カテゴリ:■芸術orエンターテインメント( 58 )
幻想紙彩画作家 川上好子展
昨夜は「夜勤」という勤務形態を体験し、本日は休暇。
目覚めは習慣でいつも通りの4時半ごろ。
一度意識が戻るのだけど、
(今日は休みなんだから・・・・・・)
ということで、無理にでも布団にしがみつく。
その後何度か目を覚ますのだけど、母と別れるのが嫌だと泣く子のように、しつこく布団にしがみついて寝まくる。
が、さすがに爽やかな朝陽に呼びかけ続けられると、
(そうだ、今日もたくさん洗濯をしておこう・・・・・・)
と、ベッドからもったり起き出した。 これが午前9時55分。

それから洗濯機を回し始めて、今4回目を稼働中。
例のごとく、干し場を探しながら大きな物を次々と洗っていく。
ほんとはもう一つの“お昼寝用ベッド”の敷きパットやソファベッドのカバーなども洗いたいのだけど、限られたスペースと時間なので、まずは自分の寝具を身ぐるみ洗う。
ホッと一息ついて、ブランチを食べながら時計を見ると、ちょうど12時になっていた。
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これを食べていると、発泡酒かワインを飲みたくなるが、今から飲んでしまっては、まだ働いている洗濯機に悪いし、絶対に私は眠くなってしまうのでグッと我慢する。

ここ数日、何やら哲学することが多くて、少々心が疲労ぎみだから、テレビを点けた時に『チャングムの誓い』が映った時には、なんとなく吉兆を感じた。
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今までも、何度このドラマに救われたかしれない。
その時々によって感じることは違うのだけど、
「自分が真実と感じることを貫くことは愚かなのか? 生き方が下手なのか? 融通のきかない人間なのか?」
と思いを巡らせる私に、勇気と励ましをくれる。
今自分が死ぬとしたら、納得する生き方ができたかどうか・・・・・・。
の原点に戻してくれるような気がする。
人間のつながりも化学反応みたいなものだから、その時その時に同じ波長が惹き合うのだし、その波長がズレれば離れることもある。 自然は呼吸をするように動いているのだから。
と再度自分の中で確認すれば、何ものにも執着することはなくなるし、人間が作った法に合わなくても天の法に合えばいいのだと心が決まる。・・・


さて、話はがらりと変わって、昨日仕事の前に、知り合いのちぎり絵作家の個展に立ち寄った。
実はこの方とは、年に2回主催される首都オペラで、受付(正確には「花束受付係り」)を一緒に担当している。
年に二回しかお会いしないのだけど、少しずつ話していく中で、何やらお互いに感性がとても似ているものを感じ、年代を超えて共感できる友人という感じの人。
結婚前に秘書として働き、その後女優さんをやり、官庁勤めのご主人と結婚し、専業主婦のあと、ある日突然このちぎり絵作品が、フランスの「美の革命展inルーブル」でグランプリ賞を受賞する。
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その後ヨーロッパで数々の賞を受賞し、現在はカルチャースクールの講師などもしているという、絵に描いたような華々しい成功物語を持つ人。
でも、そんなことを知らなかった私は、お互いに“ただの人間”として出会い、なんとなく気が合い、1年に2回の出会いを楽しみにしている。 という関係だから、友だちのようにあれこれおしゃべりをしている中で、
「運がよかったのよ、私」
という言葉の裏に、彼女の考え方や人間的な深さ、もっと言えば魂のあり方が良き運を選択していった、ということが伺える。
  ええ、私は洗濯好きだけど、選択下手なのよ。・・・・・・ったく・・・・・・。


以下、彼女の作品を何点かご披露~!
これらすべて、色づけされた和紙をちぎって何枚も重ねて貼っている。
近くで見るほど、驚きで言葉がなかった。
一番胸にズドンッ! と来た真っ赤な富士山。 ガラスの反射で映り込みが・・・消せない・・・・。
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こちらは桜が咲くころの富士。
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童話の中に出てきそうな、穏やかな田舎家。
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こちらは十二単をきた「明石の君」。
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陰と陽がせめぎ合い融合し合う作品で、多くは構図や色彩的には西洋を、語りかけてくるエネルギーは東洋のものを感じた。
演劇でも、文章でも、こうした作品でも、創り手が曝け出されるのだということがつくづく感じらて興味深かった。
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やはり、何をするにしても、自分の魂を磨くことが一番の肝なのね・・・・・・、と思えた珠玉の一日。



げいじゅつって、タマシイの栄養だわぁ~。・・・
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by anrianan | 2013-06-17 12:06 | ■芸術orエンターテインメント
なぜか見てしまう・・・・・・
すでに3回くらい見ているのに、なぜかまた見てしまう『チャングムの誓い』。
以前NHKでやっていた時には見ておらず、その後ツタヤディスカスでDVDを借りて見たのが最初。
今調べてみたら、2010年の今頃だった。

