<   2006年 02月 ( 20 )   > この月の画像一覧
逃げる2月・・・
1月は「行く」、2月は「逃げる」、3月は「去る」・・・
これは友達の“ふーちゃん”に教えてもらった。

ふ~ん、上手いこと言うねぇ。 やっぱ、年のこうだねぇ~。 (笑)


考えて見れば、2月は今日で終わりだ! とカレンダーをめくってあらためて気づき、
損した気になる。 毎年のことなのに、なんだかマヌケだ。


今3月6日に向けて、「シークレット大作戦」で進めていることがある。
今年はなんでも考えるよりも挑戦して、ガンガン下手な鉄砲も打ち込んでいくつもりだから、鉄砲を打ち込む的を見つけると、あちこちチェックを入れている。
そういう的がいくつか出来ると、それが目先の目標になって楽しくなる。

いつでもこういう気持ちになれるわけではなくて、「とにかく行動しなくちゃ!」と
人にはっぱかけられても、動けない時は動けない。
別に体が不調ということではなくて、「気持ちが」動けないのだ。

だけど、今年は動く!


昨晩は久しぶりに1時まで起きてしまった。
やばい! やばい! 明日起きられない! と慌てたけれど、ちゃんと4時半に起きたさっ!
ほほほ・・・、やれば出来るじゃないの。 
と一人満足して、先ほどは朝食にうどんを食べた。
これで、今日一日元気に働けます! 今日は品川の日です。


寝る間を割いてもやる事があるというのは、幸せなことだなぁ。
3月が「去らない」うちに、次の種まき、種まき・・・・。


  ・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*

d0046294_10104429.jpg
話は全然違いますが、『わかれ雪』(稲葉稔著 コスミック文庫)もお勧めです。
私は彼の作品のお陰で時代小説にハマり、そのお陰で彼の時代小説は全部読んでしまいました。そして、しかたが無いので、この本をもう一度読みました。

当時の江戸時代の鳶職人や火消し集団などの様子がわかり、とても面白いです。
そして、たとえ悪人でも一人一人に抱える人生があるということを考えさせられるところに魅力があります。
by anrianan | 2006-02-28 10:18 | ■とりあえず日記 | Comments(8)
「スピリチュアル講座 by 江原啓之」
今年第一回目の講座午前の部が11時より開演。


ここから東京に出るには、だいたい2時間は見ておかねばならないのです。
いやはや、雨の中、弱気になる自分を奮い立たせ、早起き応援隊員(?)の一員らしく、
3時半の自己最高早起き記録をマークして、7時に元気良く家を出発したのでしたぁ!

そして、電車の中では「夢の中へ~♪ 夢の中へ~♪」 (-_-)zzz・・・・



10時半より開場となりますが、今回は初めて10分ほど早く入れてくれました。
「やっと、今回は気が利いてくれたなぁ・・・・」なんて、頭の中で考えながら見まわせば、
10時過ぎるころには2重3重の長蛇の列になっている有様なのでした。

そして、チケットをもぎってもらって、4列に並んで階段を降ります。
そこで、スタッフが必ず言う一言。 「危険ですので、走らないで下さい」
一応そこで皆うなづきます。 
そして、開場~ッ!と共に “競歩椅子取りゲーム状態”。
毎回毎回我ながら笑ってしまうのですが、リングサイド席(一番前)を取るのに
早く来ている面々は命を賭けるわけです。


1回目は毎年「スピリチュアリズム」の歴史を含め、オリエンテーションのような内容です。

だいたい「1848年にフォックス家でポルターガイスト事件が起き・・・・」という頃になると
目がうつろになり、あくびをかみ殺すハメになるのですが、
今回はなんだか、面白かった! 時間が経つのが早く、内容が頭に入りました。

江原さんも仰っていたことに通じると思うのですが、
「自分が体験したことを通して、自分の中で深く消化されると相手にも伝わる」
ということではないか、と思いました。
“スピリチュアリズムとは何か?”ということを、
江原さん自身が経験してきたことの具体例を出して話す、皆に問いかける、
といったことが、今までで一番分かりやすかったように思います。

