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おもしろいのを見つけました
「自立度チェック」というテストです。
興味のある方は、↓ ココををクリックしてやってみてね。

「自立度チェック」をやってみる!


上のテストの質問に答えながら、いろいろなことが頭をよぎりました。

昔なら即答できただろう答えを、今は躊躇ったり考えたり。
その一行の質問の裏側に様々な状況がある、と思うからです。
頭の中で、まるで早回しのスライドが“サッサッサッサ・・・・・”と差し込まれるように、
いろんな状況の場面を見せられる感じです。
そうすると、必ずしも「Yes」か「No」かでなんか答えられない。
「必ず」とか「絶対」とかいうことはあり得ない。 この言葉、もう死語じゃないの?・・・・・
でも、二者択一だから、どちらかを選ばなければならない。

現実の世界でも、そうですよね。
迷うことがあっても、「行動をするか?」「しないか?」


自分一人で努力して結果がでることであれば、行動する。
でも相手があることだと、黙って逃げる。
私はこういう傾向があるように思います。

でも「黙って逃げる」というのは、自分を孤立させ、人を信じられなくなるな、と最近感じています。

「あの人には言っても通じないから」「問題に心が煩わされるのは嫌だから」
と、心の中で決めてだんまりを決め込むのです。
そうすると、例えば、たま~にしか会わない友人ならば、時が解決することもあるかもしれませんが、職場のように毎日或いは頻繁に顔を合わせる相手であると、必ず衝突する“時”を迎えてしまいます。
しかも、我慢していた時間が長ければ長いほど、衝突の際の爆発が大きくなる。・・・・・

それに、距離に関係なく、自分が相手に感じていることは、必ず相手にも伝わっていたり、同じように感じていたりするのですね。
「以心伝心」とは、よく言ったもんだなぁ、と思います。

だから、信頼できる相手であると、そんなにくどくど言葉を交わさなくても思いが通じるし、結局、通じない相手というのは、お互いに信頼関係がないということなのかもしれませんね。


恋愛になると、ちょっと状況は異なってくると思うのですが、それについてはまたこの次ということで。・・・・・

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by anrianan | 2008-01-30 10:14 | ■とりあえず日記 | Comments(8)
スパムメール対策でした
※先週は、しつこいスパムにうんざりして、コメント欄を閉じていました。



さて、私はこの週末、再び岩手に足を運びました。
行きの夜行バスでは
「雪で高速が閉鎖されていますので、何時に着くか分かりません」
なんて説明をされ、ありゃぁ・・・・・・、と不安になったものの、30分ほど遅れただけで到着。

予定通りの6時10分はまだ暗いけど、30分遅れたので空も明るくなり、しかも青白く美しい月も輝き、バスを降りると、そのバスの後ろに両親とクックが車で迎えに来てくれていました。
一日前には東京でも雪が降りましたけど、積ることはありませんでした。
一時の雪は、『冬ソナ』気分を味わえて、ロマンチックな雰囲気に浸れますが、遠野ではまだ雪景色。
まるで小学生の頃に夢中になった (映画にもなったけど、これはダサかったね) 『ナルニア国物語』のワンシーンに迷い込んだような気持になります。
そして、以前滞在したフィンドホーン(スコットランド)にタイムスリップしたような気分にもなるのです。

確かに美しい景色ではありますが、実際に生活をするとなると不便がいっぱいです。
まず、寒い。(当たり前!)
道が凍って滑る。 車も滑る。 犬だって滑るんだから。(笑)

でも、やっぱり ♪~ 犬は喜び、庭駆け回るぅ~♪ というのはホントで、クックは体が埋もれるような雪の中へダイビングしていきます。(笑)

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ダイビング・・・・といっても、これは雪に寝転んで体をこすりつけている所です。
山にはいろいろな獣がいて、畑にやってくるので、臭いを嗅いでは自分のテリトリーを主張しているらしいです。


今日の遠野は-1℃でした。
東京についたら、7℃。

   ああ、春だぁ~


わが家族は、両親は東北、弟は沖縄、そして私は神奈川と、私を中央にして北と南にバランスよく散らばっています。(笑)
お陰で(?)、天気をはじめ、事件や出来事など、いつも北と南が私の意識の中で同時進行しているわけです。
最近、これはとてもありがたいことのように思えています。