(もう3年も前かぁ・・・・・・)
と、懐かしいというのか感慨深いというのか、とにかく時が経つのが早すぎる。
こうしてあっという間に10年、20年が経ち、白髪とシワだらけのおばあちゃんになっているのだろうなぁ。

それはともかく、チャングムを演じるイ・ヨンエという女優が可愛いからとか、韓流ドラマの特徴である波乱万丈であるとか、展開の速さが見続けてしまう理由なのかもしれないが、考えてみれば4回目くらいになるのではないか?・・・
明日の土曜日に更新されると、これで4回目も終わる。
あ、Gyaoの話です。
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本や映画もそうだけど、見るたびに新鮮に感じるシーンや
「そういうことかぁ・・・・」
などと、その時々に考えていることの答えをもらうような気がする。
何事も必要な時に出会う(見聞きする)ということを信じるならば、チャングムも必然があって4回も見ているのだろうけれど、それにしても我ながら呆れる。

でも明日が最終回なのはさびしい・・・・・・。 
そして、5回目も見るに違いない・・・・・・。







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by anrianan | 2013-02-08 09:13 | ■芸術orエンターテインメント
カルメン
瞬く間に時間が走り抜けていきます。
こうして再び「忙しい時間」が訪れてみると、いつも、一瞬一瞬、“未来”を考えている自分に気づきます。
“今”ではなく、“過去”でもなく、これから訪れる未来のことばかりを考えるのです。

といっても、大げさなことではありません。
明日出かける時間、その前にやること、そのために起きる時間、そしてそのために寝る時間、その前にやること・・・・というように逆算して数珠つなぎの時間割ができあがり、追いかけられるように動いて、気づくと時間がどんどん経過しているという具合です。
(ああ・・・、もう老後だと思っていたのに、・・・・・また現役が戻ってきたのね・・・・・・)
なんとなく嬉しく感じられ、与えてもらったこの時空間を大切にしたいと思うのです。


さて、今日と明日は、神奈川県民ホールで首都オペラが開かれます。
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土曜日と日曜日は配役が違うので、両方鑑賞するとその違いが分かって面白いです。といっても、なかなか両日観るという人はいませんが。

私は毎年、このお手伝いをすることが恒例となっています。
その特典としてゲネプロを観ることができ、昨夜は夜からの部(日曜日のキャスト)の舞台を鑑賞しました。
『カルメン』は耳に馴染んでいる曲も多いのですが、考えてみるとストーリーは知らなかったことに気づきました。
カルメンは激しい恋の女ということは知っていましたけど、それをどこでどのように知ったのか、記憶にありません。

子どものころからこういう激しい女に惹かれ、このカルメンや『風と共に去りぬ』のスカーレットなどは大のお気に入りでした。
そして、私も彼女らに倣って次から次へと恋をしていましたが、母に言わせると
「熱しやすく冷めやすいんだから」
なのだそうです。

確かに・・・・・・・。

けれど、人間は一生同じようなパターンで終わるとは限りません。
ましてや現在は、平均33歳で死んでいた時代とは違って、その3倍近くも生きてしまいます。
大災害とか大事件とか大病や大怪我などで根底からくつがえされるような体験をして、それまでの考え方がガラリと変わったという人がいます。

私も“助からない”と思われていた末期の結核を境に、心の中の恋花がすっかり咲かなくなりました。
そしてその後にやってきた数年間の貧困期間の間には水も枯れ尽きて、このまま老いていくのだと諦めました。
それにしても、老後期間のなんと長い時間を過ごすことか・・・・・・、とがっかりでした。

それでも、朝が来ない夜はない。
この世に時間が流れている限り、次の波は必ずやってきて、氷で閉ざされることもあれば温暖化もやってきます。
つまりは、人間の分際であれこれと考えても、
(神の計らいには叶わないわ・・・・・・)
と、ことごとく思い知らされるのです。


カルメンのように激しく生きても、穏やかで平和な人生を送っても、どちらが幸せかは自分の魂だけが知っているのだろうと感じます。

死ぬ時に、
(ああ、楽しかった!)
と思えたら、私の今世は成功!  ・・・・と思うこのごろです。






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by anrianan | 2012-09-01 08:42 | ■芸術orエンターテインメント
ソウル・サーファー
株主招待券をもらい、その使用期限が今月いっぱい。
何の映画が上映されているかを調べて『ソウル・サーファー』を見ようと思ったが、来週末で終わる。
ならば、と急に仕事の帰りに映画館に走り込み、思いがけずこの映画を観ることになった。

1990年生まれのべサニー・ハミルトンというカウアイ島(ハワイ)出身のサーファーが、13歳で片腕をサメに引きちぎられ、その後復帰するまでのストーリー。

この映画を知ってはいたが、実話だと聞き私はこの映画を観られない、観たくないと思っていた。
だって、あまりにも辛いではないか。・・・・・・
それなのに観ることになってしまい、“これは観させられるのだ” と。
こういうことがたまに起きる。
願っていることが本当かどうか試されるために起きるできごと、または体験する必要があって起きるできごと。

