カテゴリ:■とりあえず日記( 760 )
大切な物を落としたっ!(;_:)
先週の金曜日、というとすでに5日も前のできごとになります。
大切に大切に使っていた父の形見となる手袋、の右手を落としてしまいました。
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新橋の駅で、帰りの回数券を肩掛けバックから取り出し、いつもは両手とも手ぶらなのに、その日は左手にビニール袋を持っていました。右手の手袋を外し、失くさないようにしなくちゃ!・・・・・・としっかり左手にビニール袋とともに握りしめ、改札口を通り抜け、小走りで階段を駆け上って京浜東北線に駆け込んだっ! セ~フ!

品川について階段を駆け上がり、京急の階段も駆け上がり、目的の電車が発車する5分前に走り込み、セーフっ!
空いている席に座って、手袋をしていない右手を見て、ハッと気がついたのです。 あ、手袋!・・・・・・左手に持って・・・ないっ! え? ポケットに入れた?・・・・・・(ごそごそ左右のポケットをまさぐり)ないっ! カバン?・・・ない! え? えっ? え~~~っ!!! 落としたことを信じたくなくて、何度も何度も同じところを探すんですね・・・・・・。
でも、やっぱり見当たりません、落としたこと確定です。

階段を駆け上ってきた疲れなど吹き飛んでいましたが、心底ガックリとうなだれました。
お父さんの、手袋・・・・・・。 
泣きそうになりながら、どこで落としたんだろう? と考え、新橋の改札前に外したことを思い出し、その後は・・・・・・ああ・・・記憶にありましぇん・・・・・・・。(;_:)

父が亡くなって半年も経たないうちに落とすなんて・・・・・・。

大勢の人が行きかう駅前や駅構内、その中で手袋が踏みつけられている映像が頭の中に浮かび、ほんとに情けなく、どうにも気持ちの切り替えようがありませんでした。
自分のうかつさを猛省しつつ、諦めるしかないよね・・・・・・。

と思っていたのですが、翌土曜日、ふと一応落し物の届けだけ出しておいたらいいんじゃないか・・・と思いつきます。
ネットでいくつかのサイトを参照していたら、
〝日本人はほぼ盗まないので、親切な方が近くの駅員に届けます”
との一文が。これに勇気づけられ、JRお忘れ物総合案内(050-2016-1601)に電話をしてみました。

すると、思ったよりも早くつながりました。
落としたと思われる駅や場所をすべて伝えると、届いている落し物一覧がコンピューターで閲覧できるらしく、その人が調べてくれました。結果、新橋駅で1件「黒の右手袋」があると! 
そこで、その人が新橋駅に電話をしてくれたのですが、なかなか通じないとのことで、しばらく経ってからまた電話するように言われました。
(また電話をするのかぁ・・・今度通じなかったらやだなぁ・・・・・)

1時間ほど経って再び電話をすると、先ほどと違う人が出ました。前の担当者との経緯を話し、手袋の特徴などもいい、最後に前の担当者の名前を告げると、
「そのような名前の人はいませんが・・・・・・」
な、なにぃ~???

でも、この人が丁寧に、今後忘れ物がどのような流れをたどっていくのかを説明してくれ、新橋駅にも電話をしてくれましたが、やはり通じないとのこと。でも今回は折り返し電話をくれるというので、しばし待つことに。

そうして待つこと、・・・・・・どのくらいだったでしょうか。
とにかく、新橋駅に届いている手袋は、特徴からするとたぶん私の物ではないかと。
ところが、ここで問題が。
「ああ、それなら月曜か火曜には取りに行きます!」
と喜び勇んでいうと、
「駅での保管は2日間なので、日曜の夜10時までです」(10時半だったかな?)
その後は東京駅に収集され、その東京駅で受け取れるのは火曜日の一日だけなのだそうです。
そこでも引き取り手がなかった場合は、警視庁に送られるとのこと。

そんなぁ・・・・・・(;_:)

でもね、形見と思っている手袋でしたからね、行きましたさ。 日曜日に雨の中、片道2時間近くかけて、電車賃往復2000円以上使って・・・。

それでもね、涙が出るほどうれしかったですよ。
まさか戻ってくるなんて思っていませんでしたから。
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私も今後、落とし物を見つけたら駅や交番に届けよう、と心に決めました。
その「物」がどんなものでも、落とした人にとって、もしかしたらすごーーく大切にしていたかもしれないのですから。

と、優しい気持ちになれた週末の出来事でした。・・・・・・ めでたし、めでたし

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by anrianan | 2015-03-04 15:03 | ■とりあえず日記 | Comments(6)
きたーっ!!!  \(^0^)/~♪
のどごし<生>サーバー! ご存じの通り、“誰でももらえる”キャンペーン。
くじ運およびギャンブル運にまったく弱いアタシとしては、「絶対にもらえる物」でないと応募したくない。
セッセセッセと350ml缶を買い続け、応募用紙をプリンターで印刷し、小さなシールをシコシコ台紙に貼っては眺め、締め切り一週間前、ようやくポストに投函しましたわ。
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そうして届いた白い箱! 
きゃ~! 来た来た♪ は~るが来た~♪ なんてウカレポンチになりながら、中身を取り出した。
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組立式らしいのだけど、すでに組み立てられている。すぐにも使ってみたいじゃないかぁ~。
と思ったら、“空き缶に水を入れてセットしてサーバーの中を洗い、よく乾かしてから使ってください”と書いてある。
え~っ! じゃ空き缶を作らなくちゃダメじゃないのぉ♪ 
なぜって、私は飲み終わると缶を全部潰しちゃうから、水を入れてセットできる空き缶がない。
じゃあ、仕方ない、一本飲まなくちゃねぇ……。(^m^)ウッシッシッシ…
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こうして水を入れた缶をセットして、サーバーの上に取り付けた取っ手を「液体」と「泡」に傾ける。
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出た、出た、水が~♪ (出た出た月が…の曲で歌う)
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今年の花見は、一段と楽しくなりそうだ…… 花といえば、
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すでに今週末には散ってしまうのではないか、というくらいの勢いで梅の花が咲きまくり、その枝々をメジロたちが盛んに飛び回る。その楽しげな光景を見ていると、
「もうお花見しちゃおうか……」 桜の前に梅の花で……

