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農大オープンカレッジレポート
毎週土曜日、といってもたったの3回だけど、「味噌や醤油の作り方」を学ぶために東京農業大学に通いました。
朝10時から夕方4時半ごろまで。
1時間の授業の後に10分の休憩が入り、ランチの後は猛烈な眠気に襲われ、木洩れ日が揺れるキャンパス内の小径を歩くたびに心は踊り、遠い昔と言ってもおかしくない学生の頃の自分をあれこれ思い出す楽しい時間でした。


1回目は主に味噌について、2回目は醤油・食酢について、3回目は酒類について、というところでしょうか。
1回目は「味噌づくりの実習」があったのですが、2回目以降は実習がなく講義だけでした。
カリキュラムの詳細はこちらをご覧くださいませ。

どうです? カリキュラムを見ると、ちょっと興味が湧きませんか?
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毎回、たくさんのお土産をいただきました。
例えば、1回目は「高級味噌」と「味付け味噌」、2回目は「濃い口・薄口」のお醤油やタレや飲料酢など、3回目はビールやお酒、焼酎など。
その回で勉強する食品(飲料)が、全国の蔵元から提供されるわけです。

3日間で15000円ですから、1日5000円ということになり、知りたいことを専門分野の教授から学べる上に、こんなにお土産をもらってしまうのですから、
「花も実もある中身」
とはこの事だと思いました。
ちまたの儲け主義会社主催のセミナーとは、エライ違いです。

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その大学教授もそのセミナーに一日を費やし、
「日本の文化を護りたい」
という心情が背景にあることを知れば、なおさら感動も増すってもんです。


ま、話を講座に戻しますが。・・・・・・
「食酢」と「醤油」」を自宅で作るために、酢酸と麹を貰ってきたのですが、ここで一つの問題に気づきました。
「ウチには “量り” が無い」ということです。

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(ああ、だから毎回「違う味」になってしまうんだな・・・・)
遅まきながら、当たり前のことをしみじみと知ったのです。

料理はもちろんですが、醤油を作るために「塩の分量」を正確に量って入れなければなりません。
昔の「お母さん」たちは、一握り、ひとつまみ、という目分量で「我が家の味」を作っていましたが、それも長年日々の経験の中から掴んだ勘ですから、私が真似するのは「10年早い」というもんです。

だいたい、一握りが何グラムぐらいで、
「どんな味になるのか?」
を知らなければとても無理だということを、やっと実感を伴って知ったわけです。

そこで、
「スケールを買いに行こう!」
となりましたが、まだ行っていない状態で一週間以上が過ぎてしまったのです。・・・・・  早くせぇー!!


しかし、「酢酸」はナマ物で
「2-3日のうちに作ってください」
と言われましたので、素直な私は翌日の日曜日には「食酢作り」を行ないました。

余談ですがね、私は小学校の頃から決して「理科」の成績が良かったわけでなく、「5」なんて滅多に採れなかったんですよ。でも、なんですかね、
「理科の実験みたーい♪」
という、このワクワク感というのは。

今になって、時々「教育テレビ」などで科学や物理をベースにした番組を見ていると、興味津々で、
(実は、私は理科や物理が好きだったんじゃないか?)
という気にさえなってしまうんですから。



d0046294_9334499.jpgともかく、江戸時代にもこうやって食酢を作っていた、という話を聞きゃあ、やらずにはいられないってもんですぜ。

広い口の容器に、①酢酸 ②酒 ③一度煮立てた「水」 を入れる。
これだけです。
後は空気と触れて行くことによって、空気中と微生物と結合しながら「酢」を作っていくのです。


埃がつくのを防ぐ為に、通気性の良い新聞紙を被せました。

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さらに、一日に一回は新聞紙を取ってもっと空気に触れるようにします。

出来れば、30℃を保つ場所で保管できればいいのですが、一般家庭では無理なので、私は日当たりの良い場所に置くことにしました。
すると、2日ほど経つと少しですが「薄い膜」が所々張ってきました。
そして4日目には、くらげのような透明の膜が、肉眼でもはっきり見えるようになりました。
これはもう出来あがった証拠です。

   へぇ~!  これで、出来あがり?

臭いを嗅いでみても、市販の酢のようにツンとした臭いがしません。

(ああ・・・・、失敗したかなぁ・・・・??)


それでも、清酒と財宝温泉の水を使っている「食酢」ですから、捨てることなんてできません。
私はコーヒーフィルターで濾してビンに詰め、とりあえず冷蔵庫に保存することにしました。

ようするに、「手作り酢の完成の状態」を知らない私にとって、これでほんとに良いのやら?
ということなのです。
それを確認したのは、3回目の講座でした。

先生が曰く、
「手作りの酢は、市販の酢のようにツンとした強い臭いはしません。 マイルドな感じです。」

  な~んだ! そうかぁ・・・・・・。 
  じゃ、成功じゃないか♪

ということで、その貴重な手作り酢を「何に使うか?」ということが、次の課題となりました。

(何と言っても、そのまま飲んでも良いくらいの原材料を使っているわけだからなぁ・・・・・。)
と考え、    ↓
         ↓
(財宝温泉でも「飲料酢」を出しているし、あちこちでも市販されているなぁ・・・・・。)
         ↓
         ↓
(あ、あぁ~っ! 紫蘇ジュース、があったぁ~!)
となったのです。

覚えていますでしょうか。 カビが生えた紫蘇ジュースを煮沸し、飲んでしまったアレです。
「カビが生えていたんですよねぇ・・・・・」
とのコメントもありましたけど、今年3度作った中で、アノ「カビ紫蘇ジュース」が一番おいしかったのです。
甘さや色の透明度などが最高でした。

3度目に作った紫蘇ジュースは、紫蘇の時期が終わりつつあったせいか、ちょっとエグミがあって、いくら「手作りはよい」と言ってもちょっとねぇ・・・・・・。
と、これまた冷蔵庫に大量保存。

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そこで、この「ちょいエグミ紫蘇ジュース」と「手作り食酢」を入れて飲んでみたら、これが結構イケルでないの!

