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知的中年になるための時代小説
ここのところ、キネシオロジーの感動レポートが続いていたが、
今回は、久しぶりに「読書感想文」を書きたいと思う。


時代小説を読むようになったのは昨年からである。
ある新聞に「知的なオヤジは時代小説を好む」と載っていた。 ということは、
昨年あたりから私は「知的オヤジ」の仲間入りをしたことになるのだろうか。

主に江戸時代のものが多いが、読むにつれて「知的オヤジの気持ち」が分かるような気がしてきた。
江戸時代はなんとも楽しい。人情があるし、義理や忠誠心がバリバリに生きているし、男も今の日本男児よりもよっぽど男気があってタフな感じがする。
身体もきっと締まっていて「シャモ」のようだったんじゃないか、と想像する。


そもそも、その「知的オヤジ」の世界に私を引きずり込んだのは稲葉稔氏の作品である。(左のリンク参照)
それ以来、読んでみたいと思う作家が芋づる式に増えている。
どれだけ時代小説に散財しているかしれない。でも、やめられない止まらない・・・・・・♪(カッパエビセン)

d0046294_1014763.jpg新刊の『うろこ雲』(光文社文庫 稲葉稔著)は、発売一週間で5000部の増刷となったそうだ。
これは「研ぎ師 人情始末」のシリーズ三冊目になる。
最近知ったのだが、主人公の“荒金菊之助”はこの作家が「オトーサン」と慕っていた近所のお年寄りの名前だったということである。
「だった」と過去形なのは、最近この菊之助さんがお国替えをされた。

「増刷は、このオトーサンからのプレゼントだ」
と作者は述べているが、きっとそうに違いない・・・・・・・。





ということで、ようやく本題。

主人公の荒金菊之助はもともとは侍であった。
それが今は長屋で「研ぎ師」をしている。
しかし、家や身分がきっちり区分けされていたこの時代は、どの身分に生まれたかで教育が違うならば、身につく「品格」も明らかに違っていたようだ。
この菊之助からあまり物欲が感じられない。
金や名誉よりも気楽にのんびり暮らしていてぇんだ・・・・・という声が聞こえてくるような気がする。

正直者や弱いものが、腹黒いヤツらに苦しめられているのをほっておけない質(タチ)で、南町奉行所臨時廻り同心である従兄弟の横山秀蔵からも内心頼りにされている菊之助は、いつも事件に巻き込まれる。というより、事件が寄って来る。
仕事のできる人間のところには仕事があつまる、というところか。


個人的には、従兄弟の横山秀蔵に興味が引かれる。
“涼しげな目を細め、剃りたての顎をつるりとなで黒羽織の袖をひらりと返して、土間に立った。すらりと背が高いので・・・・・・”
という描写を読んだだけでも食指はそそられてしまうよねぇ? (笑)
(しかし、こういう男に惚れると痛い思いをするんだよなぁ・・・・・)
なんて、あさってなことを考えながら読むのだが、泥沼の中を歩腹前進していくような菊之助が、やっぱり最後にはカッコ良く思えるのだ。

菊之助が密かに思いを寄せるのは「お志津さん」である。
お志津は同じ長屋で(ただし日当たりの良い棟だが)、子どもたちに手習いを教えている。
今のところ、お志津のチラリと覗く白い足首に心をときめかせる菊之助だが、一度は一緒に「おいしいもの」を食べに行っており、お志津からは、
「また行きたいですわ」
と誘われている。(♪)
これもなんだか希望の光が感じられて楽しいのだ。

  か~っ! 羨ましいねぇ~、菊やん! (こりゃ、オヤジのセリフだよ)



あれ? 内容については何も書いてないじゃんか。・・・・・・ (^.^;)

ま、犯人を追っていく話だからさ、タネ明かししちゃったら面白くないやね。
ただちょっと触れておくと、今回の面白いところは現代にもあるような詐欺事件を江戸物で扱っていることかな。
しかも「シワもなくなってつるつるのお肌になる化粧品“若美肌保水”」で稼ごうとする多くの人が金を騙し取られる、っていうんだから。 まさに、すぐそこにありそうな事件だ。

“若美肌保水”なんてネーミング、よく考えるよ。 と感心しつつ、
これじゃ買っちゃうよなぁ・・・・・・。 (え? 買わない?)(笑)


そうそう「化粧屋」と書いて「けわいや」と読むんだよ。 知ってた?
よく化粧が濃い女性を「ケバイ」っていうのはここから来ているのかなァ・・・・・? (違うか。)

もう一つ面白かったのが「後妻討ち」。
これは「うわなりうち」と読むのさ、感情を後に残さない江戸時代の生活の知恵らしい。
詳しくは、この本を読んでくだされ。(笑)


ま、とにかく今回も菊之助と次郎の掛け値無しの「熱い人情」と「貫く姿」がいい!
最後に、“夕陽に輝くうろこ雲が小判のようできれいだ”って二人で空を眺めるんだから。・・・
まさに、清濁によって「金」が美しくも醜くもなるという、人間の心を映し出すシーンのようだ。


  知的中年になるための一冊に、是非おすすめしますよ♪ (☆☆☆☆☆)


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by anrianan | 2006-10-29 06:16 | ■最近の一冊! | Comments(14)
トラウマ -寝るのが怖い 2-
オーストラリアで幸運にも野宿をせずに済んだと思いきや、
そのホテルの経営者は同性が大好きで、ナオキは見初められてしまった。
枕を抱えてやってきた彼は・・・・・・。


「部屋に扇風機が無いんだ。暑いから君の部屋で寝るよ」
そういうなり、彼は部屋の反対側にあったツインベッドの片方を、ナオキのベッドにくっつけた!
どうやらアツイのは彼の思いのようだ。

ビビッたナオキは、なるべく壁側に寄って張り付くように寝ていた。
まもなくすると、まるで芋虫が転がるように、はたまたのり巻きが坂を転がるように、
彼はゴロゴロと転がってナオキにピタリとくっついて来た!