もちろん、花見とはただ花を愛でることならず、ビール(=発泡酒)を飲むことなり……

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by anrianan | 2015-02-27 07:05 | ■とりあえず日記 | Comments(2)
ぼく、トラノモン……
東京都港区にある虎の門ヒルズは、昨年(2014年)の6月11日に開業した超高層ビルです。
戦後マッカーサー通りと呼ばれた道は「新虎通り」と名を変え、この地域の開発が始まっているようです。

さて、なんとなくそんな時代の変化(?)を感じていたものの、いたって新しい物には飛びつかないアタシ。
虎の門ヒルズなんてとこにも、ちっとも「行ってみたーい!」なんて思っちゃいなかったのですが、ランチを一緒に行ってみたい店がある、なんて言われた日にゃ行かないわけには参りません。出かけましたわ、いそいそと。
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実は、職場からそんなに遠い所にあるわけじゃないのに、ついつい「ここかぁ~!」と興奮して写真を撮ってしまう。 (ありゃ? 来てみたかったのか?……と自問自答) そしてエレベーターで運ばれて行くと、目の前に大きな白い、な……なんだ、これ? ドラえもんによく似てるじゃないか。
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気になりつつも、深く考えようとはせずに流して通り抜け・・・・・・どうやら、ここでご馳走してくれるらしい。
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光が燦々と降り注ぎ、緑があって、な~んかいい感じ! 案内された席について、ふと右を見れば……!
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なんだ、こりゃ? ……改めて驚き、見入る。「これ、トラノモンっていうんだよ」と教えられ、ドラえもん、トラのもん…と何回か繰り返して、ダジャレかい! と大笑い。しかし、次々と人がやって来ては「記念撮影」なんぞをしておる。 なんでこんなもんと撮りたいんや? アホか……と思ったが、やっぱりアタシも撮っている……アホか。 
でも、どーなのよ、この記念写真……。
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ともあれ、ランチはあちきにしてみればイイお値段。ランチなのに2000円近くもするんだもの。……あ、ビールを飲んだから2500円くらいになっているぞ。こんな豪勢なランチはそうそう食べることなんてできないから、しっかりと目と頭と舌に刻みこまねばなるまいぞ。……
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懐石風でメインディッシュを4つの中から選ぶことができる。アタシが選んだのは「蒸し鶏」。
そして、ご馳走してくれるお大臣のメインディッシュは、え? モツ煮?!
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一口もらって食べてみたら、これが結構おいしい。しかしこんなもんを食べると、なんだかもっとアルコールがほしくなってしまう。 ええ、ナイトタイムはパブになるようですよ。
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ちなみに、ランチタイムにはモルツか小江戸ビール(川越)が楽しめる。何種類かの黒ビールがあり、それぞれ味や香りに特徴があるようなので、できるならばぜーんぶ試飲してみたい。 ええ、もちろん全部はしませんでしたけど。
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この日はお天気にも恵まれ、オシャレな所でおいしいものをいただき、大いに笑い、ほんのつかの間だったけど不安や心配ごとを忘れて、心地よく楽しいひと時を過ごしたのでした。

未来のトラえもん……平和な世界へ導いてくれるだろうか。

大丈夫! 幸せな未来になるよ! の願いを込めてぽちっとお願いね。d(^.^)q
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by anrianan | 2015-02-21 17:42 | ■とりあえず日記 | Comments(0)
牡蠣小屋で牡蠣づくし
横須賀の観音崎にある京急ホテル。ここの駐車場に「牡蠣小屋」ができました。
ホテルの目の前は海、その海を見ながら入れるSPAもあります。(高いので、あまりおススメしませんが) また、道路を隔てた所には、美しいガラス張りの横須賀美術館があり、自然と芸術が融合した素晴らしい一角になっております(…褒めすぎか?)
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ここにサイクリングで颯爽と、牡蠣を目指して行ってきました。
あ゙っ……!(タイヤしか写ってない……)
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小屋は賑わっており、子ども連れの家族が一組待っておりました。一時過ぎだからそろそろ空いてくるだろう、とメニューを見て待つことに。
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あのビニール張りの小屋の中で食べるのですね。 早く空け~、早く空け~と念じながら……あ! 空いた♪
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これが700gで1500円のカキ。焼き方のレクチャーがありました。殻の平らな方を下にして、口が開いてきたらひっくり返し、専用の棒で殻をパカッと取り除きます。 へぇ~……
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こちらはカキのアヒージョ(500円)。 「アヒージョ」という響きが面白くて、心の中で「アヒ~ジョっ!」と意味もなく繰り返しながら、一体アヒージョとは何物ぞ……と鍋の中を検証。 ふむふむ…オリーブオイルで、キノコ類と牡蠣を煮る(?)ようです。 なんだ、作れるじゃないか……。
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ともかくはカキフライを食べながらビールを飲み、牡蠣の口が開くのを待ちます。
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最初のカキがなかなか強情で口を割りません……えぇーい、早く吐いてしまえぃ!(刑事ドラマのつもり) そして一個が口を開き始めると、後はパカパカと順調に。 あらやだ、牡蠣っておいしいじゃない! 
ええ、アタシはあまり牡蠣を好きではなかったのです、実は。 