ブログでも、私が訪れたことのない土地で暮らす人たちと交流が持てることで、ニュースなどでその地名が出ると、なんだか身近に感じるのです。
これはちょっとした贈り物かもしれない、なんて思うのです。・・・・
by anrianan | 2008-01-27 17:38 | ■岩手県宮守村 | Comments(10)
世界にひとつだけの花~♪
つい花を見ると歌いたくなる歌です。

さらに、「雪が降る」という情報飛び交う寒空の中、ウチの庭の隅っこで健気に咲いている花となれば、なおさら
「アンタはえらい!」
の想いを込めて、この歌を歌ってあげたくなります。

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関東亜熱帯地方と言われ始めてますけれど、まだまだ冬は寒い。
寒いといっても、北国と比べれば6℃や7℃なんて、ど~ってことない気温ですけれど。
それに庭の草木が枯れなくなったのは、「暖かい」=温暖化? と不安になったりもするのですけれど。

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通常は室内で咲く花が、放りっぱなしの庭の隅で、明日葉に埋もれるようにして咲いているんですよ。
(明日葉も元気というわけです!)

そして、何かの実が落ちているのかどうか、鳥たちが食べにくるのは大いにウェルカムなんですけれど、あの黒くてデカいカラスたちもやってくる。猫たちもやってくる。小鳥たちは逃げて行く。
ウチの狭い庭の中は、「野生の王国」縮小版のようで、私はついつい小さな鳥たちの味方をしたくなるのです。



そういえば、この花が小鉢に入って売られている姿を見た時には、心底びっくりしました!
d0046294_8112451.jpg(あや~、この花が「お金」と交換されるなんて・・・・!)

ウチでは、まるで雑草のような扱いをされていました。
だって、どんどん這うようにして伸びていくんですもの。・・・・・

でも、不思議なものです。
売られているこの花を見た時から、小銭が庭に散らばっているように見えるから、抜かなくなりました。

  がはははは・・・・・・!
by anrianan | 2008-01-21 08:11 | ■住まい | Comments(8)
手打ち蕎麦の巻-3完
いかん、いかん、早く続きを書かねば、あっという間に一月も終わってしまう・・・・・。
そう焦りながら、ようやく書き(打ち?)始める。

だいたい日にちが経過してくると感動が薄れ、他に心奪われることも出現し、
そうなるとフェイドアウトしていく恋のように書く気も失せてしまうのである。
恋はナマモノ・・・・・、いや、感動はナマモノ。
心が感じて動いた時に、パソコンと指もさっさと動かさないと、溶解してしまう。
北極の氷のように・・・・・・。

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手打ち蕎麦の「賞味期限」も短い。
なんてったって、混ぜ物一切なしなのだから。


さて、父がいなくなって困る理由は、なんといっても
「粉挽きたて+打ち立て蕎麦が食べられなくなる!」
ということである。
それだけ? 
というわけではないのだが、そう考えると、まるで「人間国宝」のようではないか!
  いささか大袈裟ダ・・・・・。

というわけで、私は両親の元に帰還した際には、とにかく食べる! (もちろん、蕎麦でっせ)
「食べられるだけ食べておかなければ・・・・・!」
と、私の守護霊さまが叫ぶのだ。(爆)


d0046294_11143850.jpg2007年12月28日、久しぶりに蕎麦を食べた。
うまい! ・・・・が、そんなにたくさん食べられない。
私も小食が身についたんだなぁ、と思った。
(それとも、おいしいお蕎麦に“慣れて”しまったんだろうか・・・・・)。 マンネリ夫婦のようだ・・・

と思っていたんだけど、
31日の年越し蕎麦は違ったね。

d0046294_1115735.jpg おいしいぃ~! 

私は思わず感動の一声を発し、心の中でも・・・・めっちゃ、うまいっ!
数日の間に私の胃が大容量並みになったのか、はたまた一度冷めた恋が復活したのか、( ちゃう、ちゃう!
とにかく蕎麦が格段にうまいのだ。
 どうして、どうして~?!?!

d0046294_11152543.jpgすると母が、我が意を得たりという感じで一言。
「ああ、やっぱり粉が違うからだね、お父さん?」
「もう今朝食べたやつ(蕎麦)で、去年の(粉)は終わりか?」
「うん、終わり」

なんと、私が昨日まで食べていたのは、昨年収穫したそば粉? (今になれば一昨年
へぇ~、やっぱり粉の鮮度も味に影響してくるんだねぇ。
当たり前のことだとは思いつつも、舌で感じる味の違いは、
「ここまで違うのか!」
d0046294_1116058.jpgと驚かずにはいられなかった。

