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東北関東大震災から一週間
昨晩7時にテレビのチャンネルをあちこち変えながら驚いた。
NHK以外はすべてバラエティーになっているではないか。・・・・・・

一週間経ったからもう被災地のニュースに飽きたのか、劇的な変化がないからもういいと思ったのか、
それとも所詮ひと事ということか、・・・・・・なんだか悲しさを感じ、あきれてやり切れなかった。
くよくよしていても仕方ないというのは確かだが、番組に出ているお笑い芸人たちが妙に軽薄でバカっぽく見えてしまったことは確か。もちろん録画だから地震の前に収録したことも分かるのだが。・・・・・・

今この瞬間にも食べることにこと欠き、寒さに眠れず、灯油がなくなることを恐れている人たちがいるというのに。・・・
灯油がなくなる恐怖を、どれだけの人が体験しているだろうか。
前回の冬、私は毎週お財布の中身を見ながら買わずに我慢したこともあり、そうなると残り少ない灯油を見ながら恐る恐る使うことになる。
寒さは、それだけでより侘しさや辛さが増幅する。

こういう事態が起きた時、”どれだけ辛い人の立場になって考えられるか”で、その人間の霊格が見えるような気がする。
阪神大震災を体験している人たちの救援したいという心が伝わってくるのは、辛さを体験している人たちの言動だからなのかもしれない。そう思うと、本当に体験は宝だ。・・・・・


私も灯油をもう1缶ホントは買っておきたいけれど、今ある分だけと決めた。
寒いといっても被災地のマイナス気温に比べれば我慢できないことはない。・・・


私の両親は宮守町という内陸部だから沿岸部のような大被害はなかったけれど、一週間経った今、ガソリンがなくなり買い物にも病院にも行けなくなっている。
あの津波から助かった人々の中にも、その後の寒さや状況の悪さで亡くなっている人が増えている。



今朝は明るくなる前から目が覚めて、眠れなくなった。
私は幸いにも金銭的に困窮した生活がこの2年ばかり続いたため、節電だの品不足だのという状況になっても、あまり生活環境に変化を感じていない。
考えてみれば、母をはじめ知り合いの方々から救援物資を送ってもらっていたようなもの。
だからこそ生きてこられたといえる。


以前送ってもらったワカメが最後になり、袋を見たら“宮城県気仙沼”の住所。
ウチでは両親が岩手に移り住んだから、自然に岩手産のものが多い。
それらの袋の裏書きを見るたびに、胸がつまる。




早く道路の復旧とガソリンの供給を願っている。
こういう時に何もできない自分が辛すぎる。・・・・・
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おかーさんが死んだら、私も死のう。
と思っているけど、とりあえず今は私が元気でいないと、この家に戻って来れなくなるからな。・・・・
ということで、前に母が送ってくれた“だんご粉”で、今朝は団子を作って食べた。




自衛隊の救助とともに、医師や食料、支援物資を一緒に現地に運べないのだろうか。・・・・・


福島の原子力発電所を建設すると決めた時の総理大臣は誰だったのだ?
“絶対に安全”などこの世にあり得ないことは分かるはず。
あの発電所建設によって、誰が一番利益を得たのだ?
その人間は、今どこで何をしているのだ?

身を挺して修復のために働いている自衛隊、その他の方々の無事を祈りたい。




本日は12:20~16:00まで停電。
その間、晴れているから畑を耕そうか。・・・・でも放射能が降ってくるかもしれないしなぁ・・・・・。
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by anrianan | 2011-03-18 10:37 | ■とりあえず日記
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