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半年の大祓い
6月30日は、年末の「大祓い」と同じ意味を持つそうだ。
山蔭太古神道では、本日 “夏越しの祭り”が行われる。
茅の輪(チノワ)くぐりを行って半年の邪気を祓い、後半の年を無事に過ごせますように・・・
との祈りが捧げられる。

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                                 (↑ これはネットからいただいたセンダンの花の写真)

クロが生きていた頃、よく近くの中学校に散歩に行った。
校庭に大きな木があり、ある日芳しい香りを漂わせていた。
近づいて見ると、白っぽい花が一面に咲いている。

根元を見ると、30cmほどの細い枝がひょろり。
(これを植えれば、ウチにも香る花が咲く!)
大木になることを考えず(そこがあさはかな私だが)、根っこから抜いてきた。

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庭に植えた。
なかなか育たず、いっときは
(枯れたか?)
と思われた。

ある時から背が伸び始め、美しい葉を芽吹きはじめた。
さぁ、それからの成長は目覚しい。
2メートルほどの背丈になった頃、一度植え替えをした。
このまま育っていくと両側の木にぶつかるような所に植えてしまっていたからだ。
(やっぱり、あさはかだ)(-_-;)

その植え替えも、大変な労働だったことを記憶している。
根は張っているし、木は重たいし、枝はわさわさ広がっているし・・・・・。

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                       ↑ 現在の姿

で、夏場毎日の水やりに手が回らないので、木陰を作ろうと場所を決めたのだが、
希望以上にぐんぐん伸び続け、かなり枝をバサバサ切ったが生命力たくましい。

そして、今年は初めて待望の花が咲いた!
この木が「センダン」という名前であることも、トムジーさんのブログで知った。
この時は、一人で密かに興奮した!


ネットで調べたら、こんな文を見つけた。
==========================
5-10mの高さの木が多いが、30mにもなることもある。
5-6月に写真のような紫色の花を多く付ける。
秋には楕円形の黄色の実となり、落葉の後も木に残っている。
果実は薬用に、実の核は数珠に使われる。樹皮は駆虫剤に加工される。
センダン科センダン属である。
==========================


5~10メートル、大きいのは30メートル!
内心焦った! そりゃ、デカくなり過ぎだよ。
可哀想だけど、ウチの庭ではそんな大木になられては困るんだ。
何しろ、あなたの後ろの桜が見えなくなっちゃうからね。・・・・・・

と言うことで、現在3メートル程の高さで我慢してもらわねばならない。
と言うことは、そのうちまた私が木登りをして枝を切り落とさねばならない、ということ。

      はぁ~。

その前に、根もとの小ジャングル地帯を草刈りしないといけない、ということ。

      ・・・・・・・・・・・・・・・。 (-_-;)
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by anrianan | 2006-06-30 10:40 | ■家庭菜園
お披露目♪
昨日仕事帰りに、ヨドバシカメラ上大岡店に立ち寄った。
パソコンの仕事は上大岡が多いので、自然に行動領域はここになる。


その前に、携帯を新しい機種に変えようと思って訪れた支店が感じ悪かった。
店構えも狭いけど店員も一人で忙しいせいか、はたまた私が古過ぎる機種を持っているせいか、
早口でせっつかれるような応対に
「や~めた!」と即座に決断。変える時は、もっと都心の支店にしよう、と思った。
以前、四谷の支店で機種交換した時の店員さんの対応が良かったので、その時の印象で訪れたが、考えて見ればその時の店員さんが居るわけでもないし、支店によって雰囲気も違うだろうし、当然のことなのだ。
改めて “過去にとらわれてはいけない” ことを学ばされる。
(今日は「縁」ガ無いな・・・・)と思って仕事に向かったのだ。


仕事を終えて6時に外に出る。
日が伸びているせいか、まだ明るい。 しかも、昼間の太陽の照りつけもなく心地よい。
ちょいと寄り道したくて、京急百貨店に入っているヨドバシカメラに入ってしまったわけ。

庶民の味方「ジャパネットたかた」でデジカメを買おう! と機種まで決めていたが、
市場調査も必要だ、などと心の中で言い訳をしながら、ふらふらとデジカメを見て歩く。
すると、
「おぉ! 結構安くてイイモノがあるじゃないの!」

あれこれ見ながら、すでに頭の中では
(これを10回払いにすると・・・・・、いやいや、10回は多過ぎるから6回なら・・・・・)
などと分割払いの計算が始まっている。

携帯電話の機種を見ていた時は、
(どれも、イマイチ・・・・)
とピンと来なかったが、デジカメの場合は
(どれも、結構いいじゃないの・・・・)。

そして、“売れ筋ランキング!” という手書きラベルは貼ってなかったけれど、
あるデジカメが目に止まり、私の足も止まった。
細かいことは分からないけど、「解像度600万画素以上、SDカード使用」という条件が満たされれば私は良いのだ。
そのカメラは、さらに「水中撮影可能」という完璧防水だ。

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へぇ~・・・・・・・。 
しかも、カメラの色がいい・・・・・♪


だいたい、私は「色」や「形」で決めてしまうことが多い。
特に、毎日持ち歩くモノは一緒に居る時間が長いから、なんとなくその“モノ”が発する波動にこだわる。

ということで、今まで買い渋っていたわりには、意外にアッサリとお買い上げ~!
               (^O^)/
              マイド、 アリィ~♪


まだ、ちょっと扱い方に戸惑っている。
私は “マニュアル派” なので、使用説明書があれば大概は大丈夫、という安心感があり、
当分は「右手にデジカメ、左手にマニュアル」が続きそうだ。