やっぱり、その時の体調や状況も関係するとは思うのだけど、単純に感じる「おいしい」と「そうでもない」という感覚は大切なのだ、と改めて感じ入った次第。

今まで、そういうことが2回ある。
「そういうこと」というのは、「お腹が一杯でも、まだ食べたい!」というほど、美味しかったということ。

d0046294_11162216.jpg一つは、おもち。
数年前に、雪の降る晩に隣のお婆ちゃんが、つきたて餅を担いで持ってきてくれた。
そのお餅は触ってもふわふわ、口に入れるとふわふわっと消えていく食感が何とも言えず、
「これが、本当のお餅だよ!」 
  This is the MOCHI! という感じ

大人になって、あまりお餅を食べなくなっていた私だが、その時ばかりはパクパクと食べてしまった。
他にいただいていたお餅とは、明らかに、明らかに! 食感が違うのだ。
絶対に、絶対に、「機械で搗く」か「臼で搗く」かの違いだと思っている。
また、その時の餅米の鮮度にもよるだろうし、使った水の違いもあるだろう・・・・・。
とにかく、あの「お餅」は忘れられない。
小さい頃に食べて、
「お餅大好きぃ~!」
と言っていたお餅ときっと同じなのだ。

そしてその後、同じ感動を体験できるお餅には、出会えない。・・・・・


そして、二つ目はマモル君の「蕎麦」。
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これも前述した通り、毎回というわけではない。
粉の鮮度と挽きたてであること、打ち立てであること。
d0046294_1117622.jpgやっぱり本当に美味しいものは、漁師さんたちがその場でさばいて美味の海鮮物を味わうように、「そこでしか味わえないもの」なのかもしれないと思う。
どんなにデパ地下の品揃えが素晴らしくても、乗り越えられない壁なのだ。

そして、量産を求めたら味わえないものでもある、と思う。

なぜ量産が必要なのか?
それは「儲け」を出すため。
利益優先になった途端に、「本物」は儚くも消えてしまうのかもしれない。

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               出来上がり~! この端っこが好きなので~す!


もうすぐ石油も枯渇するというのに、農業も壊滅状態だというのに、日本は一体どうするのだろう? 石油ストーブの代わりに練炭を使おうか? 米作りをやらねばならないか? 鶏を飼おうか?
中流よりも下のワーキングプア層の私が、真剣に考えているのである。
日本の現状を見ると、近い将来の危機は切実なものに感じる。
お金を持っていても、「物」が手に入らない時代が来るのではないだろうか・・・・・。

こんなにゴミを出して、エネルギーを無限のように使いまくっている。
自分で食べるものを作ることさえもしなくなり、企業は必要以上に生産して、捨てて、動物や農作物への感謝も薄れている。
そのうちに必ず鉄槌が落ちるに違いない、と感じるのだ。

TVでは「大食い」を売り物にしたタレントを使い、高価な食材を使って食べまくる姿を見て喜ぶ。
なんだか、食べ物に感謝しているようには見えない。
ローマ帝国崩壊前の愚かな人間って、こんな感じだったじゃないか・・・・・と思ってしまう。

現在は物に溢れているけれど、10年20年使える物がどれだけあるのだろうか?
私はパソコンを10年、携帯も7年使った。 壊れないんだもの。
というよりも、10年もたない家電製品なんか作って欲しくないと思う。
洗い桶一つでも、大切に一生使いたい、というのが私の信条。

この感覚は、・・・・・・
経済的に余裕があると、薄れてしまうのかもしれないね。



あら、話が大分横道に逸れてしまいました。
大みそかに時間を戻し、話もお蕎麦に戻します。

d0046294_11312330.jpg写真は、たまたま手打ち蕎麦を習いたいという方がいらしたので、その時の写真です。
この方にとっては「第一回目の手打ち蕎麦」ということになり、この年越し蕎麦をご家族で召し上がったんですね。
想像すると、なんだか私も楽しくなりました。

こうやって、自分で作る生活の復活が少しずつ広がっていくならば、これからの日本も少しは明るいかな、なんて思うのでした。
by anrianan | 2008-01-18 12:05 | ■岩手県宮守村 | Comments(10)
手打ち蕎麦の巻-2
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蕎麦職人マモル君は、収穫した蕎麦の実を隣の納屋で粉にします。