なんせ、このところ江原さんは売れてしまっている為に、
視聴率を取る道具、利益を産む道具としてマスコミに使われまくっています。
ご本人もそのことはよくご存知で、それでも「身を削ってでも魂の真実を伝えたい」
という姿勢にやはり嘘は感じられず、私は心から「分かる人は分かってるよっ!」と、
応援をしたいと思った一日でした。

だいたい、今のマスコミは何なのだろう?
もっと精神性をお上げ! と言いたくなります。


  なぜ、生まれてくるのか?
  なぜ、生きるのか?
  なぜ、死があるのか?
  なぜ、人生に幸せと不幸せがあるのか?
  本当の幸せとは何か?

これらのことが見えてくると、死への恐怖や愛する人を失う恐怖など、
人生に恐いものが無くなるということです。 そして、もっと自由に大きく
人生を生きていける・・・という話を聞いていると、やはり生きる勇気が湧いてきます。


私は懲りずに3回は聞いているはずですが、
やっぱり何回聞いても、ヘタな寄席より面白い江原講座でした!
by anrianan | 2006-02-26 19:49 | ■心・精神・魂 | Comments(12)
父ちゃん、福寿草が咲いたよ・・・
明日から天気が崩れると言うことを目覚めに思い出し、
すぐさま「タオルケットを洗濯しておこう!」と、思い立って飛び起きた。
と言っても、その時すでに6時55分。

最近4時半に目覚め、5時か5時半には起床している私にとっては、
おそろしく遅い起床であった。
と言うのも、二度寝した時に「ヨンさま」の夢を見てしまったため! 初めての登場だっ!
3-4人の韓流スターとともに、なんと私の部屋に来ている夢なのだ!

  あぁ~、なんたる幸せっ♪

その3-4人の一人がウォンビンであったことは覚えているが、あとは覚えていない。
しかし、ヨンさまはなんだか疲れ切っていて、汗で髪が濡れてしまっていて
なんだか“濡れた鶏ガラ”のように見えた。
私が「ハグ(=外国人が挨拶で抱き合うこと)をしてください」とお願いしたら、
あの優しい笑みで申し訳なさそうに、ファンとそういうことをしてはいけないので、
と断わられてしまった・・・・。

  あちゃ~、残念! せっかく夢の中で会えたのにぃ・・・・。

と、目が覚めてから思い出したのだけど、なんと不思議な夢パワー。
意味もなく幸せで嬉しいではないかっ! 洗濯だって、どんどんしちゃうぞ♪
とまぁ、今年に入ってからはすっかり冷めていたヨンさまの夢なのに、と呆れます。

そうそう、これは「どーでもいい話」でした。

d0046294_12464485.jpgなぜ「福寿草」の写真かって言うと、私の父が
なぜか毎年春がやって来ると「福寿草、福寿草・・・・」と連呼するからなのです。

よっぽど福寿草になんらかの執着があるのだろうと思うのですが、一度などは「家の庭の福寿草(の球根)を持って来て」とまで頼まれたのですが、私は「いいよ」と調子良く言っておいて、未だに“忘れたふり”をしています。 アハハハ・・・

だから、「父上、ほれ、福寿草が咲いたでござる」と写真を載せたのだけど、
考えてみたら、父ちゃんのPCでブログが見れないのでした。


d0046294_17585677.jpgな~んて、これまたどうってこともないことをクダクダ述べているうちに、空腹の前兆。
慌てて「超健康何十種類雑穀ご飯」を炊いて、残っている明日葉の天ぷらで卵とじを作る。
そして、炊き立てのご飯の上に「明日葉卵とじ~♪」を乗せたら、

