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最中、もなか、も・な・かぁ~!!!
前回、“「満月」を「最中」という” とブログで書いて以来、私は最中に執り憑かれている。

しかも、私は何かに執り憑かれる時、イメージが明確に描かれていることが多い。
今回の「もなか」も、
(丸くて6-7cmほどの大きさで、ふっくらのつぶつぶあんこで・・・・・・)
と、頭の中のもなかを探すが、当然スーパーなどには売っていない。
通りすがりの和菓子屋を覗くも、
「これだっ!」
というもなかに巡り合えない。

ようやくネットで調べることに気づいて、検索をしてみた。
すると、あるではないかぁ~! 一発で見つかった!

d0046294_154709.jpgやはり、天下の「虎屋最中」(1個 210円)である。
(なんだぁ、虎屋にあったのかぁ・・・・・)
と分かったが、ではすぐに、と足を運ぶ衝動にはかられない。・・・・・

だって、高いんだもん・・・・・・。 
(http://www.toraya-group.co.jp/products/pro02/pro02.html)


d0046294_15145231.jpgこんなのもありましたよ!
ゴルフ好きなオジサマやオバサマへ・・・・・・。
「ホールインもなか」 だってさぁ~!
ホールインワンのお返しに、または「ホールインワン祈祷用」(?)にいかがでしょう。
(て、私は虎屋の回しもんかい?!)
http://www.toraya-group.co.jp/products/pro02/pro02_003.html


d0046294_1629185.jpgそして、前々から気になっているのが、
「新正堂の切腹もなか」(1個 178円)
新正堂は新橋のレンガ通りにある老舗の和菓子屋である。
その昔、私が新橋に通っていたOL時代によく立ち寄った。
ここの豆大福は、節分の日に一回り大きくなるのだ。
(注:但し、現在はどうか知らない)

当時は小さくてちょっと古い建物だったが、いまや立派な店構えになった。
そして最近知ったことは、この場所は「赤穂浪士」で有名な浅野内匠頭が切腹させられた田村屋敷跡だったとのこと。
そこで現店主が、切腹最中を考案したという経緯がホームページに書かれている。
店への個人的懐かしさもあり、浅野内匠頭の妻『搖泉院』を読んで以来、より赤穂浪士への想いも深まり、
(へぇ~! 昔通っていた私は、なんだかすごーく縁が深いんじゃないの?!)
と、時代小説好きの私としては感慨ひとしおである。


d0046294_16353840.jpgしかし時代小説と言えば、「鬼平犯科帳」。
「鬼」といえば、これも見逃せないところ!
  「鬼瓦もなか」  (黒あん・白あん/1個 210円)
でも、どーせ食べるんなら
「アイス最中の方がいいなぁ・・・・」
と横道に逸れてしまう。
http://www.monaka-de.com/cgi-local/tkxcgi/shop/category_list.cgi



ネットを調べると、次々おもしろ「最中」が出現する。
世の中の和菓子屋さん、ガンバッテるねぇ~!

d0046294_9595126.jpg
番外編として、
こんなものもありましたよ!
 「ピーナッツ最中」(1個 80円) 
http://www.rakuten.co.jp/yoneya/435751/#372030)




そうして満月を見ながら「最中」を心に抱き、迷い続けたのですが、昨日ふと目を止めて入った地元の和菓子屋「山口屋」で見つけた「うさぎまんじゅう」
d0046294_1003286.jpg
なんだか憑きものが取れたように、私は「うさぎ」で充分に満足してしまったのだ。

ふふふ・・・・、かわいいっしょ?
あなたは、頭から食べる? 尻からたべる?


「うさぎまんじゅう」にすっかり満足していたら、先ほど観たDVD「鬼平」(1シリーズ17話「女掏摸お富」)の中に、とてもよく似た「うさぎまんじゅう」が登場した!

ただこれだけのことに、私はひどく感動して、鬼平への恋心がつのるのだった・・・・。

     (全然関係のないところで、話が落ち着いたね・・・・・・)
by anrianan | 2007-09-29 15:57 | ■食生活 | Comments(8)
中秋の名月
今年は、昨日の9月25日が「中秋の名月」だったそうですね。
満月は2日あとの27日とのこと。

     ※日比谷、内幸町からビルの合間の月
d0046294_10352666.jpg
ちなみに、満月を「最中」(もなか)と言ったのをご存知ですか?
だから満月の日は「最中の日」! なぁ~んて和菓子屋協会で作っても可笑しくないですね。


中秋の名月は、毎年9月25日と決まっているわけではないのですが、私の誕生日が9月25日というのは毎年同じ。
どんな美しい人も、どんな馬鹿な人も、どんな腹黒い人も、どんな金持ちも、必ず一年に一つずつ年はとっていく・・・・・・、これは「公平」なのか? 「不公平」なのか?

