構材料費に(おカネが)出ていっているけどねぇ。(^_^;)


<おまけ>
本場ブラジルでは、キャッサバ粉(タピオカの原料になる芋の粉らしい)、鶏卵、塩、牛乳、食用油(オリーブ油)、チーズを材料として作るらしい。 とすると・・・・・・! ジャガイモで作ってもよいのかもしれない。そういえば、ニョッキもモチモチしているしねぇ。

日本版ポンデケイジョというならば、白玉粉、米粉、餅粉を使って作るのは妥当なのかもしれない。
なるべく日本で採れるものを原材料としたい、と思うのだ。・・・




素晴らしい11月の締めくくり! 天気よし! 体調よし! 気分よし!
皆さんも素晴らしい一日になりますように!!! ぽちっをお願いね。\(^o^)/

  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2011-11-30 11:47 | ■食生活
蒸して作る クルミゆべし
くるみゆべしもレシピがいろいろあって、前回のゆべしの後に蒸して作る方法も試してみた。

d0046294_6362363.jpg

端っこに“きな粉”の袋がチラッと見えるけど、これにはきな粉は入っていない。
ゆずがあれば、柚子の皮を削って少し入れると良いらしい。

1.味噌、醤油、黒砂糖、そして水120ccを火にかけてよく煮溶かす。
d0046294_636493.jpg

2.粗熱がとれたら、シナモン、くるみ、白ゴマ、(ゆずの皮)、そして粉を混ぜ合わせる。
d0046294_637241.jpg

3.型に濡れ布巾を敷いて40分くらい蒸す。これで、出来上がり~! ・・・・・のはずだったのだが。・・・・・
d0046294_6371590.jpg

粗熱がとれてから、端っこを切って一口味見をすると、なんともしょっぱい!
へぇ~?!? 味噌と醤油を入れると、こんなにしょっぱいのぉ~?!!
(それとも、もっと冷めたらこれほどではなくなるのかも・・・・・・)
とは思いつつも、それにしてもしょっぱすぎじゃない? と自問自答を繰り返しながら、壁に張ったレシピをジッと眺める。


       (あ゙っ!)


醤油を大さじ2杯入れたような気がする・・・・・・・・。



  そうだ・・・・・・・! 味噌を大さじ2杯入れて、その後醤油を大さじ2杯入れた!


                                                  ガックシ・・・・・






それからが問題。
1.勿体無いけど捨てる。
2.そのまま我慢して食べる。
3.なんとか工夫して味を変える。
この中からどれを選択したでしょうか。

・・・・・・・はい、もちろん3です。


だけど、どーやって変えるかが次の問題。
餅粉か白玉粉を加えるという手もあるけれど、私は小麦粉をセッセと練り込んでいった。
蒸し上がった食感が“くちゃっ”という歯ごたえのない食感だから、もっと弾力性を出したかったのだ。
餅粉や白玉粉では、ますます柔らかくなりそうな気がする。・・・・・・

けれど、“働けど働けど楽にならず”ではないが“練り込めど練り込めど固くならず”。
打ち粉として大分小麦粉を消費した後どうにかまとめるが、触っている感じではとても弾力のあるゆべし(もどき)になりそうにない。
それでも半分ほどを蒸してみることにした。
d0046294_6374349.jpg

蒸しあがって試食したら、やっぱり
「お・い・し・く・な~い!」(大きな声で叫びたかった!)


残りの2分の1は、平たくのしてトースターで焼くことにした。
d0046294_6375444.jpg

これが! 思いがけずにヒットした!
(な~に? この食感!)
もちもちっとして、ポンデケージョ(中がお餅のようにもちもちしたパン)のようになっている。 (↓ ちょっとピンボケですが)
d0046294_638677.jpg

それもそのはず、(調べてみたら)ポンデケージョは白玉粉をつかっていた! 