これでまた生活に色が加わり、うっとうしい梅雨空と私の心にも、少し光がさしましたとさ。
by anrianan | 2006-06-29 10:51 | ■とりあえず日記
まだお若いのがお好き?
おや? 今日は愚弟の誕生日ではないか。
あいつ、いくつになったんだ? と考えて
(もう、オヤジじゃないか)
としみじみ思う。 しかし、となると私は “オバハン”ということになってしまう。 (ーー;) ウ~ム・・・
                                     ナントカ、妹ってコトニ、ナラナイダロウカ・・・


世の中、「脳年齢」とか「血液年齢」とか「魂年齢」とか、
要は、実際の年齢と個人の能力や若さは関係ないのだよ、との証明が流行っている。
が、派遣の登録に久方ぶりに赴き、つくづく思い知らされた。

インターネットでの登録が普及し、仕事のエントリーも超便利になった。
“クリック!” これでエントリーが済む。
しかし!
ここに大きな落とし穴があった。

戸籍年齢が上がるにつれて、「数字」でお断りされてしまうのだ。
人格も見た目もへったくりもない。

TVの番組でもあったが、20歳のタレントが44歳の脳年齢だったり、
38歳のアナウンサーが17歳の脳年齢だったりする。
私もパソコンスクールのインストラクターの時に実感したけど、
若くても覚えられない子もいれば、現役で仕事をしているバリバリの50代女性もいた。
そして、そこら辺を見渡せば、歳よりゼッタイニ老けている人も居れば、
「えぇ~!!!」と驚くほどに若く見える人もいる。(芸能界にはザラだ)


30歳でチョ~オヤジにみえる小汚いオヤジと、
55歳でチョ~雰囲気のいいオヤジだったら、私はぜったい後者の方がいいに決まってる。
それに、バカな男は嫌だ。(お勉強の成績じゃない、「あさはか」な男ということだ)
ろくに恋愛をしていない坊ちゃんオヤジもゴメンだ。(弟よ、ガンバレ!)

とまあ、自分のことは棚に上げ、腹を割って話せる女友達と話し出せばキリが無い。


世の中便利になる分、人間の五感が退化していくような気がする。
人間なんて、会って感じることの方が大きいんじゃないか?
だいたい、年齢で判断するヤツにろくな人間はいない。
「30前じゃなきゃ女じゃないよ」なんていう男は、チョー脳味噌軽軽~音がなるオトコ♪

美輪明宏さんは
「20歳から人間、30歳から女になるのよ」と言っていたぜ。


ウキ~ッ!!! なんだか書いていたら、ぐつぐつ腹が立ってきた!


「結婚していない女や子供を産んでいない女は、務めを果たしていない」
なんていうオヤジもクズだ!


今までの日本の歴史を見ると、女性は大方性の道具にされたり、政略結婚の道具にされたり、
子ども製造機のように扱われたり、男の子が産まれないと女のせいにされたり、
大奥のような所に居た側室は、たった一人の男のために監禁状態で囲われたり、
そういう長い歴史の中で女性たちの怨念が、今の少子化という現象を作り出したんではないのかい? と最近感じたりする。

だいたい、政治家のオッちゃんたちは「少子化、少子化」と騒ぐけど、
そういう社会にしたのはアンタたちだからね! と大概の女性は思ってるさ。

   あんねぇ! まず年齢を聞くことから始めるなんて、日本人くらいだよ!

西洋人の男は「成熟した女性」を好きなんだけど、どうも日本の男は
“若くてパープリンで、オッパイだけボイ~ンとデカくて (でも、そういうのは年々ビヨ~ンと垂れてくる)、ピチピチして見えるけど、実は内臓や血液は老化してる (だから不健康で、便秘だったりするから、そこはかとなくウンコ臭かったりする) 女がイイ♪ ” という「ちゃら男」が多いようだ。


へ~ん、こっちだってゴメンだよぉ!
100万や200万もらっったって、そういう男はヤだね!
(100万や200万は少ない? じゃ、1000万は? じゃ、1億円は? ・・・金じゃないのだよ)




    あれ? 何を書いているのか、分からなくなってきた・・・・・。



え・・・・っと、私はどこに向かっているんだ?・・・・・ 
              パープリンではないけれど、これまたヤバイ現象か・・・・?


                  とりあえず、弟くん、オメデトウ。
by anrianan | 2006-06-27 08:03 | ■一言いわせて!
斬り捨てゴメン!
今日は数多くの殺生をした。

こっちは狙って殺ったわけではないが、ズバッと振り下ろした瞬間にのた打ち回る姿が見えると、
「またやっちまった!」
と心痛む。しかし、あたいだって気持ちが悪いのさ。
一応こちらの気配をアピールしながら近づいているつもりだし、
(来たな!)
と察して、お宅らも少しは学んでほしいのよね、と思う。


お宅らというのは、ミミズである。


先日刈って小山にしていた干草をひっくり返すと、あちこちにウジャウジャ居る。
また、クワの先に草刈用の刃がついたものでザックザックと刈っていくと、
土の浅い所でくつろいでいたミミズがニョロリンと出て来る。
直径5mm、長さ10cmほどのまるまる太ったミミズたち・・・・・。
ミミズを食する人種がいたら、ウハウハなんじゃないだろうか。

 いや、・・・・ちょと待てよ・・・・・。
 ふむふむ、漢方薬で乾したミミズを用いるらしいねぇ・・・・。
        <ミミズについてもっと詳しく知りたい物好きな方は、こちら


  余談だが、ミミズの複数形は「ミミズズ」? 「ミミジーズ」? (爆)
                   (正解は: earthworms ダヨ )

しかし、気がついた。
ミミズも太っていると動きが遅い、というか、ほとんど仮死状態だ。
ピョン! と体と一ひねりくらいはするが、その後ジッと動かないのが多い。
(死んだフリをしてるのか?) 
こっちにしてみれば、さっさとその場から去ってほしいのだ。
じゃないと、アンタがいる所の草を刈れないのよ。