言ってみれば、「一生賢明働く人もテキトーに働いている人も、みな給料は同じ」ってのと同じじゃないかと考えると、なんだかフェアーじゃないような気もする。
特に日本は、「年齢の数字」で決定付けられることが余りにも多いから、なおさら感じる。


てなことを考えながら、私は月見だんごとYEBISU黒ビールの500mlを買って帰った。
もちろん、かぐや姫になった気分で名月を眺めながら、
「よくぞこんな地獄のような現世で、今までガンバッテ生きてきたよねー」
と、誕生日を祝ってあげるために、だ。

この日、XX年前の母はどんな気持ちでどんな状態だったのだろう? と一日中考えた。
私がこの世に出て来たのは21:50という、月が空の高い所で煌煌と輝く時間である。

私は出産の経験がない。 だから想像で考えるしかないのだけど、25歳のまったく純粋無垢の田舎娘が陣痛に苦しみながら、私を産んだ。
父とお姑さんはじめ、誰に何を言われても口答えが出来ない大人しい母が、
「な~んでも言える子が生まれますように・・・・」
とお腹をなで続け、その願いに応えて登場してきたのが私である。 なんという母親孝行!???

「そしたらさぁ、言い過ぎる子が出てきちゃったよ」
とのたまったさ、母は。・・・・・    せっかくご要望に応えてやったのに。
               

とにかく昨日は、一日中なんとなく楽しかったという感覚が、今までに無い不思議な感覚でした。
ひょっとして、私が胎児で生まれる直前の感覚だったのだろうか?
だとしたら、ほんとに脳天気のばか者だよ・・・・・・。



みなさま、お祝いのお言葉、ありがとうございました!
  今年の名月にふさわしい女性となるべく、これからも精進いたしまする。
by anrianan | 2007-09-26 12:51 | ■とりあえず日記 | Comments(16)
黒豆と葛粉でスイーツを作る!
最近「葛粉」に凝っています。
なぜかという話からですが・・・・、一週間くらい前の話です。

私はひどい胃痛と下痢で一日中、飲まず食わずの日がありました。
原因は、前日の晩に飲んだ「氷を入れた梅酒」ではないか、と思っているのですが、はっきりとは分かりません。
そろそろ涼しくなりかけた頃でしたが、夜はまだ網戸にしていないと暑く感じたし、飲み物も温かいものよりは冷たいもの、という気候でした。

とにかく、寝る前に胃が脈を打つように痛くなり、
(さっさと寝よう・・・・・)
とベッドに入ったものの、一晩中どの姿勢で寝ても胃が痛くて眠れない。
結局、明け方にトイレに駆け込んで数回吐き出し、やっと落ち着いたという状態でした。

下痢もしていたから、その日は立っているのも辛い状態でソファやベッドに横になっていました。
一番困ったのは、喉が乾くのに水が飲めない。
水を飲むだけで、胃がドクドクと脈を打ち出して痛むのです。
仕方がないので、口に含んだらしばらくそのままにして、騙すように少しずつ流し込んで行きました。

しかし、不思議なものですね。
やっぱり人間は、水分の摂取が減ると「干からびる」という体になるのです。
自分の顔を見た時、色も青黒くてチンマリと縮まったようで、なんだかミイラのように見えました。
(ああ、最悪だぁ・・・・・)
こんなに胃が痛いのに、空腹過ぎて気持ち悪い・・・・。

夕方になり、はっと「葛湯」を思いつきましたが、ウチにはくず粉がありません。
そこで片栗粉で代用し、ゆるく練りながらそこに蜂蜜を入れて、スプーンで一口飲んでみました。
胃の「ドクドク」が起こりません! 
(うわぁー、飲んでも平気だぁ)
断食の後に重湯を飲む時の感激を思い出しながら、
(ああ、食べられるって幸せ~!)
と小鉢の片栗粉湯を完食したのでした。


それ以来、私の中には、
「葛粉、葛粉・・・・・吉野の葛粉・・・・・」
と頭の片隅に、いつも葛粉がいるようになりました。
長い前書きになりました。



早速、吉野の葛粉を買い求め、最近お気に入りで数回買っている「黒豆くずもち」を真似してみようと思いつきました。
出来あがり完製図としては、
「“とろり” と “プルン” の合間の食感の葛粉に黒豆が入っている」
というものです。

