<< 軒下の修繕 2008年の凛々子 >>
浦賀~観音埼へウォーキング
11時半、shihoちゃんは時間通りにやって来た。
東京に住んでいる彼女は、2時間弱の時間をかけて浦賀駅に降りたった。
改札前で待つ私は、顔が小さくてスラリとした彼女をすぐに見つける。

「久しぶり~!」
と声を掛け合いながら駅の階段を降りると、すでに会話には花が咲き始め、お互いの近況報告から始まっている。

今回浦賀を見てみたいという彼女の希望を前提に、私はあれこれコースを考えた。
まずは、浦賀駅から久里浜に向かって3つ目のバス停「紺谷町(コンヤチョウ)」まで、二人で話しながらぶらぶらと歩き、“浦賀の渡し” に乗る。

d0046294_1524698.jpg私が子どもの頃は、こんなテーマパークにあるような舟ではなく、もっと素朴な色彩だったし、「浦賀の渡し」なんて名前もついていなかった。ただの “ぽんぽん舟” と呼ばれていたのだ。
ところが「矢切の渡し」がヒットしたあと、いつの間にやら「浦賀の渡し」になっていた。(笑)

向こう岸は新町(シンチョウ)。江戸時代からある街で、吉田松陰が宿泊した徳田旅館がある。
そういえば、NHK大河ドラマ篤姫でも、ゆかりのある地で浦賀周辺の映像が流れたことがあった。
浦賀といえば「ペリーの黒船来航」で有名だが、実際に上陸した場所は現在「久里浜」と呼ばれる所。 “上陸記念碑” というものが立っている。

渡し船の片道は1分もかからない。話では40秒と聞いたこともある。
現在はエンジンで動いている舟だが、昭和48年までは手漕ぎボートであった、と説明板には書かれており、江戸時代に活躍していた舟がなにやら、ふとすぐそこにあったような気がした。
すぐそばに海水を感じながら舟に乗ることはあまりないから、僅かな時間でも風に吹かれて進む舟は妙に胸が躍る。
大人150円自転車も可だから、浦賀と久里浜の間をウォーキングしたりサンクリングする時には、一度利用してみることをお勧め!

さて、あっという間に新町についた私たちは、徳田旅館を眺め、叶神社をぶらりと散策、その後鴨居港から観音埼大橋に抜けて、たたら浜へ到着。
d0046294_15243366.jpg


すでにいくつかのカラフルなテントが浜を安っぽくしていたが、水遊びする人あり、バーベキューしている若者あり(※バーベキューは禁止ではないのか?)天気がよいことも手伝って散歩する夫婦、ファミリー、恋人同士? と、かなりの人出。 山の麓にある広場では、アフリカン打楽器が演奏(練習?)されている。

太鼓の音を聞きながら眺める海は、驚くほどに青く透き通り、まったくもってどこか異国のリゾート地に来たような気分だ。
私は学生の頃から、何か辛い事があるとよくここに来た。広がる水平線を見ていると、時間が経つことも忘れる。
東京に独り暮らしをしていて帰郷する時も一度、駅からまっすぐここに来て、しばらく海を眺めてから帰ったことがあった。
辛い時に多く来ていたはずなのに、いつもここに来ると気持ちが安らぐ。
何年に一度の雪が降った時、その頃ウチにいたクロを連れて来た。クロが大喜びで、雪の砂浜を走り回った場面が鮮やかに蘇る。
海は浄化するというけれど、私はここの浜に来るたびに辛い思いを落とし、波がそれを沖に持ち去ってくれているような気がする。まるで「祓い祝詞」のように。・・・・・・


さて、海の気持ちよさに誘われて、一休みしようということになる。
私が持参した「平成16年白ワイン漬けの梅酒」をロックで飲みながら、、近くの石ベンチに腰掛ける。
ここにずっと居ても不満はないのだが、この地を初めて訪れた彼女には、もうちょっといろいろ紹介したい道がある。ということで、
「本休憩は次に海が見えるところにしよう!」
と、私たちは立ち上がった。

ここから観音埼に抜けるには、自動車道と歩行者しか通れない道の2通りある。どちらもトンネルをくぐる。
ただ「歩行者しか通れないトンネル」は、ちと怖い。戦争中は防空壕となっていた穴がトンネルの両側にあり、現在は埋められているが、岩壁の地層がそのまま見えて所々水が浸みている。
空気がひんやりとし、タイムスリップするのではないか、と思えるような異空間を感じる。

