カテゴリ:■恋愛( 8 )
愛と失恋
なんと不思議なことか、これをシンクロというのか。
たて続けに、海外の友人から2通の失恋の痛みを伝えるメールが入って来た。

    あたしゃ、恋愛カウンセラーじゃないわい・・・・・・・。


と思いながらも、近しい友人だから、なんとか一生懸命読む。
ところが悲しいかな、もともと貧相な単語力の上に前世の記憶かのごとく忘れているボキャブラリー、たとえ簡単な単語の羅列であってもカンマによる区切りが多かったり、
(センテンスになってないやんけ!)
という、いわゆる口語体なのか、それとも日本語で言うと散文? になるのか、とんと理解できない部分がいと多し。

(それなら翻訳を使ってみようか・・・・・)
と英文をコピーして、ネットの翻訳にかければ、ますます分からないではないか! なんじゃ、こりゃ~!!!

仕方がないので、もう一度頭から英文を読み直す。
(ふ・・・・む、・・・・・・ふむ・・・・・・、・・・・・ん~・・・・・・、・・・・・・分からん・・・・・・)



要するに、恋愛がブロークンアップして(壊れて)とても辛い、と伝えていることは分かる。
ところが心の内面、いわゆる細かい心の襞のような部分を語られても、日本語のように理解できない。・・・・

   ふぅ~・・・・・、ま、仕方ないか・・・・・・・。




晩年期を送っているつもりの私にとっては、
(恋をした?! 失恋の痛みで苦しむ?! ・・・・なんて若い! なんて裏山鹿~!)
という感想。

“恋愛は感性の学び、結婚は忍耐の学び”と言われるが、結婚という形態に憧れるならば、どんな方法でもどんな相手でも、さっさと結婚すればいいから簡単だけれど、恋愛ばかりは“したい”と思ってできるものではない。

一人で勝手に燃え上がったりフラレたと騒ぐことはできるけれど、本当の恋愛をするには相手がいるからねぇ。
その相手と精神的にも肉体的にも、さらに言えば魂的にも、どれほど深く関わっていくかで学べる感性の度合いが違ってくるっちゅうもんだ。(と思っている)

だから、心から大好きだと思える人に出会えたら、感性を学ぶチャンスを与えられたということで、神さまからギフトをもらったようなもの。 いいなぁ・・・・・。

とくに年齢を重ねると、盲目どころか片目をつぶって恋愛するなんていう芸当は面倒臭くて(アホらしくて?)できなくなってくるから、なかなかそう思う相手に巡り合えなくなってくるということはジュワ~っ! と実感済み。
だから、“出会えた”という事実の幸せを、体中の細胞に刻み込まなければ勿体無い。



だけど、肉体を持って生まれてきた人間の浅ましさか強欲さか、最初は出会ったことだけに感謝していたのに、次には“会いたい”と思い、“一緒に時を過ごしたい”と思い、“もっと一緒にいたい”と思う。
もっともっとと望むことは、場合によっては向上につながったりするのだけど、結局は“欲”。

男女の恋愛においてのもっともっとは独占欲とか占有欲とかに変貌して、結局相手への執着になって、お互いに楽しい感情が持てなくなる。相手が自分を避けるとさらに悲しさや辛さが加わるせいか、またその穴を埋めようとするせいか、相手への執着心は増す一方。(男女に限らず、人間関係全般にいえるかもしれないけど)
そういう人を見ていると、(昔の自分を見ているようでもあるのだけれど)本当に辛くなる。


自分がこれだけ好きなんだから、同じだけ好きと感じてほしい、のは自然的発露なのだと思う。

だけどね、
人間それぞれ“居る場所”が違うからさ、それは無理なんだよね。

感性が同調し合う相手だったり、もしかしたら前世からの縁だったりして結ばれる人もいるけれど、こちらが相手の高貴な魂に憧れたり、人間的魅力に惹かれて好きになっても、その同等の気持ちを相手に求めるのは無理。

例えば、映画やテレビに出ているようなスターと出会って、個人的に会話をするような関係になったとする。
普通なら、こちらは相手を知っているけど、相手は自分を知らない状況が一般的だけど、相手が自分を友人、あるいは恋愛の対象にしたとする。

