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16歳
私が高校生の時に、友だちになったアメリカ人の女の子は13歳だった。
体は私よりも大きかったし、彼女も彼女の友だちもボィ~ンというグラマラスで大人っぽかったから、とても私より年下だとは思えずに、同じ年の感覚でよくつるんで遊んだ。

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私はアメリカンライフに物凄い憧れを抱いていたので、彼女といるとすべてが刺激的で、横須賀のベース(米海軍基地)に連れて行ってもらったことを、よく覚えている。

彼女のお父さんは大きくて優しい人だった。お母さんも背が高くて、イーデス・ハンソンさんに似ている美人だった。その上家事をよくこなし、お料理が上手かった。

私が高校を卒業する前に、彼女は家族と一緒にアメリカに帰国した。
そして、後から帰国するために一人残っていたお父さんが、私をベースに呼んでくれて、離婚したことを話してくれた。
この事を私は忘れていたのだが、母から
「そうだったじゃ・・・・・。 ぼいぼい泣いて帰ってきたじゃ」
と言われて、記憶が蘇った。(私は結構、若年性(?)ナントカの傾向がある・・・・)

その後、私が社会に出てから一度「一人旅」で彼女を訪れた。
飛行機のトラブルで、午前中着の予定が夜遅く空港に到着し、心細さでいっぱいだった私の目に、大きくて優しいお父さんが新しい奥さんと待っていてくれた! 一日中・・・・・・。
その晩、二人の住まいであるキャラバンカーに泊まり、翌日の朝、ブロック塀の共同シャワーでどきどきしながらシャワーを浴びた。 こういう生活スタイルがあるのだ、というカルチャーショック!

その後、彼女がやって来た。
二人のロングドライブが始まった。

彼女の再婚しているお母さんを訪れ、弟が身を寄せているお祖母さんの家を尋ね、最後にサンフランシスコにやって来て一緒にモーテルに泊まり、翌日私は帰国した。
私が帰国する前夜、彼女が地図に「私たちがドライブした道」を赤い線で書き込みながら涙を流したことや、彼女のお母さんが私たちの車が見えなくなるまで、いつまでもいつまでも大きく手を振っていたことなどを鮮明に覚えている。

その後、彼女が電話をくれたことがあったのだが、私が転居をしている間に連絡先を失ってしまい、音信不通となってしまった。・・・・・・・
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その彼女が、彼女の知り合いの日本人に私の住所確認を託し、連絡をもらったのは先々週ごろだったろうか。


彼女には16歳の娘がいるんだって・・・・! 
(Oh my God~! だねぇ・・・・)
その娘の学校の旅行で、日本に来るというのだ!
それから、彼女とE-mailでの交流が復活した。


そして、とうとう、
ロングドライブから約20年の時間を超えて、鎌倉の大仏の前で再会したのは11日の水曜日だった。・・・・・・


                                       - つづく -
by anrianan | 2007-04-14 07:43 | ■とりあえず日記
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