いや~、ホッとしましたよ。
両方とも、“長期保存の末に廃棄” なんて末路を辿らずに済みそうです。






※ なお、「酢酸」は生き物ですので販売していないとのこと。
   よって、一般家庭で食酢を作ることは無理があるようです。
   ・・・・・・・・江戸時代は、どうやって「酢酸」を作っていたんでしょうねぇ・・・・?


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ということで、残るは「醤油作り」と「甘酒作り」です。
まずは、スケールを購入すること。(← 自分に言い聞かせている)

そして、甘酒作りは黒米を使って「黒米甘酒」を企んでいる最中です。

結果は、実験過程(?)も含めて、のちのちレポートすることに致します。




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by anrianan | 2007-10-30 09:09 | ■とりあえず日記
採れたて! 摂れたてっ! 撮れたてっ!

蜜柑が黄色く色づき始めた。

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去年は、まさに
「明日採ろう・・・・」
と思っていた矢先、烏やムクドリに全部食べられてしまったのだった。

鳥たちに “お福分け” したのだと思えば、
(それもいいか・・・・・)
と思ったが、あの食い散らかされた後の無残な姿は、やっぱりショックだった。

それに昨年は、蜜柑の木までのたった数メートル、雑草が一面生い茂り、とても足を踏み込める状態ではなかったから、
(草むしりをちゃんとやっておけばよかった)
いう反省も残った。
さらに今年は、新たなことに気づいた。

この時期は、やたら蜘蛛の巣が繁盛しているのだ!

私は蜘蛛の巣を見るたびに、
「アンタら、長い時間をかけて、よくがんばったね~」
と思うのだが、時には門から玄関へ向かうど真ん中に新築していたりする。


ちょいと、アンタ! ここはアタシの家だよっ!

そう言いたくもなり、今年は「見つけ次第崩壊令」を作って実行することにした。
哀れな蜘蛛たちは、私が通る道に住居を構えた場合は、即刻箒で壊されることになった。
しかし、蜘蛛たちも「七転び八起き」の精神があるんだねぇ~。
壊しても壊しても、近場に巣を作り続ける・・・・・・・。  えらいねぇ・・・・・。    シミジミ・・・・

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いやいや、そんなことにシミジミしてられない。
蜜柑の木を昨年のような哀れな姿にしないために、
「今年は絶妙のタイミングで収穫するのだ!」
と決意した私。

そうだっ!  
毎朝1個ずつ、採ったらすぐに、木の傍で食べようっ!

なんだかカッコ良くないかぁ?
早朝の澄んだ空気の中で、蜜柑狩りをするのだ。1個だけ。

どうして1個だけかというと、実は、あまり柑橘類は得意ではない。
はいはい、そりゃね、年齢と共にビタミンCがより必要になってくるから、摂った方がいいことは知ってますよ。
でもね、果物自体、それほど私は食べないのですわ。
そんな私に、
「この分は、お食べ」
と言われているような気がして、庭になる実は、なるべく無駄にしないように・・・・・、と頑張る次第。

まだ皮が黄色になりきっていない今から、1個ずつ食べていけば、結構なくなるんじゃないの?
と思っているんだけど、・・・・・どうでしょう???




イスラエルでは、いつもテーブルに山盛りの果物を置いておく。
なぜなら心が豊かになるからだ、というような話を聞いたことがある。

ふ・・・・ん、そう言えば
英語で「fruitsful」は、[よく実を結ぶ]とか[効果の多い]というような意味で、語感も何となく、実り豊かな心にしてくれそうだよねぇ。



      なるほどねぇ・・・・・・。
by anrianan | 2007-10-23 12:56 | ■家庭菜園
くるみあん♪
実は、昨日は農大オープンカレッジの2日目なんだけど、実習がなかった。
その代わり「宿題」で、①醤油を作る、②食酢を作る、があって、その材料を貰ってきた。
そして、先週の「お土産の高級味噌」に続いて、今回はまたまた山盛りのお土産を貰ってきたのだった・・・・・。

これらについては、後日「宿題」の写真も含めてレポートすることにして、今日は「くるみあん」の話を書きたいと思う。
なんだか食べ物の話ばかり書いているようだけど。


仕事に生甲斐を感じられず、好きな男は遊んでくれず、夢中になれるモノがなく、暇を持て余してバイトをしている主婦状態になった女は、食べ物の話ばかりになってくるのか?・・・・
といっても、生活を保証してくれる夫という存在も無いのでは、最低最悪の厳しい条件下で生きていることになる。・・・・・

    勘弁してほしいよねぇ・・・・・、まったく。


しかし泣いても笑っても、やがては死んで行くのだから、愚痴る前に「クルミあん」を作ろうってわけ。(?)
だいたい料理なんてのは生活の基本だと思うし、何を作っただのどうしたこうしたというのは、自分で楽しみ、また家族が喜んでくれれば公表するようなことではないと思うのだが、なんせアタシャ可哀想な一人ぽっち暮らしだからね、みなさんにお話を聞いてもらいたいのですわ。(笑)
まぁ・・・・・・、バーサンの他愛もない話として読んで下され。