(仕方ない、これは観せられるのだ)
と思いながら画面を見つめていると、ハワイの景色がスクリーン一杯に広がり、これを見た途端に“ああ、来てよかった・・・” とうれしくなる。さらに、明るい日差しと豪快な波を乗りこなすサーファーたちの躍動感とBGMの音楽、もうこれだけで胸がスカッとする。
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アメリカにいた時のあの軽いノリで、きりぎりすのように気楽に楽しく生きていた自分を思い出す。
それでも、主人公がサメに襲われることは分かっているから、この陽気な空気がいつ苦悩へ転換するのかと、彼女が海に入るたびに落ち着かない。

片腕になってからの彼女の苦しみは、きっと、人生でいくたびかの挫折を味わった人間ほど胸に迫りくるものがあるのではないだろうか。
誰もが大きな壁にぶち当たった時に一度は思うことを、彼女も問いかける。
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今までの生活はできなくなる(物理的あるいは精神的のどちらにしても)ということがどういうことなのか、これはその状態に直面した時でないと、人間は真に実感することはできないのではないだろうか、と思う。
(今の私だったら、絶対に立ち直れない・・・・・)
と感じるほどの状況にいる彼女に、このボランティアを指導する女性がなんと答えるだろうか・・・・・・。
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そう・・・・・・、“何か意味があるの” ではなく、“何か意味があるはず” でもなく、“何か意味があると信じる”、これしかないんだな。
絶望に沈んで気力も失ってしまうと、信じるものも見つからず、信じようとする力もなくなっている。
この “信じる”ということは、地獄に下りてきたクモの糸のような気がする。


その後彼女は、洪水で被災したタイへボランティア活動に行く。
画面に広がる光景は、私の中で東日本大震災と重なり、またもや涙が出そうになる。
それでも片腕を失っている彼女にとっては、その悲惨極める状態と人々の生活に接することで、絶望の殻が砕かれることになる。
水を恐れる子どもたちに、海でサーフィンを教えはじめ、そしてサーフィンの大会に出場すると決めて、トレーニングを始めるのだ。

立ち上がりの早さはやっぱり若さがなせる業ではないかと、私は奇跡を見るような思いだった。
でも考えてみれば、いくつかのスポーツである程度の実績を上げてきた昔の自分も同じような道を通ってきたな、と重なったりもする。
十代のころは傷つきやすくもあるけれど修復も早く、すべての波が急激にやって来ては去っていき、次の波に挑んでいく。
だから試合などでも一度波に乗って勝ち始めると、手がつけられない成果を遂げたりするのだ。
そして何よりも支えになるのは、家族をはじめ人々の愛。
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片腕でボードの上に立とうとしては海に落ちるべサニーを見て、私もやったことのあるウィンドサーフィンを思い出した。ウィンドサーフィンは風を受けながら走るけれど、サーフィンは板の上に立つだけ。
さらに波の上を滑り降りるというのが考えられなかった。
私はどうにかボードの上に立って走った程度で、とても風と遊ぶまでにはいたらなかった。
教えてくれた人からはいつも、
「おまえは風とケンカしてるな」
といわれていた。

だからなおさら、風と波と戯れるように乗りこなすサーファーは、私には無い柔軟性とか感性の素晴らしさを持っているようで羨ましく、密かに尊敬もしていた。
私がウィンドサーフィンを始めたのは20代だったけれど、この時すでに、10代で何かを始めるのと20代で始めたのでは、同じ量だけ練習をしても、同じように体力や気力があっても、体の反応が違うとショックを感じていた。
お稽古ごとやスポーツは、早ければ早い方が自然に自分の一部になっていくということがよく分かる。
剣道では「気・剣・体の一致」というけれど、精神的な修養は大人になるにしたがって積み上げることができる。
けれど、道具を使いこなしたり技を身に付けるのは、大人になるほど限界が大きくなるような気がする。


ともかく、恐くて観たくないと思っていた映画だったけど、中盤からはハンカチを当てっぱなし、感動しっぱなし。
あっという間に2時間近くが過ぎ、まるで40分のテレビ番組だったような気がするほど。

もう私の人生も終わり・・・・・・と思っている私だけど、それでも半歩くらいは踏み出してみようかな、生きているのだし・・・・・・踏み出せるかな、と思わせてくれた「ソウル・サーファー」だった。
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※向かって左が本人のベサニー・ハミルトン、右がべサニーを演じたアナソフィア・ロブ

アナソフィアは役に正式に決まった段階で1日4時間、サーフィンや水泳、ウェイトトレーニング、ストレッチなどの徹底的なトレーニングを開始し、ハワイではベサニー本人にサーフィンを教わった。
(公式サイト:プロダクション・ノートより)






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by anrianan | 2012-07-08 12:53 | ■芸術orエンターテインメント
あっぱれ! 瀬戸内寂聴さんと美輪明宏さんと平野啓一郎さん
昨日、「椿姫」を検索していたら、たまたま美輪さんのコメントをYoutubeで見つけ、芋づる式にこのお三人のトークを見つけた。聞いてみたら可笑しくて面白くて一人でアハハハ・・・と抱腹絶倒、アッパレ! 
とうとうパート3まで見てしまった。