しかし、今まで2回ほど作っていますが、どうも「完成」に到りません。
1回目に作った時、葛粉の量が少し足りなくて「“とろり” と “プルン” の合間」よりもちょっとゆるい。
でも、美味しかったので、もう一度作ることにしました。

2回目は、完全なる失敗!
葛粉を思いきってたくさんコップに入れて、ぬるま湯を入れて溶かそうと思ったら、全然溶けないじゃないか!(入れ過ぎ、入れ過ぎ!)

で、その溶けない葛粉を鍋に入れて熱を加えながら溶かそうと思ったんだけど、こうなると、もうダメ。
白いダマが、なかなか消えないのです。
捨てることが出来ない私は、何度も何度もそのくず粉を裏ごししながら煮溶かそうとしますが、決してツブツブが消えません。
裏ごしした葛粉を黒豆(と煮た汁)に入れて、裏ごししきれない葛粉玉を、そのまま冷やすことにしました。
黒豆葛粉の上に、つぶつぶ葛粉を乗せても美味しいだろうと思ったのです。

ところが・・・・・・、実は・・・・・、葛粉の前に黒豆で大失敗をやっていました。
黒豆を煮ている時、焦がしていたんですねぇ。・・・・・・ テヘヘ

だから、出来あがった「黒豆葛粉」が香ばしいでやんの。  (香ばしいというか・・・・・・)
それでも「捨てられない」私は、いいことを思いついた!
「きな粉」を買ってきて、上から振りかけるのだ!

ついでに、白玉粉も乗せてみよう!
なんか、やたらアイデアだけはどんどん出て来るし、実行しないといつまでも頭の隅に残ってしまうから、とにかくやってみる。

で、出来あがったのが、コレ。

d0046294_10353944.jpg

焦がした香ばしい香り(?)は、きな粉で立派に消えています。
白玉粉も、茹でが足りなくて芯が残っているものもありましたが、二度茹でしておいしくなりました。
米粒のように見えるツブツブが、葛粉玉です。・・・・・(これが、結構イケテルのです)


もちろん、また作りますよ。
だって、
「3度目の正直」
ていうじゃありませんか! ねぇ?


※材料: 吉野産葛粉、岩手産黒豆、てんさい糖、さとうきび糖、果和糖、財宝温泉の水 を使用
by anrianan | 2007-09-24 22:50 | ■食生活 | Comments(8)
「夕まぐれの月」
漢字では「夕間暮れ」と書くのだそうです。
ちょうど、こんな感じの月ではないだろうか・・・・・という写真をアップします。
                                            ※2007.9.22. 18:20頃
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私は昔から、夕暮れになると意味も無く、不安や寂しさを感じることが多々ありました。
ある先生から、
「夕暮れというのは、ちょうどいろいろな気が出入りする時で不安定になるからね」
と言われ、妙に納得したことを覚えています。
だから「夕まぐれ」というのは、「気まぐれ」や、“魔”が入るという意味で「夕魔暮れ」かと思いました。


私の愛読している稲葉稔氏のシリーズは、最近なんだか似たような設定、つまり「悪を成敗する危険な仕事をしながら、家では明るくて主人公を心配する恋女房(?)タイプの女性が世話をする」というパターンになっていて、ちょっと私の中のテンションが下がりつつありました。

第一に、話が混同しやすいし、第二に、男性にとっては「理想的」なのかもしれないこの手の女性は、ちょっと未熟な感じがして、うっとうしい・・・・。(個人的な主観ですが)


今回の 『夕まぐれの月』 (稲葉稔著 双葉社)は、ちょっと違います。
胸を突かれるような場面もあれば、主人公の平四郎が女々しく感じる部分もありますが、かえってそれがリアリティを増しています。
男が(女も)、命賭けで危険を伴う仕事に取り組もうとしたら、守るものがあっては全力を注げないのではないか。・・・・
と、私は思います。

これはシリーズもので今回は二巻目になりますが、今回分だけでも読み応えを感じることが出来ます。
お勧めです。


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by anrianan | 2007-09-23 17:47 | ■最近の一冊! | Comments(2)
見つけたっ!
<その1>