でもね、牡蠣焼きと聞くと必ず思い出してしまうことがあります。昨年九月に花巻で、父が「一個食いたいなぁ…」と言っていた姿。その時、近くで牡蠣を焼いているお店からいい匂いが漂っていて……でも午後からバーベキューに招待されていたので、父曰く「お腹がいっぱいで(BBQを)食べれなかったら悪いだろ」。一個ぐらい食べたって平気だよと思いましたけど、その半月後にあの世に帰ってしまったわけで。 ああ、食べときゃよかったのになぁ……と、いつも牡蠣をみるたびに心がカキ乱れるのでござんす……
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という駄ジャレはともかく、こうして食べてみると旨い! 700gなんてあっという間じゃないか。
と感動しながら……ああ、やっぱり食べさせてやりたかったなぁ。

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by anrianan | 2015-02-08 10:36 | ■とりあえず日記 | Comments(0)
前回までのあらすじ
年が明けて松の内も過ぎ、このままこのブログも終わってしまうかも・・・・というくらい長い間サボってしまいました。

d0046294_1031535.jpg9月下旬に、両親の所に正月以来行っていないことを思い出し、なんとなく会いにいった「ほっこり旅」。
実は、あまりにガッカリそして腹立たしいことが起こり、母親の顔を見、父親と一杯やりながら話を聞いてもらいたいと思って出かけたのです。しかし実際行ってみると、喜ばしいニュースならともかく、気分が悪くなることを聞かせることもない、この話はまた年末しよう・・・・・・と思って、話さずに帰ってきたのでした。

そして、10月7日に父が急死。
今まで普通に続くと思っていた日常がぷつりと切れてしまったような喪失感を味わい、同時に遺族年金など右も左も分からない手続きに追われ始め、健康診断では上が170を超える「高血圧・治療必要」などと診断されてしまいました。

ある日、いるはずの人が突然いなくなる。
御岳山噴火のニュースを聞きながら、初めて、事故で身内を亡くした人々はこういう気持ちなんだなぁ・・・・・・と痛感しました。
今までも洪水や地震などのニュースを聞くたびに、年収100万にも満たなかった貧困時を思い出しながら(今でも大して変わりはありませんが)、胸が痛んではいたのですが、今回は“わが身”となったわけです。

このブログでは差し障りのない話題を、というと、料理や庭のこと、私の失敗談や日常の(どーでもいい)出来事などに限定されてしまいます。その中で、父の死後日常を書き留める気になれなかった自分を奮い立たせ、「蓼科の旅」とわが家に出没した「熊」についてまでが前回でした。
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さて、ここからはテレビドラマでいうと“シリーズ2” (?)・・・・・・・という気持ちで、再びとびとび日記を始めたいと思います。 どうぞ今後もよろしゅう。m(__)m

ということで、本日は休眠中に起こった出来事をかいつまんで記しておきます。
10月17日には、初めて「リス」がわが野性の庭に出現。
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鎌倉ではよく見かけましたが、とうとうこの近辺にも進出してきたようです。
台湾リスでしょうかね・・・・・・デカクて「かわいい~!」なんて感じじゃありませんでしたよ。

話は変わって、こちらはバラ。ホワイトサクセスという名がついていました。11月17日に、心友が「お父さまに」と言ってくれたものです。1本で千円以上はするのだろうと推測されるバラは背丈が50㎝ほどあり、1本だけ箱に入った「箱入り姫」。ありがとう、まさに父は白星の人生を送ったのだろう・・・・・・と思いたい。
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11月22日(土)から24日(月)の連休を使って、おナカさん(母)とクックに会いに花巻に行ってきました。
家族それぞれ元気を装いながらも、まだまだ心の穴が埋めきれない時期。特にクックは引きこもりのようになってしまっている、とおナカさんから聞き、新幹線代あげるからおいでよ! と彼女からの強い要望もあって急に決めました。おナカさんと私が一緒に散歩に行くと、クックは大喜びでピョンピョン飛びながら小走りします。老犬と老婆の散歩・・・いつまでも、できるだけ長く、この光景を見ていたい・・・と強く願います。
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父の四十九日でもありましたが、遺骨は墓に入れず、海に散骨することを予定しています。宗教的にはいろいろあると思いますが、私と弟は結婚しておらず、最後は墓守をする人間がいません。
父は船乗りになることが夢でしたし、暮れには父から私と弟に「海に散骨してくれ」と話すつもりだったと母から聞きました。母自身も散骨を希望しており、私が生きている以上、二人のことは私の中で生きていくのですから。・・・
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12月に入って13日。横浜のみなとみらいにあるMARKIS(マークイズ)に入っているOrbi(オービィ)に遊びにいきました。〝大自然超体感ミュージアム”と説明書きにはあります。映像や音の現代技術を使って体感するアトラクションがいくつもあります。例えば、鏡のようなものの前に立つと・・・・・・・ガォ~! (ノリノリのあちき♪)
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南極のブリザード体験や空中飛行をしているような気分になれるコーナーもあり、大人でも楽しめます。(入場料は必要ですが)。遊んだあとはマークイズに入っているフードコーナーで食事をすれば、家族連れでも安上がり。そしておいしい! 八宝菜とエビチリは、それぞれ780円。(750円だったかな?・・・)ビールは380円~400円。安くて旨い! 吉野家の牛丼もビックリだぁ~!
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12月15日と17日には、ガトーショコラを作り、
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24日のイブには、ディナーをご馳走になり、
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今年のクリスマスは、大きな葛籠(ツヅラ)が2つも送られてきました。これと、
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これ。
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いいことがたくさんあった年ですが、仕事が潰されたことと父の死は、いい事とバランスがとれていないんじゃないかと思うくらいの悪いこと。特に父の死は、完成していたパズルの一片が欠けてしまったような喪失感があり、それでもやらねばならないことは待ってくれず、時間はいままでと変わりなく過ぎていきます。
父のことを思い出すと涙が止まらなくなるので、考えないようにしようと思っています。悲しみに浸るよりも、今おナカさんとクックが元気でいることを祈り、感謝し、あの世から見ているであろう父に恥じない生き方をしていきたい、と思う2014年の暮れでした。・・・・・・・