瀬戸内寂聴さんは、東京新聞の「この道」を11月から掲載され、4月28日(土)にちょうど終わったばかり。
「烈しい生き方をした女たち」を書かれ、そしてご自身も烈しく生をまっとうしたいと述べていらしたことを思い出す。



「枠を外して生きる」そうだそうだ! と心で叫んだけれど、こうして言える立場にならないと、何を言っても負け犬の遠吠えになってしまうのだ・・・・・・。

それにしても、今風のモテタイプのこの作家を知らなかった。最近こういう感じの男性が増えてきて、日本もいい時代になってきたじゃないか。(?)



おカネと物が溢れると心が廃れる、あるいは麻痺するという気がする。工夫をしなくなるし、人の傷みにも鈍感になり、数字ですべてを判断しようとする。要するに、感性が退化するのではないだろうか。・・・



テレビが地デジ化して以来、テレビなしの生活になった人は意外にも結構いるようだ。
私もその一人だけど、Huluで米国のテレビドラマは見放題(980円/月)だし、こうして縁があるものや必要なものは見る機会が与えられる。凄い時代になったものだ。・・・・
ますますライフスタイルは多様化され情報が溢れていくから、個人が賢くなっていかないと、自分が選んでいるようで実は選ばされているという状態になりかねない。恐い時代でもある。いや、いつの時代も「どれだけ自分を分かっているか」が大切だと思うのだけど。



さ、今日はHuluの合間にタルト・タタンを作ってみよう。
フランス人のカッコイイ女性が作っている過程をaomeさんがブログで紹介しており、早速私も作ってみたくなったのだ。
ちょうど放置されていたリンゴが2つあるし。





昨日の夏日(30℃以上)から10℃近い低温で、なんだかとっても疲れる・・・・・・。
という私に今日も応援のぽちっをお願いね。

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P.S. おぉ、びっくり! 美輪さんと寂聴さんは、ともに5月15日生まれだ!
by anrianan | 2012-04-30 12:19 | ■芸術orエンターテインメント
ユベール・ロベールと美輪明宏と真夜中のラッシュ
                                                  詳細はこちらのサイトで
d0046294_8583336.jpg27日金曜日、雨の中上野の西洋美術館で開催されている“ユベール・ロベール-時間の庭”を鑑賞してきました。
素描だけでも充分に楽しく、油絵では空の美しさが印象的でした。
光と影の表現や物の質感はいくら見ていても飽きることなく、たっぷり4時間近くの時をかけてユベールの世界に浸っりました。
そして地下鉄に乗り込んで座った時には、足も腰も疲れがどっぷりと流れ出ていたのでした。

けれども一年中を通して公私ともに忙しい心友と、はるばる横須賀の田舎から江戸に出ていく私ですから、美術鑑賞とお食事をして終わり、なんてわけにはいかないのです。
会う時はいつも“ゲイジュツの梯子デー”となり、この日は食事の後、美輪明宏さん主演の『椿姫』を観に行きました。



「椿姫」のサイトはこちら) (※ここをクリックするとYoutubeで美輪明宏さんのコメントが見られます
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今回の舞台では、脇役の方たちが豪華で見ごたえがありました。
一番惹きつけられたのは白川和子さん。帽子屋のオバチャン役でしたが、ホントに素晴らしかった。木造アパートか長屋がある下町にいるような、気のいいオバチャンというキャラを地でいくような人柄を感じる。

それからアルマンの父親役の勝部演之さん。このお二人は年齢を重ねた心の深さや機微が、鍛えられた演技力で充分に表現されているという気がしました。

夏樹陽子さんは相変わらず美しく、嫌味な物言いをする姿にもうっとりとして見入ります。やっぱり美しい人やモノを見るのはいいものです。

原発問題で仕事を失ったという山本太郎さんが今回アルマンの親友役で出演しています。俳優としての山本さんと脱原発運動に人生をかけている山本さんへ、最後はスタンディングで感謝と敬意を込めて精一杯の拍手を送りました。

今回のテーマは無償の愛ということですが、・・・・・・少ないのではないかしらねぇ、今の時代で無償の愛を(特に男女間の愛で)心から納得できる人というのは、と思います。
でもこの世の中で一番必要なのは愛だということは、最近しみじみ感じ入っていますけどね、個人的には。
ほどほどのおカネと満ち溢れるほどの愛、これが最高の幸せなのではないかと思います。

                              


ま、ここで愛について語るのは限界があるのでそれはすっ飛ばして、帰りの出来事に話を進めます。
いつもは有楽町からJRで品川に出る私ですが、芝居が終わったのが10時半。
ちょっと遅いのでお茶もせずに、地下鉄銀座線で新橋に出ることにしました。

新橋駅から都営浅草線へ乗り換える時、JR駅の放送で京浜東北線と山手線がなにやら事故で、やっと動き出したとか動き出すとか。
(地下鉄で来てラッキーだったな・・・・・・・)
心の中で神さまに感謝しながら、都営浅草線のホームに降りました。

15分ほど待ってやってきた三浦海岸行きの特急は、11時過ぎとは思えない人の多さ。
車両の隅っこの方にやっと一人分の吊り皮スペースを見つけ、ずっと立ちっぱなしかもしれないと覚悟を決めます。
(それでも今日は幸せな一日だった・・・・・)
と余韻に浸りながら3駅目の泉岳寺。ここで目の前の人が立ち上がりました。 やったー!!!
しかも一番隅っこを確保、ツイてる! ツキすぎ!

