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真夏日に思い煩うこと
30℃をを超える真夏日が続くようになった。
本日の予想は、34℃。


月曜日は駅までの23分を歩いたが、火曜日にやって来たバスに乗ってしまってから、どうも“乗り癖”がついてしまった。

(片道の170円だけでも浮かせたい)
という思いと、
(歩いて汗を掻くのはイヤだ)
という思いがせめぎ合い、江戸時代はバスなど無かったのだ、と自分に言い聞かせると、俄然歩ける気になれるのだけど・・・・・・。
それでも家を1分でも出遅れると、その分早足で歩かなければと思うから気持ちが萎える。

30℃を越える猛暑には、とにかく萎えるのだ。


だから仕事に出る時は、気持ちが萎えないために十分に余裕を持って早くに家を出る。
電車だけで1時間10分ほど。
乗り換えの時間や歩く時間も含めると、1時間45分の所要時間。(片道23分歩いても)

しかし、電車はいつ、何事で遅れるか分からない。
近ごろは人身事故が多いし、訳の分からない車両故障や踏切故障などでも止まる。
だから片道2時間と考えている。

特に天気が悪いと、さらに20分~30分ほど早く出る。
豪雨では遅延が発生するし、強風などは飛来物によって停電、そして振り替え輸送なんて事態も起きかねない。
取り越し苦労かもしれないが、そのくらいの事態は考えておかなければならないと思っている。


派遣会社の社長に、
「あなたはマジメだねぇ。昔から変わらないねぇ」
と呆れたように笑われる。

正直、私は
(マジメで何が悪い!)
とカチンとくる。

私が、マジメという言葉には「融通が利かない」とか「四角四面」というイメージもあるものだから、
「マジメだねぇ・・・・・・」
と言いながら、呆れた表情で微笑まれると“カチン”なのだと思う。


じゃ、不真面目な方がいいってことか? 
かっこいいのか? 



とにかく、そうして命がけで(?)行く仕事は、たかだか文章を打ち込むだけの内容である。
以前やってきた秘書の仕事などに比べると、実にバリエーションがない。
なさ過ぎる。

基本的に仕事好きな私としては、かなり物足りないものを感じるが、週3-4日の仕事を探そうとすると、この「データ入力」という職種ぐらいになってしまうのだ。
電話で話すことがあまり好きでない私は「コールセンター」の仕事はダメだし、販売員になって
「いらっしゃいませ~♪」
なんてのも出来ない。

ま、そんな風に選んでいられる内は切羽詰まっていないのじゃないか?! と自分を叱咤することもある。
しかし「向き不向き」は確かにあって、不向きな仕事は向く仕事の何十倍も苦痛を感じる割には、全くもって効率が悪いということを非常に感じる。
生産性が悪いということは、その分その会社の損失でもあるし、社会の利益にもならない。・・・と考えている。

だから適材適所が一番で、どうせなら自分が持っているものを最大限に社会に貢献することが嬉しいし、自分にとっても周囲にとっても幸せなことではないだろうか。


また週に3-4日の仕事を探す理由は、10年前の結核に一因がある。
学生の頃からスポーツで鍛えた私は、体力と気力には自信があった。
ところが、結核と判明して隔離病棟にその場で連行された時には、末期だった。
以前にも書いたけれど、薄命(?)のはずだったのだ。

なのに、それまでの基礎体力が災いしたのか、はたまた玄米菜食や自然生活志向のせいで薬の効きが良かったのか、助かってしまったのだ。・・・・・・

けれど、やはり気管支が弱くなったし、多忙を極めた後は、必ずというように寝込むようになった。
正社員ならまだしも、派遣では一日休めばその分の収入は減る。
長くコンスタントに健康状態を保つことを一番に考えなければならない、と思うようになった。


そんなわけで、(派遣の)オフィスワークの中ではランクが下がる「データ入力」であるけれど、この職種としては高額の時給だし有り難いと思っている。(特にこのご時世では・・・・・・)
逆に、私は一日中資料原稿を打っていたり、プログラムを組んだりという仕事をしていたこともあるから、申し訳ないほど楽に感じる。

けれど、気は抜かない。
「なぁ~んだ、これじゃオレが打った方が速いし、間違いも少ないよ」
と思われてしまったら、簡単に無くなってしまうポジションだと思っているから、
“少しでも速く正確に”
が私のモットーになっている。


技量と時間を“時給”という形でバーターしているので、どんな仕事でもきっちりこなす。
(そりゃ人間だからミスが生じることはあるだろうけれど・・・・・・。)


色々な会社を見てきたが、仕事に対する姿勢は正社員・非正規社員関係なく、その人の人間性だと感じる。
自己管理できない人、不器用なほどきっちり行う人、効率の良い人悪い人。
仕事は、一つの才能(センス)だとも感じる。


人間は自分の価値を認められると、誰もが嬉しいのではないだろうか。
自分で自分の価値はよく分からない。
周囲に評価されると自信が生まれ、批判されると落ち込んだりする。
「自分を持っていれば大丈夫」
ということも否定はしないが、やっぱり認められれば嬉しい。


私はどこに行っても「私」であるのに、私がいる“場所”によって評価が変わる。
“場所”というのは、業界や職種のことでもある。



より自分が生きやすい場所にいく努力、今の私にはそれが足りないのかもしれない。・・・・・・






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by anrianan | 2009-07-16 16:20 | ■とりあえず日記
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