       よし、そのうちに・・・・・。 (^m^)q





今、一番食べてもらいたい人に食べてもらえてない状況で、ちょっとテンション下降ぎみ。
どうかこんなあちきに応援のぽちっをお願いね。(-人-)

  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2011-11-29 06:34 | ■食生活
くるみゆべし oishii
何かを作ろうとする時、まず幾通りものレシピを見比べる。
必要な材料や手順が少しずつ違っているから、なるべく簡単でおいしそうなものを選ぶ。

今年は「洋」のスイーツ作りから始まって、秋の栗蒸し羊羹あたりから「和」が続いている。
“ゆべし”はお土産で買って食べることが当然のようになっていたが、もともとは手作り菓子。
ここは一丁、日本の食文化を後の世に伝えていこうぞ!
なんてことは思わなかったが、数十年前までは普通に母親が手作りしていたと思える菓子の、作り方さえも知らないなんてのは悲しすぎる、と思った。

と、なんだかんだ言っても、やっぱり私が食べたいから作る。それに尽きる。  (※この写真はクリックすると多くなります)
d0046294_812627.jpg

これは、蒸さないでレンジで作る方法。
とはいっても、レンジはあまり好きでないので、私は鍋で熱を加えながらひたすら練った。

1.くるみはトースターで2分ほど焼いて粗く刻む。
d0046294_7585965.jpg

2.白玉粉 100gと黒砂糖 70g の中に、ぬるま湯 150g 入れて、よく混ぜ合わせる。
d0046294_7592736.jpg

3.レシピでは“ラップをしてレンジで2分加熱してよく混ぜる”。
  私はこのまま弱火で、全体にムラがなくなるまでよ~く混ぜる。
d0046294_80434.jpg

4.ここにくるみときな粉を入れて混ぜ、“再びレンジで2分”
  私は再び弱火にかけて、白玉粉の白っぽさがなくなり、濃い茶色になってくるまで練って練って練り回す・・・・。
  かなりネバッてきて大変。
d0046294_803838.jpg


5.よ~~く練り混ぜたら、片栗粉を敷いた上に出して延ばす。冷やし固めて、あとは切って食べるだけ!
d0046294_8116.jpg

一度冷蔵庫で30分ほど冷やすと切り分けやすくなる。
その後は常温で置いても大丈夫。(その方がおいしいくらい)



さてね、これはまぁまぁ成功ではないかと思うのですがね。
問題は、この後に作った「蒸して作るゆべし」。

材料は餅粉8割、白玉2割で作ったんですけどねぇ、・・・・・・まぁこれが大変なことに。

ですが、今日はハッピーエンドでやめておきますわ。・・・・・・




蒸したゆべしのエピソードご希望の方は、ぽちっと押してね。(^_^;)
  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2011-11-28 08:05 | ■食生活
帽子をかぶった米吉
昨日は長々と語ってしまったので、本日はサクッと終わらせたい。

今週末のスイーツは「ゆべし」。
おナカさんがりんごの片隅に入れてくれたゆべしがとてもおいしくて、ペロリと食べてしまった。
そこで、もっと食べたい私としては
「ゆべしを作るしかない!」


ということで、ただ今“ゆべし”製作中。
その合間に、朝からろくに食べていなかった私はガッツリとカレーを食べることにした。
一食分だから買い置きのインスタントカレーにするとしても、米は炊かねばならぬ。
米を炊くには炊飯器を使わねばならぬ。

そう、この炊飯器、時々仮死状態になるほどの老衰。
バナナケーキの時は口にライターを加えさせられ、名を付ければ長生きするのではないかと「米助」と命名された。
が、このたび改名して「米吉」。

この米吉が初めて帽子を被った。
d0046294_12131978.jpg

あ、・・・・いやね、被ったというよりは、ネーサンに被せられたということでやんす。
これもエコとかいうものなんだそうですよ。
皿を温めておくのに、米吉から噴き出す蒸気を使わない手はない! って何やら頭に乗せられたんでやす。

「米吉、“吉報を呼ぶ米”って名前にしてあげたからね、がんばるんだよ!」
そう言いながら、あっしのほほを手ですりすりするんでやんすよ。

ま、あっしは名前はどーでもよござんすがね・・・・・・。
姉さんのためならエ~ンヤコラ!・・・・・ってねぇ。・・・・・・


耐えてる男ってソソラレルゥ~! なんて言われてしまいやすとねぇ。・・・・・・  はぁ~・・・・




米吉の頑張りにぽちっと一票をお願いね。(^。^)b
  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2011-11-27 12:33 | ■とりあえず日記
婚活と就活
最近気付いたことがある。(人生何十年生きてきてやっと・・・・・・。)

“こんかつ”と“とんかつ”って似ている。・・・・・・なんてどーでもいいギャグは置いといて・・・・・・、(/_;)