ほんとは石臼で挽きたいらしいのです。
機械で挽くと熱が発生してしまうから、ということですが、ゴロゴロと石臼を回して粉を挽くなんぞ、想像すると気の遠くなるような作業で、それこそ蕎麦が「高級な食物」に思えてきます。
作業時間や労力などを考えて、とりあえずは機械挽きで妥協です。


さて、それでは粉が挽かれるまでの過程を写真でご覧ください。
一度挽かれた粉はその後、数回機械を通ってさらに挽かれてゆき、そのたびに白く繊細な粉に変化していきます。

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蕎麦の実は、粉と蕎麦がらに分類されて吐き出されてきますが、粉の中には、まだ多少の蕎麦がらが混ざっています。
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多少蕎麦がらが混ざっている粉を、もう一度機械に入れるということを、数回繰り返すのですが、そのたびに粉は白く細かくなっていきます。

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真っ白できめ細かい粉は、美しくておいしいのですが、栄養価は少々落ちるそうです。このことを聞いた時、私は(お米とおんなじだ!)と思いました。
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d0046294_14322197.jpgそして人間も、こうやって何回も削られるごとに、白く美しくなるに違いない……
ナンテね。
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粉が真っ白になったところで、さて、このあとはいよいよ「蕎麦打ち」!
そして、その後はいよいよ「食べられる」!
私の頭の中には、あのドロリとした蕎麦湯に入れた焼酎が早くも浮かびます……。

実は前日の晩も蕎麦を食べていたのですが、この夜食べた蕎麦にびっくり仰天!
前日の蕎麦とはえらい違いがあったのです。 そのわけは……次回へ…
                              
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傍らではクックがウロウロ。
もっとも、昼間はこの納屋に繋がれているクックなので、人が居ると嬉しいらしいのです。
マモル君には絶対服従で、“チョ~いい子”ぶり。(笑)

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by anrianan | 2008-01-13 14:33 | ■岩手県宮守村 | Comments(10)
手打ち蕎麦の巻-1
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右の写真は、頑固な蕎麦打ち職人マモル君と、引かれて歩くクックです。
「また、クック~?!」
なんて言わないで下さいませ。
今日はさすがにネタを変えます。(笑)

頑固オヤジが打つ「手打ち蕎麦」の話です。


私が一番最初に彼の作品(蕎麦)を食したのは、結核で入院する直前ですから、かれこれ十数年前になります。
私の体調が悪かったことも多少はあるかもしれませんが、そりゃあマズかったです。(笑)
堅いし、太いし、短いし・・・・・。

けれど8ヶ月後に退院して食べた時、蕎麦は劇的に変化していました。
柔らかいし、細いし、長い・・・・・、コシもある。

私はもともと蕎麦好きでしたけれど、打ち立ての蕎麦がこんなに美味しいものか!
と感激しました。 おナカさん(母)などは蕎麦嫌いでしたが、蕎麦好きに大変身。
「朝は蕎麦でなくちゃあ」
なんていう始末。

そして、頑固オヤジは時とともに
「そば粉から作りたい!」
と言い始め、ある日突然、岩手に一人で移住してしまいました。

 ああ、ああ、ああ、ああ~、・・・・・・・・・・・・。


その3年後、とうとうおナカさんも岩手へ引っ越しとなり、
大志を抱いたジーヤの田舎暮らしは、10年にもなりました。

ちょうど蕎麦の花が咲き乱れる時期に畑を訪れたことがありますが、それはそれは美しく、あの花々が実をつけ、収穫され、粉に挽かれて蕎麦になるまでを考えると、美味しさも感動も一層増します。


余談になりますが、「米」をはじめ日本の農業が壊滅する危機を迎えている今、国民全員が一度は農業体験を持つ機会があるといいのではないだろうか? と思います。
国を守る意識を持つことと同じくらいに、大切なことのように思えます。

食物は、自分の体の中に入っていくものです。
脳や精神にも影響を及ぼす、と私は考えています。
綺麗な形をしていても、栄養価がほとんど失われている野菜に高い値がつけられ、一方、自然の環境の中で育って栄養価の高い野菜が、見た目が悪いために粗雑に扱われる、って変じゃありませんか?

