私がスコットランドで肺炎と結核の併発で死にかけていた時、
母は日本で蜘蛛膜下出血で死にかけていました。 1995年の12月中旬、母が倒れて1ヶ月ほどの入院となりました。 退院の時、医師から 「1ヶ月後くらいに再発するかもしれないので気をつけて下さい」と言われ、 母は生まれて初めて「死」というものに直面し、毎日怖くてしょうがなかったそうです。 そして、警告のちょうど1ヶ月後。 朝、クロの様子がおかしいことに気づきました。 家族が起き出すとヒョコヒョコ台所に現れるクロが姿を見せません。 「クロ! クロ!」と呼びながら、すぐ脇にあるクロの小屋を覗くと寝ています。 最初はただの「ねぼすけ」かと思っていましたが、 「ご飯だよ」と声をかけても起き出して来ません。 よく見ると、目を開けるのですが身動きもせずにハァハァと息をしています。 その姿になんとも異常なものを感じました。 犬は自然治癒能力を持っているから大丈夫だ、と信じていましたが、やはりみんな気になって、代わる代わる何度も様子を見に足を運びました。 ウチの家族はそもそも病院というものにあまり縁がなく、私と弟が子供の頃に熱を出しても、ほとんど母が看病して治ってしまいました。 だから、あまり「病院につれていく」という発想が無いようなのです。 横になって寝ていた姿から伏せる姿に変わっても、目がトロ~ンとしています。 お水を鼻先に持っていっても、飲みたげな素振りも見せず、ひたすら耐えているようでした。 このまま死んでしまうのではないか、と不安にかられながら、 私は行くたびにクロの頭に手を置いて、「神さま、神さま」と心の中で祈りました。 どのくらいで回復したのか、今となっては記憶が定かではありませんが、 クロが水を飲み始めた時には、家族中が「これで大丈夫だ」とホッとしました。 クロはもともと首をかしげる癖がありましたが、この時以来、 極端に首を右にかしげるようになりました。 傾げるというよりは首がつれているようにも見えるし、なんとも不安なものを感じました。 ある日私が門を開けて入って行くと、いつものようにクロが庭の向こうから姿を見せました。 首がほぼ直角に右に曲ったその姿を見た時に、私は思わず声をあげてしまいました。 「クロ! どうしたのっ?!」 クロは私の姿を見止めて、ただ嬉しそうに走ってきます。いつものように・・・・・・ のはずが、首が直角に曲っているせいかバランスを崩して、いきなり植え込みの上にバサッ! と倒れました! 「クロッ!」 私は心臓がひっくり返りそうになりながら駆け寄ると、 クロ自身もビックリしているように、目をパッチリ開けたまま動きません。 「大丈夫? 大丈夫?」 私はクロを助け起こし、ちゃんと立てるかどうか心配でしばらく抱きかかえていました。 その時のクロは、明らかに自分でも「ビックリしたァ・・・・」と言っているようでした。 首が真っ直ぐに戻ることもありましたが、90度に曲ることの方が頻繁でした。 そのたびに、歩いていてバタッ! と倒れ、走っていてバタッ! と倒れます。 倒れてそのまま動かないので、私はそのたびに外に飛び出て助け起こすのでした。 母は「あら・・・・・・」と心配げに見ていますが落ち着いています。 こういう時、なんだか肝が座ってるのよねぇ、この人・・・・。 考えてみれば、母がお医者さまから「気をつけるように」と言われていた1ヶ月後、 クロは母と同じく、頭の右側の血管を切ったのではないか、という事になりました。 基本的にクロは野良だったせいか、元気で滅多に病気になることはありませんでした。 食い意地がはっていたので、家の脇に置いてあった肥料を隠れて食べて吐いたり、 バーベキューをやった時など、皆から肉をもらって食べ過ぎて吐いたり、 そういうことは結構ありましたけど、(^.^;) ・・・・・・ 元気でした。 私と弟が家から離れて生活していた頃、 「お姉ちゃんやお兄ちゃんに何かある時は、クロちゃん、代わるんだよ」 と、母はいつも言い聞かせていたのだそうです。 これは、母がクロを愛していなかったとか、犬だからと言うことではなく、 むしろ私から見たら、一心同体のように通じ合ってたのだと思います。 自分はさておいても子どもを助けたい、という母親の気持ちだったのかもしれません。 その気持ちを、家の守り神と思っているクロに託していたのかもしれません。 ある夜更けに雷がなった時、何よりも雷を怖がるクロを私は布団の中で心配していました。 でも母は退院して数ヶ月なのにもかかわらず、雨合羽を着てクロの小屋を見に行きました。 「クロが居ないっ! お母さん、探してくるからっ!」 と言い残すなり、傘を持って雨の中を飛び出して行きました。 