イケイケ!の元気が早くでますように・・・ぽちっと応援をお願いね。d(^_^)
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by anrianan | 2015-01-09 12:48 | ■とりあえず日記 | Comments(2)
信じられない出来事
ある日、太陽でぽかぽかのベランダに干されていた・・・・・・真っ黒い、大きな・・・・・・こおもり? ひぇっ! 
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と一瞬驚いたが、いやいや「こおもり」なんて、そんなバカな・・・と気を取り直し、ジッと黒い物体を見つめた。
「なんか、変な物が干されている!」
たまに飛来してくるスーパーマンに呼びかけて、ようやく彼が連れてきたクマであることが判明した。
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お前はマタギかい?!・・・・・・クマを殺すなんてかわいそうに・・・・・・どーしてこんな物を持ってきたのっ?!
この黒い毛並を見ていると、どうしたって以前家にいたクロ(愛犬)を思い出してしまう。
するとスーパーマン曰く、子どものころに遊びに行った友だちの家にクマの敷物があったのだという。
その友だちが「この上で寝ると、すっごくあったかいんだぜぇ!」と得意げに言うのを聞いてとても羨ましく、大人になったら絶対に買おう! と思ったのだそうだ。ほんとぉ~にあったかくて気持ちいいんだよぉ♪ 寝てみたら? と言うが、何アホなことを言うんかい! この上に寝るなんて考えられるわけありまへん!

でも、そんなら敷いてお日さまに当ててあげた方がいいんじゃないの?
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この方が、なーんか気持ちよさそうじゃないの。
と思いながら、怖いもの見たさの気持ちがムクムク。 ジッとあちこちを観察してしまう。
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こんな手で〝ガッ!”と引っ掛かれたら、ひとたまりもないよねぇ・・・・・・。でもこの顔を見ると、
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やっぱりクロを思い出して、このクマに子どもはいなかったんだろうか・・・とか、どんな所に住んでいたのだろうか・・・とか、人生ならぬ熊生に思いをはせるひと時であった。
そんな私の胸中を知ってか知らずか、スーパーマンは愛おしげにブラッシングをしてあげていた。
でもゴメン、やっぱり私はさわれないよ。・・・・・・  

ベアのご冥福を祈って、ぽちっとお願いね。d(^_^;) 11月3日の出来事デシタ
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by anrianan | 2014-12-09 09:05 | ■とりあえず日記 | Comments(3)
蓼科
父が亡くなって、12月7日で2か月になります。
もともと私は両親と離れて暮らしていたので、毎日顔を合わせていたわけではありません。物理的には特別変わってはいないとも言えるのですが、胸にぽっかり穴が開いたようで、父が生きていた時以上に、いつも身近に感じて不思議です。
日々の生活の中で、ふとした時にふとしたことで、父がこう言っていたな・・・・・・と、頻繁に思い出すのですね。

この2か月、母の代わりに遺族年金の手続きや各種保険などのことを、いつもどこかで考えて追い立てられているような気がします。一つの手続きを完遂するために物凄く煩雑な経緯を経なければならず、作業が遅々として進まないように思え、苛立ち、疲れます。そのせいか、先週健康診断に行ったら、血圧が高いと3回も計り直しをされました。
今までは、どちらかというと低血圧ぎみ。ところが「上が170もありますよ」と看護婦さんに言われ、急に眩暈がくらくらと・・・・・・。