私はどちらも同じ思考回路で、同じ選択をしてきた。

人間の思考癖や思い癖は人それぞれだけど、物事によって変わるわけではないから、仕事も結婚も同じ思考回路は当たり前のことかもしれないのだけど、
「結婚は永久就職」
と言われてきたからなぁ、とつくづく納得できる年頃になったということか。

“言われてきた”と過去形にしたのは、今や一生に一回の結婚が当たり前という時代ではないから。


今までは人の一生も短かった。
平安、江戸、明治、いつの時代も例外的に長生きをした人はもちろんいるにしても、平均して30代で亡くなる人が多く、40を過ぎると老人に分類。



余談だけど、“かぐや姫”はジーサンが竹を割ったら出てきたというけれど、このジーサンとバーサンが40代だったという説がある。家の脇にクマザサが生えまくっていて、これを茶にして飲んでいた。
クマザサというのは、本来血液をきれいにするとか体を若返らせるといわれ、その茶を毎日飲んでいたから40代で子どもが出来てしまった。しかし、当時はそんな歳で子どもができたなどとても言えない。そこで、竹の中に入っていたということにしたのだ。・・・・・という説。

ホントかウソかはさておいても、何やら納得してしまいそうな感じがするのは私だけだろうか。



さて話を元に戻し、人生が7ー80年(中には100年なんて人もいる)になった人間は、日々進化を続けている。
けれどこれも人それぞれで、ある時点から進化ではなく退化する人も多いのも現状ではあるが。

進化や進歩とともに意識変革も起こり、思考や嗜好、さらには志向が変われば試行も変わる。となんだかダジャレの連発のようであるが、友だちも変わって行くし好みも変化していって当然と思える。


私が20代で“結婚って何だろう?”と考え始め、その答えはつい最近まで“とりあえず”の解答さえ見つからなかった。
昔は自他ともに“恋多き女”は認めていたし、好きな男性は半年から一年ごとに変わった。
自分でも分裂症ではないかと思うほど、好きなタイプの男性も多種多様。
・・・・・・要するに、自分を分かってない女だったのだ。

そのまま“えいっ!”と流れに乗って結婚してしまっても良かったけれど、
(絶対にこのまま結婚したら、いつか離婚するな)
という思いがあったから、私は“結婚って何?”の答えが見つかるまで結婚できない、と思った。

それに、結婚すると女は損だし。
この思いは両親を見ていて、子どものころから根強く確固たるものとして消えることはなかった。

女は内職をしながら家計を助け、その合間を縫って忙しく家事に立ち回って一日が終わる。
男は外に働きに出て帰って来たら何もしない。

私が会社で男性と同じように働くようになって、それなりに外で働くことでの気苦労や気疲れが多く、どんなに大変かということが理解できた。
家に帰って行った時、暖かい灯と食事が待っていて、お風呂も沸いていて、ベッドメーキングせずに暖かくて清潔な布団にすぐ寝れたらどんなに幸せか・・・・・・ということが身に沁みた。

けれど今や夫婦で働いているなんてのはザラで、そうなるとどちらも同じように家事を分担するのが当然となり、夫が風呂を洗うとか食後の食器を洗うなんて話を聞くと、私は内心ブッたまげるのと同時に、
(そうかぁ、時代が変わったのか・・・・・・)
と、なにやら時代から取り残されたバーサンのような心境となり、自分の中で答えを見つけられないからと結婚しなかったことで、損をしたような気分になったりもする。

しかし一方では、そういう疑問を持つこともなく結婚した世代の女性たちを観ていると呆れることも多く、つくづくこういう人間になりたくないとさえ思うこともある。
そういう女性と一生を終える男性を可哀想にと思う一方で、それもその男性にとっては今世の学びなのかと思ったり。


昔で言えば“老婆”の域に達して人生の終焉に近くなったと思うころになって、やっと私の中では明確に
「私はこういう男が好き」
という理想像(英語でいうと、Mr.rightというやつね)が見えてきた。
気付けば、今まで何十年の移り変わりの中で好きになった男性たちとはまったく異なるタイプ。
独りよがりではないかと思い、過去の恋愛をシェアしてきた心友のようなおナカさん(母)と話したら、
「変わった・・・・・、確かに変わったんだよ」
と、しみじみつぶやきながら太鼓判を押してくれた。