この時、自分は相手の何に惹かれているのだろうか? 名声か? 才能か? 財力か? そういう人に選ばれているという虚栄心? それともそれらすべてを捨てて、相手をただの男性として愛しているのだろうか?・・・・・・


極端な例だけど、自分が相手に惹かれた時、特に自分が持っていない何かを感じて惹かれる時、すべての条件をはぎ棄てて、丸裸のその人を一人の人間として愛しているのか? 
人間って人のエネルギーを奪い取ろうとすることが多いからね。・・・・・

だから相手のどこに惹かれているのか、ってことを観ると、結構自分の内面を見ることになって怖いけれど面白い。



愛するということは、自分が何か得ることをまったく考えずに、相手の幸せを喜ぶことなのではないだろうか。

そう考えれば、人を愛することによって恐れや心配や不安を感じることもないし、愛を失う失恋というものも存在しないことになる。
悲しみや痛みを感じるとしたら、それは自分の中で望んでいる形態や求めるもののせいだ、と思うのである。


   確かに好きな人に拒否される感覚は辛いけどね・・・・・・・。

     その人との出会いに感謝して、その人への愛を光に変えようよ。・・・・・・・



これを書き終わる頃、庭にハトがやって来た。ちょっと分かりにくいが、片方の羽を伸ばして日向ぼっこなのか、ストレッチなのか・・・・・。
人間だって羽を休める時も必要だよね。・・・・・・

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ああ、あちきだってたまには恋をしてみたいさ! でももう体力が・・・・・・。(笑) 
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by anrianan | 2011-05-04 13:47 | ■恋愛 | Comments(2)
哲学の秋・・・・・・
すっかり秋が深くなり(え? 深くなったか?)、夏とともに私の恋心はどこぞへ消へてしもうたなぁ・・・・・・。
と思っていたけれど、火遊びをしたら(庭で、例の焚火ね)恋愛について思ひを巡らしてしもた。
何故、旧カナ使いの言葉なのかへ・・・・・・?
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ある人が、
「恋も燻製の方がうまかったりして・・・・」
というもんだから、
「なるほど・・・・・、美味い恋ねぇ」
と、もの思いに耽っているわけざんす。


恋多き女を誇っていたはずの私が、
これほどまでに心が波立たなくなってしまったのは
やはり老化ざんすか?
というのが、悩みと言えば言えなくもない。

枯れてしまったのか?
潤いがなくなってしまったのか?
オバサンになってしまったのか?
なんだか、サビシイ・・・・・。
かと言って、色ボケ老婆にもなりたくないけど。

うまい具合に、艶を保ちながら枯れることはできないものかいなぁ・・・・・。



近頃、恋人でも亭主でも単なる男友だちでも、繋がる相手との間に流れるものは同じなのではないか、と考える私。
けれど、うつしよ(現世)ではこの世の法律があるから、自分の心を知らずに規制していることが多い。
それはそれで、いい。
でも、心は自由であっていいはず。
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人間はみな同じ形をしているけれど、実はまったくの異生物といえるほどの種種雑多の人間が混在している。
国や肌の色が違ったって、同じ色彩や空気感を持つ人が惹き合うような気がする。
家柄や社会的地位なんては関係ないのだ。
だけど、腹黒い政治家は腹黒いネーチャンとくっつくように、高ピーのネーチャンは高ピーの御曹司を狙う。
またその逆も、真なり。


となると、当然欲がない人は、欲がない人と惹かれ合う。
となると、貧乏なあたしゃ、貧乏な男と惹かれ合う、ってことかい?
そ、そりゃ、ないやね。・・・・・・



だけど、今人生サイテーの低所得生活を送っている私は、なにか引け目を感じているのも事実。
もともと、お金を持っていれば自分で好きなものを買う以上に、人にプレゼントすることが好きなのだ。
それは単に、
(好きな人の喜ぶ顔を見るのが好き)
というだけの理由なのだけど、それができないとなると、自然一歩二歩と後退している自分がいる。

でも、
(いい
と心で思うことは自由なわけで、これは“埋もれ火”のように思いを熟成させていくのではないか?

d0046294_14443456.jpgなーんて考えて、
(恋も燻すにかぎるねぇ・・・・・・♪)

                  ってか?!