昨日帰宅して、いつものように玄関からまっすぐ薄暗いキッチンに入っていく。
両手の荷物をテーブルに置いて、私は習慣的にゴッキー(ゴキブリ)の気配に神経を集中する。

不思議と、自分の視界意外でもふと気になって見るとゴッキーがいるのだ。
「空気を聞く」という感覚だろうか。 (かっこいい~♪)

これはよく、侍が「気配」を感じる時の感覚と同じなんじゃないだろうか? と思うのだ。
相手がゴッキーじゃ、あまり身の危険はないのだが。


ということで、昨日も荷物を両手から放すと、流し台で小さなモノがチロリと動く気配が。
私は瞬時に右手でゴキブリジェットを掴もうとするが、
(待てよ・・・・)
と、体が止まった。

ゴッキーではない・・・・・・・(と感じる)、  もしや・・・・・・?
d0046294_13214444.jpg


  おぉ! やっぱりそうではないかぁ!


あの”ヤモリである!


部屋を明るくして、近寄ってよ~く見ようとするが、チョロチョロと動き回る。 ひぇっ!
しばしその動きを静観しながら、どこかに消えないことを祈った。
パタッ! と動きが止まったところで、私の右手はゴキブリジェットではなくてデジカメを掴む。

(望遠にして・・・・・、ホワイトバランスは「白熱灯」・・・・・・、フラッシュは?  逃げるかなぁ・・・・・)
早く写さなきゃ、と心が急いて、デジカメを操作する自分の手がもどかしい。

一枚、二枚・・・・と写し、フラッシュをたいても逃げない。
よし! 偉いぞ!(?) ← ヤモリに向かって声をかける



体長5cmほどの小さな体は、流し台のシンクの壁に必死に張り付いて見える。
両手両足を必死に動かすが、時たま滑っている。
(ふふふ・・・・、可愛いヤツじゃないか・・・・・。)
トイレ事件の時は初対面だったので慌てふためいたが、二度目ともなると慣れてくる。



<その2>

9月21日(金)東京新聞朝刊の広告欄に、kingさんとアシシさんの本の宣伝を見っけ!
お二人とも、同じ日に同じ出版社からの発売でしたからねぇ。

  『夕まぐれの月』と『蝮の十蔵百面相』、それぞれの個性が面白いですよ。
 パッと本屋で見た感じの感想を言えば、芦川淳一さんの表紙は目を引きます。
 稲葉稔さんの表紙は、もうちょっとインパクトがなぁ・・・・・・、と感じました。
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<その3>
も一つおまけに、kingさんのブログに書かれている読売新聞の「アホづら入り広告」というのはコレです。
(※ちょいとワタシの根性のように曲ってますが、お許しを・・・・・)
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むむむ・・・・・、こういう顔ぶれかぁ・・・・・・。 (さて、どの作家がどの顔か? 何人わかるかなぁ~?)
読んでいるうちに欲情しそうな特集ですなぁ。 (あ、失礼!)


しかし、こういうストーリーこそ、各々の作家の「品格」というものが出て来るもんであります。
あちきはちょいと買うのは恥ずかしい・・・・気持ちは押しやって、堂々と買うざんす!
by anrianan | 2007-09-22 13:46 | ■とりあえず日記 | Comments(10)
ああ、フカヒレまん♪
3日間、オペラコンサートの受付をお手伝いをしたことは、前記事の通り。

d0046294_1247888.jpg会場の神奈川県立県民ホールは、山下公園の近く。
ということは、中華街も近い。
この絶好の機会に、私が中華街に行かないはずがない!

14日のゲネプロでは、15日のグループと16日のグループの間が1時間半くらいあったので、この時間に中華街に行くことを突然決めたが、私は自慢できるほどの「方向音痴」。
だから、最初に〝どちらの方向か〟を、警備員の人に確認して歩き出した。

言っときますが、私は横浜生まれの横須賀育ち。
ご幼少の頃には、何度か山下公園はじめこの辺には連れてきてもらっているが、なんせ遠過ぎる昔の話だから、限られた時間の中で歩くとなれば、迷ってなんかいられないのです。



やがて、10分ほどの道のりをなんなく歩き、見慣れた中華街の大門をくぐった。
食べるものは決めていた。

   フカヒレまん!

しかも、豚まんに申し訳程度のフカヒレが入っているものではなく、「フカヒレだけ」の金華フカヒレまん!