異性の好みが変わるということは簡単なようで、大変な意識革命なのだと感じている。
大体、どんなに地位や名誉があったりお偉い先生であっても、まったく女性を観る目がないという男が多い。
同性の見方と異性の見方は違うけれど、女同士は女特有の計算高さやしたたかさが見え見えだから、
(なぜあんな女にあの男性が?)
と呆れるケースが結構あるのだ。

どんなに頭が良くても、どんなに人柄が良くても、どんなにおカネを持っていても、どんなに社会的地位や権力を持っていても、そうゆう類の女を好む男はどこか魂の深い部分で、欠落している決定的なものがあるように感じてしまう。
特に、恋愛力を鍛える機会が少なかった人たちには、そのことを感じる。


さて、ようやくすべての外的条件や損得を抜きにして“こういう人が好き”という男性像が分かってきて、仕事についても同じであることに気付いたのだ。(遅すぎ・・・・)

私の適職は何なのか、天職は何なのか? と転職を繰り返してきた。
ただ職場を変えるだけではなく、真にやりたいことを見つけ、それを仕事をしようとしたから、職種も変われば使う感覚器官も替え、時には国も換わり、荒波で岩に打ちつけられる痛さを味わい傷も負った。
お陰で左の肺の下部はちょっと潰れているし、右の肺には穴も空いて、つまりはいつも命懸けでギリギリに生きてきたのだけれど、そこまでやるともう思い残すことはない、と思える。


結果今の職場は今までで最低の時給だし、仕事の内容も物足りないし、かと言って努力のしようもないし、いつ切られるかとビクビクだし・・・・・・と物理的に考えると決してよいとは言えないのだけど、なぜか5年(かそれ以上?)も続いていて、一度も辞めたいと思ったことがない。
というよりも、ずっとここで働いていたいと思い続けてきた。

何よりも職場環境というか、働いている人たちがいい。
中には、どこにでもいるようなエリート意識バリバリの偉そうな人もいたりはするが、大半の人は人間としての成熟度合いの良さを感じる。
特に同性である女性たちを見ていると、そこから学ぶことが多い。

そう、私はいつでもどこでも“学べる場”にいたいのだ。・・・・・・


一番やりたいこと(やりたい職業)の答えも見つかったが、今からでは物理的にも時間的にもこの有限の世界では少々無理(無謀)なので、これは来世に持ち越し。
それでもずっと居たいと思える職場では働けている。

今まで積み上げてきた知識や経験はまったく生かされていないけど、行くことが楽しみであることは毎日を楽しく生きていく上で大きなエネルギーになる。

同じように、結婚って何なのか? から始まり、どんな人と結婚をしたいのか? までの答えを見つけられたことは、今まで生きてきてよかったと思えるし、失敗だと思っていたすべてのことが感謝に変換されて、残りの人生の励みにもなる。


こうして一つ一つの答えを見つけるまでに時間がかかり、今世では物理的な結果が出ないとしても、これを次の世につなげていけると感じられることは、喜び以外のなにものでもない。

魂の輪廻を信じる信じないは人それぞれだし、それが本当かどうかも分からないけれど、私は魂の永遠性を信じている。そうでないと、今生きている意味がないと思うから。




ということで、今話題の就活や婚活には疑問多し、の私なのである。・・・・・・


                  そういう選び方で、本当に幸せになれるの?




久しぶりに長々と書きましたな。・・・遺言・・・ではないけれど、なにやら一つの区切りの時にやってきたような気がしているのですよ。・・・・・・最後までお読みくださり、ありがとうございます。今日もいつも通り、応援のぽちっをお願いね。
  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2011-11-26 11:46 | ■とりあえず日記
『フランス流節電の暮らし』
この頃、心の中で何かを感じていたり、少ない脳みそで何かを考えている。
この「何か」というのが色々あって、自分でもつかみどころのないものであったりするのだけど、暗くて寒い冬に向かって、私の目線が内側に向かっているようだ。

最近読んだ本の中で妙に私の記憶に居座っているのが、『フランス流節電の暮らし』(幻冬舎)デュラン・れい子著
d0046294_742463.jpg

年に2回ほど社内で本が激安販売される日があり、最後には10冊以上で500円なんていう“持ってけ”状態になる。
それでも残る本がある。・・・・・・

そんな中で、この本は一度目に止まり手に取ったものの、パラパラとめくって戻した。
なぜなら、なんとなく“知っている”と感じる内容だったし、
(すでに、こういう節電節約はやっているし)
というのが理由。