両親が移り住んだ岩手県の宮守村では、「わさびだんご」が旨い。
それと並ぶくらいに、私は「クルミだんご」を気に入っている。

県内ではどこに行ってもクルミがとれて、クルミを料理によく使うような気がする。
人はこの季節になると、クルミを拾って固い殻を割り、クルミあん(ペースト状)を作って、お団子やお餅をくるんで食べる。

だから、クルミ料理は他にもいろいろあるのだろうけれど、私は真っ先に、
「クルミといえば、クルミ団子!」
と頭に浮かぶ。

  ちょっと話が「団子」に逸れるが、時代小説を読んでいると、やたら “茶屋に入って団子を食べる”
  というのが出て来る。 そのせいかどうか、私はこの所、団子がいつも頭の中にいる。
  「最中」の次は、「団子」というわけである。・・・・・・

しかし、団子なら
「自分でも作れる!」


新橋の京急ストアの陳列棚の前で、だんごの材料を吟味する。 (大袈裟な・・・・)
(一度白玉粉を買ってきて作っているから、今度は上新粉にしようか・・・・、だんご粉(!?)にしようか・・・・。)
“わらび粉” というのを見かければ、わらび餅も作りたい・・・・・。 と心はあれこれ揺れ動く。
(わらび餅ってぇのは、「片栗粉」で作るんじゃないのぉ? わらび粉って何さ、わらび粉って・・・・。
   大体、上新粉とだんご粉ってどう違うのさっ?!・・・・・)
と、心の中で自問自答しながら悩むのである。  


先日、愛情がいっぱい詰まった「クルミ」が送られてきたので、これは絶対に無駄にせず、おいしく食べ尽くさねばならない! との使命に燃えて、ネットであちこち「クルミあん」レシピを調べる。
あるわ、あるわ、こんなに作り方がいろいろあるのかと、こりゃまたビックリ!

ん~、やっぱり “東北の「くるみあん」の作り方” というのを採用すべきだろう。
と決定し、いよいよ母が置いて行ったすり鉢を取り出すと、カ、カビが・・・・・・!!!!
(ああ、いかに「ほうれん草の胡麻和え」を作っていないか、だなぁ・・・・)
なぜか「すり鉢」というと、ほうれん草の胡麻和えしか思い出さない私。

とにかく一日漂白剤につけて、そのあと歯ブラシでメに沿って丁寧に洗い、日向で乾燥させて、
  いざぁ~! 出陣~!!! (頭の中では、ほら貝が鳴っている)
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まずは、すり鉢の中にクルミを入れて、ゴリゴリすりつぶしていく。
次に「てんさい糖」と「イキな果和糖」を入れて、さらにゴリゴリ・・・・・・。


しかし、ここで事件! 
クルミの油脂が出てきたのと同時に、なにやら水分が・・・・・・。 
(な、なに? この水・・・・・。)
これは失敗ではないか? それは困る! 
ん・・・・、混ざらない、混ざらない・・・・・。
心の中で半泣きになりながらも・・・・・・・・、混ぜる、こねる、混ぜる・・・・・。

d0046294_1182640.jpg実は、この後の「冷めたお茶を入れる」をやってから、砂糖を入れるのであった!

             間違えた・・・・・・。  うぇ~ん・・・・。


次の「冷めたお茶を入れる」に移ることにした。
なぜ水分が出ているのか分からぬまま、(砂糖の水分とクルミの油脂が分離した?)
さらに水分である「冷めたお茶」を入れようと思ったのだ。  
なぜだ?・・・・・


当然、いくらすりこぎ棒でネリ混ぜようとしても混ざらない。
(絶対に諦めちゃならない! 絶対にうまく行く・・・・・!)
こういう時は、不思議と昔の「スポ根」が頭をもたげてくる。

そこで、ふと別のレシピに書いてある「酒」を入れよう、と思いつく。
水分がまだ分離したまままのに、なぜ酒を入れるのか? と聞かれても、私としては何の理由も根拠もなく、ただ
「酒を入れれば、美味しくなるに違いない」
という思いつきと思い込みだけなのである。

       するとっ!

酒が掛かった所が、白くなった!  え゙ぇ~~~!!!!!
(失敗しない、失敗しない、失敗しない・・・・・・・・)
と心の中で呪文を唱えるように、全身全霊ですりこぎ棒からヘラに持ち替えて、かき混ぜる、かき混ぜる、かき混ぜる・・・・・・。

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およょ~・・・・・・?!    