私は母が倒れたらどうするんだ、と傘を持って後を追いました。 どこに探しに行ったんだろう? と、勘を頼りに大きな通りに出てみると、 中学校の方から傘をさした人影が見えました! じっと暗い中に目をこらすと、見なれた人影とその足元に小さな黒い影が動いています。 「いたの?!」と声をかけると、 「中学校のずーっとあっちまで行っててさぁ、クロ!って呼んだらバーっと走ってきた」 あの切羽詰った声を残した母とは別人のように、あっけらかんとしています。 「クロは雷がなるとキチガイのようになっちゃうんだよ。訳が分からなくなるんだ」と母。 「よく中学校の方だって分かったね」という私に、 「ん~、雨降って雷鳴っていたからさぁ、・・・・ クローッ!って呼びながら行ったら、向こうに小さい黒い影が見えて・・・・」 この人が言うことは、いつもなんだか答えになっていなくてよくわかんないのです。(-_-;) これは決して「蜘蛛膜下」をやったからと言う訳ではなく、もともとなのですね。 「ふ~ん、そうなんだぁ・・・・」 私はいつもそう答えておくことにしています・・・・・・・。 上手く言葉が見つからないのですが、計り知れない深い絆を感じるのです。 私は息絶え絶えのクロを目の前にしてそれを聞いた時、何も言葉が出ませんでした。 母はいつも通り、あっけらかんと話していましたけれど。 結局、クロは大好きな母の身代りになったのだと思います。 そのせいか、母は何事もなく順調に回復をしていきました。 クロの首が直角に曲る回数が少しずつ減りましたが、すでに高齢でしたから、徐々に体力が落ち、視力が落ち、たまにつまづいて転ぶようになりました。 もうこうなってくると、いつクロが逝ってもおかしくないという恐怖と不安と、 同時に覚悟のようなものを常に感じながら、一日一日を過ごしていました。 しかし、このあと三年間生きてくれました。 父が単身で岩手に移り住み、弟が家に戻って来て、母が岩手に引っ越すまでの、 最後の三年間でした。 亡くなる1ヶ月前のゴールデンウィークは、私とクロの最後の思い出になりました。 母は岩手の父のところへ行っていたので、私はクロと留守番。 あれ? クロは? と思って探すと、炎天下の庭にグッタリ倒れていたり、 夜中に突然「キャンッ!」と声が聞こえ、私は飛び起きて下に降りていくと、 目をパッチリ開けたまま、ハァハァと荒い息をしていたり。 ある時は、やはり夜中に「キャーン!」と鳴くので、肝を冷やして降りていくと 寝たままウンコをしていて、起き上がることも出来ずに鳴いていました。 まるで「やだよぉ、やだよぉ~」とでも言っているように聞こえます。 (そりゃあ、ウンコの中じゃ嫌だろうさ・・・) そう思いながら、私は玄関の扉を開けて、とにかくクロを抱えて外に座らせると、 クロはお尻にウンコをつけたまま、情けなさそうな顔をして私を上目遣いに見ています。 「待っててね、クロのベッドを替えなくちゃダメでしょ」 ウンコが臭いのなんかはどうでもいいのです。 ただクロがバタッ! と倒れると、私の方が泣きそうになるのを我慢して、 クロを抱き上げて連れて来たり、冷たい体をさすって暖めたり、 ウンコで汚れた敷物を替えたり、クロのお尻をお風呂のお湯で洗ったり、 寝ているどころではありませんでした。 それでも、その後スースー寝息をたてて眠ってくれたりすると 「ああ、まだ生きているなぁ」と安心するのでした。 母が居ない時に逝かせてはいけない、とそればかりが気がかりでした。 「寿命」は決まっているのだから、どんなに心配しても、またどんなに放っておいても 逝くときには逝ってしまうのですが、やはり危篤状態を目の前にすると、 ゼッタイに死なせてはならない! と必死に祈ってしまうものなのですね。 そして、祈りが通じたようにGWを乗りきってくれたクロは、 日によっては、とても元気に走りまわるまでに回復してくれました。 お天気の良い清々しい日に玄関を開け放していると、 クロがちょうど玄関を覗き込み、私が「あっ♪」と立ち止まって見ていると、 のそりのそりと近づいて来て、しゃがんだ私の顔に自分の鼻をつけてきました。 その時に私をまっすぐに見ていた、クロのまん丸の黒い瞳が今でも忘れられません。 亡くなるほぼ1ヶ月前の、いつもと変わらない一コマでした。 次回は、私の旅行中に起こった不思議な出来事とクロの最後を書きたいと思います。 - つづく -
by anrianan
| 2006-06-11 18:21
| ■ペット・動物
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