ところが、近くの席に座っている人が
「なぜか同じ本を2冊も買っちゃったのよ・・・・・・・いる?」
ということで、私の手元に“やっぱり”やってきた。
つまり、タダ。
なのに、妙に心の中で暖かい光を放っているのだ。この表紙のように。

ちょっと目次をご覧になる?   (写真をクリックすると全部大きくなって、読みやすくなります)
d0046294_7505717.jpg

江戸時代に少し時間を戻そう、と言っている私とちょっと同じじゃない?
なんて思いながら次をめくれば、
d0046294_7432396.jpg

フランスにはコンビニがないということに「へぇ~・・・・」と興味がひかれる。
結局、コンビニがあるから丁寧に生活を送ることをしなくなり、おカネで手軽に何でも手に入れるという安易さが人間としても質を落としているのではないか、などと考えさせられる。

そして最も印象に残ったのは、バカンスの過ごし方。
d0046294_7433289.jpg

一番は意識の違いだと思うけれど、“何もないことや何もしないことを楽しむ”、これが出来ない日本人が多いのではないか。
私が初めてこの“何もしない”ことを体験したのは、20代後半の時に滞在していたサンフランシスコのビーチ。
友人とビーチに行って、一日中何もせずに(時々本を読んだりはするが)ボーっと過ごす。

初めはなんと苦痛だったことか。・・・・・・

けれど何回かビーチに行くうちに、波の音を聞いたり、泳ぐ人や周囲の景色を眺めていたら夕方になっている、というようになった。
d0046294_7434212.jpg

そう、遊ぶために(会社を)休むことが普通と考えている人が多いけれど、休むために休む、これがなかなか日本人には難しいのかもしれない。

私はおカネが全然なくて時間だけがたっぷりあったこの数年、
(日本に居ながらヨーロッパに住んでいるつもりになろう)
と思うことで乗り切れた部分がある。
自分でも何がヨーロッパなのか、言葉ではよく説明できないのだけど。

ただ今何となく感じているのは、やっぱりおカネがあると何でも買って済ませるという雑な生活になること。
食事一つにしても、出来上がったものが売っているから(おカネがあれば)手間をかけずに買ってしまう。
でも私がフルタイムの働き方を止めたのは、食事は昔のお母さんたちのように手作りをしたいから。
季節ごとに、もっと丁寧に暮らしたいから。

その事を思い返すと、少しおカネが足りなくて何でも手作りしたり工夫したりしながら日々を楽しむ方が、ずっと豊かさや幸せを感じられるのだと思える。

そんな確認と励ましをもらったのかもしれない、この本に。


      これも一つのいい出会い・・・・・・・。





もっともっと心が豊かに! もうちょっとお財布の中身も豊かに。・・・・・・
応援のぽちっをお願いね。(*^。^*)

  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2011-11-24 08:29 | ■最近の一冊!
梶芽衣子「ミニトーク&ライブ」
11月4日にリニューアルした日比谷図書館の大ホールで、昨日19時から開催されました。

私は19時まで仕事。
最初開演時間を知って諦めたのですが、この日にシフトで東京に出てきているというのも縁だし、何といっても日比谷図書館は職場から大通りを挟んで目の前。歩いて一分、走って三十秒。
帰りが遅くなるといったって、たかだか一時間半。
そう考えると、こういう絶好のチャンスは二度とないかもしれないと思い、数日前にチケットぴあで予約しました。

予約番号176番。
(おお、結構危なかったじゃないか・・・・)
ということで、会場に駆け込むと200席はほぼ満員。
全席自由席だったので駆け込みの私は当然隅っこの一番後ろ、と覚悟していましたが、一人ならば結構ぽつぽつと空いているものです。
それに大ホールといっても200人で、こじんまりとした雰囲気はなんとなく居心地の良さを感じました。
以前渋谷にあったジャンジャンを思い出したのですが、そこをちょっと大きくした感じぐらいでしょうか。
私は左寄りの中ほどの席に落ち着きました。


私が知っている梶芽衣子さんは、『鬼平犯科帖』の“おまさ”や『八洲廻り・・・』の中での“姉さん”。
司会は共同通信の方で、この男性、いかにも梶さんの大ファンですというデレデレぶりで鼻の下が伸びきり状態。
それはいいのですが、このトークの中で初めて『さそり』とか『曽根崎心中』やCDデビューしていることなどを知り、先ほどまでYoutubeでそれらの作品や歌を観聞きしながら、ようやくと鼻の下伸びきり状態だった62歳の男性の心情が理解できた次第です。(^m^)