                        


おっホッほ、ほ、ほ、ほ、ホッ・・・・・。 柔らかくなってきたじゃないのぉ~♪
こうなったら、もっと柔らか~く・・・・、入れよ、入れよ! お酒をもっと入~れよぉ~♪

すっかり
「おべんと、おべんと、嬉しいなァ~♪」
と、歌う幼稚園生の気分である。

だって、どんどん柔らかくなるんだも~ん!
といって、酒ばかり入れていったらまずいんじゃないの? とはたと気づく。
そして、「東北のくるみあん」レシピに書かれていた “冷めたお茶” を再び入れてみる。
今度はうまく混ざり合っていく。

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  はぁ~、よかったぁ~・・・・・・・・。



ということで、クルミは見事に「くるみあん」に生まれ変わり、団子の上にたっぷり乗って、無事私の胃袋に納まったのだった。 めでたし、めでたし。
by anrianan | 2007-10-21 11:18 | ■食生活
鍋の素♪
すっかり寒くなり、温かい湯気が立ちのぼる鍋物が嬉しい季節となった。

特に私はここ数年・・・・といわずに、今年の夏は冷たいもの(もちろん、アルコールだが)を飲んで (注:飲み過ぎというわけではないが?)、二度ほどゲーゲーとやっている。
今まで考えられなかったことが起きている。
これを「加齢」というのだろうか・・・・・・・。


ま、そんなことに落ち込んでも仕方ないので、明るい老後に向かって今から「備え」をしなければならない。
今のところ、経済の「備え」はできそうに無いが、健康への「備え」は自分の努力次第。
食べ物と運動に気をつけて、生きている間は健康で楽しい現世にしなければつまらない。
特に、ワーキングプア層の人間は病気で働けなくなったら、それこそ「野垂れ死に」の現在。
余計な欲を持たず、執着をせず、江戸庶民のようにその日その日を元気に潔く生きるしかないっ!
(おお! なんだか元気になってきたぞぉ~っ♪)


で、書こうと思っていたことはこんなことではない。
「鍋」の話である。

寒い冬になると、必ず作りおきするのが「煮野菜」。
これは何を入れてもいい。 水炊きの具でも、おでんの具でも、何でもいいのだ。
要するに、野菜のエキスが混合して旨いスープストックとなる。

大釜を使うのがいいと思うが、一週間もすると味は良くなるが、汁は濁ってくる。
すまし汁が好きな人は、数日ごとに新しく作ることをお勧めするけれど、私はだいたい煮返しながら、水や具を足し続けて一週間は使う。
基本的には、塩などの調味料は一切使わない。

この大鍋から小鍋に移して、味噌汁にしたり、カレー、シチューなどに化けていく。
同じ具材なのに、調味料を変えるだけで全く別の顔になる。

まぁ、魂は同じなのに、生まれるたびに違う顔に生まれてくる人間のようなもの? あははは・・・・



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先日、ふと目に止まった100円ショップの小鍋。
(ちょっとぉ~、これ、100円?!)
私は手に取り、あちこちひっくり返しながら、水は漏れないか、ちゃんとした代物か、と悩んだが、
(ま、100円だから物は試し・・・・)
と購入してきた。
去年もたしか、一人用の小鍋があったらいいかもしれない・・・・・、と思っていたのだ。

良いですねぇ、やっぱり。

私はどうしても、“少しずつ、いろいろな食材を入れる” のが好きだから、ついつい鍋から溢れるほどになってしまう。
一人の分量というのは、結構難しいのだ。

一回の消費量が少ない私は、いつも「食べ過ぎ状態」となって苦しくなる。
苦しくなるだけならまだしも、太る! さらに最近は、お腹をこわす!

か~っ! 
(子どもじゃないんだからさぁ、同じことをやるなよ。 少なめに食べろよ。)

と毎回自戒するのに、アホな私は何度も同じことを繰り返す。 そして反省する。
だから、今年は「小鍋ちゃん」の力を借りて、
「毎回、ちょうどいい分量だけ食べる!」
を実行するのだ。

d0046294_8474554.jpgこれは、結構効果的なんざんすよ。
大鍋から小鍋に移す段階で、溢れないようにするわけだから。
味噌煮込みうどんなんかも、これで作ると火を止めてもぐつぐつしているし、食べるのが遅い私としては、少しでも長く温度を保ってくれるのも嬉しい。

というわけで、親鍋子鍋が活躍しそうな2007年の初冬。

これで、
「毎日味噌汁!」
も、負担を感じずに近づけそうだ。
by anrianan | 2007-10-18 08:45 | ■食生活
味噌を作る!

昨日は、東京農業大学のオープンカレッジで「麹」について学び、味噌を作りました!


d0046294_9164487.jpg味噌には、大きく分けて「米味噌・麦味噌・豆味噌」の3種類があることやそれぞれの違いなど知り、感心することばかりです。
教授から、
「学生の中には、蔵元の後継者などもいるんですね」
などと聞くと、なにやら科学や経済の発展よりも、日本の明るい未来を感じるのでした。

一般的に使用されている味噌は、米味噌が多いようですが、私は八丁味噌が好きです。
なのに、その八丁味噌が豆味噌だったとは全く知らず、あまりに知らないことだらけで感動してしまいましたわ。

d0046294_920946.jpgその「豆」というのは、「大豆」ですよ。
あ、知ってた? そりゃ、失礼いたしました。

じゃ、その「大豆」ってやつは、枝豆だってことは?
あ、これも知ってた? はぁ~、すばらしいですねぇ。
ワタシャ、数年前まで知りませんでしたよ、・・・・・・まったく。

母と畑で枝豆を摘みながら、
「大豆も作ればいいのに」
と私。
「ここにあるじゃ」
と母。
「え? 大豆だよ!」
「あるじゃ! ここに」
「これ、枝豆じゃん」
「ば・・・・・、(呆れて「バカ」の言葉が途切れた) 枝豆が大豆になるんだよ!」
「えぇ~~~!!!  枝豆が大豆になるの?!」
d0046294_921472.jpg「そうじゃ・・・・・」(呆れ果てている)
「え・だ・ま・め・が、大豆?!」
「そうっ!」

