<< 越冬の野菜たち・・・・・・ 派遣とは? >>
ありがとう、の言葉とともに・・・・・
年賀状の返信の中に、ご主人が昨年の11月に亡くなったというヒロ子さんからの葉書があった。
まだ60歳そこそこではないだろうか。・・・・・・

ヒロ子さんは、私が19歳で社会人デビューした時、最初にお世話になった人だった。
経理部長だった外人についていた秘書で、小さくて華奢な体、小さめな声、小食、と全てにおいて控え目な作りの人だけど、非常にユーモアがあって笑う時には、あははは・・・・・! と大口をあけて笑う人だった。

この田舎から花の東京に出て行った山猿のような私には、彼女のとても垢ぬけて洗練された身のこなしや、英語と日本語を自由にやり取りしながら物事に対処していくインテリジェンスは、憧れのニューヨークウーマンのイメージそのもので、カッコ良かった。
その彼女にはとても可愛がってもらい、たまに数人でグルメランチに行ったり、ご主人と家に遊びに来てもらったこともある。

私がその会社を退社した後も、たまに連絡を取っていたが、近年では最後にあったのは4年くらい前になるだろうか。
昨年の年賀状に、“大変な介護生活に・・・・・・” と書いてあったことを、今更ながら思い出した。

まさか、ご主人の介護だとは思わなかった。
3年半も続いていたとは知らなかった。

私はあまりにショックで、数日電話をすることもできず、何と言ってよいのかも分からず途方にくれていたが、今日思い切って電話をしてみた。

ユーモアを感じさせる口調も、小さな声も、何にも変わっていなかった。
だけど、精神的に疲れてしまって体調を崩しているという。
話しているとこみ上げてくるものがあるので、私はあまり口を開くことができなかったが、ヒロ子さんがもう少し落ち着いて体調が回復したら、お線香をあげに伺いたいと伝えた。
快く承諾してくれた・・・・・・。



そしてその電話の最中に、もう一人の死を知った。
その会社に私を採用してくれたオカジさん。
昨年の同じ頃に亡くなっていた、と知った。

面接試験の時に、7-8人のオジサンたちがぐるりと半円形に座り、その中の一人がオカジさんだった。
「経理の仕事なんか、どうですか?」
と聞かれ、
「経理は・・・・・・、あまり・・・・・・。」
と言ったら、その質問者が経理部の副部長さん、つまり彼で、私はめでたく(?)経理部に配属されてしまったのだった。
高卒で元気だけが取り柄だったような私を、100分の7の一人に選んでくれたのだ。

私はこの会社を退社して、海外に行ったり、また就職したりという人生を歩む中で、この時に選んで貰った有り難さは年々深くなっていくことを感じていた。

そのオカジさんと最後に会ったのは、宇都宮の新幹線ホーム。
どのくらい前だろうか・・・・・・・。
7-8年前になるのかもしれない。・・・・・・

私は墓参りの帰りで、彼はゴルフの帰りだった。
偶然の再会で、あまり老けたようにも見えず、雰囲気も変わらず、挨拶をしているうちに乗車となり、彼は喫煙車両へ(当時はまだあった)、私は禁煙車両へと別れた。
もっと話してみたかったな・・・・・・、と少し後ろ髪が引かれたのが最後となった。


私が初就職した当時は時代も良かったのかもしれないが、ほんとに善い人ばかりに囲まれていた。
その人たちに、仕事とは何か、どう仕事をしていくのか、を教えられ育ててもらったと感じている。



しばらく、それらの感謝を心の中でかみしめていたい。・・・・・・



ランキングに参加中です。
ありがとう・・・・と涙が止まらない私に、ぽちっの応援を・・・。

  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2009-01-12 12:50 | ■とりあえず日記
<< 越冬の野菜たち・・・・・・ 派遣とは? >>