細いミミズは、ピョンピョン体を慌ててひねり、サッサと安全なる地を求めて去る。
ハハァ~、太ったミミズたちは栄養の摂り過ぎだね。
あの巨大ミミズともいえるヤツらは、きっとアメリカ人のデブ状態なのだ、と思った。



どーでも良いことを書いてしまった。
庭の草を刈って、肥料土に石灰を蒔き、水を浴びてサッパリ!
というところで、雨が降ってきた。


  やっぱり巨大ミミズの写真が無いのは残念だ・・・・・。

    え? そんなの写さなくていい? (笑)

  いわゆる、「ねぇ、ねぇ、見て見て!」 という幼子状態なわけ。 v(^.^)v
by anrianan | 2006-06-25 16:19 | ■とりあえず日記
なぜなんだろう?
===============
武士の敵討ちの場合、肉親の存続のためにすることなら正則のものとして届出が許可される。
つまり父や兄の敵を討つというのならゆるされるけれども、子や弟妹、妻などの場合は変則となる。
これが[掟]であった。
===============
子どもの敵討ちをしようとする老いた父親の話。(鬼平犯科帳・七)

親の敵討ちは良くて、子どもや妻、兄弟姉妹はダメなのかぁ・・・・・・・。
なんでだぁ?・・・・・
「肉親の存続のため」というところがポイントかなぁ・・・・・・?




“今年の梅雨は雨があまり降らないように・・・・” と祈った。
なぜなら、雨漏りがひどくなる→屋根が崩れる→崩壊する→住む所がなくなる
という不安がいつも胸に巣食っているからだ。


今日は梅雨の合間の晴れ間。
朝から布団を干し、洗濯物を外に干し、家中の窓を開け放し、気分は最高!!!
のはずなのに、ダメだぁ~。 なんだか体も気分もヘビー級だ。
こういう状態を「またぞろ鬱」というのだ。 
              ワ~イ! 使っちゃった、使っちゃった! 覚えたての新語♪( ⌒o⌒)人(⌒-⌒ )v



私は怠け者なんだな、基本的に。

考えること、やらなきゃならないことは目白押しなのに、チャッチャ、チャッチャと片付かない。

・デジカメは修理に持っていく(今更ながら、その気になった)。
 修理代がかかるようなら、新しいのを買おう。(もうどれを買うか、決めた)

・ノートパソコンも買おう♪ と思っていたら、キャンペーン期間を逃した・・・・。
 次のキャンペーンを待って買おう! と誓う。

・仕事をなんとかしなければならない(新しいところを見つけねばならないということ)

・抜かれた歯のところに「仮歯」を入れてもらったけど、これもなんとかせねば・・・・。
 1本10万以上するからねぇ・・・・。(;_;)
 だいたい、セラミックが半永久なんてのは大嘘。 
 被せている下の歯が虫歯になるんだから! 歯医者ってぇのはボロ儲けだよ、ったく。

・庭の草も再び伸び放題になってきたぞぅ・・・・・。
 石灰も買ってきたから、肥料土の上にまかなくちゃならないんだけど、
 そこに行くまでが、すでに道無き道状態。・・・・・ 

・梅干用と思っていた梅が、木ですっかり熟れている。
 「取ってぇ、取ってぇ、私を食べてぇ~~・・・・・」と声が聞こえてくる。
 んなこと言われても・・・・・、梅の木の下はすでに草ボウボウ。
 あそこに脚立を持ち込んで、蚊に刺されないように防備して、木に登るんだよ。

 あたいの方が言いたいさぁ、「取ってぇ、取ってぇ~・・・・・・」。 (-_-;) ヤメトコ・・・。



ああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・、嫌だ、嫌だ、もう嫌だ。

神道の先生に「延命祈祷」の逆祈祷をやってもらおうか・・・・・。
そんなもん、あるのかね。

だってアタシ、もう充分に今世で学んだし、やりたいこともやったし、楽しいこともないし。
そして、アタシが居なくなっても、世の中な~んにも困らないのだよね。・・・・・・


    今度会ったら、モト爺にお願いしてみよう。 (-_-;)
by anrianan | 2006-06-24 14:51 | ■とりあえず日記
「視線」
最近、ますます、非常に気になっている。


  もう、見ないで! 見ないで! 見るなぁーっ!!!

                                      という感じである。


もともと、私はあまり人にジッと見られることは好きではない。
誉められ下手であったりコンプレックスという根本原因は自分にあると思っているが、
それにしてもジロジロというのは失礼ではないか。
嫌悪や憎悪の視線ではないにしても。


「目は口ほどにモノを言う」。
まさしく、言葉にしなくても伝わるものがある。
小説の中で、よく武士は「気配」を感じる場面があるが、
現代の人間にも共通する感覚なのだとつくづく感じる。


決して目を合わせないように無視をしても、
人の視線というのは感じるものであり、状況によっては気持ち悪さや怖さを伴う。
それが日々続くと、何でも無かった人も嫌いになってくる。
最初は気にならなかったことも敏感になってくる。

別に見られて生命の危険を感じるというほどではないが、ある意味「視線ストーカー」だ。
「見る」という実態の無い行為に対して、現行犯逮捕もできない。
私は、「ア・キ・ラ・カに」無視をして、愛想も悪く、無言の抗議をする。
しかし、暖簾に腕押しの場合どうしたらよいのだ?!


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  こういう場合は、・・・・  黙って耐えるか。 

  それとも、そういう場から去るか。 


  それとも・・・・・・?







これは数ヶ月以上も前から続いている。
結局状況はあまり変わらず、私の神経過敏の度合いを増すだけのようだ。・・・・
人によっては、こうやって追い込まれていくんだろうな。
by anrianan | 2006-06-21 09:52 | ■一言いわせて!
「桜」が香る本を二冊・・・・
4回にわたっての「クロの思い出」にお付き合い下さり、ありがとうございました!
本日はガラッ! と変わって、『桜』つながりの本の紹介です!