これ、小学生の私と母の会話ではなくて、数年前の私と母の会話ですわ・・・・・・。
いや~、感動しましたねぇ。
枝豆が大豆だったなんて! がはははは・・・・・・



味噌に戻りますがね、
「麹」と「味噌」の概論をはじめ、さすが教授の講義ですから素人の私には
「????」
というような部分もあったのですが、その教授はとても味噌についての研究を愛して楽しんでいるわけですから、その熱意が伝わってこちらも楽しく興味が深まってくるわけですね。
????となりながらも、なんとなく分かった気分にもなったりしながら、とても印象に残った話があります。

味噌作りには「塩」が欠かせないもので、塩が腐敗を防いでいる。
そして、その「塩」は人間の生命にも欠かせない。
それが現代では「塩はよくない」ということで、塩を摂らなくなっている。
塩を使った味噌を、日本人は食べなくなっている。
味噌作りは手間隙がかかり利潤が少ないので、大企業が算入出来ないものだし、昔からの蔵元が職人の心意気で作り続けているのだけど、日本人の摂取が少なくなって、作り続けて行くことがより困難になってきているのが現今である。・・・・・


私も、最近は滅多に味噌汁を飲まなくなって、深く反省しましたね。・・・・・・
「これから、ゼッタイに毎日作ろう!」
と思いましたよ。 
いや、まだ思っただけですが・・・・・・。

いえいえ、「毎日」に近づけるように作ろうと思いました。

あのですね、私が異国の地で病に伏して、食物どころか水も飲めなくなって息絶え絶えだった時、日本人の旅行者が作ってくれた「生味噌つきインスタント味噌汁」、これだけが体に入ったのです。
あの時以来、味噌汁はやっぱり体にいい! というよりも、優しい食べ物なのだ、と思ったのです。

日本古来からの味噌を作れるようになって、“自家製味噌で味噌汁を作る!” を目指すぞぉ~! おぉ! (^0^)/

でも結構、自家製味噌は実践されている方がいるんですねぇ、びっくりですよ。


d0046294_9263787.jpg日保ちは悪いかもしれないけれど、無添加の食材だけの食事が出来るようになったら、どんなに素晴らしいでしょう。
でも、それが本来の生活なんですよね。
お金を出して、体に悪いものが混入されている物を食べている、というのが現代人の文化的生活?

最近、こういう人間の姿に、私はひどく貧しさを感じます。
どんなにお金を持っていても、原材料を育てる土や空気が汚れたら、本来の栄養素やエネルギーを持っている農作物が作れなくなり、口にすることは出来なくなるのです。
口から体内に入るもので人間の体は作られるし、それによって精神への影響も大きいと感じています。

近頃の幼稚園生のお弁当は、どれも同じ冷凍食品が入っているのだといいます。
お弁当の中の配置が違うだけ、と話を聞きました。
その冷凍食品も、冷凍のままお弁当箱の中に並べ、食べる頃には解凍されているという代物だそうです。

その子たちがどういう大人になっていくのか・・・・・・・。
考えると、私は寒々とした気分になるのですが、みなさんはいかがでしょう。
例えそんなに裕福ではなくても、ジャガイモを茹でて作ってくれたお母さんのコロッケを食べた子と、両親共稼ぎで豊かな家電製品に囲まれて、冷凍食品のコロッケを食べた子と・・・・・・・。
同じように豊かな情緒や、愛情を感じる人間が育つでしょうか?

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私は、自分がこの世で学んできたことを伝える子どもはいませんが、肉体を与えられて今を生きている人間として、「本来」の姿に戻して維持していくということが、神さまへの感謝にもなるのではないか・・・・・、などとつくづく考えた一日でした。
by anrianan | 2007-10-14 09:40 | ■食生活
とんぼだっ!
秋も深まり・・・いやいや、まだ全然深まっていませんが、なんだか今朝はやけにトンボが飛び回っています。
急にどこかから湧き出して、狭いウチの庭を所狭しと円を描きながら飛んでいるのです。
「それをカメラに!」
と思いましたが、全然無理でした・・・・・・。 ということで、フツウに庭の写真になってしまいました。

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冬になると太陽の位置が南にずれて、午前中は南側の廊下には暖かい陽が降り注ぎます。
そこにはパソコンを置いて、いかにも仕事か勉強をするような体制を作っていますが、実は
「縁側でお茶を飲むばーちゃん」
のように、ぼーっとしているだけなんじゃないか? と思う近頃です。

上のフツウの庭の風景は、パソコンに向かっていると見える風景なのです。
d0046294_1021552.jpgもっと引いて撮ると、右のような感じになります。


わかってもらえますぅ?
ここに座っている気持ち良さ。


しかし、最近よく考えるのは、このお日さまに満ちた幸せな配置は、仕事や勉強に向かないんじゃないか? ってことです。
大体、すぐに庭の緑に目がいくし、風に揺れる木々や葉が呼ぶし、要するに「集中力」がありゃせんのですわ。
でもね・・・・・、ほんとに幸せなのですよ。 ここに座っていると。


清潔な布団で寝る場所があって、お風呂にも入れて、自然の植物に溢れて、何が不満なんだい?
と思うわけです。

けれど、やっぱり「カネ」がないと、この環境も維持出来ないのが現実です。

カネが第一の今日の日本、どう考えても変だと思いますよ。
何が変って、そもそも人間の意識が変になっちまったんじゃないでしょうかねぇ。
そして、いつの時代も「カネ」がないと貧しさに苦しみ、カネを奪うために事件が起こり、ということは、人類が存在する限り、永遠に続くんでしょうね。・・・・・