ホッとして座り、次の品川駅。
朝の通勤ラッシュのような大勢の人がドッと乗り込むのでビックリしました。
ああ、そうか、京浜東北と山手線が動いていなかったからだな、と察します。
それにしても・・・・・・・!

横浜駅ではもっと凄い! 真夜中のラッシュです。
“無理をせず、次の電車をご利用ください”
と構内放送が流れていますが、三浦海岸まで行く電車はこれが最終。
若い女の子が、
「でも次の電車じゃおうちに帰れない!・・・次の電車じゃ三浦海岸まで行けない、どーしてもこれに乗らないと」
と可愛い声で駅員さんや周囲の人に訴えています。
「じゃ、押しますからね、いいですか? 押しますよ?」
若い男性駅員さんがお断りをいれています。
「もう一歩っ! 押しまーす! ・・・押します~っ!! 奥の方~! もうっいっ歩~っ!!!」
腹の底から大声でお客さんたちに呼びかけながら、最後の(三浦海岸行きの)女性を押している模様。
「引いて~! カバンカバンカバン! そうっ! はい、足、気をつけてくださいね~! 右足、引いて~っ!」
もう聞いているだけで可哀想になるくらいに必死さが伝わってきます、駅員さんと乗客たちの。

私は一番奥の隅っこに座っているから、前に立っている人たちもそれほど牛牛ではないけれど(注:ギュウギュウ(^_^;))、入口付近は
「朝のラッシュですか?」
と錯覚を起こしてしまうほどのすし詰め状態です。
可哀想で見ていられなくて私はずっと下を向いていました。

その後は徐々に人が降りて行きましたが、
途中各駅停車に乗り換えた時の若いサラリーマンとその友だちらしき人の会話。
「よぉ~! 久しぶり!」
「おぉ!」
「今の電車?」
「ああ・・・・」
「凄くなかった?」
「もう・・・疲れた・・・・・・、汗だくだく・・・・」
そのサラリーマンの男の子は見るからにヨレヨレでグッタリしており、私は品川駅以前に座れた事に感謝するとともに
“ごめんよ、あたしゃ座ってきちゃったよ”
と心の中で密かに詫びたのでした。

浦賀に到着したのは10分遅れ。
午前0時23分というのに、こんなに人がいるの?! と驚くくらいの人でした。



同じ時空間を生きていても、人間はそれぞれ天と地ほどの状況の違いや思いを味わっています。
思いは、自分の考え次第で天国に変えることができますが、今回のような状況で地獄側(ギュウギュウ状態)に立たされた時、私は幸せを保っていられただろうか。・・・・・・
真剣に想像して考えたら、胸が苦しくなりました。
辛い状況に立たされた時というのは、ホントに試練または試験なのだなぁ、と感じます。

  でも、アタシは(試練も試験も)もうチャレンジしたくありませんから。
  なるべく逃げられるものは逃げますから。
  前半生は命懸けで突っ走ってきて、体力がもうそんなにありません。・・・・・・

いつも、必死に神さまに言い訳をしているのです。



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by anrianan | 2012-04-29 10:47 | ■芸術orエンターテインメント
坂東玉三郎特別舞踊公演 - 日生劇場
昨日、午後2時開演の坂東玉三郎特別舞踊公演を観てきた。
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日生劇場は初めてだったので、方向音痴の私は事前にGooleマップでチェック。
(なんだ、こんな所にあったのね)
というのは職場から近いから。

私は不思議と昔から新橋、丸の内、内幸町と江戸城を中心にお勤め場所を動いている。
そしてそれぞれが良い思い出となって蘇る。だからこの界隈を歩くのが好きなのだ。

ということで昨日も天気が良かったこともあり、通いなれた新橋駅の懐かしい烏森口で下りて、これまた懐かしい和菓子屋『文銭堂』に立ち寄り、最初のお勤め場所だったビルをしみじみと眺め、人通りの少ない日比谷通りをぶらりぶらりと流し歩いた。
すると現在の職場が見えてきて、なんだか嬉しい気持ちで眺めやりながら日生劇場に到着。

待ち合わせの12時半までには、まだ30分近くある。
ならば、と二番目のお勤め場所があった丸の内の方へ足を延ばす。
当時もきれいな街並みだと思っていたが、この頃は一層シャレた“シティ”を感じさせている。
屋外のテラスでコーヒー一杯でも飲みたいが、待ち合わせしている知人と昼食をとることになっていたのでガマン。