   ウワァ~! やめてくれ~!

ナオキは必死に抵抗をする。彼も必死にナオキを組み伏せる。
d0046294_17473579.jpgそして予告編の写真となるわけだ。

  けんちゃんがオーストラリアンとなり、ナオキに迫った!
  受講生は爆笑の渦だ。 下手なお笑いよりもよっぽど笑える!
  行け~! もっと攻めろ~!! (爆)

こちらの応援も虚しく、ナオキがおカマをほられることは無かった・・・・・・・、
                                      残念っ!

ナオキは必死に力の限りを振り絞り、彼を押しのけた。
ああ! 目の前のエサに食いつけないワンコのように、彼もさぞかし残念だったに違いない。
これじゃ、泊まらせ損だっ!


こんな怖い思いをしても、バス停で野宿する気にはなれなかったナオキだが、
結局あまり眠れないまま夜が明けた。


その経験のせいか、自分が寝ている上から人に乗られるのが嫌だと言う。
特に、目を開けたときに人の顔が見えるのが怖いと付け加えた。

  私の近くに居た女性たちの間で、ささやき合う声が聞こえる。
  「ねぇ、女に乗られるのも嫌なのかなぁ」 (笑)
  「本当はさぁ、潜在意識では男性が好きだから、それを隠そうって意識が働いているんじゃない?」
  「ああ! なるほどね~!」
  「誰か試してみたら?」 (笑)

  私は思った。
  (女性が上に乗るのが嫌なんて・・・・・、経験ないのかい、ナオキ?) (^.^;)

試しに一番人気のマユちゃんが上に乗る。

「うわぁ~、やっぱりダメ・・・・・・」
ナオキの小さな叫びが漏れる。
あ~ら、もったいない・・・・・・。


すると、彼の中でまたさらに思い出されたことがあった。
中学の時に母親から聞いた話である。

まだ彼が赤ん坊だった頃、かなり大きな地震があった。
彼の母親は、物が赤ん坊の上に落ちてこないように彼の上に覆い被さって防いだ。
その時の恐怖が、覆い被さってくる母親の顔とともに彼の中にインプットされたようだった。


「寝ると、このまま起きないかもしれない」
という彼の恐怖は、実は「死」に対する恐怖だったのだ。
d0046294_21414429.jpg

「夜寝るのが怖いんですよね」
「何が怖いの?」
という最初のカウンセリングの段階で、「死」ではないかと直感的に感じたが、
あくまで本人の記憶の層を掘り下げて、自身で気づくところに意味があるとのこと。

さらに “なぜ怖いのか?” を掘り下げていく。
この会話から引き出す技術(といって良いのか、感性というべきか)は、習ったから出来るものではない、と解るのは、おそらくやってみた人間だけだろうと思う。

ナオキの回答の中から無意識に発する言葉を拾い、その言葉について質問をしていく。
その質問された言葉について自分の中を見つめ直し、答えを健在意識まで引っ張り上げてくるのはあくまで自分。
それを自分の中に落とし込んで、自分の言葉でこれからの「目標」を設定することによって、今までの思考プログラムが書きかえられる。

最後に筋検査をすると、治療前には踏ん張れなかった筋肉が強くなっている。
腕を下に押されても下がらない。
毎回「不思議だ」と感じるのだが、自分の体が反応するのだから「体は心の声に正直である」としか説明がつかない。


例えば、
酒を飲み過ぎて肝臓を壊した人が「禁酒」しなければならないのは必至。
しかし「なぜ酒を飲むのか?」を深く深く掘り下げていくと、考えてもいなかったところに答えが見つかる。
そして、その答えと対応して「求めているもの」がある。
その「求めているもの」を得るために思考のプログラムを書きかえる、という作業のような気がする。

↓ これがカリスマK (^.^;) ワニが頭に乗ってるわに・・・・
d0046294_5364135.jpg
しかし「求めるもの」とは、「願望成就」ではない。これはカリスマKがある記事に書いたことである。
「目標設定」と「願望成就」は違うというのを読んで、なるほどと思った。
結局「願望成就」とは物質的な自己利益であるし、あの世まで持っていけないものが多い。しかし「目標設定」は、魂の安らぎとなり自分という素材を大きく活用していくためのものだ。

キネシオロジーとは筋反射のみを指すのではなく、脳の調整から感情について、思考について、栄養の摂取などなど生きる上でのトータルバランスを診て調える学問といえるような気がする。
知識・技術のみならず、霊感(感性)と人格を磨くことで、より現実界での不具合を治していけるようになるのではないだろうか、という気がしてきている・・・・・・。


目からはがれるウロコは一枚ではない、と聞いたことがあるが、私はこの短い間に何枚のウロコが剥がれたことだろう。
同様に、心からはがれる皮も、何億年分の年輪のごとくあるのではないだろうか。

その一枚がはがれると、下から白くてピカピカした皮が現れるタマネギのように、ちょっとばかり輝くのかもしれない。



       ナオキの顔も、ほんの少し白くなってピカピカしていた。
by anrianan | 2006-10-27 09:43 | ■美容・健康 | Comments(14)
トラウマ -寝るのが怖い 1-
トラウマ解消のエピソード “ナオキ編” をアップしなければと思いつつ、最近は時間が無い。
「忙しい」とか「時間が無い」はいいわけがましいと思うが、「ブログをアップする時間が無い」。