                      ド~ン!
d0046294_17593430.jpg

美味い! 美味すぎる~!! 
と、我一人悦に入り、つくづく一人で食するにはもったいない・・・と、涙するのであった。

明日は、今年第1回目の江原啓之さんの“スピリチュアル講座”である。
そして午後は、ようやく、やっと、『単騎、千里・・・』を観に行くぞ! の予定・・・?
by anrianan | 2006-02-25 12:59 | ■とりあえず日記 | Comments(15)
教訓! 「油モノは食べ過ぎない」・・・ ハイ。
誰ぞやの日記にも書いてあったけど、今日はアッと言う間に終わってしまったぞ。・・・


基本的に、私は休日は外に出ない。
ひどい時は、家から一歩も出ない。
なぜなら、買い物などに出かけるには「化粧」をしなければならないからだ。
「素顔が一番!」と言う声が聞えてきそうだが、それは違う。
“心の素顔”は美しくても“顔の素顔”が美しい人は、余り多くない。・・・と思う。
私だって、心の素顔なら誰にも(?)負けないさっ! ・・・カナ?


と言うことで、家から一歩も出ないという基本はあるけれども、
今日のように陽気が良くて暖かいと、家の中に居るのもバカらしくなる。
と言うことで、庭を例の如く「明日葉巡回」する。 
と言っても、敷地内を歩いて40分という岩手の別宅と違って、(←チョット、自慢する)
こちらは「アッ」と言う前に終わる。

でも、再び「天ぷら用」明日葉を摂って、天ぷらを揚げる。
ちょうどお昼を少し過ぎて、空腹の絶頂期。 
美味しいぃ~! やっぱり、最高~! と自画自讃でパクパク食べる。
そして、気持ち悪くなる。
うぅ~、胃が気持ち悪い・・・・。 空腹に油モノを一気に食べ過ぎた・・・。

  なにやってんだ?! 私ったら・・・。


d0046294_17532418.jpgだいたい私は、朝起きると約1リットル近い
“絶品のカフェ・オ・レ”を作り、午前中の2-3時間で飲んでしまい、10時過ぎる頃に突然
お腹が空く。
「天災と空腹は、忘れた頃にやってくる」
と、いつも思う。



家中の窓を開け放ち、暖かい日差しと空気を呼び込みながら♪ とは対称に、
私は本を読みながら、しばし横になるのであった。・・・
と言うことで、何も“ハイライト”の無い「極めて平和で平凡な一日」が終わった。
by anrianan | 2006-02-23 17:59 | ■とりあえず日記 | Comments(18)
寒い日はいい加減に、もういいよ・・・
日の出が少しずつ早くなり、私も早起き時間が少しずつ早まっています。
だいたい、昔から私は植物のように気候や天候に影響を受ける所がありますから、
これから夏に向かって、体調も運気も活気づいてゆくのです。


今、ちょっと挑戦してみようと思っていることが二つあって、ちょいとワクワク。
「ダメもと」と言い聞かせつつも、これは宝くじを買う時のようなトキメキです。
(宝くじは買わない主義だけど、これらは当選可能が高めの宝くじのようなもの)

次々とこういう楽しみを見つけていくのも、楽しく生きる術かな? と思うこの頃です。



と私の内面では、ぐるぐるとピンク色のハートと音符が渦巻きながらも、
日常はいたって変わりばえしない日々です。
早起きして、週3日のバイトに行き、週1日のパソコン講習に出かけ、
掃除や洗濯をして、簡単手軽の健康食を作り、密かなる企てに時間を使う、
という贅沢かつ優雅な(時に退屈な)日々を送っています。

しかし、こういう時間を持て余し気味の時でないと、庭に目が行きません。
タダでさえ、野良猫や野鳥のディズニーランドになっているような庭ですが、
何もしなくても、植物は季節が来ると実をつけ、芽を出してくれています。



いつも「天ぷら」で登場する明日葉は、こんなふうに芽を出しています。
d0046294_811797.jpg
    なんと、美味そうなっ!!