再び劇場前に戻って数分後、知人は現れた。
実は今回のチケット、この方が私に誕生日プレゼントしてくれたもの。

玉三郎さんの公演は一度観たいと思っていたが、今のところ私の財政事情が許さないし、そのうちに玉三郎さんも引退などということになって、
(一生観ることがないのではないか、・・・・・・たぶんないだろう)
などと思っていたから、今回は本当に天から宝物が降ってきた気分。

しかも席は前から5列目、中央から少し右寄り(上座)になり、こんな良い席で初鑑賞である。
これは一生の宝となるから、しっかりと目と心に刻み込まなければならない! と自分に言い聞かせる。


一時半の開場よりも多少早めに劇場のロビーに入ると、壁一面に玉三郎さんが演じる3役の写真が掲げられていた。
これを写真に撮ろうとするが、その手前に座っているオバチャンの頭が邪魔で、こんなふうにしか撮れない。
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ぜんぜんボケボケじゃないか・・・・・・。

詳しくはネットから拝借した下記の写真でご確認を。
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感想は、ひたすら、ひたすら、美しかった。
テレビや写真で見たあの坂東玉三郎さんの化粧をしていない素顔を思い出す時、化粧であんなにも美しくなるものか! と改めて驚きと感動で一杯になる。
三役それぞれに所作やしぐさが微妙に異なり、目線の流し方にドキッとしながら、思わず惹きこまれて見入っている。

そうなのだ、きっと歴史上で絶世の美女といわれた女性たちは、顔や体の造形の美しさはもちろんであるが、立ち居振る舞いやしぐさ、言葉、さらには会話などで惹きつけたのではないだろうか、などと想像した。

玉三郎さん自身が非常にストイックな生活を送り、公演が終了するとマッサージをしてもらって体を休め、ひたすら翌日の公演に備える、という密着取材番組を観たことがある。
そういう彼のカリスマ性や魂のあり方が、舞台上にも表れているように感じられた。


最後にきらきらと光り輝く楊貴妃の姿で、何度も何度もアンコールに応えて深く深く挨拶する姿を見ていて、私の感動は頂点に達し、流れ出る涙を止めることができなかった。

そして照明が真っ暗になり、緞帳が静かに下がり始め、私はその感動の余韻に浸っていると・・・・・・・・!



なんだよ、・・・・
周囲のオバチャンたち、急にガサガサと立ち上がり始めて何事もなかったかのように我先へと出口に向かう。


なんだか一気に夢から目覚めて現実へと(現世へと)引き戻されたようで、しばし私は口を利けなかった。
それでも、ついさっきまですぐ目の前にあった世界の色がこれ以上褪せないように、私は口も耳も閉じて音を遮断するようにし、静かに心の中にしまい込んだ。



そして昨夜は9時半ごろ眠くなってベッドにもぐり込み、今朝5時のアラームを消して9時まで寝続けた・・・・・。
まだまだ夢の中にいたいのである。




だから今日はとっても短い! ただ今栗の厚皮を剥いている途中・・・・・・。
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by anrianan | 2011-10-09 14:23 | ■芸術orエンターテインメント
マイ・ビッグ・ファット・ウェディング
Gyaoで無料放映されている映画で、『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』という作品がある。
ビッグ・ファットとは「大げさな」という意味。

主演のニア・ヴァルダロス本人が実際のエピソードを元に独り舞台を上演し、それを観たトム・ハンクスの妻リタ・ウィルソンの勧めで彼が製作に関わり、低予算の映画ながら面白さがクチコミで広がり、全米で大ヒットを記録した伝説的作品だそうだ。

舞台と同じく、脚本と主役はニア・ヴァルダロスが担当、実際の夫イアン・ゴメスが、恋人の友人マイク役として出演している、というのだから面白さが倍増する。

トム・ハンクスの妻は、母親がギリシャ人で父親がブルガリア人であるとのこと。
そのため、ギリシャ人女性と結婚することがどんなに大変か、また、その結婚によって得た幸福な変化について、舞台を観たトム・ハンクスはニア(主役)宛に手紙を書いたと言われている。

【あらすじ】
ギリシャ系アメリカ人のトゥ-ラは恋愛経験ゼロのまま30歳を迎え、父親が経営する料理店でウェイトレスをしている。
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ある日、店に現れたハンサムな男性に恋をする。

この人、『sex and the city』でキャリーの恋人エイダンだった人!
こんな人が現れたら、そりゃあ一目惚れだってするだろうさ。・・・・・
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と納得してしまうけれど、実際の夫はどうやら恋人役の向かい側に座っている友だち役の彼。・・・・・・