が、大門をくぐった途端、簡単に心変わりをした。
以前にも買ったことがある「フカヒレあわびまん」の文字が、目に飛び込んでしまったのだ。
(あわび! あわび・・・・あわび・・・・フカヒレと・・・・あわび・・・・・)
私の頭の中には呪文のように「あわび」が潜入してきて、あの肉厚のプリっとした食感が脳みそ中に広がる。
しかも、フカヒレとのコラボレーションなのだ。

考える間もなく、
「温かいのはありますか?」
と店員さんに聞いていた私。
525円は決して安くないけれど、しかも中華まんの皮が厚いのは知っているけれど、しかも具がいっぱいじゃないとも知っていたけれど、電光石火のごとくフカヒレアワビまんを手にしていたのだった。

   何を隠そう、・・・・・・チョ~空腹状態だったわけ。 (情けなか)

で、歩きながらパクリといくも、一口目はフカヒレにもアワビにも届かない。
二口目で、ちょっと具にたどり着いた。
(これで525円は高いんじゃないのぉ?)
前に食べたのに・・・・、と自分で自分にブーイングを出しながら、こうなったら「おいしく」食べる工夫をするしかない。
工夫ったって、
(ああ、おいしいぃ~♪)
と、自分を騙すだけのことだ。

メイン通りをぶらりぶらり、パクリパクリと歩きながら進むと、金華フカヒレまんを売っている「江戸清」(えどせい)の前に来た。
風に揺れているお品書きを眺めながら、
(黒ゴマあんまんクルミ入り・・・・・ああ、これ好きなんだよなぁ。 桃あんまん・・・・・あの白あんを一度食べてみたいんだなぁ。 エビチリまん・・・・・ああ、これもあったんだぁ!)
ちょっと気だるい夏の午後みたいな気分で、ぼんやり字面を追っかけていく。

真っ黒な皮にカラフルな具の豚まんが目に入る。
(イカ炭入り・・・・・)
と目に入った所で、食べたいという興味が無いので、それ以上読む努力はあっさり断ち切った。
しかし、食べたいとは思わないが見るにはゾッとして楽しい。

とにかく、私は具の少ないフカヒレあわびまんにぱくつきながら、「金華フカヒレまん」の文字をじっと眺めていた。
(ああ、あっちの方が皮が薄かったのに・・・・・)

もちろん、食べたことがあるので、フカヒレがしっかり入っていることも知っている。
形は、大きなお焼きを平たくしたようなものだから、通常の豚まんよりは小さく見える。
しかも500円だから高く感じる。 が、食べるとフカヒレだらけだから損した気がしない。

(よし! 明日も明後日も来るわけだし、この2日の間に一度は買って帰って冷凍庫に保存しよう!)
と決めると、私の頭の中のスクリーンには冷凍庫に金華フカヒレまんが入っていて、それを取り出してレンジでチンとやって食べる姿が描き出されて、うきうきしてきた。

それじゃ元気が出た所で、というわけではないが、もうひとつの目的であるブラックタピオカ入りミルクティーを買って、飲みながら県民ホールへの道を帰って行ったのだった。


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それにしても、食べながら飲みながらという行為は心を沈静させ、安定させるような気がするのは、私だけだろうか。


しかしなぁ・・・・・、四六時中食べているわけにはいかないもんなぁ。
by anrianan | 2007-09-19 12:57 | ■食生活 | Comments(10)
オペラ 『ファウスト』
公演の受付をお手伝いする縁で、14日のゲネプロを見学することができた。
私はスタッフや出演者の素顔が合間に覗くゲネプロが好きである。

今回さらに嬉しかったのは、15日と16日のメインの出演者がダブルキャストになるため、2回分を鑑賞できたこと。
(一回が3時間強、ということは、約6時間!!)
これは、演じ手が変わると内容が全く違ったものになってしまうという恐さと面白さを再認識できて面白かった。


d0046294_905363.jpg「役者は年齢を超えて演じることができる」
といわれるが、それはどうかな? と最近私は感じることが多い。
年齢を重ねた方が、技量や情感に巾が出て暖かく熟成されたものになっていることは多いが、「若者」を演じる時には、それが邪魔になることもあると感じるのだ。

「若い」ということは、それだけで無責任だったり傲慢だったりすることでもあるから、人生を行き抜いてきた貫禄や安定感を身に付けた人間が、「儚さ」や「初々しさ」のようなものを無意識に発するのは難しい。

しぐさや所作で表現するのは力量や技量でもあるとは思うが、「その人」から自然に発する人間性や思考、または年齢的な未完成さなどは、香りのように放散されるものだと思う。