相手がいれば、の話だけど。



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by anrianan | 2009-09-12 14:51 | ■恋愛 | Comments(14)
秋雨のような・・・・・ 潤いの水(?)
夏が来てないってのに、「秋雨」はないだろう。
しかし、今日は朝からずっと“湖畔の木陰で過ごす午後”のような天気。

つまり曇っていて時折小雨、心のトーンが静まるような天気ということだ。
こういう時は強い朝陽が射しこむこともないから、微風に吹かれながら、いつまでもベッドの上でうとうとしてしまう。

最近、すっかり性欲が無くなってしまい、女が枯れてしまったような気がしていた。
戦中戦後のように生きるだけで精一杯みたいな生活だから、男だの恋だのと気が回らなくなるようだ。
けれど今朝、忘れた頃にやってくる天災のように、
「隣に誰か男がいたら抱きつきたい・・・・・・」
と思って我ながらビックリ。 そしてちょっと、ほっ!
枯渇した心に僅かな湧水。・・・・・・


(ああ、久しぶりだぁ、こんな気持ち)
と思いながら、なぜだろう? と原因を探すも見つからない。
たぶん、「秋」を感じるこの天気のせいかもしれないし、冤罪を着せられたような気分のせいかもしれない。
こっちが被害者なのに、まるで加害者扱いみたいな。


そして、どうも私は独身のせいか、魅力があるせいか(自分で言うか?!)、色々と噂を立てられやすい。
男友だちと飲みに行ったり、メールのやり取りをしたり、仕事の話でランチを食べていたり、というだけで
「デキてる」
とか言われることがある。
(そうなると、100人以上とデキていることになる。) ←ちょっとミエ張ったけど。(笑)

今までの例を見てみると、大体そういうことを言うのは“頭の固い老人”か“もてないゲス男”なのだが。


子どもの頃から男の子とチャンバラごっこをしていたし、
学生の頃も女よりは男友だちが多かったし、
剣道をやっている時もほとんど周囲は男だし、
社会に出てからも男が多い部署に配属されていたし、・・・・・・

それが年々、一緒に遊べる男友だちを作ることが難しくなった。
私にとっては女も男もあまり関係ないのだけど、女友だちは同性ゆえかかなり限定的になる。
ま、「限定的」という点では、男性に対しても同じかもしれないが。

いつも通り、普通に振舞っていたら
「あなたも僕に好意をもっていたでしょ」
と勘違いした男が過去にいた。

それ以来、やたらとにこにこしないように決めたのだ。
私はフランス女のようにツンとするゾ!
(どうも、無意識のうちに、目が合うとニコリとしていたことに気づいた。)


それからというもの、私は意識的に、かなり意思表示をはっきりと露骨に示すようになった。
(昔はもっと愛想がよくて可愛かったのだ。) と、言い訳をする。

この頃は、時代のせいなのか、日本人が劣化しているのか、それとも幼稚化しているのか、やたらと勘違いする“危ない人間”が増えているように感じる。
変な人間7割、正常な人間3割。
勝手な私の感覚だけど、これじゃ正常の人間は生きにくい。

だけど、その割合にしては私の周囲の人は「正常」が多い。
正常8割、変な人間2割、ってとこだろうか。
(そう、あくまで自分を「正常」と位置付けて、の話だ。)



ところで、話を「男」に戻す。

相談ごとを友だちにすると、やっぱり女と男では受けるものが違う。
男性に相談できる機会が減っているせいか、その時に聞いてもらったり言ってもらったことが、非常に大きなヒントや刺激になる。


やっぱり、男女ってエネルギーの交流がないとダメなのだ、と感じる。
(変なエネルギーはダメだけど。)




さて、今夜は私の心の恋人、鬼平と会う。

『鬼平犯科帳スペシャル~雨引の文五郎』(フジテレビ)
が夜9時からあるのだ~!
このシリーズは20年目に入るのだそうだ。

中村吉右衛門・・・・・・。
ああ、思い浮かべるだけで幸せになれる。

さすが歌舞伎役者だけあって、時代劇ではどのシーンを切り取っても美しいのだ。
昔のような若さはないにしても、年輪を重ねた分の色気や美しさはヨダレもの。
「愛人募集」があったら、絶対に応募する。
  ああ、でも私じゃダメかなぁ・・・・・。 でもその時は美容院とエステには絶対に行く。・・・・     付き人でもいいんだけどぉ~・・・・・・。(しつこいっ!)