変なもので、ブログなんて収入になるわけでもないし個人的なものだからどうでも良いのだけど、しばらくアップしないと居心地が悪い。 やらなければならない宿題をやっていないような気になる。

ということで、“なおき編 「夜寝るのが怖い」” をアップしたいと思う。



キネシオロジーを勉強していくと、ずいぶん人間の体というのはデリケートに出来ていると驚く。
ある人は「腰痛」であり、ある人は「胃痛」であり、ある人は「頭痛」であり、と様々な症状を抱えているが、大抵の原因はとんでもないところにある。

もともとは「ある時」の「ある感情」に気づかず、或いは自分では「解決した」と思っていたものが、長年温存され大切に育てられていたりする。
「無意識」とは「意識が無い」という字のごとく、顕在意識とのギャップの大きさに驚くばかりだ。


d0046294_2127581.jpgさて、ナオキは
「夜寝る時に、嫌だなぁ・・・・・と、なんだかいつも怖いんですよね」
という。

なんだよ、大したトラウマじゃないんじゃないの?
と、私は他人事だから思った。
ま、しかし「実習」だから一応見ておこう・・・・・てな感じ。
自分のこと以外、大抵
「あまり大したことない」
と思ってしまいがちなのが人間だね。


d0046294_21283482.jpg彼が決まって「嫌だな」と感じる瞬間は、どの姿勢をとったときか?
を、コマ送りのように動きを止めながら筋検査を行う。

すると、
ベッドの上であぐらをかいて本を読み、“さて、そろそろ寝るか、と時計を見た瞬間” 筋肉は反応した。
それから彼はベッドに横になる・・・・・・・。
「怖いんですよねぇ・・・・・・・」
とつぶやく。
前頭葉に手を当てるESRという治療法を行いながら、以前その「嫌な状態」をどこかで体験していないか? に焦点を当てて考える。


「あ、・・・・・・・一つ思い出したんですけど」
「いいよ、何?」
「オーストラリアに行っていた頃のことなんですけど・・・・・」

彼は10年くらい前にオーストラリアを放浪したらしい。
その時の思い出を語り出した。
車の中で寝袋に入って寝ていたら、現地の人間数名に脅かされたという。
いきなり車の窓ガラスに大きな石をぶつけられ、もう少しで頭を直撃する所だった。
その時の「ガシャン!」という音が怖かったと話す。

彼は空手と居合いをやっていた。
身近にあった棒を手に車を飛び出し、内心焦りながらもすばやく身構えて周囲を見回す。
しかし、暗闇が辺りを包み込み誰も見えなかった。
その時の体験を再現する。 周りの人が登場人物を演じた。

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まさかガラスを割る訳にもいかないので、カリスマK(院長)は大きなパネルを持ってきて、それを別の人に拳でたたかせたり、治療枕を投げさせたり「ガシャン!」の音を出すためにいろいろと工夫をこらす。
傍から見ていると、一見コントのように可笑しい。
しかし、その「ガシャン!」の恐怖体験を当時のものに近づけることで、彼の記憶を呼び戻す。

彼はしばらく「ガシャン!」の恐怖を再体験の後、眉間にしわを寄せてじっと横になる。
その静寂がどのくらい続いただろうか、2-3分だったかもしれないし、5分あっただろうか。
d0046294_2129553.jpg
「あ・・・・・・」
と再び、声がもれる。
「今、また思い出したんですけど・・・・・・、やっぱりオーストラリアの時のことで・・・・・・」


やはり夜に関する思い出。
ある深夜、お金が無い彼は宿にも泊まれず、バス停で野宿をしなければならない覚悟をしていた。

すると、向こうから男性が一人やってくる。手には紙袋を提げている。
こんな深夜になんだか不自然だ・・・・・・、と感じた。

その男性はちょっと離れた場所からナオキに話しかけてきた。
そして一人分くらいの空間を空けて、ナオキが座っているベンチに腰掛ける。
どうということもない雑談をした後、
「どこに泊まっているの?」
と彼が聞いてきた。

「え・・・・と、泊まるところが無くて・・・・・」
「じゃ、僕のホテルに泊まりなよ」
「え?(ラッキー!) でもお金が無いんだ」
「いいよ、僕が経営しているホテルだから」
「えっ? いいの?(♪)」
ということで、なんだか怪しい(=危ない)と思いつつも、野宿するよりはいい! という誘惑に勝てなかったナオキは、彼に手を取られ、なかば連行されるような形でホテルに行った。


彼はナオキを部屋に案内した。
そして、何気ない会話をしているうちに妙な雰囲気を感じる。
なんというか・・・・・・、なんだか、まとわりつくような・・・・・ピンク色の空気というか・・・・・、

     そうである! 

勘のいい方は、すでにお察しであろう。
ナオキは彼に「所望」されていたのだ!  (=^o^=) ギャハハハハハ・・・・・・・!

やばい! やばい!
と心で叫びながら、彼を部屋から出すことに必死になった。
「僕はそうじゃないから! ごめんね!」
ビシッ! とそういってやって彼の背中を押すと、敵はようやくしぶしぶと部屋を出て行った。
ホッ・・・・・・!
と胸をなで下ろすと、疲れ切って早速ベッドにもぐり込んだ。

と安心するもつかの間、
トントン・・・・・・・ トントントン・・・・・・・。
ドアがノックされている。

がっ!?
ナオキのつぶらな瞳は見開かれ、冷や汗がドッと出てくるようだった。

小声で名前が呼ばれる。
「用があるんだ」
とささやく声が聞こえる。

開けたくない! が、
何か他の用か? という半信半疑との狭間で、しかたなくドアを開けた。


すると、
彼が枕を抱えて入ってきた・・・・・・!