例えば、同じ女郎を演じても、色情が全面に出て「哀れな女」になる人もいれば、どこか憎めなくて品を感じさせる人もいる。
その役者の現生活のあり様が、演じる時には赤裸々に暴かれるものなのだと思っている。


私が演劇をやっていた時、どうしても自分のものにならない台詞というのがあった。
どんなに感情を込めても(込めたと自分で思っていても)、私の意識の中でその台詞を肯定するものが無いから、自分のものに出来ないのだ。
d0046294_91555.jpg一つの台詞の裏側には、その人間の様々な人生での出来事が隠されている。 だから、架空の人物であったとしても、その人物の人生を丸ごと理解するくらいでないと、たった一言の台詞が身に付かないことの恐さを感じた。

指導者は、そんなシチ面倒臭い御託は並べなかったが、
「あんたの中から、その言葉が出てないんだ」
と指摘された時、
(そんなことはない!)
と思いながら、どうしても自分では納得出来ない。

d0046294_922747.jpgしかし逆に、大して熟考もせず気にも止めていなかった箇所で褒められることがある。
私の中から自然に出ている、というのだが、それもあまり理解出来なかった。 が、褒められたので気分は良かった。


「いい」
と言われる時、その人が自然発光している時なのだと思っている。
他の仲間を見ているとそれはよく分かった。 でも、自分のことは見えない。
現実の人生でも、きっと同じなのだ・・・・・。


d0046294_924385.jpg

舞台で全情熱を傾けながら輝く彼らを観て、さまざまなことを考え、感じ、久しぶりに心に暖かい灯火を感じて帰路に着いた。






9月15日(4:00PM開演)、16日(2:00PM開演) 神奈川県立県民ホールにて。
URL:http://www2p.biglobe.ne.jp/~jmo/

by anrianan | 2007-09-15 08:18 | ■芸術orエンターテインメント | Comments(10)
なんだかねぇ・・・・・・・
どうも、ブログ更新の間が空いてまいますがな。
パッとしないんですわ、あちきの心が・・・・・。 まるでこの雨空のように。
見ようによっちゃ霞がかって「ミステリアス」と言ってもよいかも・・・・・? でも、うっとうしぃなぁ。

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うっとうしい心模様の原因は、・・・・・・・いろいろあり過ぎて混沌としてますわ。
ま、恋も仕事もうまくいかんのだから、こういうのを“人生の谷底”というのでしょうか?
しかしねぇ、思うんですよ。
いつだったんかいな・・・・、“山” は。


人は「努力が大切や、忍耐が大切や」言いますけどな、努力にも忍耐にも限界がなくて、どこまでも “幻の限界” に挑戦していると、いつの間にやら肉体の方がイカレておりますのや。
で、魂は永遠だってええますけどね、肉体が弱ってくると精神も弱ってくるんですわ。
(なして今日は、こないなへんちくりんな言葉なんでっしゃろ?・・・・そういう気分てなわけ)

そうして見ると、なんですかね、・・・・
人間、あまり努力や忍耐をしない方が、体にはやさしい生き方なんじゃないか? と思うのですわ。


あちきはピアノを4歳から13年、剣道を17歳から4年続けましたがね、この「習い事」は週に1回稽古して「続けた」というのとわけが違いまっせ。「毎日」・・・・ま・い・に・ち、稽古したということでっせ。
そういう意味では、かなりあちきは努力家で忍耐強いと思いまへんか?
だから、「XX日間コレコレをやる」なんちゅう修行は、結構得意分野なんですわ。


ところが社会に出ると、あんまりそんなもんは関係ありまへんねぇ。
銭をもっていれば、大概のことは手に入るし、おもしろ楽しく生きられますもんねぇ。
人生いかにウマク渡っていくか、波に乗っていくか、・・・・・・

最近、しょっちゅう思う事がありますのや。
ああ、サーフィンをめっちゃやっていたら良かったなぁ、って。

あちきも26歳の時に、「ウィンドサーフィン」はやりましたけどな。
そりゃあ、海にドッブーンと落ちて板の上に這い上がってくると、
「人魚みた~い!」
なんて言われたもんですわ。 (人魚も溺れます)