季節的には「桜」というよりは「梅雨」でござんすが、
ちょいと見逃せない本が、しかも2冊、タイトルに『桜』がつくんざんすよ。


まず、一冊目は
初にお目にかかります 宇江佐真理著『雷桜』(らいおう)(角川文庫)。
これはバイト先に入っている書店の方に「お薦め」を聞いたら教えてくれた本です。

感想は、とにかく一読をお薦め!!

「遊」という生まれて間も無い庄屋の娘が、雷のなる晩にさらわれます。
どうやら、人が踏み込めない瀬田山にいるのではないか、と家族の誰もが感じています。
そして、村の人々は狼に育てられているとも噂をします。
十数年後、次兄の助次郎は江戸で中間として清水家に仕えることになり、
その清水家の当主斉道と遊との出会いが・・・・・・・。


ドラマティックな展開の中に、感動せずにはいられない一途な愛を貫く女性の姿。
人間の一生なんて振り返れば短いし、その中でどう生きていくのか?
何を大切にしていくのか? そういうことをしみじみと考えさせられ、
読後感は何とも言えないせつなさと清涼感が湧き上がりました。
「雷桜」(ライオウ)の響きもいいと思いませんか? これはかなりイケますよ!


例えば、自分が超有名な政治家や俳優など、
ケタ違いの世界の男性の子どもを身ごもったら、どうしますか?
これは女性だけへの質問ですね、当然。 (^.^;)

世の中には、「してやったり!」と思う女性も居るでしょうし、
自分の中に封印して、独りで産み育てていく女性も居るでしょう。
そして、経済的な事情やさまざまな環境で中絶をする女性も居ることでしょう。


私なら・・・・・・、 ふふふ。

ほんとに愛する男の子どもならば、それだけで生き甲斐になるかもね。

10年以上前ですが、とても仲良しで憧れていたある男性にそう言ったら、
「そりゃあ、男にとったら最高に都合のいい女だよ!」 とぶったまゲーション。
それを聞いた私の方が、「こりゃ、ダメな男だわい」と、百年の恋も・・・でしたわ。


なぜここで、このような話が出たかと申し上げれば、
『雷桜』に出てくる「遊」は、まさに私がこうするだろう道を選んでいるからなんです。
この作者・・・・、とストーリーはもちろんですが、この女性に感動しましたわ。

そしてストーリーの中では、この親にしてこの子あり、ということも感じさせられ、
人間の歴史や家系(遺伝)の歴史の、大きな流れの一端を見せられた
と感じられる作品でした。




ということで、2冊目の紹介ざんす♪

いわずもがなの 稲葉稔著『残りの桜』(コミック文庫)新刊です。
ぞろりと彼の時代小説を読み尽くした私にとっては、今回ページ数も多くて満足、
最後の最後まで「下手人はだれぞや?」と、残りの頁数を心配しつつ(余計なお世話だが)、
倍速で読んでしまいました。

と言いましても、現在『鬼平犯科帳』(1~23)(池波正太郎・文春文庫出版)と
二股ですので、心が揺れ動きやすいあちきとしては、
長谷川平蔵(鬼平)か、相楽龍之介(残桜)か、と行ったり来たりで往生しましたわ。


そうそう、龍之介さんに話を戻して、
前半は「この人、なんで登場すんやねん?」(← ナゼカ、関西弁?)
と、なかなか結びつかないコマがばら撒かれおりまして、あちきの頭ん中は渦巻き。
その分、後半戦が面白いです。


簡単にストーリーをご紹介しておきます : (^.^)b

相楽龍之介シリーズ第3弾。
親の心子知らず、と言われるが、まさにそのような冒頭から話は始まります。
大工の棟梁が殺され、息子に容疑がかかります。殺される少し前、妾を囲い暴力的な父を恨む
息子、武七は父を殺したいと龍之介に剣術の指導を願って来たからです。
しかし、事件を追っていくうちに妾の息子、房吉が怪しいのでは? とも思われてきます。
そして謎の女お里と道場破りの浅沼、あこぎな金貸屋小松屋とその主を斬ろうと企む寅吉、
バラバラに見える点が終結に向かって線となってくると、止められないとまらない♪
のかっぱえびせん状態です。
ミステリーの色彩が濃くなってきている最近の作品ですが、最後はやはり泣かせる一幕が・・・。
バカ息子たちの浅はかさが幾分単純過ぎるように思えなくもありませんが、現代の無機質な
子どもたちを考えると、この時代に生きる人間の特徴と言えなくないのかもしれません。

今回は、旅役者の恋人桔梗とのラブシーンは殆どなく、最後の一幕に花を添えている程度
という感じです。
この作者の作品を読むと、だいたいにして「闘う男、待つ女」の形が見えて来ます。
といっても、静かに慎ましく待つタイプの女性よりは、積極的で進歩的な女性が
多く描かれているように感じるのですが、いかんせん相手が忙し過ぎる男では、
否応なく待たされることになってしまうということですね。 やれやれ・・・・。

さて、この旅役者(実は女優を目指す)の桔梗が、いつまで龍之介を慕い続けるのか、
はたまた結果が出ずしてシリーズが終ってしまうのか、そこら辺もちょいと楽しみでありまする。




※【お薦めの本】(左側)のリンクで、各作者の作品一覧が見れます。


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by anrianan | 2006-06-19 05:45 | ■最近の一冊!
守り神だったクロ
全3回に分けて書いた“クロを偲ぶ思い出”。
しつこいようですが、死後に起こったエピソードを記したいと思います。
ちょっと不思議なことがあったのです・・・・・・・。
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         <その後>