ま、この話は後ほどレポートするとして、今日はとても癒された旅を記しておきたいと思います。
まだまだ父の突然の死から呆然としていたころ・・・・・・10月19、20日に紅葉を見に蓼科に誘われました。
心がヒリヒリしていたこともあって、美しい紅葉が一際胸に染み渡り、あまりの美しさに何度も涙腺が緩みました。
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宿泊はここ、蓼科パークホテル。
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このホテルの周囲もモミジが取り囲み、自然の散歩道もあるようです。
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先ずはチェックインを・・・・・・と思ったら、まだ3時前。 あらら・・・・・・
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じゃ、この前にある「あそこ」でお茶でも飲む? 
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という気にもなれず、じゃ、3時まで(あと20分ほど)その辺を散策しようか・・・・・・ということになりました。
すぐ近くには、こんな小川が流れているものですから、♪~川の流れのよう~にぃ~♪・・・歩きます。
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すると、観光客がぞろぞろ歩いている道があり、ここを下っていくと「滝」に出るようです。
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道の脇には大きな川が流れ、これだけでもすでにマイナスイオンを浴びた気分。
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とはいっても、滝の傍まで行って、かぶりつきでマイナスイオンを吸い込みまくります。
傷ついてますから、あたし・・・・・・。
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え? 傷ついているようには見えないって? ええ、顔で笑って心で泣いて、悲しみのあとには喜びが、明日は明日の陽が昇る・・・・・・考えつく限りの「ぽじてぃぶわーど」を思い出しながら、女は強く生きねばならぬのです・・・?
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ここら周辺にはいくつもの「滝」があることを知り、全部見てみる? てなことになりました。
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気楽な気分で始めた滝めぐりですが、一番上の方にある「王滝」を目指して歩き始めて、これがとてつもなく荒行であったことを知ります。
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木々に囲まれた坂を延々と上がり、森閑とした気配はまるで屋久島・・・・・・屋久島に行ったことありませんが。
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ちょいと待っておくれ・・・・・・上着を脱がずにはいられない。病み上がりのように弱っているんだから、あたし・・・。
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そうしてようやくたどり着いた「王滝」。 「おぉ・・・・・・!」  ←※「王」の「Oh」よ・・・・・・(^_^;)
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このような道を上がってきて、さらに上に向かって道は続いていたのですが、日が暮れる前に「展望台」にも行かなくちゃ・・・・ということで、今来た道を途中まで引き返し、いざ、頂上目指しての登山、です・・・・・・ぜいぜい・・・
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これがなかなかキツイ。ちっとも頂上が見えない。ねぇ、頂上がないんじゃないの? ・・・そんなことないよ。
えぇーい! 一気に走っちゃえ~! 筋トレ合宿の選手のように、大股でぐいぐい登り始めましたが、すぐに息が切れました。 ああ・・・・・無謀だった・・・・・・。やはり、頭の上の美しいモミジや風景を愛でながら、その時々の周囲の空気をゆったりと、楽しみながら進むのがいいんですね。 人生のように・・・・・・
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はぁ、はぁ・・・・・がんばれ・・・・・・友と励まし合いながら、ひたすら上がり坂を上っていたら、スッと空が開け、やっと頂上が見えましたっ! やったー! 思わず見えた屋根に向かって、合掌・・・・・・
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頂上についたら、思ったよりも広い。 そして、人が(しかも、かなり年配の方々が)多い・・・・・・あれ? バスがある?・・・・・・なんだ、バスが通れる別の道があるんだぁ・・・・・・。 (ガクッ・・・)
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がっくりしながらも、目の前に広がる雄大な景色に、しばし呆然と見入ります。
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先ほど、思わず手を合わせた屋根はこのお社で、一応、お賽銭を入れてお祈りしておきました。 何を祈ったのか・・・覚えていません。心が弱ってましたから、溺れる者藁をもつかむ思いで・・・・・・何祈ったんだ? あたし・・・
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夕暮れの光が周囲を包み、なんとも神々しく、そして映画のセットみたい。
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お地蔵さんにも手を合わせ、さて、後は日暮れまでにホテルに到着しなければ・・・・・
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上がって来た時よりは、随分と早く歩が進みました。 途中「屏風の滝」を眺め、
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夕日と競争するように山道を急ぎました。 木々の間から漏れてくる光は、限りなく美しく、限りなく優しい・・・
紅葉の美しさはもちろんのこと、自然の木立や水辺、そして息が上がるくらいに体を動かしたことで、少し体の節々が緩み、心も緩み、霊体の隅々にまで生きるためのエネルギーが補給されたように感じました。
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ホテルに着くと、3時のチェックインを待って始めた散策でしたが、すでに5時前。
これから温泉に入って、ビールを供給しなければ! 絶対に旨いに違いないよ♪
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部屋からも、この日最後の夕陽が見えました。 お名残惜しい・・・・・・。
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さて、夕食の会場に行くと、末広がりの開運ナンバー。(?)
すべて囲炉裏のような真四角テーブルで、ちょっとぉ、話すのに遠くない? 遠いよねぇ・・・・・・というくらい広い。
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食事はバイキングなので、好きな物を少しずつ取ってくると、どー見ても美しくない・・・・・・。けど、いいのです。おいしいんだから。
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目玉は「アユの串焼き」なので、とりあえず1本いただいて、後で熱々をもう一本・・・・。
写真は、鯉のあらいを味噌で。
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飲み放題とのことだから気合を入れて飲み始めたのですが、ダメですね・・・開始が7時からの「ゆっくりコース」だったので、料理がなくなっても補充されないのですよ。 ええ? 田舎だから夜が早いの?
バイキングは、早い始まりの会にしないとダメね・・・・・・。

ということで、夜が明けてしまいました。窓の美しい紅葉を眺めつつ、朝食もバイキング。
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朝からモリモリ食べました。
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ホテルをチェックアウトして、向かった先は・・・・・・なにやらヨーロッパ映画に出てくる冬のリゾート地・・・(?)
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なんと、白樺湖なんですって!・・・・・・見てよ、私の後ろに続く木製の小道。 小心の・・・じゃなくて、傷心の女がひっそりと佇んでいる・・・という映画のワンシーンそのもの。・・・え? そう見えない?
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残念ながら、この日は今にも雨が降りそうな曇天でした。
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スカイラインを車で走っていると、まるで天国に向かっているような気がしてきます。 この霧だしね。
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ついに降り出した雨は、やっぱり父を思い出させ、私の心の中でも、ぽとりぽとりと涙が落ちだしました。
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ああ、でも楽しい旅だったよね。

目の前のどこまでも続く道を眺めていると、一度天国に戻っても再びこの世に降りてくる魂の軌跡に思えます。
終わりは始まり・・・・・・何度も浮かんできました。

まだまだ旅の途中・・・・・・楽しい旅に、ぽちっと応援をお願いねd(^.^)q
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by anrianan | 2014-12-03 15:23 | ■とりあえず日記 | Comments(0)
お父さん
2014年10月7日(火)午後9時52分、父が急逝しました。82歳5か月。
その日、父は社交ダンスのサークルに行って楽しい時間を過ごし、夕方4時半ごろから母と食事をしながら焼酎やワインを飲み、大好きなNHKの歌番組を見ながら涙を流し、母に(珍しく?)優しい言葉をかけ、クックに添い寝などした後、体が冷えたから風呂に入ってから寝る、と言って8時ごろお風呂に入り、そのままあの世に帰りました。
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私には、花巻警察署の刑事さんから電話がありました。当日の夜11時過ぎのことです。
その前に、両親の知り合いから「お父さんが倒れたみたい」と電話があり、母と電話で話していたので、救急車を呼んだことは知っていました。けれど、まさか、まさか、父が死ぬなんて・・・・・・。
それまで病気一つせず、雪道事故などでも怪我一つせず、虫歯は一本もなく歯医者さんから表彰され、母よりも長生きをするだろう、と思っていたのです。
「ナントカ世にはばかる」っていうじゃない、なんて言っていたのです・・・・・・。