同時刻には「ハリー・ポッター」の最新作も他局であるのだけど、この時のハリーはちょっとオジサンになりかかってしまっているから、鬼平が終わってから残りを見ることにする。


どうやらオチもシメもない本日の日記は、このままダラリと終わる。




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by anrianan | 2009-07-17 11:07 | ■恋愛 | Comments(8)
心の隙間の恋
8月6日といえば、すでに3週間ほど前になる。
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「部屋をきれいにするとすっきりして、何か良いことの前兆かもしれない」
というようなことを書いた。 覚えているだろうか?
忘れてしまった方、読んでいない方は下の「前回」をクリック。


******(前回の終了シーン)********

「今日は、とりあえず帰るからさ」
「うん、ありがとね」
(今、“とりあえず”って言ったよな、・・・ってことは、また来るってことだよね)
「じゃ、また遊びに来てね」
「うん、また来るよ」

***************************
と大好きだったS君は言い残して、その日は帰って行った・・・・・。
そして、・・・・・・
     

       とその前に、    * 今日の撮れたて! *
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                    確かに「日の出」には間に合ったんだけど、雲が・・・・・・・・。




私がとても仲良くしていたアキコは、S君を好きだった。
S君もまたアキコを好きだった。
ならば何の問題もないようなものだけど、なぜか二人は素直に表現できずにいた。
私は傍から見ていて、何が原因なのか分からなかった。
アキコのプライドと、S君は自分を好きだという彼女の余裕なのかとも思えたが定かではない。

私は二人が想い合っているのだから、自分の恋は成就しないと思っていたし、
かと言って、二人がボタンを掛け違っていることに余計な手出しをしようとも思わなかった。

私はS君を好きだったけど、ひょっとしたら一緒に住みたいかも、とか
もしかしたら結婚するかも、という予感はまったく無かった。
というよりも、そういうことは絶対に無いだろう、という確信があったから、
好きな二人が上手く行ってくれるといい、と思っていた。

が、破局した。


彼女と飲みに行った時、いろいろ状況を話してくれた。
そして、その後に
「アナタもSを好きでしょ? それを言ってほしかったんだよね」
と言われた。
(なぜだ?)
私が合点がいかなかった。
私は何のちょっかいも出していないのだから、二人が上手くいこうが別れようが関係ない。

彼女は自分が素直に「好きだ」と表現できないことが、くやしかったのかもしれない。
私が見ているとS君の気持ちは彼女にあったのに、と思う。

S君はかなりショックを受けていた。
その頃二人で発表のシーンを組んで、よく打合せをしたから会う機会も多くなり、
深夜の環七通りの喫茶店やデニーズで、いろいろなことを語り合った。


私が財布を彼の車の中に落としたのは、その発表が終ってからだったと思う。

初来訪からしばらくして、彼は再び遊びにやって来た。
お互いに何かが起きるだろうと、期待していたことは否めない。
彼は手土産に、
「もらい物だけど、食べる?」
と言って、めんたいこを持って来てくれた。
意外な手土産に、私は大笑いしてしまった。
「いや、うちの親の貰い物なんだけどさ」
と照れくさそうに言い訳をしていた。

私は、思ったよりも
(彼はイケてるヤツかも)
と思った。

彼は飲めないので、ハーブティーでひとしきりおしゃべりをした。
夜も大部遅い時間だったと思う。
当然(?)お互いが予想している設定にするべく、私がまず切り出した。
「泊ってく?」
「いい?」
「いいよ」
彼はニコニコしちゃって、とてもプレイボーイの風評は似つかわしくなかった。
「じゃ、布団をここに敷くけど・・・・・」
と私は言いかけて
「それとも、一緒で良ければ、布団は出さないけど・・・・・」
「一緒でいい」
「じゃ・・・・・」
と、布団を出すのを止めた。

「シャワーを浴びる?」
「浴びてきたからいい」
「ああ、そう。・・・・・じゃ、私浴びるから」
ということで、私がお風呂から出てくると、彼はすでにベットの半分に寝ていた。

私はもともと、夜の照明は間接照明で薄暗いのが好きだ。
ある晩、突然訪ねてきた母と横浜の叔父夫妻は
「なぁ~んだか、暗い部屋じゃ」と母。
「なんか占い師の部屋みたいじゃない」と、叔母はケラケラ笑う。

そんな部屋だから、ムード満点なのだ!