さて、母も幾分「ペット・ロス」状態に陥りました。

そして、ある日電話で話していた時、
「夕べ、クロが来たんだ。 水を飲んで行ったんだよ」と母。

へ? ・・・・・・。
わたしゃ、とうとう母もちょいとマズイ状態になってしまったかと思いましたよ。

よくよく話を聞くと、
クロの写真を飾って、その前にお水を上げているらしいのです。
そのコップの水が一晩で無くなっていた、ということなのです。
 「水、入れ忘れたんじゃないの?」  「ううん、ちゃんと入れたんだよ」
 「コップが割れているんじゃない?」  「いや、割れてないよ」
 「・・・・・・」  「ほんと、不思議だなぁ。 ・・・クロが飲んでいったんだよ」

私よりも、よっぽど不思議な話をまともに信じる母なのですわ。


そしてある時、私は夢を見ました。
クロはふた周りくらい大きくなって若返っていました。
ツヤツヤに輝く黒い毛が太陽の光に当たってキラキラ光り、そよ風に揺れています。
いつも来ていた台所の上がり口に両手をかけてすっくと立ち、私をジッと見ていました。
それはそれは美しく、神々しいのでした。

ああ、クロはこんなに美しく立派になって・・・・・・。 夢の中で、私はそう思っていました。


その話を母にしたら、
「クロはさぁ、すーっごい元気だよ。 山や橋をぽーんっ、ぽーんっ、て飛び跳ねてさぁ。
 いやぁ~、どーしよう・・・ってくらいに空も飛んで歩いてさぁ。」
どうやら、そういう夢を見たらしいのです。

あちら側に帰って、病気からも解放されて元気になり、若返って美しくなり、
そうなったことを知らせてきたのだと思いました。


そして、クロが死んでもうすぐ一年になろうかという頃、
「お母さんさぁ、今度犬を貰うことにしたんだ。」と報告を受けました。
犬を飼っているダンスの先生が、
「今度子どもが生まれたらあげるよ」と約束してくれたのだそうです。

で、1ヶ月もしないうちに
「生まれたよぉ! 真っ白いのとブチがいるけど、どっちがいい?」
ということになりました。  はやっ! (゚o゚;)
メスがいい、と言うと、真っ白い子犬がやってきました。 それがクックです。
                         (ブチとクックの母はこちら)

このクックですが・・・・・、
まだ足も立たない時に両親の元にやって来きました。
その姿形が、あの、私がヒースロー空港で買った「白いテディ・ベア」に瓜二つ!

そして、成長するにつれて、なにやらクロと顔形が似てくるような・・・・・・。

クロは「福松さん」の生まれ変わりと言われていましたが、
クックは「クロ」の生まれ変わりと信じて疑わない母なのでした。


最後にもう一つ、今年の6月10日の話。
母と父で、まだ埋めていない「クロ」の骨を家の近くに埋めようと話したそうです。
(そうなのです! まだクロの骨は骨壷の中に入って母のもとにあるのです!)

しかし「クック」が何やら朝から落ち着かず、やたらに母や父に飛びつくのだそうです。
どうしたんだろう? と思っていましたが、
そのうち何やかにやで、クロの骨を埋めるのは延期しようということになりました。
母は「夏に横須賀に持って来て家の近くに埋めよう」と思ったのだそうです。
するとクックも落ち着いて、「今は小屋で静かにしているよ」
と、母からの電話でした。



私は「生まれ変わり」を丸ごと信じているわけではありませんが、
動物同士の見えない世界でも、何かが通じているのだろうという気がしました。
「クロは、やっぱりこっちの家の近くに埋めなくちゃ」と私が言うと、
「そぉーなんだよ。 やっぱり、そっちに帰りたいんだなァと思ったんだ」。


江原啓之さん曰く、
動物たちがあの世に帰ると、動物たちが帰っていく場所があるのだそうです。
赤ちゃんや幼い子たちも、保育園のように集まっている場所があるということなので、
動物たちも、きっと同じなんだろうなと想像しました。

夜眠っている間の夢は、霊界への里帰りといわれます。
その里帰りの時、子どもを亡くした母親などは毎晩のように会いに行くそうです。
だから、ペットも同じように毎晩会っているのではないだろうか、と思いました。
でも、なぜその“夢”を忘れてしまうのか?

未練を引きずっているうちは、忘れさせられるそうです。


私は未だクロを思い出すと涙が出ることもありますし、
毎日玄関を入ると、「クロ、ただいまぁ~」と声をかけます。
でも、あちら側で美しく成長して幸せになっていると信じています。
クロの未練が断ち切れないというよりは、独りの寂しさをクロと一緒に居ると思うことで
紛らわそうとしている自分がいるのだと感じます。
それに、ほんとに呼べばすぐ来てくれると思っていますから。


家族や愛する人との喜びや楽しさや生き甲斐など、この世に繋ぎとめる要素が
生きる希望や夢でもあり、また未練でもあるのではないかと思います。

今の私には、それがありません。
現世に監禁されているような気さえする私は、クロがこの家を守っていると思うことで
なんとか生き抜くための工夫をしようとしているような気がします。


「死後」の世界が自分の中でリアリティを持ち、幽世(ゆうりょ)と現世(うつしよ)が一体だと感じると、
ますます「生きる理由」が見つからなくなる近年の私です・・・・・・・。
というよりも、この世は「穢土(えど)」という言葉にますます納得を深める私なのでした。
by anrianan | 2006-06-17 10:39 | ■ペット・動物
クロがあの世に帰った日-③
6月に入ってすぐ、
私は依頼を受けていた「フィンドホーン共同体」へ案内するために渡英しました。
1995年10月から半年間滞在したのは以前ブログにも書いた通り。
そして、今回は一週間の滞在予定です。