時代を先取りしているかっこいい女性、と感じました。
また、やはり人間には何か“分”というものがあるのだということをふと感じたり。
努力して目的を勝ち得ていくことは、過程として大切なことではあると思うけれど、やっぱり器というか、霊格というのか分かりませんけど、人間にはそれぞれに与えられているモノがあるのではないか、と感じました。・・・

「ライブ」というくらいですから、33年ぶりにリリースしたCDから3曲を披露。
さらに後半にも『怨み節』を含めて数曲。
矢代亜紀を思い出すほどハスキーでパンチのある声で、大人の女の落ち着きやさらっと感が加わって素敵でした。
64歳とは思えないほどにスラリとした体つきも若々しく、余分なものを削ぎ落としてスッキリした空気感は、彼女の生き方や生活そのものなのかもしれないと感じさせられました。

六月に階段から転げ落ちて救急車騒ぎとなり今でも傷が消えていないからと、昨日は黒いジャケットに黒いスラックス、髪を後ろにまとめてサングラス。
サングラスであの目元が見えないというのはなんとも残念でしたが、リズム感のある話し方や気風の良い人柄は非常に魅力的で、つくづくこういう風に年をとっていきたい! と心を鷲掴みにされた思いです。


とは言っても、現実を考えると一般的には、歳を経ていくごとに不要とされる女がまだまだ多い日本の社会。
女たちの努力が足りないのか、男たちが進化しないのか(できないのか)分からないけれど、こういう素敵な女性に出会うと、
(日本の女性も、西洋の女性たちと比べても全然イケテるじゃないか!)
と、なにやらキラキラした気持ちになれるものです。

ちょっと明るい光と希望と、そして励ましをいただいたような一時間半でした。・・・・・・


                           (※ご参考までに、梶芽衣子さんのブログはこちら)

                           (※そしてこちらは、英語版字幕付き『曽根崎心中』 Youtubuから)




これから、も一回『鬼平』のDVDを見ちゃお!(笑)
明るい明日のために、応援のぽちっをお願いね。\(^o^)/

  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2011-11-23 15:51 | ■とりあえず日記
りんごはアップルパイで食べるのみ
今朝は四時に目覚めて、そのまま起きた。(珍しい・・・・)
とにかく冬場になると暗い時間が長くて(しかも寒く)、体がどうしたって起きたくないと訴える。
私の体は太陽光発電なので、明るくならないと動きが悪いのだ。・・・・・・


というのはさておき、暗い中で洗濯をし、風呂を洗い、水出しコーヒーを温めて飲み、アップルパイを食べると、ようやく現世に生きている現実感が出てくる。
六時になって空が白くなったと思う間に、みるみる明るくなってきた。


さて、その今朝も食べたアップルパイ。
このところ、毎朝一切れ食べることが習慣になっているが、週末に岩手に住む親からリンゴが送られてきた。
リンゴ農家から買っているのだが破格の値段。一箱2000円ぐらいで買えるのだ。
こちらのスーパーでは、一個が138円とかする。
アップルパイ作りに凝っている私は、週末前になると二つずつ買っていた。

「一箱送ってあげようか?・・・・・・・ そんなにいらないだろ?」
「いらない」。
大体りんごをそのまま食べることなど、あまりない。
アップルパイを作るようになって必ず二つずつ消費するようになったが、それ以外は食べないのだ。
d0046294_604498.jpg

食べ物にも“陰”と“陽”があって、それによって体を冷やしたり温めたりする。
大雑把だけど、季節の旬の物を食べていれば自然の摂理に合っているようだ。

たとえば、リンゴは体を温めるし、キュウリは体を冷やす。
冬にりんごを食べ、夏にキュウリを食べるというのは体に優しいということになる。
この頃は温室栽培などというもので、どの野菜や果物も一年中出回るようになったけど、それは体にとっては自然のリズムを狂わすことになっているのではないか・・・・・・と思ったりする。


ま、深く考えることはさておき、当分は材料に心配することなくアップルパイ作りの練習ができる。
とりあえず、3回分の薄力粉を準備しておく。
こうしておけば、ふと気分が乗った時に気軽に作り始めることができるからだ。
d0046294_6255065.jpg