ん~、恋とはなんとも摩訶不思議。・・・・・・・
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今のままではダメだと感じたトゥ-ラは自分磨きを始め大変身。
「女に学問はいらない」という父を(母親が)説得して、カレッジに通い始める。
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この彼女の変化は、『プリティウーマン』や『マイフェアレディー』並みの変わりよう。
そしてある日、彼女が働いている旅行代理店に彼が現れる。
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日に日に彼との距離は縮まるが、トゥ-ラのまわりにはギリシャ男しか認めない家族と親戚ばかり。
けれど、お互いの両親に紹介しあうことになる。
彼の両親は物静かで、暮らしそのものに静寂が流れる。
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一方、彼女の家族は・・・・・・・両親同士の顔合わせの予定が、親族一同が集まり大パーティー。
乾杯を繰り返し、飲めや踊れの大騒ぎ。
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彼はギリシャ式の結婚式をあげるために洗礼を受け、まったく正反対の家族が結ばれることになった。
結婚式当日も、彼女の家では滑稽なほどの大騒ぎである。
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そして教会でやっと結婚式。
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式の後は場所を変えて、再びパーティ。
彼女の両親から二人へのプレゼントのシーンでは、泣ける。・・・・・・
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ヨーロッパといえども、日本と同じように封建的であったり、男尊女卑が残る国々は結構あることを、以前イスラエル系アメリカ人の友人から聞いた時は驚いた。
今回のギリシャもそうなのか・・・・・と再びビックリしたわけだが、彼女の母親の言葉で、
「男は頭、女は首。首次第で頭をどっちにでも向けることができるのよ」
というのは、日本の夫婦となにか通じるものがあるではないか・・・・・・。


笑って泣いて、心がほっくりする・・・・これは世界共通の「家族」あるいは「ホームドラマ」なのかもしれない。
どこの国であろうと人間であることに変わりはなく、伝統や風習を守ることは大切だけれども、一方で心がバリアフリーになるほど、視野が広くなるほど、滑稽に感じることもある。

さて、人の魂が進化していくというのはどういうことなのだろうか・・・・・・、と考えさせられた。





自分の中に全くないモノに惹かれる恋、どこかで会ったことがあるような懐かしさを感じる恋、それぞれの学びだけれど、できれば盲目なるほどの恋をしたいわぁ~! (もう無理、なんて言わずに)私に応援のぽちっをお願いね。
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by anrianan | 2011-07-04 08:03 | ■芸術orエンターテインメント
Gyaoにギャオ!
以前もGyaoで無料のTVドラマ『Sex and the City』を見ようとしたことがあった。
ところが、なぜか映像が出なかった。
いろいろ調べたのだけど、結局分からずにギブアップ。
それ以来、私のPCではGyaoは観ることができない、と諦めた。


ところが、人間って不思議なモノで、一度諦めても時間をおくと
(ひょっとしてイケルんじゃないか?)
と思ってしまう。

“無料”に弱い私は、GW中に無料で見放題! なんて文字が並んでいると、ついつい覗いてみたくなる。
(気を付けないと“無料”を罠に、ひょんな所で有料になってしまったりするからな・・・・・・)
と画面のあちこちに目を配りながら、それでも恐る恐るの怖いもの見たさ。
という割には、しっかり喰われてしまった。・・・・・・・


そもそも、試しにとクリックした第1話が観れてしまったからいけないのだ。
しかもTVドラマは何話も続いているから、途中で止めるなんてできない仕組み(?)になっている。
(それに、主役の女の子がイケテるじゃないか・・・・・・)
結局1日目は4話、2日目は6話観て、
d0046294_861934.jpg(これで全部観終わった!)
と思ったら、次のページがあった!

やだ~・・・・・、あと8話もある。・・・・・・
と困惑と喜びの3日目に、残り全部を観てしまった。


(なんだか・・・・・、こんなティーンエイジャーの内容を見てしまったアタシって・・・)
と自己嫌悪というか自己憐憫というか、情けない思いが湧きあがるのだが、
(ま、英語の勉強をしたと思えばいいか・・・・・・。)
と自分を慰める。


けれど勉強になるのかどうかは別として、医療物や刑事物などの専門用語が多かったり、『アリー』みたいな早口だとほとんど字幕を頼ってしまうけど、それらに比べると、日常生活を描いた(セレブは日常と言い難いが)こういうドラマは聞いていて分かりやすい。

それに、
10代の女の子たちが、体験を通して彼女たちの心が成熟していく過程は考えさせられることが多い。
自我が強い分苦しみも多いけれど、人の痛みも受け止める器になっていくという気がする。
また、本音をシェアしていける人間関係は、日本では難しい・・・・・・と感じる。



ま、興味のある人は覗いてみて。
主役の女の子(ブレイク・クリスティーナ・ライヴリー)がちょっとステキよ。

『ゴシップガール』・・・マンハッタンの超高級住宅地で暮らす高校生たちのセレブな日常を描いた人気シリーズ
ちなみに、これはセシリー・フォン・ジーゲザーの小説を原作としたアメリカのテレビドラマとのこと。

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最近胸が痩せてきた私は、この胸元にうっとり・・・・・・・。