クロの目はほとんど開かなくなっていました。
パッチリした目を見たくても両目を閉じたまま。
それでも犬の本能なのか、庭のあちこちを歩こうとします。
見えないから植物で行く手を阻まれては、ジッとその場で頭を下げて立っています。
私はすぐに側に行って連れてこようとするのですが、母は飽きれたように笑っているだけ。
深刻になりがちな私に比べて、なんでも笑いに変えてしまう母。
人生は、その方がいいんだな・・・・・・。 と、この人からいつも学びます。


d0046294_7375087.jpg
出発の朝、私は着替える前にクロを抱き上げました。
恥ずかしがりやのクロは、いつも私の方を向きません。
けれどこの日は、目が見えないからなのか、気力と体力が落ちていたからなのか、頭を私の胸にクタッとつけたまま身動きしません。

「クロちゃん、お姉ちゃんが帰ってくるまでガンバッテてよ」
「今度は、お姉ちゃんの子どもに生まれておいでね」
そう声をかける傍らで、
「あれ~、クロ、どうしたの? 頭をくっつけちゃって」
と、母は笑っていました。

目を閉じたまま私の胸にじっとしているクロのぬくもりと重量感は、
ほんとに赤ん坊を抱いているようでもあり、「いのち」を感じるのでした。


スーツケースを運び出し、門を出て行く最後の最後に
「クロ! クロ!」と呼ぶと、よたよたしながらゆっくりと近づいて来ました。
私が首の周りをさすると、私の手に首を押し付けるようにしてきます。
閉じたままのまぶたの上を親指で軽くさすりながら
「頑張るんだよ、ゼッタイ待っててよ」
何度も何度も言い聞かせて、私は旅立ちました。




一週間の旅は、懐かしい知人たちとの再会の旅でもあり、無事に帰国の途に・・・・・・。
と思っていたら、ヒースロー空港で飛び立つはずの飛行機がエンジントラブルとのこと。
散々待たされた挙句、ベルギー経由で一泊して成田へと日程を変更されました。
単身で行ったのならば、無理しても日本への直行便になんとか乗りたい所でしたが、
ツアーに組み込まれていたので仕方が無いと諦めるしかありません。

私はいつも頭の片隅にクロがいましたから、イライラするばかりでした。
待ち時間に気晴らしをしようと空港内のお土産店を歩き回っている時、真っ白なテディベアを見つけました。
その表情にとてもクロとダブるものを感じて
「クロが死んじゃったら、お母さんが一番悲しむだろうな・・・。コレあげよう」
と、そのテディベアを買い求めました。
d0046294_7361644.jpg  私が欲しいくらいだよ・・・・・・。 と思いながら。



ベルギーのホテルについて、家に電話をかけました。
だいたい日本の夕方頃だったと思うのです。

「一日帰るの、遅れちゃったよ。 クロは元気?」
「クロぉ? 昨日からさぁ、なんだかヤケに甘えるんだよ。
 お母さんに手を出せって言って、ぺろぺろ舐めてさぁ。」
「へぇ・・・・・、今は何してる?」
「今・・・? あれ! ちゃーんとお座りしちゃって、こっちをよぉーく見てるよ」
「目、見えるの?」
「うん、パッチリ開いて、よぉーく見てる」
「ほんとぉ! じゃ、明日帰るからさ。クロによろしくね♪」

と言う訳で、一日遅れで成田に到着しました。
クロがあの世に帰る時は、ゼッタイに抱いて見送ろう、と決めていた私。
ああ、早く帰ってクロを抱っこしてあげたい!



最寄駅まで、母が車で迎えに来てくれました。
荷物をトランクに詰め、助手席に乗り込むやいなや、
「クロ、元気?」と私。
「うん」と母。

「クロに会える♪ クロに会える♪」と、私は気持ちがルンルンでした。
車から降りて、荷物を降ろすのもそこそこに玄関の扉を開けて
「クロォ! ただいまぁ~♪」

   ・・・・・・・・・。





一瞬、目に入った映像が理解出来ませんでした。

   え? クロが横になっている。

        体に布団のようにタオルが掛けてある。

         枕元にお線香立てが置いてある・・・・・・お線香立て・・・・?!


頭の中がぐるぐる回って、同時にすべてがパタッと止まったようでした。

「お母さんっ! クロ、死んじゃったの?!」「お母さんっ!」 (元気だ、って言ったじゃ!)

母を見ると、一瞬にして母の顔が歪みました。母も泣くのを我慢していました。
「だって、死んだって言ったってしょうがないじゃ・・・・・・。  泣くだろ・・・・。」
(そりゃ、そうだ)とチラリと納得しながらも、私はそのまま泣き崩れました。
楽しかった旅行なんて、一瞬のうちにすっ飛んでしまいました。

「クロッ! 待ってて、って言ったじゃ。 クローっ! クローっ!」
私はクロの顔に抱き着いて、何度も何度も抗議しました。



私が電話で話して、その後のことでした。
飛行機のエンジントラブルが無かったら、一日遅れることがなかったら、
私はクロを見送ることが出来たのです。
なぜ、私が居ない時に行ってしまったのでしょう?
なぜ、見送らせてくれなかったのでしょう?