父は昭和7年5月3日横浜生まれ、生まれた時から語呂のよい数字でこの世に降りてきました。
三人兄弟の長男として生まれ、第二次世界大戦中は母親が内職で使っていたミシンの頭部分を背負って、雨あられのように爆弾が降る横浜空襲の中を逃げ回ったと聞いたことがあります。祖父母の実家がある栃木に疎開もし、食べ方が遅かった父は嫌味を言われたり、随分辛い思い出があったようです。
47歳で亡くなった父親と同じ船乗りになりたかった父は、商船学校へ行くことが夢でした。しかし、15歳の時に家計を助けるために鉱山に行くよう母親と親類たちに説得され、この夢を断念せざるを得ませんでした。親戚の間では「(父は)頭が良かった」と評判だったとよく聞きますから、本人はさぞかし悔しかっただろうと思います。毎朝、新聞を隅から隅まで読んでいた姿は、その時に諦めた学問への思いだったのかもしれない、と思ったりします。
<※20歳、横浜の写真館にて>
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15歳で始めた仕送りは、その後何十年も続きました。
結局、鉱山で一年のブランクを経て念願の受験に行きましたが、やっぱり一年のブランクは大きかったんだよなぁ・・・と、後に話した父の声が蘇ります。

結婚前は、収入が良かった米軍基地で働きました。
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結婚と同時に安定した地方公務員職に変えましたが、母に横須賀を案内していた時、道端から飛び出してきた米軍兵たちと英語で話した父を「オトーサン、格好良くてさぁ~!」とおナカさん(母)は言っていました。
上大岡(横浜市)のわらぶき屋根の家に住んでいたころ、たまに父が持ってくる大きなブロックのハムや巨大なチーズは、その頃の名残だったのでしょう。
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二人の弟と母親のために自分の夢や希望を犠牲にした思春期を送り、温かい家庭を求め、広大な農地で農業をするためにブラジルに行きたいと憧れ、アルゼンチンタンゴを愛し、知識欲と好奇心がいっぱいだった青年は、株や方位学なども学び、厳しい現実社会を地道に生きていこうとする人間でもありました。
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祖母は20歳の時に、13歳年上の福松さんに嫁ぎました。
彼女は田舎の地で、当時「殿様」と呼ばれていた藩主の落とし胤だったとの噂もあり、そのせいか家の中でも特別の扱いを受けていたそうです。食事の時は長男と同じ一番高い雛壇に座っていたというエピソードがあり、野良仕事はせず、ハーモニカを吹きながら田んぼ道を歩いていた、といわれるおコウさん。ちなみに、現栃木県知事の福田富一氏は父といとこ同士になります。
苦労知らずのお姫(ひい)さまとして育った若い母親から、父は一体どれだけの愛情を注がれたのか・・・・・・。
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それでも母親は母親。特に男性にとっては、母親というのは唯一温かい女性性を感じ得る特別の存在なのでしょう。
そんな父が選んだ結婚相手は、おコウさんとは正反対のおナカさんでした。母は農家の長女に生まれ、両親に頼りにされて、幼いころから妹や弟の世話をし続け「お便所の掃除は毎日お母さん(自分)の仕事だった」というように、働き者で夫や子どもに一心に尽くし、忍耐強い女性です。・・・ええ、下の玉のような子はワタシです。
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宝川温泉に行った時の写真です。
子どものころにあまり温かい家庭に恵まれたとは言えない父は、彼の中で描く家族を持ちたかったのだと思います。
夫唱婦随といいますが、わが家では父の言うことがすべてでした。
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家を建てるために節約して、わらぶき屋根の家に住んでいたころ。
幼かった私は別に惨めな思いをしたなどという記憶は全くありませんが、戦時中も農家で食べ物に困らずに育った母は「この家を見た時には悲しくて泣きたかったよぉ」と言っていました。
この頃の父は、厳しくて怖い・・・という印象ばかりです。私はスパルタ教育で躾けられましたし、写真の弟は笑っていますが、父親に抱かれて笑うまでになかなかの時間を要しました。とにかく「おとうさんは怖い」が母と姉弟共通の認識でした。まさに、地震・雷・火事・おやじ・・・・・・。
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それでも、お父さんはカッコイイというのが私の自慢でもありました。母親から「見合いの写真を見て一目惚れしちゃってさぁ!」と聞かされていたからなのか。・・・私は父親に似ていて良かったと母親に言われ続けてきましたが、こうして昔の写真を見てみると、私は父親似じゃなくて母親似じゃないか・・・と思ったりします。でも、気質や気性、性格、物事の考え方、志向などは父とそっくりで、それ故にお互い反発し、通じ合うものも大きかったのでした。
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年老いてからこそ、父はよく母と旅行に行ったり一緒に(社交)ダンスをしたがっていましたが、若い頃の父は一人旅が好きで、特に船乗りになりたかったせいか何度も船旅をしていました。
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私が進路を決めるころ、父は自分の夢を私に託したかったのか、盛んに海上保安庁に入ることを勧めました。しかし私は父の意向に従わず、この時を境にその後何度も父とは衝突を繰り返してきました。・・・私は父のように自分の人生を犠牲にしたくないという思いや、すべてを父に見透かされているように感じることが悔しく、会社を辞めたり海外に行ったり・・・。父を越えたいという思いもありました。けれど、そうして勝手気ままに生きているような私に我慢できなかったのだと思います。十年以上も勘当されて口を利いてくれない時期もありました。
弟はそんな私とは正反対に、父の勧め通り自衛隊に入隊。この写真を見ると、父が嬉しそうで、誇らしげでもあり、弟は親孝行したな・・・と思います。彼は、今も国のために働いています。
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何かににつけて「お前と結婚したのは一生の不作だ」と母に言っていた父ですが、小難しいことを考えも言うこともせず、こうして能天気で楽天的な母に父は救われた部分が大いにあったであろうと。・・・
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普段は寡黙な父ですが、酒を飲むと陽気な人間に変わるので、父に叱られると母はいつも「今夜はオトーサンの好きな物を作ってさぁ・・・」と、買い物をしながら酒の肴のことばかり考えていました。要するに、酒を飲ませて父のご機嫌を直す、というのが母の常套手段でした。というか、これしか手がない・・・。
両親が五十代のころだったと思いますが・・・酒を飲めなかった母が父との晩酌につきあっているうちに飲めるようになり、私が帰ると玄関に1リットルや500ccのビールの空き缶がゴロゴロ転がっていることがありました。中に入っていくと、二人ともすっかりラテン系のノリで愉快に笑い転げている光景が・・・呆れたけど、なんだか嬉しかったです。
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父は退職できる時期がくると速攻で仕事を辞めました。
「これからがオレの人生だっ!」と両手をグーにして突き上げた姿が目に浮かびます。
家庭を築くために本意でない仕事に就き、稼ぐためと割り切って仕事をし、家のローンを返したのだから、これからはやりたいことをやるぞっ! というところだったのでしょう。