                                            - つづく -



長くなるのでここら辺で区切ります。
ナオキ危うし! (笑)
さて、このまま押さえ込まれるのか?
それとも、彼のアタックを逃げ切れるのか?   お楽しみに♪
by anrianan | 2006-10-25 08:19 | ■美容・健康 | Comments(12)
トラウマ -前のつづき (その後の結果)
前回の記事の後、
「で、結果はどうだったの?」
と聞かれることが多いので、次の症例の前に現段階のご報告をしておこうと思う。
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                                                      ※ 本日の朝焼け

翌日目が覚めると、布団の中のぬくもりが気持ち良かった。
未だ言葉が見つからない。
だけど、感覚的には絶対に何かが違う。

  「ああ、目が覚めちゃったなぁ・・・・・・・」

という失望感(?)のような感覚がない。

今まで生きていることが辛かったわけだから、とにかく寝ていたかったのだ。
一日家にいる時でも、やらねばならないことがあるとそれをやるために起きているが、
期日に追われていないものや〆切りに間がある仕事だと、寝ることを優先していた。
寝ている間は意識が無いから(いや、実際には霊界に帰るといわれているが)、
とにかく意識を失っていたかった。 寝て夢を見ている方が楽しかったわけだ。


だけど、目覚めてから一人でいつものように階下に下りて行き、
いつものように水を浴び、いつものように洗面を行ない、いつものようにコーヒーをいれ、
そうしている間の自分の中の空気が軽い。
絶望感のようなものが無い。・・・・・・・・こういう感覚はいつ以来だろうか。

一番充実していたと思える演劇をやっていた頃、東京に自炊していたあの頃の感覚・・・
それに近いと感じられた。


数日前、カリスマK(院長)が私に
「腕を出して」
と言って、何かを聞いている。
「何を聞いているんですか?」
「陰と陽」

人間は「闇」もあれば「光」の部分もある。 そのバランスがとれていることが望ましい。
だけど人によって闇の部分が多かったり、逆にただ明るいだけの光が多かったりする。
その割合を見ているらしい・・・・・・。

で、結果は
「陰が86%(100%を最高として)、陽が34%」
ということで、圧倒的なる闇女である。

「あんな大きなトラウマを昨日解消したのに・・・・・」
とカリスマKが、私の顔を見る。
「あれを解消していなかったら・・・・・」
と言葉を続けた後に、そこに居たスタッフ全員が驚きながらもにやにやする。

  「真っ暗・・・・・・・、闇だらけ」

私は、そんなものだろうな、という気持ちと
(光が3割でこんなに体が軽いのかぁ)
という気持ちが半々だった。

まぁ、断食のあとの梅干の種がすっごく美味しい! というような感じだろうか?


独りの時間を楽しむ感覚が、やっと戻ってきたという感じなのだ。
「楽しむ」というのは大げさかな。
「寂しくない」とか「空虚感がない」と言う方が、より近い表現かもしれない。

キネシオロジーの治療では、体の痛い部分が治療直後に治っていて驚くことが多いのだが、
今回に関しては、根っこの部分の変化だから、表面に現れてくるまでに少し時間がかかるのだろうという気がしている。
劇的な変化で無い分だけ、深くて大きな変化であるようにも感じる。

こういうことは、人それぞれが自分の中で「腑に落ちる」感覚であるから
話し手と聞き手のギャップは大きいだろうと思うが、いつか同じような経験をした人が、
(誰かもそんなことを言っていたな)
と照らし合わせの参考にして役立ててもらえたらいいかな、と思って記しておくことにした。



さて、いよいよ次回は「トラウマ ナオキ編」に入ります。
彼も「陰陽」の比率を見てもらったら、「闇が100%、光が99%」だってさっ!

d0046294_6304432.jpg    チョーいいじゃん。



とりあえず、予告としてセッション中の一場面を載せておきます。



さて、これはどういう状況の場面だと思いますか?(笑)
   (※アクション中の撮影なので、かなりピンボケですみません)
by anrianan | 2006-10-20 06:31 | ■美容・健康 | Comments(20)
トラウマ -前のつづき
前回「前書き」で終ってしまった続きです。

そのトラウマの原因となる出来事が起こった時に自分がとっていた姿勢は、その姿勢を取るたびにそのトラウマの原点を蘇らせているらしい。
そしてそのトラウマを解消するために「その時の姿勢になって調整を行う」という方法がある。
講師(院長)が皆の前で見せるため、私が公開治療のモデルになった。



                                        ↓ これが、カリスマキネシオロジスト!      プッ!
d0046294_7551285.jpg彼と向かいあって座り、私は「問題」になっていると思うことを心に描きながら、下から45度くらい上げたところまで両手を上げて止める。彼がその両手に負荷をかける。

手が下がらない。 これは「NO」(問題ではない)という意味。
「それは違う。別のこと」
と言われ、
(じゃ、あれのことかな?)
と私は考えて、別のことを考える。
「それも違う。他に」
再び、別の気になっていることを考える。