「死」に対して、言葉では理解していても、直面するとやはり心乱れます。
感情はまったく別の生き物のように思えます。

子どものようにワーワー泣きながら、一方では魂は生きて側に居るんだから、とか
クロの遺体をちゃんとしてあげよう、とか考えている自分も居ます。
母は「泣くな」とも言わず、なにやら大きな箱を探して持ってきていました。
私も少し落ち着いてくると、母が何をやっているのか気にする余裕が出てきました。
「クロを入れてあげる箱、これなら入ると思うんだよ」と母。

昨日クロを看取った母は、火葬の手続きなど「今日」の手配をすでに行っていました。
「ただのダンボールじゃなくて、きれいな包紙を周りに貼ってあげたほうがいいよ」
私がそう言うと、母は包紙を何枚も出し、ダンボールが見えないように貼りました。
そこに厚手のタオルを敷いて寝かし、庭に咲いていた紫陽花やハーブの花で飾りました。
好きだったソーセージを食べやすいように細かくちぎって口元に置き、
一晩中、キャンドルを灯しました。
ちょうどお土産にイギリスから買ってきた直径10cmくらいの教会用です。
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「昨日死んで、まだ一日だったからこうやって置いておけたんだよ。
 これで帰って来るのが2-3日後だったら、もう置いておけなかったから」
母に言われて、それはそうだ・・・・・・と思いました。

看取れなかった、と悔やんでばかりいましたが、こうやって最後に見送ることが出来た。
そう思ったら、ああ良かった・・・と思えました。
そして、ある人には
「あなたは離しておかれたんだな。 じゃないと、あちらに行こうとする魂がひっぱられちゃうから」
と言われました。 なるほど・・・・・。



火が燃えたぎる窯の扉が開いた時、
「クロ、ありがとう。 ありがとう」と、私と母は何度も言って別れを告げました。

出て来た骨は真っ白でした。
頭の形がいつもなでていた通りの形で、目がここだな、というのが分かりました。
細かい骨の中に混ざって、よく私がクロの手を触っていると触れていた爪がありました。
一緒について行ってくれた「愛犬協会」の工藤さんは、
「あらぁ、クロちゃんはホントに愛されたのねぇ。
 幸せなワンちゃんの骨は真っ白なのよ」と言ってくださり、
それを聞いて、ああ良かった・・・・と、私も母も再び涙するのでした。





母はクロの骨を抱えて、10日後に岩手に引っ越しました。
「あの広い土地を、クロに駆けさせてあげたい」と、よく言っていましたが、
クロは生まれ育ったこの土地に、この家に居たかったのだと思います。


  私は、今でもこの家を守っているような気がするのです。・・・・・・
by anrianan | 2006-06-15 09:43 | ■ペット・動物
クロがあの世に帰った日-②
私がスコットランドで肺炎と結核の併発で死にかけていた時、
母は日本で蜘蛛膜下出血で死にかけていました。


1995年の12月中旬、母が倒れて1ヶ月ほどの入院となりました。
退院の時、医師から
「1ヶ月後くらいに再発するかもしれないので気をつけて下さい」と言われ、
母は生まれて初めて「死」というものに直面し、毎日怖くてしょうがなかったそうです。


d0046294_17171847.jpgそして、警告のちょうど1ヶ月後。
朝、クロの様子がおかしいことに気づきました。
家族が起き出すとヒョコヒョコ台所に現れるクロが姿を見せません。

「クロ! クロ!」と呼びながら、すぐ脇にあるクロの小屋を覗くと寝ています。
最初はただの「ねぼすけ」かと思っていましたが、
「ご飯だよ」と声をかけても起き出して来ません。
よく見ると、目を開けるのですが身動きもせずにハァハァと息をしています。
その姿になんとも異常なものを感じました。

d0046294_17175446.jpg具合が悪いのだ、ということに気づき、様子を見ることになりました。
犬は自然治癒能力を持っているから大丈夫だ、と信じていましたが、やはりみんな気になって、代わる代わる何度も様子を見に足を運びました。
ウチの家族はそもそも病院というものにあまり縁がなく、私と弟が子供の頃に熱を出しても、ほとんど母が看病して治ってしまいました。
だから、あまり「病院につれていく」という発想が無いようなのです。


横になって寝ていた姿から伏せる姿に変わっても、目がトロ~ンとしています。
お水を鼻先に持っていっても、飲みたげな素振りも見せず、ひたすら耐えているようでした。
このまま死んでしまうのではないか、と不安にかられながら、
私は行くたびにクロの頭に手を置いて、「神さま、神さま」と心の中で祈りました。

どのくらいで回復したのか、今となっては記憶が定かではありませんが、
クロが水を飲み始めた時には、家族中が「これで大丈夫だ」とホッとしました。

クロはもともと首をかしげる癖がありましたが、この時以来、
極端に首を右にかしげるようになりました。
傾げるというよりは首がつれているようにも見えるし、なんとも不安なものを感じました。

ある日私が門を開けて入って行くと、いつものようにクロが庭の向こうから姿を見せました。
首がほぼ直角に右に曲ったその姿を見た時に、私は思わず声をあげてしまいました。
「クロ! どうしたのっ?!」

クロは私の姿を見止めて、ただ嬉しそうに走ってきます。いつものように・・・・・・
のはずが、首が直角に曲っているせいかバランスを崩して、いきなり植え込みの上にバサッ!
と倒れました!

「クロッ!」
私は心臓がひっくり返りそうになりながら駆け寄ると、
クロ自身もビックリしているように、目をパッチリ開けたまま動きません。
「大丈夫? 大丈夫?」
私はクロを助け起こし、ちゃんと立てるかどうか心配でしばらく抱きかかえていました。
その時のクロは、明らかに自分でも「ビックリしたァ・・・・」と言っているようでした。

首が真っ直ぐに戻ることもありましたが、90度に曲ることの方が頻繁でした。
そのたびに、歩いていてバタッ! と倒れ、走っていてバタッ! と倒れます。
倒れてそのまま動かないので、私はそのたびに外に飛び出て助け起こすのでした。
母は「あら・・・・・・」と心配げに見ていますが落ち着いています。
こういう時、なんだか肝が座ってるのよねぇ、この人・・・・。


考えてみれば、母がお医者さまから「気をつけるように」と言われていた1ヶ月後、
クロは母と同じく、頭の右側の血管を切ったのではないか、という事になりました。
基本的にクロは野良だったせいか、元気で滅多に病気になることはありませんでした。
食い意地がはっていたので、家の脇に置いてあった肥料を隠れて食べて吐いたり、
バーベキューをやった時など、皆から肉をもらって食べ過ぎて吐いたり、
そういうことは結構ありましたけど、(^.^;) ・・・・・・ 元気でした。