  ふむ・・・・、大分きまぐれな自分に合わせられるようになってきたな。
                                    いい加減何年つき合っているのよ、って感じだけど。(^_^;)




追記)箱の中のタッパーは“ゆべし”! 
ん~♪ ゆべしって・・・・どーやって作るんだろねぇ・・・・・・。
今日も応援のぽちっをお願いね。

  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2011-11-21 05:43 | ■食生活
豆腐餃子とキムチ餃子
昨夜の暴風雨がすべての塵や埃を払ってくれて、今朝は幾分暖かくて清明な空気が流れている。
「三寒四温」という言葉があるが、この時季はその逆で「三温四寒」といえそうだ。
春と冬が行きつ戻りつしながら、次第に暗く寒い時間が長くなっている。
けれど、それもあと1ヵ月ほどで陰が極まり陽に転じると思うと、やはり冬が暖かくなっているような気がする。


昨日は一日中、雨と風が窓を叩きつけていたが、私はこれ幸いとばかりに家の中で過ごす。
台所とパソコンの前を行ったり来たりしながら、何ということもなく24時間が過ぎた。
岩手からリンゴが届いたので四度目のアップルパイを焼き、合間に餃子を皮から作る。
二~三〇分の待ち時間ができるとパソコンの前に戻り、TsutayaのDVD『プリンセス・オブ・ペルシャ』を観る。
なんとも勝手気ままに時間を楽しんだ。

好きなことしかやらないが、その中でのハイライトはやっぱり“餃子の皮作り”だろう。
冬は鍋に餃子を入れて食べることが定番で、決して冷凍餃子は買わずに作ることにしているが、皮から作ることにはなかなか手がつかなかった。それでも、
(皮から餃子を作りたい)
という思いは、ダムで堰き止められた水のようにずっと胸の中で溜まっており、やっと昨日放水にこぎつけたという訳だ。

一番簡単なレシピを選び、中力粉(300g)の代わりに薄力粉と強力粉を150gずつ使い、ひとつまみの塩を加えて175ccの湯で捏ねる。
そして小さな餃子の皮に伸ばしていけばいいだけ。
d0046294_7532518.jpg

小さな皮に成形していく方法は幾つかあるけれど、今回は全体をある程度伸ばし、型抜きしたものをさらに伸ばした。
厚さが均一でないので、小さな皮を伸ばしていくと丸いはずが楕円になったり、大きくなったり小さくなったり。
まるで春巻きの皮のような物まで出来上がる。
d0046294_756933.jpg

さて、“具”で最近ハマっているのが「キムチ&鶏挽肉」、そして「えび(冷凍)&豆腐」。
これは、キムチの白菜を粗く刻んで鶏挽肉と混ぜた物。今回はちょっと贅沢に冷凍エビも入れた。
d0046294_7583469.jpg

そしてこちらは、豆腐とエビ。そこに今回は鶏挽肉も入れた。
味付けは、塩と胡椒のみ。
d0046294_7595533.jpg

この豆腐餃子はフライパンでカリッカリッに揚げ焼きする。
その方がビールのつまみに合うし、パリッとする皮と中の柔らかい豆腐のコラボが素晴らしい。

さて、キムチ餃子の方は鍋に入れることにしているので、いつも通りにヒダをつけて形成するが、豆腐餃子の方は揚げ焼きにすることだし、春巻きのような皮もあることだし・・・・・・ということで、いろいろと形を遊んでみる。
d0046294_835579.jpg

ちょっと遊び過ぎか?・・・・・・・

我ながら“ぷっ!・・・・”と噴き出しながら、まるでこりゃ「おままごと」だねぇ・・・・・・と呆れる。
それでも焼いてしまえば、ほら、ちゃんと餃子っぽくなる。
d0046294_855183.jpg

皮の厚さによって食感は異なると思うが、今回はかなり薄く伸ばしてみた。
それでも弾力があり、揚げたあとのパリパリ感は市販の物よりも歯ごたえがある。

んん・・・・・、これなら今後も続きそうだ。




今日は雨も上がったので外遊び!・・・・・・というわけにはいかない。
よい日になるようにぽちっをお願いね。

  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2011-11-20 08:15 | ■食生活
忙中感あり・・・・・・(意味:忙しい感じがするということ)
閑だらけの中でたまに働くという状態が長く続いたので、これを一度言ってみたかったのです。
「忙中閑あり」。