でもほんの2年で止めました。
だって、日に焼けてまうし、日焼けすると「七難」が隠れへんし、・・・・・・てことばかりじゃないけど、なんでやろなぁ・・・・・・。
きっとサーファーの彼氏が出来れば続けてたんかもしれへんけど、なんだかサーファーって種類の男とは、何かが決定的に合わない気がしてて、・・・・それが「感性」ってもんなんでしょうなぁ。
彼らは柔軟性があって(人によってはありすぎるかもしれまへんけど)、かっこええなぁ! と思うんですわ。
ということは、あちきはカタクて格好悪ぅ・・・・。 でもこれは過去の話で、今ならOKや。
波の乗り方が上手くなってれば、きっと人生の波乗りも上手かったんじゃないか・・・・なんてね。


あ、話が逸れましたけど・・・・・・。
安倍のお坊ちゃまが、
「職を賭す」
と言っちゃったんですって? 
(※安倍首相の「海上自衛隊の給油活動が継続できなければ退陣する」発言のこと)

あれ、まぁ、
北鮮みたいに「あーだ、こーだ」ダダこねてみるけど、国民はちーっとも脅しには乗りませんよ、って。
(「脅し」とも言えないただのゴネまくりやけど)

暴れん坊将軍の上様が
「潔く、腹を斬れぃ!」
と言っているのに、
「えぇ~い! おのれ!」 イヤじゃ、イヤじゃ、せっかく総理大臣になったのにぃ~!!
というてるバカ殿じゃないかい。

   見苦しいぞよ。




けれど、あちきにはバカ殿が、今の世相を代表しているように見えますのや。
世の中、80%が社保庁やミートホープや腐敗議員のようだから、まともな人間が「問題児扱い」になってしまうんやねぇ。
「事を荒立てないように」黙って静かにしている人間は「協調性がある人」ではなくて、いまや「無責任人間」とあちきは思いますえ。

     その「無責任人間」に、今のあちきもなっておりますが・・・・・。



だって、あちきが何かを言ったりやったりしたところで「大火に一滴の水」。

それに、話が通じない人とは通じないし。
話すだけ言葉と時間の無駄だし。
これ以上、心の病を酷くしたくないし。・・・・・・


未来に希望も夢も持てない若者が増えている、っていわれますけどね、
あちきはよぉ~く分かりますよ、彼らの気持ち。
なんでもかんでも
「社会が悪い」
なんていいまへんがね、やっぱり変じゃないですか? 人も社会も。


この世はうつつか幻か・・・・・、
あちきは「悪夢」だと思うとります。

人間は自分に嘘をついて欺くのが得意だから、うま~くキレイに見せてますがね、
あちきにはちゃぁ~んと見えますがな、
心の細かいヒダに隠れるようにしてへばりついている、黒いヘドロのような影が。・・・・・・


あ~あ、こんなことを言うてますけどね、
人を信じられへん、この世から去りたい、ていう気持ちを抱えてるっちゅうのは、便秘しているような糞詰まり感。
あまり気持ちええもんじゃありませんなぁ・・・・。




  いつまで続くんやろ、この雨。・・・・・・・
by anrianan | 2007-09-11 22:58 | ■一言いわせて! | Comments(6)
恐い~! 台風9号がやって来るぅ~!
6時半だというのに、真っ暗じゃないか!
つい30分前まではまだ明るくて、二階からまるで生き物のように、東から西に向かってどんどん流れていく雲の流れを眺めていた。
d0046294_1847894.jpg

「本当に台風来るの?」
というくらいに静かだった木々が、突然ぐるぐると獅子舞を始めた。

 ミシッ!  家全体が揺れる。

    がぁ・・・・・・、今夜は眠れないな。・・・・・

と思っていると、木々のざわめきが納まり、リンリンと鈴虫の声が大きく響く。
ホッとする。 (鈴虫の声は、台風の最中でも、心を静めてくれるもんだねぇ)

すると、またバラバラと雨が屋根に当たる音が響き出す。
同時に、ざわざわと木々の狂奏曲。 空全体がゴーゴー鳴っている。


  ああ、屋根が飛びませんように・・・・・。
     雨漏りがひどくなりませんように・・・・・。

      台風が通る地域の被害がありませんように・・・・・。
by anrianan | 2007-09-06 18:46 | ■とりあえず日記 | Comments(10)
西安料理 マ~ラ~刀削麺
「マーラー」というのは、「痺れるほどの辛さ」という意味らしい。
昔、父が得意げに説明してくれた。

私は、この「痺れるほどに辛い」ものが好きなのである。 (男もね)
普段は質素で淡泊、素材を活かしたシンプルなものしか食べないから、たまに刺激が必要なのさ。

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というわけで、
新橋駅烏森口から日比谷通りに向かって、比較的狭いゴチャゴチャした通りを歩いて約5分。
日比谷通りに面した東京三菱UFJ銀行の手前に、西安料理 刀削麺(新橋店)がある。