私は、生きることに前向きになれない原因を次々考えた。
具体的に言えば、
恋愛が成就しないこと、仕事のこと、以前に分かれた彼のこと、結婚のこと・・・・・・。
(フィンドホーンに行ったこと・・・・・・)
と心に思った時に、手が下がった。
「これだ!」
とカリスマK(院長)が一言。 (おぉ・・・・・、と焦る私)

d0046294_7573022.gif要因が分かったところで、筋検査を行った。
私の場合、原因となる「フィンドホーンに行ったこと」を思いながら、体の各部位の筋肉を調べる。
基本となる14筋の強弱を調べるためにいろいろなポーズを取り、調べる側は負荷をかけて押す。
大腿四頭筋以外は全ての筋肉が弱いという結果が出た。
「前に進む力だけが異常に強いよ!」
とカリスマKが驚く。
(ああ、だから生きて来れたんだ)
と私はとっさに思った。




再び向かい合って座り、問診が続く。
「フィンドホーンに行っていろいろなことがあったの?」
「もの凄くありました」
「じゃ、具体的に何があったのか、箇条書きでどんどん言って」
「行く前にある男性と別れたこと。大きな仕事のチャンスを逃したこと・・・・・・」
彼は一つ一つに、私の腕を押しながら問いかけるが腕は下がらない。
「違う、もっと出して」
と言われるが、それらの項目を言ったら私は考えあぐねてしまった。

そこでとにかく、その時にショックだった出来事や気持ちをこと細かに思い出しながら、なるべく箇条書きにして言葉にしていった。
私が話している言葉から、彼が拾い出してくれると思ったからだ。
それを書記の人が書き出したのが、下の写真。

d0046294_7575376.jpg


書き出された項目の一つ一つについて、彼は私の腕に聞いていく。
なかなか下がらない。
私の中にも焦りと不安が出始めた時、腕がすっと下がった。
「“すべて”って何?」
と聞かれた。
「すべて? 私“すべて”なんて言いました?」
「言った。 この“すべて”って何?」
と問われ、私は再び言った記憶のない言葉について考えてしまった。

周囲の人も私が発した言葉を聞いている。
記憶に無いのは私ひとりということになる。

潜在意識から発せられた言葉は、本人が言った記憶がなかったり、聞こえないほどの小さな声だったりするのだという。
言いたくない、聞きたくない、思い出したくない、という潜在意識がそうさせるのだろうか?
その何気ない一言を拾い上げる勘どころが、この治療の結果を左右させるように感じた。


(すべて・・・・・・?)
と思いを巡らせると、
「私はフィンドホーンに行ったことで、すべてを失ったという思いを持っている」
に至った。


フィンドホーンから帰国し、私は末期の結核にかかっていることが判明して隔離病棟に入院することになった。
検査結果を聞きに行ったその場で、連行されるように即刻隔離病棟行きとなり、まさに青天の霹靂だった。
交通事故でいきなり死んで、生活がぶっつり終わるとはこんな感じだろうか? と思った。



カリスマKは「私が入院している時」にそのトラウマの原因があると言う。
さらに「ベッドに寝ていた時」という結果に突き当たった。

「病院のベッドはどういうベッドだったの?」
「角度が調整できるベッドで、昼間は背を起こしていました」
「ベッドの背が起きている時・・・・・・(反応なし)、ベッドが横に平・・・・・・」
と彼はつぶやきながら私の腕を押すと、“ベッドが平”で腕が下がった。


するとその状態を再現すべく、私はベッドに横たわることになり、見ていた他の人が医師や看護婦となって私の回想に従って演じる。
私の記憶と彼らの演じる状況がまったく同じわけではないし、コントみたいで可笑しくなることもあるのだが、不思議に当時のことに気持ちが入り込んで色々な場面を思い出していく。

自分の服装やその時の気持ち、医師と看護婦がバタバタと私の周りを動きまわったこと、
質問された内容、母に連絡すると言われて湧き上がった思い、そして、
自分がすべてを失った・・・・・・と感じた絶望感。


フィンドホーンに旅立つ前に、仕事の大きなチャンスを失い、ある男性との別れがあり、
すでに絶望の中での旅立ちではあったが、行った先でもいろいろなことが起こり、毎日が感情のジェットコースターだった。
結核が発病していたことも知らずにいた私だが、帰国の一ヶ月前には現地で10日ほど寝込み、息をするのも苦しく、水も入らない状態になっていた。
それでも日本に帰りたくない、と思っていた私は何だったのか? と今でも考える。

その頃、母は蜘蛛膜下で倒れ、一時は助からないと言われていた。
もちろんこの時、わたしはフィンドホーンに居たし、知らされなかった。


余談だが、私は「いつも私が海外に行くと、母が私を呼び戻す」と思っていた。
しかし、神道を勉強していろいろ知った今、この時母は“身代り祓い”で私を救ったのではないかと思っている。

私が寝込んだあの時の状態は、今になると結核と肺炎を併発していたに違いないと思え、死ななかったのが不思議なくらいだった。
母が死にかけた分私は死なず、また母が再発すると言われた頃に当時飼っていたクロ(犬)が、母と同じ症状で半死の状態となった
母とクロが引き受けてくれた分、私が死ななかったのだと思える。


借金をして行った私は、入院したことで働くことが出来なくなり、返済が心に重くのしかかった。
それを知った母が、自分のへそくりをはたいて返してくれた。
しかしへそくりがほとんど底をついた母の表情は、何も言われなくても、十分に気落ちしていることが伝わってきた。
言われない分だけよけいに辛かった。
私には何も残っておらず、身近な人を踏みにじり、私は生きている価値が無いと思った。