  そろそろブラをして、寄せて上げようかしら・・・・・・と思うこの頃。




時に自然って残酷だわね。垂れないように(?)応援のぽちっをお願いね。(笑)
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by anrianan | 2011-05-08 08:40 | ■芸術orエンターテインメント
『ある公爵夫人の生涯』
2009年4月11日に公開された『ある公爵夫人の生涯』は、2008年に制作されたイギリス映画で、このデヴォンシャー公爵夫人(1757.6.7-1806.3.30)は実在した人物で、故ウェールズ公妃ダイアナは傍系子孫の一人となります。
つまり、この映画はこの公爵夫人の伝記小説が映画化された作品です。

          

ジョージアナは17歳の誕生日を迎える前日、デヴォンシャー公爵家の当主と結婚しました。
二人の娘と後継ぎの息子となる三人の子供をもうけますが、その前に多くの流産も経験します。

公爵が後継者を得るための結婚であり、彼女は彼にとってまさに「子どもを産む機械」。
夫婦間の会話はほとんど交わされることがなく、男子を産まなければ役に立たない存在という扱いを受けます。

暖かい愛情が存在しない寂しさの中で、唯一の友人エリザベス・フォスターを夫に紹介しますが、その親友と夫が不倫関係に陥り、長年にわたる情事に耐えることになります。
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彼女自身も第2代グレイ伯爵チャールズ・グレイと不倫関係になり、彼との間に女児イライザ・コートネイを出産しますが、一方、夫と親友であったエリザベス・フォスターの間にも1男1女が生まれます。
ジョージアナは1806年3月30日に48歳で亡くなり、彼女の死後、公爵とエリザベスは結婚しました。


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自らの破滅的な不倫関係や結婚生活、美貌とファッション・センス、政治活動などで有名だったのみならず、大のギャンブル好きとしても知られていた彼女が死んだ時には、彼女の実家も婚家も莫大な資産家であるにもかかわらず、彼女自身は借金まみれだったことが記録されています。
彼女の死因は、おそらく肝臓癌だったといわれているそうです。




波乱万丈だった彼女の人生は、子孫の一人である故ダイアナ妃を彷彿とさせました。

人間がこの世に生まれてくる時、家の因縁や魂の因縁など複雑に絡み合った条件を抱えてくると言われます。
もし魂が輪廻転生を本当にするのだとしたら、このジョージアナが再びこの世に生まれてくる時、
(今度は、決して家や世間体に縛られる生き方はしないわ!)
と誓ったのではないだろうか、・・・・・・と思いました。

そのために前世とやや近いプロセスを選び、本当の恋や愛を知った後の選択は前世と異なる道を歩もうとするのではないだろうか。・・・・・・そこには考えられないほどの勇気を必要とするのだけれど。
もしも故ダイアナ妃が彼女の生まれ変わりだったら、その課題は達成してこの世を卒業していったのではないだろうか。

と、まぁ、勝手にいろいろ想像し、考えを巡らせたのでした。



d0046294_14532930.jpgおカネや権力が「力」であり、これらを手中にしている人間は、ほぼすべてのモノを支配できるといっても過言ではないのが現世です。

けれど支配される側の心の奥底では、決して屈することのない想いがあり、それが愛や憎しみとなって相手や相手の子孫に返っていったり、自分の来世のあらすじを作ったりするのではないか・・・・と思ったりするのです。

現世では、生きるために我慢したり“大人のふるまい”に努めても、その耐えている時間や心の負担が大きいほど、憎悪や決意に変換されるような気がします。
そして、それらの怨念は生き続けます。・・・・


愛情に飢えている人間が力を手に入れると、振り向いてくれない相手を力で押さえつけてがんじがらめにしようとしますが、愛されたいという望みは一生叶えられないということです。
愛を望むのであれば、まずは相手を愛しなさい、ということですね。無条件で。

というのは簡単ですが、愛と情の違いをどれほどの人が理解しているでしょうか。
例えば、愛する相手に恋人や意中の人がいると知った時、或いは相手の心が離れていると知った時、静かに身を引いて、相手が幸せになることだけを祈る。これを実践できる人は、愛を知っている人だと思っています。

相手の嫌がることはしない、その人が自分を避けたいのだと感じたら、自分から相手の目に触れないように気配りをするということ。・・・・・・
主体は「自分」ではなくて「相手」であるということ。
これが愛の基本ではないか、と私は思っています。




怨念は、生まれ変わっても、前世と似通った人生を歩いたり、或いは子孫として生まれている人間に乗り移ったりしながら、その中でリベンジを果たそうとする。
でもその真実は、想いの昇華を望んでいるのではないだろうか。・・・・・・

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魂の真実は?

この世が存在する真実は?


自分がこうして生きていることの意味も含めて、久しぶりに鳥肌が立つくらいに魅入った映画でした。





それにしても、主役のキーラ・クリスティーナ・ナイトレイはめちゃくちゃ美しい!
私がこの顔だったら・・・・絶対に人生変わってたよ・・・・・・とほほ・・・の私に、励ましのぽちっをお願いね。

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by anrianan | 2010-12-18 15:09 | ■芸術orエンターテインメント