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大輪の花のまま逝ったひと
一日一日と充実した日が流れている、と思う。
書き残しておきたいことはいっぱいあるけれど、その時々の思いを味わうことでいっぱいいっぱい。


木曜日、仕事の後に久しぶりのマッサージ。
背中が痛くなることが多くなり、これは体調を崩す前触れとポンパレのクーポンを利用したアロママッサージ。
・・・・と思っていたら、アロマオイルを使ったのは足の膝下部分のみ。
ああ、全身が気持ちいいのになぁ・・・・・・。
とは思うものの、全身をオイルマッサージしてくれて懐具合と折り合いのつく所がなかなか見つからないのだ。

それでも、ふくらはぎは異常に痛気持ちよくて、かなり凝りが溜まっていることを実感した。


翌日金曜日は、Flets光からauひかりへ移行するための工事が午前中行われた。
固定と携帯電話とインターネット、これらをauひかりに統一すると、月々の支払いがNTTの一カ月分よりも安くなる。

インターネットを使い始めて以来のプロバイダを変更することになり、メルアドを変える煩わしさはあるが、これも何か時代の終わりを告げているようにも感じ、何よりこんなに安くなるのだから、手間をかける価値はある。


工事が終わって午後、裏のオヤジがやってくる。
午前中に引いた電線が庭にかかっているという。
以前にも同じことがあった。
ずっと前に引いていたJ-comのケーブルが庭の上空にかかっているとの苦情が入り、そのケーブルを取り外しに来たと、J-comの工事の人から説明を受けた。
とっくにケーブルテレビは見ていなかったし何の不都合もなかったが、近所でも“ちょっと変な人”といわれているオヤジ。ちょっとどころか、かなり変。
というよりも、暇を持て余している面倒臭いオヤジなのだ。

そ奴がやってきて、工事をした会社はどこだと聞く。
KDDIだと教える。
電話番号を教えろというので、その時電話中だった私は
「あとで電話でお知らせします」
と帰ってもらい、後に「お客さまセンター」の番号を教えた。

すると、“隣りから苦情が出ていると連絡してくれないかなぁ”と、私から電話をしろという。
なんで私がそんな面倒臭いことをやらねばならない。

「私の方では何の不都合が生じているわけでもないので、状況をちゃんと説明できるそちらで連絡してください」
と事務的に断る。すると、
「普通さぁ・・・・」
と愚痴っぽい話が長引きそうだったので、
「すみません、忙しいので不都合を感じているそちらでお願いします」
と同じことを繰り返し、さっさと受話器を置いた。


「気をつけた方がいいよぉ。そういう人は何をするか分からないから、恐いよ」
と心配するおナカさん(母)。
「大丈夫、向こうは私を恐がっているから」
というと、ぶふふふふ・・・・・・分かる分かる、と言わんばかりに笑っていた。




そして最近しょっちゅう思い出していた心友の一人、ノリちゃん。
何度も電話をしてみようかと思いながら、家にいる時間が減った私はかけそびれていた。
昨日ふと思い出してかけてみるとつながった。
「私、何度か電話していたんだよぉ」
と言われ、どうりでねぇ! とお互いに納得する。
やたらに会えない状況になっている友だちばかりだが、そういうテレパシーのようなもので通じ合うから、いつもつながっているという安心感がある。
そこで、タミ姉(ねぇ)と呼んでいた友人が亡くなっていたことを知った。

タミ姉とはかれこれ十五年ほど前、フィンドホーン(スコットランド)で出会った。
仏画を描く画家で、当時40代半ばだった彼女は独身。
水谷八重子に似た美しい人で、5-6年前に地下鉄南北線のある駅で、下りてきた彼女と乗ろうとする私は扉が開いて再会。
「あらぁ、こんな所でこんな出会い方をするなんてすばらしいわぁ!」
といいながら満面の笑みだった顔を思い出す。

私が結核から復帰して一人芝居を演じた時、彼女はサポートしてくれた要の人だった。
迷っている私に
「(舞台を)やりなさい! 私も手伝うから!」
と背中を押してくれ、その代わり・・・という感じで言われたことがある。
「全部1から10まで、まずは自分が柱になってやると決めるのよ。手伝う人はやれる範囲で手伝うから、まずは自分で脚本と演出と衣装も全部、そして演じるのよ。・・・・まずは自分で立つの。」
今でも時々思い出す。

この時に来ているカーディガンは、タミ姉から借りた物だった。
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人に頼らなければ、上手くいかないことがあっても人に腹を立てることがないと知り、委ねることと依存することの違いをこの舞台を経験することによって教えられた。と今になって思う。


まだ62歳。
10歳は若く見えたし、女優さんといってもおかしくないほど華のある人だった。
ニューヨークでの個展も予定されていたと聞く。
売れた絵の資金を提供して、(国の名前は忘れたが)学校がない地域に小学校が建ったことも聞いた。

亡くなる前夜まで、まったく死を感じさせなかったという。
まるでTシャツを脱ぎすてるように、自分の意志であちらに帰っていったと妹さんは感じたそうだ。

最期まで、大輪の花を咲かせたまま潔く去って行ってしまった。



  タミ姉、私もあなたに近づけるようにこの世を味わっていくからね。・・・・・・・
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素晴らしい人との出会いは神さまからのギフト。
たとえいつか別れの日がくるとしても、それはこの世での一時のこと・・・・・・。



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by anrianan | 2011-10-29 10:09 | ■とりあえず日記
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