私が病院で横たわった時に、その思いが体の細胞に染み込んだようだ。
そして、その姿勢をとる(横になる)たびにその状態が私に起こっていたのだった。

そう言われて、私は全身がヒヤッと冷たくなるようだった。
だって、毎晩毎晩寝るたびに
「明日からガンバロウ!」
と思っても、横になるたびにリセットされていたことになる。
10年間どんなに自分を奮い立たせても、前向きになろうとしても、次第にエネルギーが消耗していくような状態に深く納得できた。

最初の筋検査で「大腿四頭筋」のみが強く、
「前に進む力だけがあるんだね!」
とカリスマKがビックリしたことを思い出し、決して私は自分の怠慢で生きることを諦めていたわけではなかったのだ、「前に進もう」と確かに努力していたのだ、と証明されたようで、涙が出るほど嬉しかった。


最後に、再び筋検査を行い各部位の筋肉が強くなっていることを確認。
最初どんなに頑張っても負荷に負けていた手や足が、今度は負荷をかけられても楽にその位置に留まっているのだ。
この筋検査は、行うたびに自分の体ながら不思議だと感じる。

最後に「結核菌」が入った試験管を手に持って筋検査を行う。
どんなに押されても、腕はカチッと止まったまま動かない。
これは結核菌が私の体内に無いということ。
一部始終を見ていた他の受講生の方から拍手をいただいた。

試しに「水銀」などの試験管を持つと、今下がらなかった腕が押されて簡単に下がってしまう。
ん~、やっぱり不思議だぁ・・・・・・。


「どう? 何か変わった?」
と聞かれても、自分では何が変わったのかよく分からないというのが正直な感想だ。
だけど、なんだか体の中が軽くなっているような気がするというのも確かで、
「これからの私がどう変わるのか? どういう選択をして、どういう人生を造っていくのか? が楽しみ」
というより他に言葉が見当たらない。

人間は「無意識」の部分にすべての情報があるから怖いと思う。
いつもとる姿勢の中に、あるいは癖の中に、なんらかの原因がある。
それを筋肉が反応して教えてくれる。

では、筋肉が動かせない状況の人はだめなのか? と言うと、「脳」が筋肉に指令を送るから諦めることはないのだということが分かってきた。

私はキネシオロジーに、医療を越えた人間の自然治癒力の神秘を感じ始めている。





この日午後から、院長がサポートをしながら別の受講生が実習を行った。

「夜眠るのが怖い」という受診側の人の原因を探っていくと、オーストラリアの旅先でのホモ事件や記憶がない頃の母親との出来事へと記憶が及び、最後に原因が究明される。

本人には悪いが、大いに笑ってしまったこの様子を、次回写真付きでレポートしようと思います。
(その前に、了解をとらなきゃね)
by anrianan | 2006-10-18 08:04 | ■美容・健康 | Comments(24)
トラウマ
「トラウマ」という言葉が市民権を得たのはいつ頃からだろうか?


最近ではよく
「トラウマになる」 とか
「トラウマなんだよね~」
なんていうのを聞くけど、問題から安易に逃げているようにも聞こえてあまり好きじゃない。

しかし、何か解決方法を見つけて何度もトライしてみるけど
どうしても上手くいかないということは確かにある。


私は「生きていることは素晴らしい!」 「人生は魂の学びのために与えられたチャンスの場」
と納得することは出来るが、いつも心のどこかで
「なぜ私が生きているのか?」
という疑問がぬぐい切れなかった。

それこそ長い年月をかけて、精神世界や様々なワークショップ、セミナーは受講しているし、
色々なヒーラー、チャネラー、霊能者という人たちに会ったり見たりしてきたが、
「もう、うんざり」
と気持ちが強く、最近はほとんど興味が湧かない。

江原さんの講座を受けるようになって、
「彼はほんものだ!」
と心の底から感じ、実際に彼と接してみて人間としての誠実さも感じたから、その救われ方は格段に大きかった。
しかし、私の空虚感は根強かった。



私がキネシオロジーに関わるようになったのは、仕事のためだった。
今年の7月にキネシオロジーの治療院の仕事を受けるようになり、事業の内容を知らないと
仕事にならないことが多いので、急遽勉強しながら仕事をこなす状態となった。

ということで、昨日は先週末に引き続き『タッチフォーヘルス』の“レベル4”に参加。
『タッチフォーヘルス』は、今までに少し書いてきたが「西洋医学と東洋医学が融合したような家庭でもできる治療法」といったらいいだろうか。
さらに、院長は「脳」のバランスを取る「ブレイン・ジム」という手法も取り入れる。

たった一つの治療法で治るなんてことは、ほとんど有り得ない。
星の数ほどの人間がいたら、その症状も星の数ほどあるわけだから、治療法も星の数だけあって不思議ではない、
と私は思う。

院長の彼は、「なんでも屋かい?」と思ったほど、治療法の引出しが多い。
そして、あくまで
「答えはあなた自身が知っている」=あなたの筋肉(体)が反応する
ということに基づいてのキネシオロジー(筋反射)を使うので、私も妙に腑に落ちる。


その「レベル4」のセミナーでは『トラウマの解消』があった。
一人が受講者十数名の前でモデルとなって、院長の治療を受ける。

希望者を聞かれた時、私は手をあげた。
前日の夜から、なんとなく私は胸騒ぎのようなものがあったからだ。

私は11年前に「フィンドホーン共同体」というところに渡英し、6ヶ月の滞在をした。
そこでは何年分もの「体験」が半年の間に出来たが、精魂尽き果てた。
(もちろん楽しい思い出もあるが、深い傷痕になっているものもある)。
帰国したら結核の末期になっており、医局では「助からない」と結果が出ていたという。
なのに、しぶとく私は“超順調に”治ってしまった。