そのやりたいことの一つ目は、中国への留学でした。
十年以上中国語をラジオとテレビの講座で独学し、西安の外語学院大学に二年間の語学留学をしました。
「オレが(中国に)いる間にお前が来るなら、旅費から何まですべて出してやる」と言われたので、欲深い私は、嫌いな中国だけどこの際行ってくるか・・・と、上海経由で西安へ十日間ほどの旅をしてきました。
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父は外国人留学生の寮で、一部屋(二人用)を月一万円で借りていました。
私はもう一つのベッドに寝て、朝になると父に連れられて割箸とプラスチックの丼を持参し、道端に並んでいる出店で豆腐やおかゆやうどんなどを食べました。夜、シルクロードに行った時に買ったお酒だぞ、と父が差し出す変わった形のビンから、小さなコップに注いでもらったお酒を飲みながら、こういう時間がほしかったんだなぁ・・・と泣きそうになったことを覚えています。それは前世の記憶というのか、魂の深いところからの声というのか、不思議な感覚でした。・・・
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中国での父は、多くの学生や若い教授たちに「老師」と呼ばれ、慕われ、とても幸せそうでした。
あの怖かった父が、こんな仏のような顔になっている・・・と、内心私はひどく驚きました。ああ、人間って「いるべき場所」というか「好きな場所」というか、心から満足できる時空間にいると、こんなにもいい顔になるのだなぁ、としみじみ感じました。
この写真に一緒に移っている若い夫婦は、当時西安外語学院大学の教授を務めていました。その後日本に来て仙台に住んでいると聞きましたが、今はどうしているのでしょうか・・・。この時に父を通じて出会った中国人は皆教授など知識階級の人たちで、物腰や話し方など一般市民とは大きく異なり、私の中の中国人像も変わりました。お父さんにもらった宝物の一つです・・・。
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いつも父が得意げに「安くて旨い」と、古くて汚い店で食べることが多い食事でしたが、何度かはちゃんとしたお店にも行きました。ある時は、知り合いの四川料理屋さんで山盛りの料理を出してもらいました。そのお店の人が「お金はいらない」と受け取らないので、二人でこっそりお皿の下にお金を“置き逃げ”することに。目配せしてサッと席を立ち、足早に店を出るとまもなく、後ろからお店の人の呼ぶ声が。父と二人で大笑いしながら走って逃げました。
写真は、飲茶(ヤムチャ)で一番と評判のレストランに行った時のものです。いろいろな種類の餃子を食べました。もっと写真を撮っておけばよかった、と悔やまれます・・・。
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中国から帰国して、父は再び中国に行って「通訳の資格を取る」はずでした。
「中国なら百万も持って行けば王族のような暮らしができる」と父がいい、母は「いーよ、百万でも二百万でも持って行きなよ。向こうで世話してくれる女の人がいたっていいんだよ」。現地妻の了解まで得ていたのに、父はなぜか中国には戻らず宮守(岩手県遠野市)に土地を買ってしまったのです。

その土地を見た瞬間に「恋人に会ったように一目惚れだったんだ!」だそうです。
「農業がイヤでこっちに結婚して来たのに!」と抗議する母と三年間離れて暮らし、すったもんだの揚げ句、母は渋々移住を決断。
この地で意外にも、父の中国での経験が生かされる機会が訪れました。教育委員会から依頼を受け、中国人親子の通訳をすることになったのです。毎日だったかどうかは忘れましたが、子どもの通訳のために小学校に一緒に行ったり、母親の話を聞いたり。その後、教育委員会から表彰されたそうです。
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この頃両親はもう六十代後半。お互いに頼り頼られ、文句を言いながらも、一人で暮らすよりは誰かと寄り添っていきたい年齢期に入っていたのだろう、などと思います。
中国で習得してきた太極拳を父は毎朝欠かさず、蜘蛛膜下出血で一度倒れている母も一緒にすることが日課になっていました。(なぜか二人の動作が違いますが・・・・・・)
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そもそも、父のもう一つの夢である「広大な農地で農業をやる」。今更ブラジルには行けないけれども、手打ち蕎麦の腕をあげていた父は「蕎麦の粉から作りたい」という目標を達成したのでした。(※下は、一面の蕎麦畑です)
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「ブログに載せるから」と写真を撮る私に、うんちくを垂れながら粉をひく父。 (2006年に載せています
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蕎麦を打つ過程も写真を撮っていたら、頭が薄くなっている写真なんか撮るなよ・・・と。
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時には、蕎麦打ちを教えてほしいと来る人もいました。またある時は、店を出さないかという話もたびたび。
つい最近では、週一回でも好きな時に店を開いてくれればいいから、と信じられないような話も持ち込まれていたそうです。・・・ホントにおいしかったです、父の手打ち蕎麦。
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d0046294_14543956.jpg宮守の土地が売れて、明け渡してほぼ一年。花巻に越してきてから、毎日ダンスに行く以外、まったく何もせず、三食を食べる以外はよく昼寝をしていました。気が抜けてしまったのかもしれないと心配していました。