この通りは、社会にデビューした19歳から何年間も通った。
歩き慣れたはずの通りはすっかり様変わりし、当時の店舗はほとんど無い。
この西安料理の店も、もちろん当時は無かった。

12時を数分過ぎた頃だったので、店内は混み出していた。
言葉や所作から、従業員に中国人が多いことが窺える。

とにかく、電車の冷房ですっかり冷え切った体を温めたかったし、ずっと気になっていたマーラー刀削麺を一度は食べておかなければ・・・・との思いがあったのだが・・・・・。

以前から何度となく書いているが、私は中国が嫌いである。
しかし、私の父は中国をだ~い好きで、中国語を十年間独学と通学で勉強し、退職後は二年間の留学を決行した。
滞在先は西安外国語大学。

独学当時、毎朝7時になるとNHKの中国語ラジオ講座のメロディーが流れ、私は
「ゲーッ」
と思いながら目が覚める。
これが7年間続いたのだ。

父が一時帰国した時、
「中国に来るなら、旅費は全部出してあげる」
という甘い言葉に、欲張りな私は嫌いな中国に父を訪ねて三千里。・・・・?

10年以上も前の話だが、バスに乗るにも、飛行機に乗るにも、我先にと暴動のような騒ぎの中国人。
完璧なる「暴動族」。
来年北京オリンピックに向けて、国民を教育してマナー改善に努めると言っているが、無理。
あれが「国民性」なのだから。


ともかくも、因縁深い中国だが、中華料理は好きだから(特に、辛い四川料理)、「西安料理」と聞けば、懐かしさも手伝って
「是非食べてみなければ」
となったのである。


混雑した店内では、狭いテーブルと四人がけテーブルに、有無を言わせずの相席で「む~!」とするも、
(これが「国民性」だからね)
と諦めの境地で、半分後悔、残り半分は刀削麺に期待する。

余談だが、隣りに座った二人連れのサラリーマン。
何やら大きな声で騒ぎ出した・・・・・、いや、話し出した。 (なんで彼らは、いつも大声で話すのだ?!)
聞こえてくるのは中国語。

(ゲーッ!  なんでこーなるの?!・・・・)

まるで現地で食べているような気分になりながら、なかばやけくそで食べ始める。
白い紙エプロンをくれるが、なるべく汁を飛ばさないように・・・・・・。
真っ赤なラー油汁(?)の中に、太さマチマチの削られた麺が浮かび、担々麺のようにひき肉が乗っている。
香草のパクチーが本場の味っぽい。 (「っぽい」んじゃなくて、本場の味だよ!)

しかしねぇ、半分も食べていたら飽きてきた。
だって、炭水化物とひき肉だけだからねぇ。
清貧質素な食生活の私だけど、自分で作る時は入れたいものを山盛り入れて、好きな味つけにしているから、外食すると
(自分で作る方が、おいしいじゃん)
と、大抵思ってるわけ。

この刀削麺だって、家で食べるとしたら、もっと野菜を入れるよなぁ。
その方が、胃もたれしないし、体にもいいし、・・・・ナンダカンダ、ナンダカンダ・・・・・・・・
と心の中で呟きながら、それでも
「うっぷ・・・・、満腹だ」
と言うまで食べた。
(料金分は食べなくちゃ、という貧乏性が抜けないんだよねぇ。)

店を出たのは12時半過ぎ。
外には行列が出来ている。

レジに向かいながら、皆は何を注文しているのかとテーブルをチラリ見したんだけど、多くの人が私と同じマーラー刀削麺を食べている。


あれはねぇ・・・・・・、
私、自分の夫がアレを食べていたら、栄養のバランスが悪くて心配だわよ。
(ま、夫がいないから心配する必要もないんだけど。)
ありゃ、メタボになってもしょーがないよ。

と、近頃のサラリーマンの食事情にも考えをはせながら、職場に向かった私。
丼一杯700円のマーラー麺は、しっかり帰宅時間の7時まで胃もたれをしてくれたのでした。
ということで、あまり「おやつ」も進まず、社食でいつものように夕食を食べる気も起こらず、結果、経済的だったといえるのかどうか・・・・・・?


もう当分、食べに行かないと思います・・・・・。

でも、しばらくすると、また食べてみたくなるんだろうなぁ。
by anrianan | 2007-09-04 18:06 | ■食生活 | Comments(6)