けれど、私の中では「生きることは素晴らしい!」という思いよりは、
「なぜ、私は生きなければならないのか?」
という疑問が根強く、消し去ることが出来なかった。

何もしなかったわけではない。
意識的に「楽しく」「感謝をして」人生を築き上げていくことに努力した。
しかし、特に何も期待せず、やってきたものに全身全霊を傾けて取り組もうとするが、
必ず愕然とくることに直面し、私はそのたびに消耗を感じた。
抽象的な書き方なので、これでは分かりにくかもしれないが。

しかし、そのうち私は
何事にも「ほどほど」では幸せを感じない人間なのだ、としみじみ感じた。
自分のやれるだけの力を出しきらないと満足できないのだが、一度肺がボロボロになっている私は、昔のような体力が無いので無理はきかない。

私は踏ん張れなくなった・・・・・・・。
と感じると同時に、ちょっと「本気」を出そうとすると「物事は上手くいかない」というパターンを感じ始め、夢も希望も期待もなくなり、その蟻地獄のような状態が10年続いた。

このまま、生殺しのような状態で私は生きていかなければならないのだろうか・・・・・・。

そう思い続けていたから、公開治療で「恥」をさらすことなど何でもなかった。
というよりも、昨日の段階で院長とセミナーの受講者を信頼したのだと感じている。

トラウマというのは、原因が分からない。
自分の中をすべてさらけ出すことで、彼(院長)は必ず何か原因を吊り上げてくれる。
その信用が「賭けてみる」気になったのだと思っている。

と、ここまで長~い前書きになったが、前書きで今日は終り。 (笑)
治療内容を書くと、またまた長くなるので内容は次に書くことにする。




結果は「とにかく、凄い・・・・・・」。
この一言に尽きる。
by anrianan | 2006-10-16 06:56 | ■美容・健康 | Comments(16)
犬も歩けば・・・・・当った!
週2日のバイト先が、品川から日比谷に変わりました。


まるで、社会人デビューした時に戻ったようです。
というのも、初めての会社が日比谷通に面した西新橋にあったからです。
そして、移転したオフィスからは日比谷公園を見下ろしています・・・・・・。

出勤2日目の本日、隣りに位置する「日比谷シティ」で夜能がありました。
午後からの出社前に通りがかったら、舞台の設定が行なわれておりました。

へぇ~、知っていたらチケット買いたかったなぁ~。

なかなか能は人気があって、チケットが買えないもんです、特に野外能は。
きっと歌舞伎のように、大ファンの常客がいるのだろうと察します。


そして、仕事を終えた7時。
「もう能が始まっているはずだ。もしかしたら、野外能だから見えるかもしれない」
と立寄ると、やっぱり! 丸見え!
舞台からは遠いので、大きくは見えませんがちゃんと唄も聞こえます。
能の足運びも見えます。

d0046294_2252057.jpg
しかも、
仕切られた会場内は「撮影禁止」ですが、私は会場外なので撮影が出来ます♪

帰りが遅くなるのは分かっていたけど、足が動かなくなりました。
30分ほどじっと立ち尽くしたまま観劇し、振り切るように帰ってきました。

d0046294_226288.jpg

ん~、やっぱりラジオで唄だけを聞いているのとは違うなぁ。
やっぱりこういうことがあるから、東京は面白いなァ。
などと、かなり得した気分。

おぉ! 今日はもう一つ得したことがあった!
昨日の「中日ドラゴンズの優勝」を祝って、玄関前で振舞い酒が配られたのだった。

へへ、もちろん飲んじゃったさ♪ (^.^)v
by anrianan | 2006-10-11 22:09 | ■伝統と文化 | Comments(24)
ちょっとガンバッテマス・・・・・・
世間の連休は、私にとって関係ありません。
仕事やイベントがある時にやったり参加したりしておきます。


そして、この3連休はイベント続きで、朝も早ようから夜遅くまで駆け抜けています。
なんのイベントかというと、『タッチフォーヘルス』というキネシオロジーのセミナー体験と
月1回の神道講座です。

『タッチフォーヘルス』は、体や心の歪みの原因は筋肉(自分の意識)が知っている
ということを理念に研鑚されている健康法とでも言えるかもしれません。
ドイツやオーストラリアでは小学校でも教えていることで、これは知っているとほんとに
「医者要らず」というのが分かります。

実際にスポーツ選手や医療関係の人々も実践されている人は多く、日本でも普及されると
医療問題や福祉関係にも大きく影響するだろうと思います。
ただし、病院は儲からなくなるけどね。


詳しくはもっと勉強していきながら、紹介したいと思います。
(もし、もっと知りたい! という興味のある方はこちら。 院長のブログです。)



ということで、今日はセミナー3日目に参加するので7時に家を出ます。
私の場合、睡眠不足が一番影響するので、忙しいスケジュールの時には
「いかに早く寝るか」が一番の課題となってきます。