だから言ったのです。
「横須賀の庭で野菜を作りたいから、いろいろ教えてよ。どこにどれを植えたらいいとか、いつ何をしたらいいとか・・・3-4カ月に1回でも半年に1回でも横須賀に来て、その時に指示を与えてくれればいいんだから。寒い時は横須賀に行って、暑い時には皆でこっちに来て。こうしてお父さんは二つの家があるんだから、別荘だと思って楽しめばいいじゃ!」

今年の暮れは、久しぶりに横須賀で家族が揃うはずでした。・・・・・・


毎年宮守で過ごした暮れは、雪かきが年末年始のイベントでした。長い長い100メートルほどの私道の雪を家族でかきました。トラクターに乗って登場する父は、ガガーッと雪をかきながら、いつもちょっと得意げでした。
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父が亡くなる数週間くらい前から、異常に父とクックが仲良しになっていたと母は言います。
物言わないクックに慰められ、なだめられ、諭されながら多くのモノを受け取っていたに違いありません。
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「お父さん!」「なんだい、クック・・・」
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お父さん・・・・・・!
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毎晩父に抱かれてひとときを過ごすのが、クックの日課でした。
その父が亡くなってからのクックは、いかにも挙動不審・・・遠くをジッと見て動かなかったり、父が寝ていた部屋に入ろうと何度も足を出しながら入らなかったり、奥の部屋に行ったまま、なかなか出てこなかったり・・・。
このごろようやく「散歩でぴょんぴょん飛び跳ねるようになったよ」と母から聞いてホッとしています。
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あまりに突然のことで、信じられない思いと二度とこの世で会うことはできないという悲しみが大き過ぎて、まだ気持ちと感情の整理ができません。・・・
でも、時間が解決してくれるのでしょう。
それよりも、いろいろな手続きに追いまくられ悩まされ、私は何度も心の中で「お父さん、あんまりじゃないの! もう私にはできない!」と声を上げるたびに、父はちょっと困ったような笑みを浮かべた顔で「ま、かぁーちゃんを頼んだよ」と私に言うのです。・・・

父と私でお酒を飲みながら議論が始まると、母は呆れかえっていましたが、毎回大いに盛り上がり白熱したものです。もう二度とああいう時間はないのだと寂しく思います。父娘そろって辛辣で毒舌で理屈っぽくて、でも時代小説の侍のように正義を貫き裏表がなく、カネや権力で動く政治家や会社の上の人間たちを二人でバッタバッタと叩き斬るのです。お父さん、今年の暮れにも聞いてもらいたいことがあったんだよ・・・。
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なんだよ・・・花に包まれてなんだか笑っているみたいじゃないか。
なんで最後の一言ぐらい言わせてくれなかったのさ!  ・・・・・・ありがとう、って。
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火葬後、真っ白であまりに美しい骨に驚きました。骨壺に入りきらず、5-6回潰されながらようやく納められました。
まさに「骨のある男」だったね。

お父さん・・・・・・

すべての人が幸せな人生を送れますように、ぽちっとお願いね。d(:。;)
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by anrianan | 2014-10-29 14:43 | ■とりあえず日記 | Comments(15)
時をかさねる
9月25日、この世に生まれ出て修業を積む年月がまた一年増えました。
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修業の甲斐があって(?)、このごろはいろいろなことが見えてしまい、それが辛く感じるようになりました。
良いことや美しいことが見えるのならば気持ちいいけれど、人の心の欲や見栄や怠慢や、調子の良さやウソなどは、ひたすら見ざる聞かざるを努めるも、どこからか漂ってくる悪臭のように鼻について吐き気をもよおします。

ひっくり返せば、それらの要素は全部自分の中にあるということで、修業の年月が増えるごとに、それら悪玉菌は減っていくように努めたい・・・・・・努められるのが人間、と思うのです。

笑っても泣いても、大金持ちでも貧困層でも、時が来れば誰もがあの世に還ります。
その時に持っていける物品は何もなく、魂に刻み込まれた思いが栄養となり財産となって、次の生につながるのだと感じています。
だから、どんなに貧困に追い込まれても一番大切なものは、やっぱり愛。
今、ゆるぎない心でそう言いきれる自分に誇りをもちたいと思います。・・・・・・

X年目の修業突入に、祝ぽちっをお願いね。d(^0^)
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by anrianan | 2014-09-26 10:07 | ■とりあえず日記 | Comments(0)
絵っせい
いつもなら、訳もなく楽しい秋。
けれど、今年は心が沈んでどうしようもありません。

髪を切りに行こうか・・・・・・先立つものがない。
おいしい物を食べようか・・・・・・食欲がない。
草刈りでもしようか・・・・・・まだ蚊が飛んでるし。
などといろいろ言い訳しながら、本来の怠け者本領発揮! (とエバルことではないが)

「Anriのエッセイ」ってのはどう?
田中師匠からご提案をいただきました。偶然山手線の駅で会って、会社まで一緒に来た時のことです。
「エッセイの“エ”は漢字の絵ね。・・・・・・絵日記みたいに」
“ッセイ”はカタカナですか?・・・・・・ひらがな、がいいな。・・・ですね。 なんてポツリポツリと話しながら
「絵っせいかぁ・・・・・・」
なんとなく、やろう、とその時に心の中でで決まっていたように思います。
いつ始めるか、毎日描くのか時々描くのか、いくつかのモヤモヤを抱えたまま今日に至り、なんとなく開設してしまいました。

「Anriの絵っせい」の方は、今後週一回くらいのペースで更新していけたらいいなぁ、と思っています。
「東京慕情」の方も週一回、(こちらは月曜日)の更新予定です。こちらは筆者が加筆・修正をされています。
どちらも合わせてご覧いただけたら幸いです。m(__)m


豊穣なる秋を祝って! ぽちっとお願いね。d(^ ^)
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by anrianan | 2014-09-13 13:34 | ■とりあえず日記 | Comments(0)