私と弟が家から離れて生活していた頃、
「お姉ちゃんやお兄ちゃんに何かある時は、クロちゃん、代わるんだよ」
と、母はいつも言い聞かせていたのだそうです。

これは、母がクロを愛していなかったとか、犬だからと言うことではなく、
むしろ私から見たら、一心同体のように通じ合ってたのだと思います。
自分はさておいても子どもを助けたい、という母親の気持ちだったのかもしれません。
その気持ちを、家の守り神と思っているクロに託していたのかもしれません。
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ある夜更けに雷がなった時、何よりも雷を怖がるクロを私は布団の中で心配していました。
でも母は退院して数ヶ月なのにもかかわらず、雨合羽を着てクロの小屋を見に行きました。
「クロが居ないっ! お母さん、探してくるからっ!」
と言い残すなり、傘を持って雨の中を飛び出して行きました。

私は母が倒れたらどうするんだ、と傘を持って後を追いました。
どこに探しに行ったんだろう? と、勘を頼りに大きな通りに出てみると、
中学校の方から傘をさした人影が見えました!
じっと暗い中に目をこらすと、見なれた人影とその足元に小さな黒い影が動いています。
「いたの?!」と声をかけると、
「中学校のずーっとあっちまで行っててさぁ、クロ!って呼んだらバーっと走ってきた」
あの切羽詰った声を残した母とは別人のように、あっけらかんとしています。
「クロは雷がなるとキチガイのようになっちゃうんだよ。訳が分からなくなるんだ」と母。
「よく中学校の方だって分かったね」という私に、
「ん~、雨降って雷鳴っていたからさぁ、・・・・
 クローッ!って呼びながら行ったら、向こうに小さい黒い影が見えて・・・・」

この人が言うことは、いつもなんだか答えになっていなくてよくわかんないのです。(-_-;)
これは決して「蜘蛛膜下」をやったからと言う訳ではなく、もともとなのですね。
「ふ~ん、そうなんだぁ・・・・」
私はいつもそう答えておくことにしています・・・・・・・。


d0046294_17195499.jpgその母がクロに「お姉ちゃんとお兄ちゃんを守るんだよ」と言っている姿。
上手く言葉が見つからないのですが、計り知れない深い絆を感じるのです。
私は息絶え絶えのクロを目の前にしてそれを聞いた時、何も言葉が出ませんでした。
母はいつも通り、あっけらかんと話していましたけれど。

結局、クロは大好きな母の身代りになったのだと思います。
そのせいか、母は何事もなく順調に回復をしていきました。
クロの首が直角に曲る回数が少しずつ減りましたが、すでに高齢でしたから、徐々に体力が落ち、視力が落ち、たまにつまづいて転ぶようになりました。


もうこうなってくると、いつクロが逝ってもおかしくないという恐怖と不安と、
同時に覚悟のようなものを常に感じながら、一日一日を過ごしていました。

しかし、このあと三年間生きてくれました。

父が単身で岩手に移り住み、弟が家に戻って来て、母が岩手に引っ越すまでの、
最後の三年間でした。

亡くなる1ヶ月前のゴールデンウィークは、私とクロの最後の思い出になりました。
母は岩手の父のところへ行っていたので、私はクロと留守番。
あれ? クロは? と思って探すと、炎天下の庭にグッタリ倒れていたり、
夜中に突然「キャンッ!」と声が聞こえ、私は飛び起きて下に降りていくと、
目をパッチリ開けたまま、ハァハァと荒い息をしていたり。

ある時は、やはり夜中に「キャーン!」と鳴くので、肝を冷やして降りていくと
寝たままウンコをしていて、起き上がることも出来ずに鳴いていました。
まるで「やだよぉ、やだよぉ~」とでも言っているように聞こえます。
(そりゃあ、ウンコの中じゃ嫌だろうさ・・・)
そう思いながら、私は玄関の扉を開けて、とにかくクロを抱えて外に座らせると、
クロはお尻にウンコをつけたまま、情けなさそうな顔をして私を上目遣いに見ています。
「待っててね、クロのベッドを替えなくちゃダメでしょ」

ウンコが臭いのなんかはどうでもいいのです。
ただクロがバタッ! と倒れると、私の方が泣きそうになるのを我慢して、
クロを抱き上げて連れて来たり、冷たい体をさすって暖めたり、
ウンコで汚れた敷物を替えたり、クロのお尻をお風呂のお湯で洗ったり、
寝ているどころではありませんでした。
それでも、その後スースー寝息をたてて眠ってくれたりすると
「ああ、まだ生きているなぁ」と安心するのでした。
母が居ない時に逝かせてはいけない、とそればかりが気がかりでした。


「寿命」は決まっているのだから、どんなに心配しても、またどんなに放っておいても
逝くときには逝ってしまうのですが、やはり危篤状態を目の前にすると、
ゼッタイに死なせてはならない! と必死に祈ってしまうものなのですね。
そして、祈りが通じたようにGWを乗りきってくれたクロは、
日によっては、とても元気に走りまわるまでに回復してくれました。


お天気の良い清々しい日に玄関を開け放していると、
クロがちょうど玄関を覗き込み、私が「あっ♪」と立ち止まって見ていると、
のそりのそりと近づいて来て、しゃがんだ私の顔に自分の鼻をつけてきました。
その時に私をまっすぐに見ていた、クロのまん丸の黒い瞳が今でも忘れられません。
亡くなるほぼ1ヶ月前の、いつもと変わらない一コマでした。

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次回は、私の旅行中に起こった不思議な出来事とクロの最後を書きたいと思います。



                                       - つづく -
by anrianan | 2006-06-11 18:21 | ■ペット・動物