そのトンネルを抜けると海に面した遊歩道が続くが、打ちつける波はかなり強い。
子どもの頃から何回も歩いている道だけど、強風の時は波が道を覆ったこともあり、その時はさすがに怖いと感じた。
その道の先に、観音埼の海岸がある。バス停もあり、夏場は芋洗いのように、人が海に浸っている。
こうなると、先ほどの“海外のリゾート地”のような高級感は全くなくなり、品の悪い海水浴場となる。
バーベキューの臭いがあちこちから漂い、若者や子供の嬌声がごった返り、波の音も風の音もかき消してしまうBGMの曲があちこちから流れてくる。その曲に合わせて体をゆすっている若者たち(バカ者たち)に、
「アナタたち、カッコ悪いよ」
と言ってあげたくなってしまう。
だから私は、夏場はこの観音埼海水浴場には、あまり近付きたくないのだ。

ところが、この海水浴場を抜けて観音埼京急ホテルに近づくと、また空気が変わる。
「ボードウォーク」という木製の遊歩道が、車道よりも低い所に造られていて、海面の側を歩くことができる。
ただ、これも潮の満ち引きに気をつけた方がよい。

d0046294_1645575.jpg私たちも、このボードウォークを歩き、京急ホテルよりも少し手前にあるテラスのような所で、食事をすることにした。

実はこの日、彼女は赤ワインとチーズ、そしてフランスパンを持ってきてくれていた。
私は梅酒と雑穀おにぎり、そしてコロッケとエビかつ、デザートにどらやき(!)。
グラスは近場の私が用意し、割り箸やナイフは彼女が持ってきて、なんとも手軽でオシャレな海辺パーティとなった。

遊歩道だから人が通る。
羨望を隠してチラリと見ていく人、「おぉ、やってるな!」とほほ笑んでいく人、小さな子と大きなワン子は露骨に欲しそうな眼差しを向けながら行った。(笑)

d0046294_16492675.jpg事件もあった。
私がコロッケを一口食べて、そのまま箸で持っていたら、私と彼女の間を何かが走り抜けた! で、私の右手になにやら衝撃があり、見るとコロッケがない!
そう、トンビに奇襲攻撃をされて、コロッケを盗られてしまったのだった。

唖然・・・・・・としながら、
「京都の鴨川で、観光客が鳥に襲われて食べ物を取られる」
というニュースを思い出した。

しかし、易々と同じ過ちを繰り返すほどボケちゃいないさ。
こちらも威嚇のガンを飛ばし(笑)、その後食べ物は決して手に持たない、或いは一口食べたらすぐに左手で隠す、という注意をしながらトンビを観察していると、私たちの上を旋回しながら、こちらに目を向けて隙を窺っているのがわかる。

アンタねぇ、この私を襲うなんざ100年早いのよ!

d0046294_16495096.jpg


通じたかどうか分からないが、トンビがいなくなる頃、ボードを行き交う人もいなくなり、私たちの食べ物も無くなり、日も徐々に西に傾き出した。
ようやく私と彼女は京急ホテルのレストランに場所を変え、お茶を飲みながら夕暮れを迎えた。


ロングウォーキングとアルコールの酔いでがっくりと疲れた私は、ホテル前から横須賀行きのバスに彼女を乗せて見送った後、一人観音埼海岸のバス停まで歩く。
d0046294_16515893.jpg


d0046294_16523713.jpg右手に、一周年を迎えた横須賀美術館を見ながら、私は急速に暗くなって行く道を急いだ。
さて、バス停について時刻表を確認すると、10分ある。
歩いた方が早いかなぁ、と思いながらも、この暗い中トンネルを通るのはやだなぁ、と迷う。

地元の私にしてみれば、観音埼から浦賀駅まで行くのならバスに乗るが、それ以外バスを使うことなど考えられない、という感覚がある。つまり、家までの距離のためにバスに乗るなんて無駄、ということなのだ。しかも、家にたどり着くために5つのバス停が利用できるが、どこで降りても10分前後は歩く。
けれど、最近とみに物騒になっている世の中、地元だからとタカをくくっていると、今日の「トンビ事件」のようなことにもなりかねない。と考え直して、10分後のバスの出発を待つことにした。


お風呂に入って私がベッドに入る9時頃、彼女は今頃家に着いただろうか・・・・・、と考え、ここから東京までの通勤時間は、つくづく大変だなぁ・・・・・・と再度認識するのだった。


   え? はい、9時にベッドに入って、すぐに寝ていました。(笑)
by anrianan | 2008-05-18 15:04 | ■とりあえず日記
<< 軒下の修繕 2008年の凛々子 >>