そして、今や悪徳代官の黄金時代!
生活を保証されているような公務員が、横領を堂々と行なっているんだから。





ありゃりゃ・・・・・・、
日向でお茶を飲みながらバーサンの独り言が、愚痴になってしまったわい。
by anrianan | 2007-10-12 10:19 | ■住まい
香る女
最近、密かな楽しみがある。
(といって公表してしまっては、「密か」にならないが)


バラのエッセンスオイルを飲むと、体からバラの香りがするという話がある。
随分前に聞いて興味はあったのだが、
d0046294_8421283.jpg「飲んでみたい!」
と思ったのは、やっぱりテレビの力だった・・・・・。

ある番組で、杉田かおるが紹介していたのだ。
山本モナが飲用していて、彼女の傍にいるといい香りがするので、自分も飲むようになったというのだ。
すると、他にいたタレントの女の子も
「(いい香りが)する、する!」
と同調するではないか。

そんなに分かるほどいい香りがするものなのか・・・・・・、と私は俄然興味が湧いた。

香水や化粧品の匂いは苦手だけど、体臭がバラの香りっちゅうのは、凄くないか?



エッセンスオイルというと、一般的には部屋の中やお風呂で、湯に数滴落として香りを楽しみながら、精神的にも肉体的にも調子を整えていくというもの。オイルマッサージで、その時に必要な香りをオイルに入れてくれるところもある。
メーカーや販売店によって価格も異なるが、やっぱりオーガニックや100%のものは高い。
また「花」によっても価格は違う。 一番好きなジャスミンなどは、7000円くらいするものもある。
でも海外で購入すると、日本よりは確実に安いのだ!
(とにかく、日本はボッタクリと言いたいほど高い!)

オイルは1滴でもかなり香るので、私はハンカチにラベンダーなどを1滴垂らしておいて、マスク代わりに使用することもある。
(最近は駅や乗り物の中など、人ごみが臭く感じることが多い。 体調や精神のバランスが崩れても体臭などは強くなるし、食べ物の影響もあるだろうし、現代人はかなりのストレスを貯めているのではないかと思う。)


オイルは飲用できないものが多く、飲めるオイルを探す情熱はなかったが、「路チューの山本モナ」が愛飲していて、しかも誰もがバラの香りがするというのだから、
「これは飲まずにはいられない!」
となった。

別に彼女のファンではない・・・・どころか、「慎み深さ」のようなものはない人だと思っているが、反面
「彼女のように、“男を喰うタイプの女” になりたい・・・・」
という魔の憧れが私にはある。



冷静に考えれば、金と美貌に不自由しない彼女らと、貧困で「フツーのおばちゃん」の道を歩もうとしている私と、そもそも基本的に違うんじゃないかと思うのだが、私の中でスイッチが入ってしまうと、これはもう、貧困でも「フツーのおばちゃん」でも関係なくなってしまうのだ。 (いや、正確にはそういうことを「忘れてしまう」のかもしれない)

バラの香りがすれば山本モナになるし、キャサリーン・セダ=ジョーンズにもなってしまうのだ!



ということで、買ってしまったんですよ。  ・・・・・そのバラの香りとやらを。
                                ちょうど誕生日だったしさぁ・・・・・・。

d0046294_849916.jpg
しかし、1回2~4粒飲用と書いてある。
1日に何回飲む、とは書いてない。
てことは、きっと富める女は1日2-3回4粒ずつ飲むかもしれない。
しかし、私は朝晩1粒ずつにしている。

          こういう所に「差」が出るんだなぁ・・・・・・。


それでも
「香ればいいんだから!」
と思っていたが、今の所、だ~れも
「バラの香りがする」
とは言ってくれない・・・・・・。



    もっとも、そんなに接近する人も居ないんだけどさ・・・・・・。
by anrianan | 2007-10-09 07:54 | ■とりあえず日記
常磐ハワイアンセンター
最近は映画をやたら観たくて、テレビで放映される9時からの映画を観ることが多い。
テレビはCMが邪魔だけど、無料だから仕方が無いと諦める。
また、10時に就寝したい私としては、11時過ぎに寝ることになるからそこら辺が悩みどこだ。・・・・

昨夜は『フラガール』がテレビ放映された。

d0046294_10163016.jpg私は中学二年生の冬に、家族で常磐ハワイアンセンターに行っている。
ドームの中は冬を感じさせない真夏の気温であることに驚き、ハワイアンダンスに感動し、浅いプールに飛び込んで、したたかに頭を打った思い出は強烈だ。
だから、あのハワイアンセンターが出来るまでに、ああいうことがあったのか・・・・・。
と裏話を知ることは、非常に感慨深いものがある。

松雪泰子さんや蒼井優さん、富司純子さんといった女優さんたちの存在感が強いインパクトで残った。
3人とも、男に殴りかかっていくような強い女じゃないか・・・・。

そういう女を “カッコイイ・・・・” と心を震わせながら観ていた私だが、そういう私も学生の頃は素手であろうと竹刀であろうと、対等に立ち向かっていく女だった。
いつから、こんな風に中途半端で腰抜けになってしまったんだろう・・・・・。
あの時のまま強い私であったら、何かを成し遂げられていたのではないだろうか・・・・・・。
などと、反省のような自問自答が湧いていた。