はぁー、スッキリしました。
長い間閑をやってみると、私は忙中が好きなのだということに気付きます。
忙しいと何やらどこかで、自分が社会の中で重要な一員であるような気になれるのです。
それでも別のどこかでは、自分の時間がないことに空虚な思いを抱いていたりもします。

仕事そのものは忙しいとはいえないのでこれはちょっと大変残念ではありますが、外に出る機会が多くなって、時間のやり繰りを考えるようになれたことは嬉しい限りです。

いつでもどこでも充実させたい、という思いが逆に“足るを知らない”状態にしているのだろうか? と考えたりもします。
仕事も自分の時間も充実させたい、という思いは贅沢なのでしょうか。・・・・・・・



という問題はさておき、昨日と一昨日は自分の時間だらけの日でした。
ブログの更新を気にしつつも、あっという間に一日が過ぎ去りました。
何も書くことがないというわけではなく、あまりによろずや的にやることがあって長くて短い48時間でした。

植木の手入れや(水だけで根っこが出ていた植物を植木鉢に植えたり、鉢を一回り大きい物に替えたり)畑の枯れた草を抜きながら穴を掘って生ごみ捨て場を作ったり、Gyaoを観たりDVDを観たり。これにレギュラーの洗濯や布団干し、数日間用の食事を作ってタッパーに詰めたり、そしてスイーツ作り。
お天気がいい日はとにかく忙しくて幸せです。


このどうってことがなくて盛りだくさんの中で、とりあえずピックアップすることを選ぶならば、
「幸せの木が復活!」
でしょうか。

庭を歩き回っていて、明らかに外に生えるような植物でない形態の葉っぱが目に留まりました。
(え? なに? あれは!・・・・・・・)
と傍に近寄って見ると、“あっ!”と思い出したのは、いつぞや棒だけになってしまってズブッ! と土に挿しこんでおいた“幸せの木”。
根っこも葉っぱもすべてが枯れ尽してしまって、新芽が出る部分も茶色でカサカサになっていたのです。
(幸せの木が枯れるなんて・・・・・・・)
何やら縁起が悪い、とガッカリしながらも、そのまま捨てるのは可哀想で、
(ダメでもともと・・・・・・)
と、山椒の木の傍に挿し込んでおいたのでした。

その木が復活していたのです!
d0046294_7492388.jpg

おぉ、これは冬が来る前に家の中に入れてあげなければ!

ということで早速植木鉢に戻しながらちょっと考えて、風が当たらずに日当たりのよい外に置くことにしました。
室内で生きている植物よりも外でガンバッテいる植物の方が、葉の色といい発しているエネルギーといい、何とも密度の濃いものを感じるのです。
枯れたようになったにもかかわらずここまで復活した幸福の木ですから、きっと外で冬を乗り越えてくれるに違いないと思ったのです。(ただし、私が水やりで枯らさないことが条件ですが)。


俄然、吉兆の前兆ではないかと思えるほどの励ましをもらった私は、やっぱりアップルパイを作ります。
どうしても、サクサクのパイを焼きたい。
これからはリンゴの季節だから、
(毎週アップルパイを焼き続けてみようか)
ぐらいの執着。
d0046294_7573982.jpg

すでに一切れ食べた後ですが・・・・・・。(笑)

何度も書いていますが、私はパン焼きのトースターかレンジという選択しかないので、トースターで焼いています。
中まで火が通りにくいので、パイ型にパイ生地を敷いた時点で一度焼きます。
その上にリンゴを(今回はレーズンとクルミの砕いたものも)入れ、上に編み込みの生地を乗せたら再び焼きます。
10分ほど焼いたら、上にアルミホイルを被せてさらに5分。

今回三回目にして、ようやくサクサクの生地に焼け上がりました。
d0046294_821551.jpg

焼きたては、層になった生地がほろほろと落ちるほどの柔らかいサクサク、底の部分はパリパリ。
一晩たった先ほど食べた感じでは、冷却されてしっかりと歯ごたえのあるサクサクでした。

人さまに食べていただく時にはこの冷めた状態になるので、もう少し軽い感じになるといいかなぁ。・・・・・・



と尽き果てぬ欲は次への希望となって、今から今週末が楽しみになるのです。






ああ、やっぱり庭に石焼き窯を作りたい! という思いが募る日々。・・・・
いつか実現するように応援のぽちっをお願いね。

  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2011-11-17 08:50 | ■とりあえず日記