しかし、私にはまるで“胎児”のように見えて、さすがにこの段階で腹から取り出すのは忍びないので、しっかり葉っぱを出した頃に、シメシメ♪ と、摂ります。

d0046294_8113536.jpg



風が強い場所なので、強風の翌日はいろんなものが庭に降って来ています。

そして、レモンが木から落ちていたので、これを明日葉と一緒に水に浸しておくことにしました。
葉もの野菜を水に浸しておくと、ビタミンCが抜けてしまうそうですが、レモンの輪切りを数枚、一緒に入れて浸せばビタミンCが抜けないのだそうです。



レモンの一つが半分腐っていたのでその分を切り捨てて、ぜ~んぶ一緒に浸しちゃえ!
d0046294_812745.jpg


夜帰宅して、この半分のレモンは焼酎へ、明日葉は鍋と天ぷらへ。
もちろん、無駄なくいただきました~!
by anrianan | 2006-02-22 08:29 | ■とりあえず日記 | Comments(12)
私の 『冬のソナタ』 ~ 10年後
やっと『10年前の手紙』を、パソコンに入力しました
今の私には無いと思っていた「夢」も書いてありました。


ほんとに不思議なことに、
今年は、その頃に“リハビリで”と始めた派遣の仕事場に、再び行くことになりました。
そして、当時あまり交流が無かったけれど、その頃一緒に派遣されていた人と再会し、
同じシフトを組むようになり、その彼女が岩手県出身であったり、その他諸々・・・・
(個人情報になるので控えますけど、)
いろいろびっくりする共通点や共時性があり、これはほんとにほんとに
スゴロクで言うならば「振出しに戻れ!」だと思っていました。


同じ場所に立っても、少しずつ見える風景は違い、しかし同じモノが「また」そこにある。
そういう感じです。

  今度は、失敗しちゃいけない・・・・。

いや、失敗してもいいのですけれど、(それを“学び”と言うのですから)
だけど、今の私はあまり失敗ばかり、転んでばかりいると、
立ち上がる気力が無くなりそうなので、「同じ失敗」はしちゃいけない・・・。
そういう感じです。


何が“一番”大切か?  
それも、“私の心にとって”何が大切か? をよーく見ながら、
いつ死んでも悔いが残らないようにしたい、と一層強く思いました。


そういう時に『10年前の手紙』を届けてくれて、ありがとうございました。
10年後の私からも、お礼を申し上げます。・・・・


            ※手紙の最後に入っていたイラストでした・・・。
d0046294_826885.gif

by anrianan | 2006-02-21 08:29 | ■心・精神・魂 | Comments(12)
厳しい環境を生き抜けば・・・シクラメンの学び
外で育ったシクラメンと、家の中で育ったシクラメンを覚えているでしょうか?
(忘れちゃった方は、こちら

外気はやはり厳しい環境なのか、葉っぱも小ぶりで色も深い緑。
逆に、家の中は外よりは優しい環境だから、葉っぱものびのび、葉の色も薄いのです。
パンで言うならば、ふわふわのヤマザキパンとぎっしり密度の天然酵母パンみたい。

d0046294_855235.jpg
先に花を咲かせたのは、外気で育ったシクラメンでした。
1本の茎が、スーッと伸びて来たと思ったら、まッピンクの花を咲かせました。

あっ♪ 写真! と思ったけど、
いや、待てよ。 家の中のシクラメンが咲いた時、一緒に撮ろう!

と思っているうちに、外シクラメンは花を4つ咲かせてしまいました。
只今、5つ目の蕾も開きそう!

なのに、なのに、内シクラメンったら・・・・。(;_;)
ようやく1つの花を咲かせたけれど、
花はちっちゃいし、茎は短いし、花の蕾は葉っぱに埋もれているし・・・。

d0046294_861949.jpgいや、正確には「葉っぱが育ち過ぎている」と言うべきでしょうか。
大きな葉っぱの間で「白鳥の湖」の白鳥たちのように、みんながお日さまの方向へ頭を向けています。
葉っぱに負けないくらいに、首を(茎を)グッと長くしてくれれば良いものを、どう見ても、葉っぱの中でアップアップしているように見えて仕方ありません。

言っちゃ悪いけど、外シクラメンの方が美しいです。
こじんまりとしてますが、全体のバランスといい、しっかりした密度感といい。


哲学者の私としては、人生のようだっ! と、考えさせられました。
 甘やかされちゃ、ダメだっ! 
 厳しい環境を生き抜けば、やがて日を浴びた時、さっさと開花するのだっ!
 しかも、その開花姿はこんなに美しいではないかっ!