「女らしく」という日本の封建的な思想に、負けたような気もする。
所詮、親を乗り越えようとして、乗り越えきれなかっただけなのかもしれない。


“強い”と言っても、
「“ストロング”と“タフ”は違う」
と教えられたのは、アメリカに居た時に友だちになったキャンディーからだ。
要するに、腕力(肉体的)な強さと精神的な強さの違いらしい、と私は理解した。

昨晩の3人の女優さんも、たぶん、役柄ではなく素になっても、そういう強さを持っているだろうと感じさせられる。
以前、女優という職業は「男性だ」と、何かで読んだ記憶がある。
そりゃそうだ、経済的にも精神的にも自立をしていなければ生き抜けないだろう。

仕事の波もあるし、ホサれたら簡単にワーキングプア層に落ちるだろうし。・・・・・
恋愛、結婚、離婚を大胆に選択し、自由奔放に見えるけど、心に素直に従うとそれも当然だろうと思う。
人間の価値観は成長とともに、刻々と変わるものだ。
けれど、それに伴う苦難や寂しさや悲しさとも向き合わなければならない。
だから、私はそういう女性たちを尊敬している。


『フラガール』で感動した3人の女優さんはそれぞれ個性は違うけれどもタフで、慈悲の心を感じて、最後は私も涙しながら拍手をしていた・・・・・。

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                     またハワイアンセンターに行ってみたくなった。
by anrianan | 2007-10-07 10:25 | ■芸術orエンターテインメント
小説現代 -好色時代小説特集-
すでに発売されている10月号です。
あまり私はこの手の本を買いませんが、
「今月号は “好色時代小説特集” なので」
というのはウソウソ。 稲葉稔さんの作品があるので買ったんざんす。

d0046294_11411334.jpg
96ページから109ページまでの13ページのために、880円はどうなの?
と思ったのですが、宇江佐真理さんの作品も好きだし、他の作家さんを読んでみる良い機会だとも思いました。
結果としては、思ったよりも読み応えのある本だという印象です。
でもやっぱり、毎月購入するかどうかは、好きな作家さんの作品があるかどうか、でしょうね・・・・。

俳優さんなどは、テレビや舞台で見かけてファンになるというのが一般的だから、まずはテレビや舞台に出演することが先決になるでしょうが、小説家となるとその人の作品を読んでもらうことが先決ですものね。
しかも、星の数ほどある本の中から目に付く、というのも、考えてみれば奇跡的な出会いといえます。
そういう意味では、いろいろな作家さんを味見できるこのような月刊誌はいいのかもしれない、と思います。

ましてや、今月号は「H話特集」・・・・。 
クックック・・・・、我ながら古い表現でした。


セックスほど、その人を赤裸々にするものはないと思っています。
小説の中のセックス描写も、その作家の人物が浮き彫りにされるような感じがします。
別に「技巧的」にどうのこうのとはいいませんが、
「へぇ、この人、足の指をしゃぶるのが好きなのかしら?・・・・・・  げぇ!」
みたいに、その人がセックスをどう位置付けているのか、とかそれに対する執拗さ、みたいのを感じますね。

通常でも、別にその男性と関係を持たなくても、その男性の行動や食べ物の好みなどで、その人がどんなセックスをするのか、だいたい見当がつきます。 で、あまりハズレません。

おいおい、そんなに自信を持てるほど経験してきたのかい?
と言われそうですが・・・・・その答えはさておき、たぶん、前世も含めて魂のDNAが記憶しているような感覚があります。

大体、ビデオにしても小説にしても、男性というものは、勘違いしていることが多いんじゃないのぉ?
と思いますわ、ほんまに。
この行為こそ、「KY」は大切な要素だと思いますよ。
(注: この場合、「空気が読めない」じゃないくて、「呼吸が読めない」です。)


私の友人で
「だいたい片手(5人)だったら一般的だと思うけど、両手(10人)というのは多過ぎるんじゃないの・・・・?」
といった人がいます。
さて、どうなのでしょうか? どう思います?


日本の歴史を考えるに、女はいつの時代も「性のはけ口扱い」されてきたように感じます。
現代に生きる私にとっては、顔も知らずに結婚するとか、見合いさえもおぞましく思える部分があります。
しかし近年の戦争においても、戦国の世においても、敗戦国の女は当然のように強姦されたり、家畜のように弄ばれて殺されることは多々あったのだということが分かります。

しかしセックスの本当の恐さを知っていたならば、そういうことは出来ないだろうと思うのです。

人間が肉体を持っている時に一番強力なコミュニケーションになるもので、その行為によってお互いの全ての情報が交流すると思うのですね。
だから無闇に数をこなすと、「雑魂」になると私は感じています。

「(やたらに数が多いと)お腹のオーラが黒いんです」
と江原さんも仰っていましたね。・・・・・・

安倍晴明の話でも、不老の比丘尼が何十年か(30年?)に一度、邪を払わないとならないというのがあります。
この比丘尼は、男性に愛を注ぐという想いで何人も男性と寝ているわけです。
比丘尼は男性に「愛」を込めるので、彼女と寝た男性は癒されていきますが、性のはけ口として寝る男性からは「邪」を受けることになるということなのでしょう。
祈祷の際には、邪が大蛇となって比丘尼の体から出て行くのです。
これは一つの例えだと思いますが、相手の男性(女性)からいろいろなものが入ってくる、というのは確かであるように思います。


小説を読みながら、
(自分がこの主人公だったら・・・・・)
と意識するまでもなく、自然に成りきって読んでいることが多いのですが、家族が食べていけないからと娘を売っていた時代、私が女郎になったら早死にしているだろうと思います。