私も採りたての野菜を食べると、スーパーで売っている野菜と、まったく味の濃度や食感が違うことに愕然とします。
といっても、有機野菜などはやっぱり値段が高いので、つい安い方に手が伸びてしまうというのもわかるんですけれどねぇ・・・・・・。
政府は物事の視点を変えて、もっと徹底的に日本の農業を救済しなければ、自滅の道を進んでしまうのではないか、と私はほんとに思います。


話を蕎麦に戻しますが、
この「粉挽き立て+打ち立ての手打ち蕎麦」は、どこでも食べられるというわけにはいかないので、まさに食べる機会に巡り合った私は「幸せものだ~」と、この時ばかりは頑固オヤジに感謝しきりです。

というわけで、年末の年越し蕎麦はもちろん、挽き立て+打ち立て蕎麦でした。
そして、蕎麦を茹でれば「そば湯割り焼酎」が当然セットになるわけです。 ホクホク・・・・

ということで、長くなるので「まえがき」(?!)はここまでにします。(笑)


                                    -つづく-
by anrianan | 2008-01-11 08:20 | ■岩手県宮守村 | Comments(12)
あのぉ・・・・・・、
しつこくて、ごめんなさ~い!

なんといっても「親バカ」ですから、やっぱりクックのことを話したくなるのです。
                                  ワタシ、クック!
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癒されますねぇ、動物の存在は・・・・・・、というのか、ペットの存在は、というのか。

こんなことを申し上げると、たくさんの方に叱られるかもしれないのですけれどね、
私は2歳くらいまでの幼子を見ると、まるでワンコを見るような感じがするのです。

邪気が無いから無邪気というのでしょうけれども、良くも悪くも悪びれず、人の気配や気持に敏感に反応し、ひたすら健気な瞳を向け続ける。
私は家に居る時はほとんど一人ですから、ワンコ一匹いてくれたら全然違うだろうな、と思います。


前回、クックをモデルに仕上げるまでのストーリーを書きました(?)が、
その後、実は別のポーズを撮るようになった姿を見てくれますか? ほほほ・・・・
                                          だって、カワユクて・・・・
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        ねぇ、ねぇ、どぉお? 片足、上げちゃったわぁ~

「あら~、可愛い! はい、そのままねぇ~♪  もう一枚撮るよぉ! きゃ~、可愛い~!」

いささか私はノリの軽いカメラマンのように、声をかけながら何枚も何枚も撮り続ける。
時にクックは呆れて(?)、フンという感じで横を向いたりするのだけど、私の右ポケットには「おやつ」があるのを知っているから、じっとおやつをくれるまで待つのですよ。

同じポーズで、
「は~い、こっち向いてぇ~!」
の声に仕方なく応える。(笑)

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でもね、やっぱり飽きちゃうのよねぇ・・・・・。





              ふぁ~・・・・・・
by anrianan | 2008-01-08 14:28 | ■岩手県宮守村 | Comments(8)
妹のクックです!
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世間では「親バカ」とよくいいますが、今やこれだけペットが家族の一員として浸透してくると、犬や猫がわが子同然となり、犬や猫に対してデレデレになってしまう飼い主も「親バカ」といえるのかもしれません。

クックは両親が飼っているワンコなので、私の妹という位置づけになるのですが、どうやらクックは私を格下と見ている節があります。
生まれて目が開いて、すぐに貰われてきたクックにとっては、自分を犬とは思っていないのかもしれません。
たまにしか来ないゲストの私は、当然よそ者。自分にとって「いてもいなくても良い存在」。
それは年々知恵がついてくるにつれて、そういう人間的な顔を見せます。

彼女が貰われて来て一年目の頃は、まだ初々しい白い毛をなびかせて、私が外に出て行くと必ず駆け寄ってきては飛びついてきたものです。
(ああ、あの頃は無邪気で可愛かったのになぁ・・・・・)
なんて、まるで可愛かった子どものころを思い出す親のような気持ちを味わうわけです。

昨年寂しい思いをした私としては、今年は策を練りましたさ。
月々のやり繰りを節約してクックのおやつをどっさり買い込み、(←大げさ) クックの前に登場する時には、いつもポケットからおやつが出てくるしくみ。

田舎育ちのクックは、生まれて初めて食べた都会のおやつ(?!)に最初はびっくりしたのか、一度口に入れたクッキーを、
「なんだ、こりゃ?!」
とぺろりと出して、くんくんとにおいを嗅ぐ。そして、もう一度口に加える。
胡桃の殻を割ることが好きなクックにとっては、堅いというほどでは無かったのでしょうけれど、歯ごたえのある「歯みがきにもなるクッキー」というものだったから、初の食感だったのかもしれません。
堅さと味を認識したクックは、その後はためらうことなくバリボリと食べていきました。
でも、同じクッキーばかりが続くとぺろりと出して「飽きた」コールをするという傲慢さ。
しかし、その傲慢さも賢さにしか映らない私は、やはり「親バカ」。