私は空いている片側に滑り込んで寝た。
なんだか、フーッと息をついてしまうような瞬間だった。
「ああ、気持ちいい!」と彼が伸びをしたのを覚えている。
そりゃそうだ。
その日は、またもや偶然にしてシーツと夏掛けを洗濯していたのだ。

(ああ、彼の左手は私の右手にかすかに触れてるなぁ)
と、そのぬくもりを心地良く感じていた。

でも、彼はアキコに失恋して今はとても心が痛んでいるんだ。
そういう時に、その痛みを避けようとして私と寝たところで
私と彼の関係も続きやしない。 だって「本物」じゃないから・・・・・・。
彼にとっても、私にとっても、それは良くない・・・・・・。


これは、私の中のどこからともなく聞こえる“崇高なる声”だった。

あんなに好きでずっと思っていたS君が隣りに寝ているのに、
(向き合わなければならない何かから、逃げてはいけない)
と、私の中の声は断言していた。





で、気がついたら朝が来ていたのだ。  ガッビ~ン!!!
彼の美形の寝顔がこちらを向いていた。
(あン? あ~あ・・・・・・)
私は事の次第に驚き、ガッカリしたが
確かバイトにも行かねばならない日で、仕方なく起きあがった。

台所でカフェ・オ・レを作っていると、S君も目覚めた。
「カフェ・オ・レ、飲む?」
私が側に行って聞くと、
「飲む」。

私が大きなマグカップに同じモノを作って持っていくと
「こんなにしてもらって・・・・・」
とS君がつぶやいた言葉が印象的だった。


彼は、私をバイト先の原宿まで車で送ってくれた。
その後、それまでと同じように仲良しだったんだけど、
二人の間で何かが微妙に変わっていた。

「次の機会が来たら、絶対に躊躇しない!」
と私は強く思ったのだけど、次の機会は来なかったし、
(これで良かったんだ)
という声と
(ああ、失敗したぁ)
という声のやり取りは、当分続いていた。



客観的に考えるに、私はS君を好きだったけれど、命を賭けられる相手ではなかった。
だから、この結果は正解だったのだと思える。
その証拠に、7ヶ月後に「物凄いプレゼント」が待っていたのだ。
もしあの時S君と付き合っていたら、“7ヶ月後”の出会いは無かったのだ。


自分にウソをついてはいけない。
悲しみや寂しさをいっとき埋めるだけの「まやかしの恋」ではいけない。
そんなものでは心の隙間を埋めることはできない。
というよりも、もっと隙間がボロボロになって広がる可能性が大きいのだ。
この先何が起きようとも、後悔しない相手を選ばなくてはいけない。

そういうことを、まざまざと思い知らされた出来事だったといえる。


そのS君と2004年2月に、偶然銀座線の中で再会した。
お互いに電話番号は教え合ったけど、それから何事も起っていないし、たぶん起らない。

   時間は流れているのだから・・・・・。
by anrianan | 2006-08-27 06:00 | ■恋愛 | Comments(32)
あるカフェでの会話

好きなカフェ・オ・レを両手で包み、ホッと和んでいると
すぐ隣りに座っているOLらしき女性二人の会話が耳に飛び込んできた。


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「私、好きな人出来たんだ。」
「えっ?!」
「って言うか、なんか好きになってた」
「・・・・。 でもさ、それって凄いことだよ」
「?」
「好きな人がいるって、それは凄いことだよ」


「そう・・・だよね。 探しても出来ない時は出来ないもんね」
「うん!  ああ゙~、いいなぁ。 私も好きな人見つけたいなぁ」

「でも、その人結婚してるの」
「え? はぁ~、そうかぁ」
「でも、別に何も求めなければ関係ないしね」
「えぇ~! それは・・・」
「だって、独りで生計を立てて生きていくって決めればいいことじゃない?」
「う・・・ん。 でも、それは大変だよ。」
「みんな女性って、結婚してダンナに食べさせてもらおうとするじゃない?
 でもそう思わなければ、好きな人が居るだけで幸せなことじゃない」
「それは素晴らしいよ。 でも・・・・、それは大変だよぉ」
「まぁね・・・。
 でも何も頼らないとさ、本当にその人が好きかどうか、見えてくるんだよね」