きっと前世では、そういう時代も経ていると思いますが・・・・・・・。


『隠売女』は、女郎屋の話です。
お正は新入りの女郎と話している時に、3回しか会っていない客の一人をふと思い出しました。
たった3回の出会いなのに彼女の恋心と情念が燃焼し、年月とともに諦めて記憶の隅に追いやって来た男性がいました。
ある日、流人船の中にその男に酷似している人を見つけます。
囚人で送られたのであれば、もう二度と会えないと、一抹の寂しさを感じます。
しかし数日後、ひょんなことから子どもを連れて楽しそうなその男を見かけるのです。
お正はその男と目が合いますが、その男は彼女を忘れています。
                                               ※ 百鬼丸さんの挿絵もいいよぉ~♪
d0046294_1142253.jpg“数多といる隠売女のひとりを買ったことなど、とうの昔に忘れ去っているのだ・・・・。 だからといって惜しくも、また気落ちすることもなかった。”
そして、
「幸せそうで何よりです」
と深々とその男の背中にお辞儀をするのでした。


私は、こんなに複雑な想いで胸が一杯になったことは久しくありませんでした。
どんなに苦しんだ相手であっても、結局その人の幸せを願うことが「愛」であるし、心底そう思えれば、自分をも昇華して浄化させると思うのですが、この短編という限られた字数の中で、お正の心の経緯についていくのに、少々時間が足りなかったという感じがしました・・・・・。

そして読後じっくり考えてみるに、・・・・・

何年も経った時間の経過の中で、忘却の彼方に押しやり封印した頃には、
「もう今更会ってもねぇ・・・・・」
と、いう心境に到っていたのだろうと想像できます。
一度終わった男や、一度自分の中で「×」が出た男とは、ゼッタイに「もう一度」はないからね。 (私の場合だけど)
それに彼女の職業環境も想像の域を越えないから、世の中や男に対する考え方も、実感としてつかみきれない部分はあるんだろうなぁ、と思います。


どうも、気になる人物に出会うと(芝居でも、小説でも、もちろん実生活の中でも)、私はその人との違和感を解明すべく、その人の生い立ちから何から、あれこれ分析したくなるのです。

そして、やっぱり奥が深くて
「どうして?」
と好奇心を駆り立ててくれる男を、追っかけたくなってしまうんですねぇ・・・・・・。
                                              困ったもんだ・・・・・。


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by anrianan | 2007-10-04 12:13 | ■最近の一冊!
10月1日ということは・・・・・
今年もあと3ヵ月で終わる、ということ。・・・・・・


「来年は、“本物の花” が咲きます」
といわれた私としては、
(早く終わってほしい・・・・・・)
と単純に思うのであるけれど、果たして
“本物の花” とはどんな花ぞや?・・・・・・・・


現実には、確実に、間違いなく、老いていく。
これは肉体的な「老い」を実感することもあるけれど、履歴書や正式書類に年齢を記入するときなど、
(これは、誰の年じゃ?・・・・・・)
と、しばしばガクゼンとする事がある。

すべてを社会や年齢のせいにはしたくないけれども、「人物」を観ようとするのであれば、年齢を告げる必要はないではないか、という思いは年々強くなる。
しかし、もうこれは
「日本独特の悪慣習」
と諦めるしかない、という境地に達した。

また、地位や金が物を言う社会だから、私などが何を言っても
「負け犬の遠ぼえ」
と言われるのがオチだけど、そういう私は「勝ち組」と思っている人を見て、憐憫を感じているのも事実だ。

『ALWAYS 三丁目の夕日』の昭和や「江戸時代」ブーム。
それらの時代に郷愁を感じながら、そこからどんどん遠ざかっているのが現代だ。
求めているものから、どうして遠ざかっているのだ?
分かっている人もいるに違いないけれど、捨てられないのだ。 「便利」や「楽さ」を・・・・・。
便利と楽は、お金があればほとんど買えるからね。

で、その代償として大地や海や空を汚し、自然環境を狂わせ、自滅していくのだ。・・・・・・


私は客観的に自分の生活を見て、「ワーキングプア層」だと思っている。
そのお陰で、というのも変だが、なんとかお金を使わない努力が「手作り」や「代用する創意工夫」に思考を向かわせていることは否めない。


私が傲慢になるのは簡単だ。
まず、お金にゆとりが出来ると傲慢になる。
そして、人からちやほやされると簡単に思考が浮つく。

そういうことの繰り返しだったような気がする。・・・・・・


人生がうまく回り出して波に乗ってくると、掌を返したように人は集まり出すから、
(今の私を支えてくれる人が、本当の友達なのだ)
と、じっくり噛みしめておきたいと思う昨今。


そんなこんなの中で、今月は農業大学のオープンカレッジに参加することにした。
3日間だけど、10時開始の講座に出席するには7時すぎには家を出なければならない。
しかし、出られない時間ではない。
料金は3日間で、15000円。
10時から16時20分まで(含、休憩と昼食時間)だから、良心的な料金設定ではないかと思うが、今の私には痛い。
しかし、出せない料金ではない。

その分は、ガッツリ学んでやる!
という想いが、ひときわ強くなる。

何を学ぶのか、って?
ふっふっふ・・・・・、念願の・・・・・・・。

それは、第一日目の13日、講座を受講したあと、ブログ上にて報告しようではないか♪

by anrianan | 2007-10-01 14:58 | ■とりあえず日記