今日も、すでに明日の仕事に備えて「寝る時間」を心配する私・・・・・・・。

                         d0046294_5305042.jpg(ん~、ノビノビ・・・・・・・・)
by anrianan | 2006-10-09 05:40 | ■美容・健康 | Comments(17)
私たちが作りました!
最近は、野菜を作った農家の人々の顔写真や住所が入って売られるようになった。
「顔を出す」というのは、買い手に安心感を与えるし、
「マズイことがあったら逃げよう、なんてことはしません」
という責任感の表れであると思うから、私は多少高くてもこういう信頼できるものを買う。


d0046294_16435739.jpgという前置きはともかく、
年々老いていく両親が、漫才のようにボケとツッコミをやりながら今年はこんなものを作っていた。

母が抱えているのは「西瓜(すいか)」である。
10kgぐらいはあるのではないか、という一番デカい西瓜を採っておいたそうだ。
「記念に写しておいてあげるよ」
というと、
「じゃ、お前が抱えろ。 オレはクックを抱くから」というマモル君。
なぜかというと、西瓜大好きなおナカさんは、
「これを食べ過ぎて胃腸をこわしました」
ということらしい・・・・・・。
節度のある食べ方をしようよね。

d0046294_16444887.jpgで、ちなみにマモル君に抱かれているクックは、こんな顔をしています・・・・・。

なんともだらしの無い恰好で抱かれていますが、マモル君にはさすがのクックも「グゥ」の音もでません。(笑)



もちろん、おナカさんが抱える西瓜は、この後切り分けて食べました。
とにかく好きだというだけあって、このおナカさんは私が一切れ食べる間に3切れくらい胃袋に納めています。
これはねぇ、病気にならない方がおかしいってもんだよ。

d0046294_17153650.jpg







そして、西瓜を食べることの次にくらいに好きなことが「栗拾い」。
クックの散歩をするたびに、おナカさんのポケットには入りきれないほどの栗がぎっしり詰まっています。

周囲には「山栗」と「植えた栗」の木が何本もあるので、拾い切れないほどの栗が落ちるのだそうです。(拾い切っているように見えるけどね)
d0046294_16525552.jpg


そう言えば、今年は美味しい「渋皮煮」が私の手元にやってきまして、私は「VSOP」の中にこれを漬けることに致しました。 (む・ふ・ふ・ふ・・・・・・・・)

d0046294_16574575.jpg畑を歩いていると、白い卵が見えました。
大きさは「恐竜の卵」くらいでしょうか・・・・・?(笑)

なんと、白いかぼちゃでした。
写真に写したものはまだ小さくて成長途中のものです。
もちろん、普通のかぼちゃもあります。




d0046294_1658835.jpg



その他には、納屋に玉ねぎ、にんにく、唐辛子、じゃがいも、花豆、白豆などがきれいに置かれていました。
その時の天候や気候によって収穫にはばらつきがあるし、その年によって作る野菜もまちまちですが、畑から採りたての野菜は新鮮だし安心でき、これはほんとに羨ましい点です。

収穫の時には、一気に野菜が成長していきます。
「お前がどんどん採らないから(腐っちゃうぞ)!」
「お前は(野菜が)生きているうちに食べないで、死んでから食べるんだから!」
と、マモル君に叱られながら収穫しているおナカさんですが、・・・・・・

  あのねぇ・・・・・、こんなにあったら食べきれないよ。




その季節の採れたて旬野菜を、ごく小人数の方に、安価でお分けすることは出来ないだろうか、
と考えた私でした・・・・・・・。
by anrianan | 2006-10-06 08:37 | ■岩手県宮守村 | Comments(12)
一粒の・・・・・・
d0046294_7525948.jpg母が野っぱらをずんずん歩いていく。
「どこ、行くのぉ~?!」
大きな声を出して聞くと、
「○×△@~☆、採らないと・・・・・・」

 ?????

 遠くて聞こえないよ。


d0046294_753378.jpg
クローバーに敷き詰められた雑草地帯を歩き、私は母のもとへ。
「なに、採ってんの?」
「あずき」
「あずき? どれがあずき?」
「こぉれっ! これが、あずき!」

まるで
「知っらないのぉ? バカじゃないのぉ?!」
と言わんばかりの呆れたものいいである。
「・・・・・・・・」(だって、見たことないんだもん)

d0046294_754320.jpg「この黒いやつがあずき?」
「そう!」
といわれて、ああ枝豆のようにサヤに入っているのねと思い、当たり前だと思う。

細いサヤを割って見ると、
「おぉ~! あずきだよ!」「へぇ~!」
と感動する私に、
「あずきっていったじゃ、ばかだね・・・・・・これがあずき!」
と得意げに、まるで4歳児に教えるように母は繰り返す。



「なんで、こんなに作ってるの? あずき屋さんをやるんですか?」
と、ニュースキャスターのような口調で私は聞く。
「・・・ったく、お父さんがこんなに作っちゃうんだよ」
「ここ一列だけでも充分じゃないの? これサヤ割るだけでも大変じゃない?」
「そぉ~なんだよ。少しでいい! って言っているのにさぁ。土地を開けておけないんだよ」
「こりゃ、大変だわ・・・・・・」
d0046294_7544211.jpg



たまにこうやって収穫するものを見ていると、
「かまぼこが板をつけて海を泳いでいる」と思っている子ども並かもしれない、
と思うことが多々ある。
私は枝豆が大豆になることも知らなかったのだ。


基本的に、野菜も魚も動物も、食べるものは生きている段階から食べるまでを知らなきゃダメだな、と思う。
世の中「生」あるものを殺して「生」を貰っているんだから、その過程を知ることは大切なのじゃないか・・・・・・?

d0046294_7551550.jpg

小さい時に、ご飯茶碗にご飯粒が残っていると父に叱られた。
「お百姓さんが一生懸命作っているんだぞ!」
叱られたのは怖かったけど、未だにその言葉が残って一粒も残せない。


これで、あずきも一粒たりとも見捨てることは出来なくなった。



d0046294_7553350.jpg













                                        ※ざるの傍らで寝るクック
by anrianan | 2006-10-04 07:50 | ■岩手県宮守村 | Comments(12)