「はぁ・・・・、それはそうだよね。 それでも“好き”っていうのはホントに凄いよ」


「ダンナのお金で食べていられるのに、楽(ラク)し過ぎている主婦が多いんだよ」
「それは言えてる! 
 生活の基盤があるから、主婦は好きなことができるっていうの、あるよね」


「だいたい結婚しているのに、よその男に色目を使っちゃう女が多いじゃない。
 自分のダンナに満足していないからだよね」

「満たされていない、ってことじゃない?」
「じゃ、自分で働いて今の生活レベルを維持してみな、って言いたいよね」
「そうだよねぇ~、ダンナが昼食500円の弁当とか買っているのに、
 グルメランチとかに行っちゃうんでしょ」
 (大笑)
「家事だって、最近は家電が発達しているから昔ほど大変じゃないじゃない?」
「ふっ・・・、でも掃除も毎日しないんだよね。 ・・・・ああ、私も掃除しなきゃ」
「でさ、食事くらい手をかけて作れって話よね? 
 私、コロッケとかハンバークとかも、ダンナのために作っちゃうよ」

「ん、だろうね。
 昔はさぁ、みんな作ったよねぇ。 コロッケとかも家で作るとおいしいんだよねぇ」

「材料買ってくれる人がいるんだから、そのダンナのために作れよ!と思わない?」
「でも、コンビニとかで買っちゃうんでしょ? 今惣菜もいっぱいあるからねぇ」
「なんってったって、今主婦は楽だよ」
「まぁ、家に居る主婦とか、自分の小遣いのために働く主婦はいいよねぇ・・・」



「もっと売れ行きがいい時に、○○みたいにゲットしておくんだったよね」
「うん・・・、したたかっちゅうか、やっぱり女はああじゃないとダメなんだろうね」
「男も彼女のああいうしたたかさを見抜けないかねぇ~」
「見抜けないんだよねぇ・・・。 男はああいう女が好きなんでしょ?
 してやったり、って感じだよね」





「でもさ、やっぱりヤだな。 そういう女って・・・・」
「うん・・・・・・。  
 ああ~、私もまずは好きな人を見つけた~いっ!」


「そうよ! その人を思っているだけで幸せだからね♪」
「うぅ゙~、いいなぁ~。 がんばろー・・・」


by anrianan | 2006-03-10 17:32 | ■恋愛 | Comments(18)
好きな男は、押し倒してゲットしたい!
ここ数日、時間を見つけて「10年前の手紙」をワープロに起しています。
これはある種、“10年前の自分の亡霊との対話”のようでもあり怖いものです。
忘れていたことや、その当時の細かなことを思い出してきます。



当時レントゲンを見る限りにおいては、助からないだろうと思われていた末期の
肺結核患者でしたが、これまた超順調な回復をしたのでした。

毎朝日の出を目の前にしながら、ある本を翻訳することを日課にしていました。
イギリスから帰って2ヶ月後の緊急入院でしたので、英語を忘れない為にも
あちらの友達と手紙のやり取りをしたりしていましたが、今ではサッパリ。
英語もどこかに行ってしまいました。・・・。





イギリスに居た時に付き合っていた男性は、世界中から出入りする女性たちを
とっかえひっかえ付き合って来た有名なプレイボーイだということを、
気持ちが引き返せないずっと後になって知りました。
こういうのを「後の祭り」と言うのですね。
一度心を盗まれると、取り返すまでにとてつもない犠牲を払うことがあります。
ルームメイトのドイツ人からは、
「彼は蝶々のように、世界中の美しい花から花へ飛び廻っているから、
あなたも美しい花だったと思えば喜ばしいことじゃないの」
と、皮肉とも取れることを言われたことを思い出しました。

しかし、
もともと私がこの男と付き合おうと思ったのも、日本を発つ前にある男性との別れがあり、
その絶望感を埋める(=逃げる)気持ちがあったためというのが原因です。
寂しかったり、悲しかったり、辛かったり、苦しかったり、という気持ちから逃げると、
結局行き着く先も同じということのようです・・・。