写真を撮りたかった私は、いいことを考えました。
芸を教え込むように、
「クック~ こっちを向いてぇ~!
     可愛く撮れたらおやつをあげるからねぇ~♪」
と呼びかけるのです。
何回か繰り返すと、おやつをもらえるタイミングを覚えたようで、私がカメラを向けるとちょこんと座ってこっちをジッと見るようになりました。

  パシャッ!

「きゃ~! 可愛い ハイッ」
と狂喜の私は、おやつをあげる。
ちょっとポーズを変えてほしいのだけど、そんな高度なことはできません。
なんせモデル初心者なので。(笑)

そのうちに、私が外に出て行くと駆け寄るようになり、散歩にも一緒に行き、やっと信頼関係が出来上がっていったのです。
そして私が帰宅して、母が電話で
「クックがなんか寂しそうだよ」
なんて言われた日にゃ、嬉しさと切なさにたまらない気持になる私なのでした。

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by anrianan | 2008-01-06 11:20 | ■岩手県宮守村 | Comments(12)
新春のお慶び~! を申しあげましょう♪
みなさま、ご無沙汰しておりました。
あけましておめでとうございま~す!

慌ただしい年末を無事(?)に通過し(といっても、いつでも時間は通過しているのですが)、27日の仕事が終わった後、あの若者の街・秋葉原から夜行バスに乗って私は岩手県遠野市に旅立ちました。
バスの旅も3回目、となれば、次第に慣れてきて眠れるようになるもんです。
仕事の同僚がやはり夜行バスで大阪に帰るというので、二人で食事してビールを飲んで、彼女は東京駅から、私は秋葉原駅から乗り込んだ次第です。

「遠野市」というと、“民話の里”や“河童”で有名ですが、実は「遠野市」からは車で40分くらい離れています。
今話題の「統廃合」というやつですね。
郡や村が市や町になり、住民にとって便利になるかといえば、村の過疎化はますます進み、不便になっていくというアレです。
両親の所も住民税が上がったとのことでした。

そのせいかどうか、(そのせいではないと思いますが) 岩手交通では今までなかった路線が2007年新たに加わりました。
そのお陰で、私は両親の所から車で10分ほどの所に下車できるようになりました。
今まで花巻まで40分、雪が降っていると50分、送迎は嬉しいけれど、雪道事故に遭わないようにと心配も伴います。
時間が短くなったからと言って、その心配がなくなったわけではありませんが、50分よりは10分の方がちょっと心配が軽減しますね。


着いた当初は雪が無かったのですが、暮れから雪が降り始めて、元旦から雪かきが始まりました。
今回、パパPCをネットに繋げようと準備をしていったものの、プロバイダの手続が遅れて繋がらず。
よって、清水の舞台から飛び降りて買ったVista PCを持っていったけど、ネットを使えず。
(なにやってんだ? アタシ・・・・・)

携帯でシコシコとブログを覗いては、ちょっと自分の生活を保つライフラインのような気がしましたが、いかにPCと密着した生活であるかを痛感させられました。
パパPCがネットに繋がったら、
「絶対にガンバルからね!」
と気炎を吐いたのは、なぜかおナカさん(母)。
「へぇ~?! ガンバッテ。」
と茶かすマモル君(父)。

おお、七十の峠を越えてすごいじゃないか、おナカさん・・・・・。
不器用だけど、コレと決めたら亀の如く進みながら成し遂げるような力をもつ彼女。
期待と不安を感じながら、彼女の決意に圧倒された2008年の年明けでした。


愛しのクックには今回、おやつをいっぱい買っていき、いつも私の右ポケットにはクックのおやつが・・・・。
したがって、すっかりクックは私の虜。
いや、「私がもっているおやつ」の虜ですね。
それでも、いつもよりは手なずけましたダ。 オ~ッホッホッホ・・・・・・。

写真も撮り貯めて来ましたが、本日はとりあえずご挨拶まで、です。
    (あいかわらず、長いご挨拶でごめんあそばせ。)


本年も、どうぞよろしくお願いいたします!
by anrianan | 2008-01-04 16:35 | ■岩手県宮守村 | Comments(10)