うぅぅ・・・・、今日も感動の朝を迎えた! (;_;)   ← (゚o゚;)
by anrianan | 2006-02-20 08:16 | ■家庭菜園 | Comments(10)
好きな男は、押し倒してゲットしたい!
ここ数日、時間を見つけて「10年前の手紙」をワープロに起しています。
これはある種、“10年前の自分の亡霊との対話”のようでもあり怖いものです。
忘れていたことや、その当時の細かなことを思い出してきます。



当時レントゲンを見る限りにおいては、助からないだろうと思われていた末期の
肺結核患者でしたが、これまた超順調な回復をしたのでした。

毎朝日の出を目の前にしながら、ある本を翻訳することを日課にしていました。
イギリスから帰って2ヶ月後の緊急入院でしたので、英語を忘れない為にも
あちらの友達と手紙のやり取りをしたりしていましたが、今ではサッパリ。
英語もどこかに行ってしまいました。・・・。





イギリスに居た時に付き合っていた男性は、世界中から出入りする女性たちを
とっかえひっかえ付き合って来た有名なプレイボーイだということを、
気持ちが引き返せないずっと後になって知りました。
こういうのを「後の祭り」と言うのですね。
一度心を盗まれると、取り返すまでにとてつもない犠牲を払うことがあります。
ルームメイトのドイツ人からは、
「彼は蝶々のように、世界中の美しい花から花へ飛び廻っているから、
あなたも美しい花だったと思えば喜ばしいことじゃないの」
と、皮肉とも取れることを言われたことを思い出しました。

しかし、
もともと私がこの男と付き合おうと思ったのも、日本を発つ前にある男性との別れがあり、
その絶望感を埋める(=逃げる)気持ちがあったためというのが原因です。
寂しかったり、悲しかったり、辛かったり、苦しかったり、という気持ちから逃げると、
結局行き着く先も同じということのようです・・・。



助からないだろうと思っていた病院の先生方や母の気持ちはさておき、
私は、治ったらまたイギリスに行こうと思っていました。

行けば、またこの蝶々男とスッタモンダすることも想像できました。
それでも行く! と決めていたのは、この蝶々男をそれほど愛していたということではなく、
生きることをお終いにしたかったのですね。
この蝶々男に関わり合って、精神的に追い詰められて死ぬだろう、と
どこかで感じていましたから。

それに、物心ついた時から「海外移住」を夢見ていた私には、この退屈な日本で
屍のように生きていくことは耐えられないと思いました。


それを断ち切った美輪明宏さんの言葉は、やはり強烈でした。
「あなたはここの風土、日本で生きて行く人なのよっ!」
「今回は、海外に住む星の元に生まれていないのよっ!」
「今度海外に行ったら、死ぬわよっ!」
などとはっきり目の前で言われると、ご存知の通り、ただでさえ凄い迫力ですから、
私はその後、3日間はショックで口がきけなくなり呆然としました。
しかし、その時以来「海外移住」という憑きモノが消えたのも事実です。

その「ショック」に付随して、今でも忘れられないのは翌朝の母です。
私がショック状態で黙って2階から台所に下りていくと、母は後を向いたまま、
「でも、凄い人だね、あの人は・・・。
 お母さんでも言えないことを言ってくれた。」とポツリ。

オハヨウでもなく、突然ポツリと言ったその言葉と母の後姿は、やはりショックでした。




人生の中で本当に危機的状態の時、救ってくれる人が必ず目の前に現れてくれました。



ちょっとやそっとの人に言われたところで、「ハイ」と言えないタチの悪い性分ですから、
よっぽど尊敬して、よっぽど敬愛して、よっぽど信頼している人でないと
私は素直に聞けません。
けれどそういう人に言われると、スポンジが水を吸収するように魂に染み込んで、
その時の場面が切り取られるように、私の中に「保存」されるわけです。