助からないだろうと思っていた病院の先生方や母の気持ちはさておき、
私は、治ったらまたイギリスに行こうと思っていました。

行けば、またこの蝶々男とスッタモンダすることも想像できました。
それでも行く! と決めていたのは、この蝶々男をそれほど愛していたということではなく、
生きることをお終いにしたかったのですね。
この蝶々男に関わり合って、精神的に追い詰められて死ぬだろう、と
どこかで感じていましたから。

それに、物心ついた時から「海外移住」を夢見ていた私には、この退屈な日本で
屍のように生きていくことは耐えられないと思いました。


それを断ち切った美輪明宏さんの言葉は、やはり強烈でした。
「あなたはここの風土、日本で生きて行く人なのよっ!」
「今回は、海外に住む星の元に生まれていないのよっ!」
「今度海外に行ったら、死ぬわよっ!」
などとはっきり目の前で言われると、ご存知の通り、ただでさえ凄い迫力ですから、
私はその後、3日間はショックで口がきけなくなり呆然としました。
しかし、その時以来「海外移住」という憑きモノが消えたのも事実です。

その「ショック」に付随して、今でも忘れられないのは翌朝の母です。
私がショック状態で黙って2階から台所に下りていくと、母は後を向いたまま、
「でも、凄い人だね、あの人は・・・。
 お母さんでも言えないことを言ってくれた。」とポツリ。

オハヨウでもなく、突然ポツリと言ったその言葉と母の後姿は、やはりショックでした。




人生の中で本当に危機的状態の時、救ってくれる人が必ず目の前に現れてくれました。



ちょっとやそっとの人に言われたところで、「ハイ」と言えないタチの悪い性分ですから、
よっぽど尊敬して、よっぽど敬愛して、よっぽど信頼している人でないと
私は素直に聞けません。
けれどそういう人に言われると、スポンジが水を吸収するように魂に染み込んで、
その時の場面が切り取られるように、私の中に「保存」されるわけです。

そういう人が、必ず「大切な時」には現れてくれるんですね・・・。




つい最近も、そういうことがありました。





d0046294_1733349.jpg10年前の手紙につられて、当時よく歌ったり聞いていた「Taize」のCDを、何年振りかで聞きたくなりました。
音楽とは、その頃の感情を呼び起こすので、まさに火に油を注ぐとはこのことです。
当時の蘇った感情の洪水に溺れそうになりながら、少々自分を持て余しています。

けれど、いつまでも臭いものに蓋をしていても、結局は臭いままですから、
やっぱりある程度経ったら、蓋を開けて原因を断ち切ることが必要なのでしょう。
大部消化されていましたけれど、まだ探せば残骸があるんだなぁ、という感じです。


もっと西洋の女性たちのように強く、心豊かに、開放して生きたいなぁ、と思いました。
好きな男は押し倒してゲットするような、そういう女に私はなりたい!
by anrianan | 2006-02-18 17:06 | ■恋愛 | Comments(18)
バレンタインデー物語 2
立春も過ぎ、春の兆しが周囲を包み始めました。
今日は「春一番」が吹くかもしれないそうですが・・・、当たるかな? 天気予報。

d0046294_1159585.gif春風が吹く前に、私の心はバレンタインデーに飛んでいます。
年中行事ですから。(笑)




友人の一人から「チョコあげようか相談」を受けました。
彼女、思っている彼に上げるつもりだけど、あげる時に「みんなで食べてください」と言って渡すと言うのです。

へ? と、私はビックリこけました。
そりゃ、絶対にあげるべき!
だけど、「みんなで・・・」なんてカモフラージュしちゃダメざんすよ。

すると彼女、
「え~! ・・・だって、もしかしたら彼の方が年下かもしれないので・・・」。

・・・・・。

年増の女に貰ってウザイ! と思われることを恐れているのでした。
と言う彼女は30代です。 見た目は20代に見えます。
私は倒れそうになりました。そして、申し上げたのでございます。

年は関係ないじゃない。
年齢で区分けする男はこっちからゴメンだね。 ペッ!
年下がダメと言われた日にゃ、
年下の比率が多くなってきている私は、どーしたらいいんだい?!



