<< 梅の天日干し 大根のしょうゆ漬け >>
インターバル人生
私の人生を振り返ると、会社に出勤して働く波と、専業主婦のように家で家事がメインになる波とが交互にやってくる。
それを「インターバル人生」と私は呼んでいる。

別に望んでいたわけでもなく、無意識のうちに起きていたことなのだけど、無意識というのは自分で意識をしていないというだけのことだから、私の魂の深いところで変化の激しい波を望んでいたのかもしれない。

そう思った5-6年前から、理想の“ほどほど小波人生”の形を検討していた。
そこそこ生活ができて(ここら辺の区切りが難しいが)、豊かな時間がもてる生活、これが理想だとの結論に達した。(今のところ)

すると、そう意識したことで、やがてほどほどの小波人生がやってきたではないか。
やっぱり無意識の部分を健在意識に浮かびあがらせるということは必要なのだ、とつくづく感じた。

ところが、そうして“ほぼ満足な状態”に落ち着くと、あろうことか、またまた予期していなかったインターバル人生の大波が、・・・・・・やっぱり、やってきた。
神さまは、私が100通りのことを想定しても101通り目のことを起こしてくるし、1000通りのことを考えても1001通り目を起こす。
そう気づいてから、逆に、起きてほしいハプニングを想定しないようにした。・・・・というよりも、“今”を生きていると、あまり先のことを考えることがなくなった。


話をインターバルに戻すけれど、陸上競技の練習でインターバルトレーニングというものがある。
走り込みと軽く流して走ることを繰り返すのだが、負荷がかかる分、徐々に走り込みが辛くなってくる。
そうやって筋肉を鍛えていくのだけど、同時に精神力も鍛えられるような気がする。

ならば、人生でも同じではないだろうか、と考えた。
モーレツに働く時間と、廃人になりそうなくらい暇な時間が繰り返され、その時々によって自分の置かれた立場や状況が異なる。これは、ドラマで別の人間を演じることに似ている。
ただドラマは架空だけど、自分の人生となると、時に支離滅裂に感じられ、時に死活問題となり、より真剣で苦しい。


なんだか抽象的なことを延々と書き連ねているようだけど、まさに今、私に予期していなかった波がやって来た。
けれど今回の波は、肉体的にはキツイけれど精神的には喜びや楽しさといった希望の波でもある。

ダッシュで走り込むことはもうない、と思っていたのに、こうして機会をもらったのだから、老体(になりつつある体)にムチ打って全力疾走をするしかないだろう。・・・・・・・体力と気力回復のためにも。・・・



ということで、今朝はイチゴとブルーベリーにヨーグルトをかけ、マヌカハニーで崩れ気味の体調を整える。
d0046294_9425146.jpg




大体、この猛暑の中で走り込みをさせるなんてあんまりだわ!(負荷アリスギ・・・・) と密かに神さまに講義する私に、
応援のぽちっをお願いね。 d(-。-;) …シカシ乗リ越エラレナイ試練ハ与ヘラレナイ、ト言フシ・・・

  ↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
by anrianan | 2012-08-02 10:03 | ■とりあえず日記 | Comments(0)
<< 梅の天日干し 大根のしょうゆ漬け >>