そういう人が、必ず「大切な時」には現れてくれるんですね・・・。




つい最近も、そういうことがありました。





d0046294_1733349.jpg10年前の手紙につられて、当時よく歌ったり聞いていた「Taize」のCDを、何年振りかで聞きたくなりました。
音楽とは、その頃の感情を呼び起こすので、まさに火に油を注ぐとはこのことです。
当時の蘇った感情の洪水に溺れそうになりながら、少々自分を持て余しています。

けれど、いつまでも臭いものに蓋をしていても、結局は臭いままですから、
やっぱりある程度経ったら、蓋を開けて原因を断ち切ることが必要なのでしょう。
大部消化されていましたけれど、まだ探せば残骸があるんだなぁ、という感じです。


もっと西洋の女性たちのように強く、心豊かに、開放して生きたいなぁ、と思いました。
好きな男は押し倒してゲットするような、そういう女に私はなりたい!
by anrianan | 2006-02-18 17:06 | ■恋愛 | Comments(18)
言葉も無いよ・・・
2時間くらいかけた原稿、〈送信〉を押したら「ランタイムエラー」と出て、
デバック画面が出た。

そのままフリーズして、デバックを中止するしかなく、中止したら原稿がパー。

まったく、やる気をなくした。・・・・

d0046294_13215869.gif

by anrianan | 2006-02-18 13:19 | ■とりあえず日記 | Comments(4)
新しいものと古いもの・・・
ここ数日“春の空気”があたりを包んでいます。
ふと見ると、庭の「あしたば」もニョキニョキ新芽を出していました。
それっ、来た! とばかりにサンダルをつっかけて庭に出て、初収穫となりました!

d0046294_8581468.jpgまだまだ数は少ないのですが、これからどんどん出て来ると思うと、頭の中はすでに、“あしたば天ぷら蕎麦”で一杯です。

私は「あしたばは天ぷらが一番美味しい!」と信じているし、「あしたば天ぷらには蕎麦が一番合う!」と思い込んでいるので、収穫すると、必ずというくらいに天ぷらにします。
そして、これからの季節、蕎麦は「必需品」になります。

ムフフフ・・・・・、考えるだけでも口元は緩み、幸せが広がります♪


 ・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


数日前の出来事。

d0046294_9154760.jpg仕事から帰り、いつものようにポストを見るとなにやら厚めの封筒。
差出人を見ると、結核で入院していた頃にとてもお世話になった方から。
家に入って開けてみると、・・・・・

私が入院中に書いた手紙の束でした。
しばし、どう受け止めて良いのか、訳が分からなかったのですが、
同封されたその方の一筆書きに、
“・・・これらの心の結晶を直感でお返しすべきと思いました・・・・。” と始まり、
これらが、私のこれから何か始めることに役にたつのでは?
というようなことが書かれていました。
けれど、10年前に自分が書いた手紙を読みのは、なんだか嫌でした。


とても良い方ですし、決して悪意で返送されたものとは思えないのですが、
送ったものが返ってくるというのは、なにか自分を拒否されたような感じがして、
ショックだったのは確かです。
 なにか、失礼なことしたかしら? と、思いを巡らせました・・・。


夜を越し、時間が経って、ふと1通を手にとって読み返してみました。

その時に感じたけど、今は忘れていることや、
隔離された病棟の中で、こんな風に感じていたのか、というような思い込み違い、
そして、自分が描いたイラストなどに、なんだかドキリとしました。
自分が書いたものなのに、他人のものを読むような感じがしました。

これは、やはり何かの意味があることとして、その方に感謝をしようと思いました。
自分が書いた手紙を読み返すというのは、意外に勇気がいるものだと知りました。
しかし、その入院生活から10年が経ち、一つの区切りを感じる今、
もう一度、その時の気持ちを客観的に確認してみる必要があるのかもしれません。

「振り出し」から、再び一歩を踏み出すために・・・。
by anrianan | 2006-02-16 09:02 | ■とりあえず日記 | Comments(19)