まぁ、私も正直考えるわけですよ。
例えば、10歳年下と結婚するよりは、20歳くらい離れた年上の男性の方がずっと可愛がってもらえるのではないか、とかね。
年下の彼だと、20年後に若い子と浮気するとか、寝盗られるとかいう可能性は大きいし。



ところがスットコどっこい、そうじゃなかった。
最近、20歳年下の妻がいる男性が別の女性を見つけて、そっちに走ったという実話があったのさ。 妻は良妻賢母を絵に描いたような、“日本女性の鏡”のような人だ。
これに私は大いにショックを受けた。

そして思ったのさ。
年上、年下関係ないやね。
そもそも「永遠の恋や情熱」なんて無いと思った方が良いのだから、今一番誰を愛しているかということが大切なのさ。
「恋」している相手を「愛」せるかってことがポイントなわけよ。
「愛」ってぇものは、独占・執着・所有とは違うからね、これまた結構難儀なのよ。


私が「結婚」という形を求めなければ、相手が未婚・既婚も関係無いし、
男性の収入、学歴、肩書き、年齢、家柄、一切関係ないし、
その男性が幸せであってくれれば良いこと。
相手に何も望まなければ、自分の相手に対する気持ちがよく見えてくる。
その人を想っているだけで、結構幸せを感じたりしてるもんだ。
「私の家は好きな人の心」と言ったユジン(『冬ソナ』のヒロイン)の言葉、そのままだわさ。


  ふふふ・・・、若いねぇ。 なんて笑っているのは、誰じゃい!
  「若い」と言われると「馬鹿い」と聞えてくるわい。


まぁ・・・、ねぇ・・・。
私も「そういう考え方は、この世で生きていく上では損かもしれないよなぁ」と我ながら呆れるけどさ、潔く生きて行きたい性分だから仕方がないのさ。





さてさて、彼女がカモフラージュ無しでチョコレートを上げることが出来るのか、無事告白することが出来るのか、成り行きが楽しみな私であります・・・。 ガンバレ~♪
by anrianan | 2006-02-09 12:07 | ■恋愛 | Comments(10)
バレンタインデー物語
d0046294_18224356.gifある友達が中学3年生の時の「バレンタインデー物語」です。

その頃、学校では編物が流行っていました。
女子はみんなセッセと編み棒を動かし、受験もなんのその、それぞれが好みの色の毛糸を見つけてロングマフラーを編み上げ、意気揚揚と首に巻きつけていました。

彼女は、近づいてくるバレンタインデーに一世一代の勇気を振り絞り、今年は彼にマフラーをプレゼントしようと決めていました。
誰にも負けず劣らず、セッセセッセと編み棒を動かしました。

当日マフラーを箱に詰めてみると、縦横40cm×60cm、高さ15cmほどの大きな箱になってしまいました。
なぜに、そんな大きな箱に?

これは、彼が家に帰って箱を開けた時に判明しました。d0046294_18232797.gif
彼は長男で、下に弟二人、妹が一人の四人兄弟です。
なんと! 合計4名分のマフラーが入っていたのです! ひぇ~!!
彼女が「妹さん用に」と編んだピンクのマフラーが、彼の首に巻かれていたことにはビックリしましたが、それ以上に「4名分のマフラー」をバレンタインデーにプレゼントされた彼は、もっとビックリしたことでしょう。
そして、同様にビックリした彼のお母さんは、ホワイトデーの日に彼女の家を訪れ、彼女にオルゴールをくれました。


私は登場人物たちのそれぞれの心境を想像すると、なんとも楽しく、暖かく、顔筋と腹筋が痛くなるほど笑わせていただきました。

「笑い」は、神道で「咲う」と書き、「祓う」ことを意味します。
「笑う門には福来る」です。 明日は節分ですが、笑って豆を蒔けば効果2倍!?

ということで、明日4日は9時53分新横浜発の新幹線で、山蔭神道の本宮(愛知県)の節分祭に行って来まーす。 そして、翌日5日は伊勢神宮へ節分祭の報告参拝です!


                  ※蛇足ですが、まさにツボに入る記事を見つけました。
                     (→「ある編集者の気になるノート」から)
by anrianan | 2006-02-03 18:35 | ■恋愛 | Comments(20)